第十三話 慈悲
レイに連れられてサウスは薄暗い牢獄にやってきた。牢屋はカビ臭く不潔でネズミの糞が隅に溜まっている。並べられた他の牢屋にもサウスと同じように捕らえられた魔族達が入っているのが見えた。
レイは乱暴にサウスを牢屋に放り込むと施錠した。鋼鉄製の扉はサウスの力ではこじ開けることはできず、わずかな鉄格子から顔をのぞかせることしかできなかった。
「運がよかったな。聖天使様の慈悲深い心に感謝するんだな」
「誰が慈悲深いって? じゃあここにいる魔族達は一体なんだ?」
「彼らにはお前と同じ邪教徒の疑いがかかっている。異端審問官殿の審問を受けて真実を聞き出すまでは生かしておかねばならない決まりなのだ」
「その結果があの火炙りの刑か……」
「聖天使様は魔王を崇拝する邪教の腐敗から人々を守ろうとしておられるのだ。魔王が倒された今でも奴らは魔王を崇め偉大な神の存在を否定している。我々聖天使騎士団は邪教徒を狩り人々が安心して眠れる社会を作るために選ばれた騎士だ。そのためには貴様のような豚一匹でも見逃すわけにはいかん」
「俺にはただの虐殺に見えるがな。その邪教徒とかいうのも本当にいるのか怪しいもんだ」
「なにッ!」
レイの顔に怒りの色が見える。自分の崇拝する信仰を侮辱されたと思ったのだろう。
だがさらにサウスは言い続ける。
「審問とやらもただの拷問だろ。拷問から引き出した言葉が真実だと? 笑わせるな。お前たちはただ魔族が処刑されるのを見て安心したいだけだ。本当の邪教はお前らの恐怖心そのものなんじゃないか?」
「豚如きが減らず口を……。天使の教会を侮辱するその言動こそお前が悪魔と契約を交わした邪教徒だといういい証拠だ。まあいい。もうじきお前も審問にかけられる。そうすれば真実はすぐに明かとなるだろう」
レイはそう言ってサウスを睨むと牢屋から去っていった。
◇◇◇◇
レイはエメラルダに呼び出され再び大聖堂奥の部屋へやってきた。
そこには異端審問官はおらず、エメラルダ一人が椅子に座って待っていた。
「お呼びでしょうか聖天使様」
レイは片膝をついてエメラルダに頭を下げる。
「レイ、あなたの今回の働きは見事でしたよ。奴隷都市崩壊の調査を行った上、邪教徒を一匹捕らえて帰ってくるなんて、あなたを聖天使騎士団の団長に選んで正解だったわ」
エメラルダの言葉にレイは思わず嬉しくなって頬を緩ませた。騎士として自分が仕える教主に褒められることほどの喜びはない。
「光栄です」
「あなたこそ天使の教会の誇りよ。自信を持ちなさい」
「は、はい!」
レイの顔に光が差した。エメラルダは椅子から降りるとレイの傍まで歩きそっとその顔に指を触れる。
「あなたの今までの働きぶりを見て私も考えたのです。あなたをこのままただの騎士団の団長に留めておくのは惜しい。あなたは若く美しく純粋で汚れがない。あなたにはもっと私の傍にいてほしいの」
レイは驚きと緊張で身体を強張らせた。教主自ら自分の身体に手を触れることなど今までなかったことだ。レイからすれば今まで見上げるだけだった存在の神が目の前に降り立ったようなものだ。それ以上に教主の言葉はレイにはあまりに刺激が強すぎた。
レイは顔を紅潮させ慌てた口調で言う。
「せ、聖天使様……そ、それはつまり……ど、どういう……」
「私はあなたにもっと幸せになってもらいたい思ってる。あなたがもっと輝ける場所まで連れて行ってあげたい。あなたにも神の祝福を味わってもらいたい……」
「わ、私の幸せは聖天使様にお仕えすることです! 聖天使様が傍にいて欲しいと望むなら喜んでこの身を捧げます!」
「嬉しいわ。ありがとう」
エメラルダはそう言ってレイを抱き寄せた。突然の抱擁にレイは動揺したが、大人しくエメラルダの胸に顔を埋めた。暖かい体温を感じながらしばらくしてレイは問う。
「それで……具体的に私は何を?」
「ええ。あなたには私の“使徒”になってもらいたいの」
「使徒?」
「そうです。私の傍でともに神の命を受ける使徒となって人々を導いてほしいの」
使徒……レイには意外な言葉だった。それは名誉なことだったが、レイの顔は不安と疑問で曇っていた。
「しかし一体どうやって……私には聖天使様のような魔力はありません。私如きが聖天使様の隣に立つ資格があるでしょうか……」
「心配しないで。あなたは“天使のたまご”によって生まれかわるのよ」
「天使のたまご……」
『天使のたまご』と呼ばれる存在はレイも知っていた。天使のたまごに入った者は美しい翼を持つ天使に転生できる。そう聞いていたがレイには疑問があった。
「しかし、あれは伝説上の存在に過ぎず現実には存在しないはずでは……」
「いいえ、あれは実在します。なぜなら私こそ天使のたまごによって転生した天使なのだから」
レイはそう言うエメラルダを見て驚き声を失った。見るとエメラルダの背中から琥珀色に輝く翼が生え目の前に広がっていたのだ。
レイは今までエメラルダが起こす数々の奇跡を見てきた。だが今目の前に広がる光景はそのどれよりも美しく荘厳で神秘的だった。琥珀色に輝く翼に目を奪われながら、レイは呟いた。
「綺麗……」
その姿はまさに天使と形容するしかないものだった。エメラルダは微笑みながらレイの頬をそっと撫でる。
「これが私の本当の姿。あなたにだけ特別に見してあげる。天使のたまごに入ればあなたも私のようになれるのよ」
「わ、私が聖天使様と同じ……」
レイは恍惚とした表情で呟いた。エメラルダはレイに向かって手を指し伸ばす。
「あなたにはその資格がある。だから私と一緒に来てくれる?」
「は、はい!」
レイはエメラルダの手を握り返した。レイは使徒に選ばれた名誉と聖天使と同じ姿になれる喜びで胸がいっぱいになった。
天使のたまごが一体どんなものであるかはレイには分からなかったが不安はなかった。エメラルダの言葉がレイの不安を全て吹き飛ばしたのだ。今はただ目の前に広がる天使の美しい姿に心を委ねるだけだった。
「ありがとうレイ」
そんなレイを見てエメラルダは優しく笑った。そして彼女を抱き寄せもう一度強く抱擁した。レイの目からは不思議と涙が零れ、しばらく二人はそのままでいた。