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オークだけど魔王を倒した勇者に復讐しようと思う 作者:雪都

第一章 強欲

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第三話 奴隷

 グレイ……その名を思い出さない日はない。あの忌まわしき惨劇の日以来、ずっと。


 自分の妻と娘を目の前で殺した五人の勇者の中の一人、グレイ。ずっと追いかけていた、彼らを。この手で彼らの息の根を止めることが、今のサウスの生きる目的であった。


 そして今、彼女の口からグレイの名が出た。これは彼女にとっての一つの賭けでもあった。


 下手をすれば自分の命が危険になる可能性がある。しかし、目の前のオークは勇者を憎んでいるはずだという確信があった。だから彼女は、彼の復讐心に賭けてみることにした。


 全ては姉を取り戻すために。


「私はグレイの居場所を知っている。そこにお姉ちゃんがいるというなら、私は今からそこへ向かうわ。もし、あなたも彼に用があるなら、道案内をしてあげてもいい」


 彼女の言葉に、サウスは「それで?」と返した。交換条件があることは察しがついていた。


「その代わり、私のお姉ちゃんを助け出してほしいの」


 サウスはそれを聞き微かに笑った。別に彼女を侮辱したわけではない。むしろ彼女の逞しさに感心していた。自分の殺戮現場を目の当たりにして、それでも尚取引を持ちかける奴はそうはいない。


「助け出すってのは、生きて連れ戻すってことか?」


「もちろん」


「すでに死んでいる可能性だってあるぞ」


 サウスの言葉に少女は息を飲んだ。考えたくなかったが、その可能性も十分ある。しかし彼女には残された希望に託すしか道はなかった。


「その時は……その時よ」


 彼女は泣きたい気持ちを抑え必死に声を絞った。それを聞き、サウスはしばらく黙ったあと言った。


「俺は誰かを守ったり救ったりすることはできん。俺ができるのはただ壊すことだけだ。俺が今一番望むのは、勇者の皆殺し。お前の姉を助けるのはそのついでだ。それでもいいならお前の提案に乗ろう」


「ほんとに!?」


 少女の顔がパッと明るくなった。だが、とサウスは子供に注意するように言う。


「自分の身は自分で守れ。これは絶対だ。足手まといは邪魔になるだけだからな」


「うん! わかった!」


 少女の顔に笑顔が灯った。それは年相応のあどけない笑顔だ。


「私、ティトっていうの。あなた名前は?」


「名前なんてどうでもいい」


「そんなことないよ」


「……サウスだ」


「よろしくねサウス!」


 獣人の少女ティトは牙を覗かせて笑った。サウスは無表情のまま、ため息を吐く。


「挨拶はいいから服を着ろ」


 サウスにそう言われ、ティトは自分が今上半身裸だったことを思い出し顔を紅潮させた。











 ◇◇◇◇











 その後サウスとティトは森を抜け街道を歩いていた。ティトの服は殺した奴隷狩りの男から剥ぎ取ったもののためブカブカだ。念のため、フードで獣耳を隠し尻尾はズボンにしまい、獣人族であることを隠している。サウスはもちろんマントとフードで正体がバレないようにしてある。


 この世界では魔族は家畜と同じだ。魔族の命はその所有者のものであり、魔族のものではない。所有者のいない魔族は野生の動物と同じように捕獲や駆除の対象になる。刃向かう魔族は殺されても問題ないのがこの世界の法律だ。


 人間は神の元に平等だが、魔族は人間の元に平等である。それがこの世界の常識であった。


 ティトはそんな世界を憎んでいた。なぜ人間か魔族かの違いだけで、こんな目に会わなければならないのか。人間が魔族より偉いなんて、誰が決めた? 人間なら魔族を殺してもいいというのか?


