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オークだけど魔王を倒した勇者に復讐しようと思う 作者:雪都

第一章 強欲

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第九話 死線

「馬鹿が。これで私の魔法を封じたつもりか? まったくオークの浅知恵には心底呆れるよ。全身に油を浴びせれば怖くて火炎魔法が使えないと思っているのだろう。だが私の魔法は洗練され研ぎ澄ましてある。我が身に触れる事無く炎を操ることなど造作もない」


 グレイはそう言って魔法を発動させようと手をかざした。だがそれよりも速くサウスは身体に装備しておいた二本の短剣を抜き逆手持ちにすると一気に距離を詰めた。


「――ッ!」


 それは有無を言わさぬ瞬発の一振りであった。オークの強靭な脚力から生じる圧倒的な瞬発力の前にグレイは頭より先に身体が反応し身体を一歩後退させた。サウスの短剣はグレイの鼻先を掠め空を切ったが、すかさずサウスは次の一手を放つ。残ったもう片方の短剣がさらに追撃を加えるが、グレイはそれを最小限の動きでかわした。しかしサウスの攻撃は止むことなく次から次へと流れるように二本の短刀による斬撃の嵐が襲い掛かった。


(こいつ、私に魔法を発動させない気か――!)


 魔法の発動にはいくつかの手順がある。魔法陣を描く、呪文を唱える、魔力を練る、対象を目視する、精神を統一させる、念じる、定められた所作を行うなどである。熟練された魔術師ほどその行程を簡略化することができるのだが、勇者の段階になるとほぼノータイムで魔法を発動させることができる。だが脳から発信された信号が肉体運動に繋がるまで時間がかかるように、魔法も実際に発現されるまでの多少のラグが存在する。サウスはそのラグの間に攻撃をすることでグレイに魔法を発動させる隙を与えなかった。


 元々、魔術師は近距離戦には向かないと言われている。魔法の発動までに時間がかかるからだ。だが勇者の場合その理屈は通用しないのはサウスも十分承知していた。勇者には圧倒的な魔力量と圧倒的な魔法速度がある。だからサウスは勇者の魔法速度を超える速度の斬撃を与えることにした。魔法の使えぬオークは己の剣技を限界まで極め神速の剣術をもって勇者を討とうと考えたのだ。


「小賢しい!」


 だがグレイが他の魔術師と違うのは、接近戦においても優れた剣術の持ち主であることだった。グレイは腰に携えた剣を抜き取るとサウスの攻撃を弾き返した。グレイの剣はすかさず空いていたサウスの腹部めがけて斬りかかる。


「ぐッ!」


 サウスの腹部に鋭い痛みが走った。グレイの剣先がサウスの横腹を掠めたのだ。幸い内臓までは届かず皮一枚を斬るに止まったが、グレイには相手の剣術が自分と勝るとも劣らないことを感じ取った。


 勇者の強さは魔力だけに非ず、その常人とはかけ離れた身体能力と動体視力にも由来する。それは神より選ばれし者の力か異世界人としての力か、どちらにしろ彼らはこの世界の人間とは違う法則によってその強さを手にしている。


「たまには運動もいいだろう」


 グレイはそう言ってサウスに嵐のような斬撃を放った。無数の刃が鎌鼬の如くサウスに襲い掛かる。防ぎ切れなかった斬撃がサウスの身体を切り裂き幾つもの傷が生まれ、サウスの身体から大量の血が流される。次第にサウスの動きも鈍くなりついにはサウスの手から短剣が零れ落ちた。


「ふん。所詮オークか」


「ぐッ!」


「久々に楽しめたよ。では死ね」


 グレイがサウスの首筋に剣を向けた時、サウスは呟いた。


「お前がな」


 するとサウスの目の前に小さな火の粉が浮かび上がる。それは急速に収束し一つの炎の球体となりグレイめがけて放たれた。


 ――精霊系火炎魔法“サラマンダー”


 それはオーク族の戦士が唯一扱える精霊の加護を使った魔法『精霊魔法』。精霊魔法は一度使うと一日は使うことができない限定魔法である。だからサウスはずっと狙っていた。グレイが最も油断する瞬間、目の前の敵が万策尽き容易に殺せると判断し接近する瞬間を。


