この10年以上、犯罪は減り続いている。交通業過事件を除く刑法犯全体の認知件数は、平成10年に戦後はじめて200万件を超え、14年には285万件と最多を記録したが、翌年から一転して減り始め、昨年は132万件と、昭和55年(1980)以降で最も少ない。殺人(未遂含む)は938件で、戦後初めて1千件を下回り、強盗は、3,328件で平成15年の半分、窃盗は98万6309件で40年ぶりに100万件を割り込んだ。
刑法犯の全体的減少の流れの中で、増えているのが風俗犯。その中でも公然猥褻は、平成14年に2千件を上回り、25年は3,179件に増え、また、猥褻物頒布罪は15年の375件からには24年の1,320件に急増した。
これらの犯罪は、強姦や強制猥褻とは違い、被害者への身体的暴力を伴わないが、ある時代や地域の風俗を害する品の悪い行為と考えられてきた。現在の刑法が制定された明治40年(1907)には、公然猥褻罪に対しては科料、猥褻物頒布罪は科料または罰金程度の微罪だったのが、その後の改正を経て、罰金などの財産刑のほか懲役刑相当の犯罪になったが、しばらくは公然猥褻で検挙される件数は少なく、警察統計に載るようになったのは昭和43年以後だ。
公然猥褻は、18世紀の英国では、浮浪者取締法の対象とされたり、わが国でも戦前は知的障害や老人性痴呆が病因と考えられたりしたが、いまでは、知能、学歴、職業、社会的地位とは関係なく広く見られる異常な性行為として、処罰対象のほか、精神医学上、露出症(Exhibitionism)と診断される人格障害の一つだ。公然猥褻罪で検挙されるのは、ほとんどが男性で、女性では、多くは営利目的の過激なヌードショウ出演者であって露出症ではない。
露出症の人は、路上や公園などで見知らぬ女性に自分の勃起したペニスを見せ、相手が驚き、困惑し、不安な様子を見て、男性としての自信を確かめ、満足する。日常生活では異性との交際に自信がなく、また、既婚者であっても女性にもてないのを苦にするタイプの人が多い。見知らぬ女性に露出して見せ、相手から軽蔑され、敵意を持たれ、あるいは処罰を受けても、無視されるよりはましだと思っている。警察に逮捕され、マスメディアに報道されて、内心、男であることの実感と自尊心さえも感じるようで、刑罰による取締りだけでは、ほとんど再犯防止の効果がない。
以下、昨年、報道された公然猥褻事件をいくつかを拾ってみる。
1.山形県で午後0時半ころ、路上に止めた車の中にいた40代の女性に露出した下半身を見せた医学部4年の男子学生が逮捕された。前年から、下半身を露出する男がいるとの情報が寄せられていた。多くは日中や児童生徒の下校時間帯に姿を見せていた。男は「見てほしかった。ほかにも10件以上やった」と話した。
2.京都府で午前3時過ぎ、国道の橋の上で、全裸の上にジャンパーを羽織り、靴を履いた男が通行する車に向かって下半身を露出していると110番や警察への通報が相次ぎ、42歳の無職の男が逮捕された。男は、「下半身を見せたかった」と露出を認めた。
3.兵庫県で午前7時頃、バス停前でバス待ちをしていた30代の女性に向かって下半身を露出して見せた40歳代の元プロ野球選手の男が逮捕された。男は露出したことを否認したが、警察は、現場に残された体液から男を特定した。
4.埼玉県のレンタルビデオ店で女性客のそばに立ち下半身を露出しているところを巡回中の店の警備員に取り押さえられた男は寺の副住職だった。「いろいろたまってムラムラした」と供述した。
5.埼玉県で午前8時半頃、62歳の農業の男が自宅前の路上で下半身を露出し、通りがかった60代の女性が通報し逮捕された。男は、「女性が自分のことを見て驚くのが快感だった」「今年50件ぐらいやった」と供述した。
わいせつ物頒布罪は、わいせつな文書、図画その他の物を頒布し、販売し、または公然と陳列し、または販売目的でこれらの物の所持を罰する刑法上の罪だ。しかし、猥褻とは何か、芸術と猥褻との違いは何か、憲法の保障する表現の自由に反しないかなどの問題を巡って議論の多い刑法の条文だ。
戦後、東京地裁から最高裁裁判まで裁判が1951年から57年までかかってようやく公共の福祉に反するとして有罪になった出版元社長と翻訳者にそれぞれ罰金刑が言い渡された「チャタレー夫人の恋人」事件はあまりにも有名だ。しかし、その3年後の1960年には無修正版が刊行された。
いまでは、コンビニの書籍棚でも、過激で低俗な性表現満載の週刊誌、コミック誌を誰でも立ち読み、購入できる。猥褻の概念が曖昧になり、時と共に変転して止まない社会情勢の下での「わいせつ物頒布罪」は、現在では、かつての印刷されたものから、インターネットを通じ不特定多数の人に無料または有料でわいせつ画像など警察のいう「違法・有害情報」の送受信が可能になったし、日本の国内法が及ばない国外業者を迂回して国内での入手が可能な時代になった。
平成12年に警察庁はサイバー犯罪対策室を設けてこれら違法情報の摘発に乗り出した結果、わいせつ物頒布罪の認知件数が増え、検挙率も95%以上と高いが、まだ、摘発は一般市民からの通報に頼る以外しかなく、公然猥褻事件同様、実態がつかめないのが実情だ。