 魔王が殺されたから。そうあの奴隷狩りは言った。しかしそんなのティトにとっては理由にはならない。ティトは魔王と会ったことすらない。魔王が殺されたからと言って、魔族の幸せを奪う権利は誰にもないはずだ。


 しかしティトの理屈がこの世界に通じる程甘くないことは十分承知していた。だから今は、自分の姉を取り戻すことしか自分にできることはないのだ。


 サウスに自分の姉を助ける手助けを頼んだのもその一心からだった。残念ながら、ティト自身にはたいした力はない。自分一人で姉を救おうとした結果が、あのざまだった。だから、彼ならもしかしたら姉を救ってくれるかもしれない。そう考えた。


 しかし――


 彼女の心の中に不安があった。サウスは確かに強い。それは確かだ。人間の男三人を傷一つ負わず瞬殺したほどの実力だ。それに身体中に仕込まれた無数の兵器。彼は本気で勇者五人をたった一人で殺す気でいるのだ。


 それはしかし、魔族の常識からすれば異常だった。なぜなら勇者の強さと恐ろしさは魔族なら誰しもが知るところだったからだ。


 この男にグレイは倒せるだろうか……。ティトはそんな不安を振り払うように歩を進めた。











 ◇◇◇◇











 ティトに案内されたどり着いたのは一つのとある都市。


 通称“奴隷都市スレイヴシティ


 大陸中から集められた奴隷が集まる一大奴隷市場だ。ここでは様々な種類の魔族が奴隷として売買されている。そして今日も奴隷を乗せた馬車が街の中へ入っていく。


 それを横目に見ながらサウスとティトも奴隷都市の中へ進んでいった。奴隷都市は商人と奴隷と買い手の人間で溢れており活気に満ちていた。街のいたるところで奴隷のオークションや見本市が行われている。


 ここで売られた奴隷は様々な用途で主人の元へ送られる。愛玩動物としてや、労働力として、性奴隷として、戦力として、試し斬りの相手として、衣類や武具の材料として、食材として、嗜好品としてなど様々である。


 中には珍しい種族の魔族がオークションに出され次々と高値を更新していた。サウスとティトが見たのは、二人のハイエルフの奴隷だった。


 一人はまだ幼い少女で、もう一人は大人の女性だった。二人とも端整な顔立ちと美しい長髪をしており、ハイエルフ族の特徴である透き通るような白い肌と尖った耳をしていた。


 それが一糸纏わぬ姿で群衆の前に晒されていた。司会の男が芝居がかった口調で群衆に向かって叫んだ。


「今回皆様にお見せするのは世にも美しい二匹のハイエルフ族! なんとこの二匹は親子の奴隷です! 見てくださいこの透き通るような純白の肌と美しい身体を! 今回は皆さまにその素晴らしさを伝えるために特別に一糸纏わぬ姿をお見せしております! ハイエルフはなかなか手に入れるのが困難な希少種ですが、今回、我らが勇者様にして大奴隷商人であるグレイ様から直々の出品です! 何でも辺境の奥地で隠れていたのをわざわざ探して捕まえてきたそうです。さすが我らが勇者様です。残念ながら雄の方はその時愚かにもグレイ様に刃向かったために止む無くその場で処分してしまいましたが、この通り雌のほうは無事に捕獲することができました!」


 群衆から大きな拍手が沸き上がる。ハイエルフの少女は母親の足に抱きついた。


「購入後、どのように奴隷を扱われるかは所有者の自由! ペットとして飼うもよし! 夜の相手をさせるもよし! 働かせるもよし! すべて自由でございます! しかし、しっかりと躾けないと飼い犬に手を噛まれることになりかねません! ハイエルフといえど、魔族の一種なのです! そこで今回紹介するのがこの奴隷首輪スレイヴリング! この首輪には魔力が込められており、所有者の意思で微弱な魔力波を送ることができます。微弱といえども首輪をはめている本人にとってはかなりの苦痛です。生意気な奴隷にはこれでお仕置きをしてあげましょう!」


 群衆から笑い声があふれた。


「今回は特別にこの奴隷首輪を無料で差し上げます! さあどうですか! こんなチャンスは二度とありませんよ! 辺境の奥地で見つけた美しいハイエルフの親子と奴隷首輪二個をセットで380万ゴールドから始めたいと思います! さあ購入の意思のある方は――――」


 ティトは思わず目を逸らした。自分の姉もこうして売られたのかと思うと、胸が張り裂けそうだった。隣のサウスを見るとその顔は怒りで染まっていた。ティトがこの場から離れようと言おうとした時、司会の男が叫んだ。


「それでは、今回ハイエルフ族の親子二匹を購入されたお客様のために、特別ゲストをお呼びしました! 我らが勇者様にしてこの街の大奴隷商人! グレイ様です!」

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