 零距離から放たれる火炎魔法はグレイの防御も回避も許さず直撃した。全身に染み込んだ油に引火した炎は一気に燃え上がりグレイの全身を焼き尽くした。


「なッ!」


 グレイは驚きの表情で自分に起こった事を理解した。まさかオーク如きが魔法を使おうとは思っていなかったのだ。だがこのオークはずっと狙っていた。自分が絶対に避けれぬ距離まで近づくことを。ただの火炎魔法ならすぐに掻き消せるだろう。しかしサウスが浴びせた油が布石となりその効果は倍増し、グレイの視界が炎で真っ赤に染まり全身を炎の熱が覆い包み込んだ。


「うぐッ!」


 グレイは己が油断していたことを悟った。たかがオーク一匹だと侮っていた。それが今の自分の状況を生んでしまったのだ。炎はさらに勢いを増しグレイの皮膚を焼き尽くそうとする。だがグレイにはまだ魔力が残っている。この魔力で周りの炎を操作すればいいとグレイは考えた。だが次の瞬間、グレイの顔面をサウスの拳が殴り飛ばした。


「ウゴッ!」


 魔法の発動を許さぬサウスの攻撃である。サウスは自分の拳が炎に焼かれるのにも気にも留めずグレイの顔面を殴り続けた。全身を炎に焼かれ錯乱するグレイにはそれを防ぐことはできず顔面は潰れ血が飛散する。オーク族の馬鹿力で殴られれば例え勇者といえども無傷では済まない。この時のために鍛錬を積んだサウスの拳なら尚更だ


 サウスはひたすら殴り続けた。その光景は戦いと呼ぶにはあまりに醜く残忍で容赦がなかった。グレイの顔面は変形し骨は砕け皮膚は抉れ血で溢れていた。サウスは己の拳が血で真っ赤に染まるのも気にせず感情のままに殴り続けた。その姿は野獣そのものである。次第にグレイの反応が鈍くなり、最後には動かなくなった。


「はあ、はあ」


 サウスは血で染まった拳を止めサウスを見下ろした。もはや魔法を発動する意識もないだろうというくらい肉体は火傷と殴打による骨折と出血で破損していた。だがまだ息はあるようで身体がピクピクと痙攣している。


「まだだ」


 サウスはそう言って逃げれぬようにグレイの手足を折った。一本一本、二度と自分の足で立ち上がることのできないように骨を砕き破壊した。


「ごああああああぁぁああああ!!」


 その度にグレイから雄叫びのような悲鳴が上がり、両手両足を折られたグレイはまるで壊れた操り人形の如く手足を曲げて地面に転がった。


「自分のペットと同じ姿になった気分はどうだ?」


「貴様……よくも……」


 既に虫の息なグレイの口から言葉が漏れる。


「私は勇者だぞ……こんなことをして……ただで済むと思うな……貴様は大罪人だ……全ての人間を敵に回したのだ……他の勇者が黙っていない……お前は死ぬのだ……」


「そいつは都合がいい。こっちから出向く手間が省けた」


「愚か者め……これは戦争だ……貴様の傍の魔族は……全て皆殺しだ……世界がまた荒れるぞ……混沌の時代だ……魔族が勇者を殺せば……人間も魔族を殺す……魔族の大虐殺が始まるのだ……貴様に勝ち目はない……貴様の愛するものを全て奪ってやる……」


「望むところだ」


 サウスはグレイを見下ろす。自分の愛する者はもうこの世にはいない。ならば今さら失うものなど何もない。例え全ての人間が敵に回ろうが、邪魔する者は皆殺しだ。そして必ず残りの四人もこの手で殺して見せる。


 だが危なかった。今のサウスは全身傷だらけで立っているのもやっとの状態だ。どうやら血を流しすぎたらしい。勇者と戦うというのはこういうことなのだ。


「私を……殺すのか……?」


 グレイが問いかける。サウスは一瞬間を置いて答えた。


「いや……お前には生きて地獄を味わってもらう」

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