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昔から、さんざゲーマーは「時間がない」「積みゲーが増える」と嘆いてきたが、今年は一体何本面白いゲームが発売されてしまうのか、ゲーマーはゲームの洪水に溺死寸前だ。
まず大作だ。夏はやや落ち着いていたが、今月の『スパイダーマン』が最高の滑り出しを見せたのは、この地獄のカーニバルの幕開けに過ぎない。
10月には『Battlefield V』に『COD:BO4』、『ロックマン11』、『アサシンクリード:オデッセイ』、『絶体絶命都市4』そして何と、『RDR2』だぞ!?
11月は、『HITMAN 2』、『Fallout 76』、『ペルソナQ2』と『ポケットモンスター Let's Go!』。
12月はタイトル数だけなら、『スマブラ』新作にアトリエ新作、『DQB2』と控えめだが……っておい!これまた遊びだしたら100時間は覚悟の重戦車ばっかりじゃねえか!
アー・ユー・ファッキン・キディンミー!?
3ヶ月でどうやってこれ遊びきれっちゅーねん。全部一本で一ヶ月遊べるような、どんな奴でも「あー面白そうだなこれ」って思えるような大作を、ズラッと並べただけで10本は余裕で超えるってどういう事だよ。もうみんなゲームを積むしかないじゃない!
え?「じっくり遊んで、他のゲームは後から買えばええやん」って?おいおい、お前じゃあ『RDR2』のトレーラー見て同じこと言えんのかよ!気付いたらAmazonでポチってるだろ!というか、こちとら数年待ちの期待作ばっかりなんだよ!
失礼。少し語気を荒げてしまった。それにしても異常だ。確かに期待の大作がドバドバ発売されるのは嬉しいし、そりゃ不作とまで言わずとも盛り上がるタイトルに欠けた年よりは嬉しいのだが。
だが今のゲーマーを悩ませるのは大作だけではない。現代では新たに3つの勢力がここに切り込もうと、誘惑を重ねてくるのだから末恐ろしい。
一つは、インディーズゲームだ。最早今のゲーム業界をインディーズなくして語る事は不可能であろう。小規模・低予算ながら、それだけ製作者の個性やこだわりを貫けるインディーズゲームは、大作とまた異なる傑作を生み出し続けている。
今年は既に『Into the Breach』や『Frostpunk』がGOTY級の評価を受けているが、まだ『Spelunky 2』や『Super Meat Boy Forever』といった続編など、期待の新作すら待望できるのだから恐ろしい。
しかも、今やインディー=低予算の2Dプラットフォームというのはとうに古い考えで、例えばCOOPに特化したシューター『Warhammer: Vermitide 2』や『Vampyr』、『Insurgency: Sandstorm』など、最早大作と見紛うレベルの規模の作品まで続々登場。
更に、インディーズ専門のパブリッシャーが「大手化」する事まであり、ゲーマーからすれば実質「大作枠」が2倍になったようなもんである。大作自体が増えているのにだぞ!?
その上、もうインディーズはPCの専門分野ではなくなった。初期から比較的インディーズ文化のサポートが豊富だったXbox Live、次に参入したPlaystationのPSN、そして最近になって遂に本格化を見せたSwitchのIndie Worldなど、コンシューマで誰でも手軽に遊べる時代になったのだ。
二つは、昨今注目されつつあるesportsの領域だ。これまでもいくつか対人ゲームが盛り上がるシーンはあったものの、今の規模はそれらの比ではない。
今まで、いかに優れたタイトルといえど数年で廃れるのが当然だった過去と比べて、『Fortnite』、『Hearthstone』、『League of Legends』、『Dota 2』、『CS:GO』、こうしたタイトルは、継続的なアップデートでプレイヤーを飽きさせずに楽しませ、一方でコスメ要素によるビジネス形態を維持する事で、継続的に楽しませてくれる。
カジュアルな大作ゲームに対して、一つのゲームを極めてライバルと戦うesportsは、正にゲーマーのための逸品が揃っている。同時に、こうした傑作の沼にハマってしまうと、一本のゲームで無限に時間が潰せてしまうので、もう大作どころではない。
しかも、今やesportsは遊ぶだけでなく「観る」楽しさもある。大会観戦の規模は大きく、アメリカでは『LoL』でマディソン・スクエア・ガーデンを占拠し、日本のRAGEは幕張メッセを会場に選んだ。
最後は、モバイルの領域だ。今やモバイルは、PC、コンシューマに次ぐプラットフォーム、いやそれどころか、市場的にはそれ以上と言っても良い。
前述した、インディーズからは様々なゲームが移植されているし、esportsという観点からも、『Clash Royale』や『Vainglory』が遊ばれまくっている。
そしてやはり外せないのが、所謂ソシャゲに分類されるアプリである。いかに硬派なゲーマーでも、もう大半がプレイしてるんではなかろうか、というソシャゲ。実際大した時間泥棒であり、手頃さも相まってもうこっちがメインという人も少なくない。
このように、今のゲーマーはいくらなんでも恵まれすぎである。とてもじゃないが、全て追うことは不可能だし、どれを遊ぶか迷っている間に新作が発売されるという有様だ。アーケード、テーブルゲーム、レトロゲームにまで手を出す人なら尚更だ。
これは果たして良いことなのか?もちろん素晴らしいことだろう。遊ぶゲームの選択肢が増えるということは、それだけ自分にとっての傑作も存在するということ。
少なくとも、10~20年前までのゲームシーンと比べれば、それはそれで良かった面もあったものの、今の方がブログを書いていても楽しいし、正直羨ましいぐらいだ。
だが余りに多すぎて、今のゲーマーはゲームに溺れそうになっている。とてもじゃないが、気になるタイトルが全部遊びきれず、次から次へと新作が発売される。
その結果、今やゲームは殆ど消耗品に近い形で遊んでは捨てられ、下手すればSNSやyoutubeでどれだけウケるかが評価の分かれ目になってるとすら思える。所謂「奴らはラーメンを食ってるんじゃない。情報を食ってるんだ!」というヤツ。
これは非常に勿体無いと感じる。事実こんだけゲーム業界が盛り上がっているのに、ゲームを論じる場やメディアはどんどん縮小している。扇動的に言葉を盛ったツイートで、いかにバズらせるか競争する。既にゲーマーは相当振り回されている。
今や飽食の時代ならぬ飽遊の時代。流れ出る新作を遊び捨てるのでなく、優れた作品はじっくり咀嚼して味わいたいし、それらを論じるコミュニティとしても、慌てず騒がずまったり議論を進めたいところである。早食いのように消費するのは
ゲームがも”ったいだい!!!ドン!!
まぁ、『RDR2』出たら筆者もTwitterで発狂すると思うけどな。うひょおおおおお
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