自民党の杉田水脈(みお)衆院議員の「LGBTは『生産性』がない」という差別的な主張を掲載し大きな批判を受けた『新潮45』が、杉田議員を擁護する特集を組んだ。社内からも、新潮社と関係のある作家からも批判の声が上がる。LGBTの当事者の中には、先の杉田記事で精神的な苦痛を受けている人もいるといい、「表現の自由」「言論の自由」では済まされない事態になっている。
より酷い内容で帰ってきた杉田議員の「生産性」発言
問題となっているのは、新潮社が出版する月刊誌『新潮45』10月号だ。同誌は8月号で掲載した杉田議員の「『LGBT』支援の度が過ぎる」という寄稿が「見当外れの大バッシングに見舞われた」と主張。「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」と題して、7本の論考を掲載した。
藤岡信勝氏は杉田議員は「言葉狩りのターゲットとされた」と言い、「批判を恐れず勇気を持って正論を主張する国会議員の存在は貴重」だと再評価。
「政治は『生きづらさ』という主観を救えない」(小川榮太郎氏)では、「テレビなどで性的嗜好をカミングアウトする云々という話を見る度に苦り切って呟く。『人間ならパンツは穿いておけよ』と」「満員電車に乗った時に女の匂いを嗅いだら手が自動的に動いてしまう、そういう痴漢症候群の男の困苦こそ極めて根深かろう。(一部省略)彼らの触る権利を社会は保障すべきではないのか。触られる女のショックを思えというのか。それならLGBT様が論壇の大通りを歩いている風景は私には死ぬほどショックだ、精神的苦痛の巨額の賠償金を払ってから口を利いてくれと言っておく」など、とても看過できない主張が掲載されている。
特集の冒頭には「真っ当な議論のきっかけとなる論考をお届けする」と書かれているが、これは明らかな差別扇動であり、言葉の暴力だ。
『新潮45』と、そして出版社の新潮社に対し、ツイッターには多くの批判の投稿が寄せられている。
「人を死に追い込む言論は暴力だ」、不買の意見も続々と
以下はツイートだ。作家からも多くの批判の声が上がった。
作家の星野智幸さん。「私の性的少数者の友人知人たちの中には、『新潮45』の杉田水脈論文が発表されてから、抑うつ状態に陥ったり、希死念慮に取り憑かれそうになっている人もいる。人を死に追い込む言論は、自由な言論ではなくて暴力であることを、言論機関は学んでほしい」
同じく作家の平野啓一郎さん。「『新潮45』編集部は、新潮文庫で『仮面の告白』を読んでみたらどうか。読者として、新潮社の本で僕の人生は変わったし、小説家としてデビューし、代表作も書かせてもらった。言葉に尽くせない敬愛の念を抱いている出版社だが、一雑誌とは言え、どうしてあんな低劣な差別に荷担するのか。わからない」
新潮社の出版物を買わない、原稿依頼を引き受けないという宣言も多く見られた。
社会学者・金田淳子さん。「新潮45だけが特別におかしくて、他の新潮の出版物はまた違うと思うけど、新潮さんの出版物、もう買いませんし、原稿も引き受けません」
京都大学iPS細胞研究所の八代嘉美・特定准教授。「新潮社さんでは、再生医療や幹細胞研究の意義を広く理解していただければと、取材協力や執筆などさせていただいてきましたが(新潮45でもお引き受けしてきましたが)、差別的言説の掲載といった残念な状況が続く限り、執筆はお受けせず、また購読も差し控えたいと思います」
当事者である性同一性障害を公表している世田谷区議会の上川あや議員からは、「差別の扇動をよしとした出版社の本、雑誌を私は買いたくありません。新潮社の出版物は、思いを改めるきっかけが今後ない限り、もう買いません。小さいけれども固い決意です」
創業者の志をツイート、社内からも批判の声
反応は、書店や書店員からも。
東京都の書店・ひるねこBOOKS。「熟慮の末、新潮社の新刊については当面仕入れを見合わせる事にしました。当店が販売を止めても何のダメージにもなりませんが、そう決断する本屋がいくつかはあっても良いだろうと思います」「当該雑誌は部数を伸ばし、広告が増えるのかもしれません。『話題になった』とほくそ笑むのでしょう。その連鎖を断ち切らなければいけない。大手だから何を出しても許されるわけはないし、むしろその責任を果たしていただきたい。『幅の広さ』を謳うのであれば、その逆や別の意見をぜひ見せてください」
ジュンク堂大阪本店。「平成も終わるというのに本屋は無力なのか?と悶々とするのですが、私という店員は無力でも、闘う人の孤独に寄り添い心を奮わせる本はたくさんあるので、今日も本を並べます。半分くらいしか届いてないしPOPもまだないけれど、見切り発車で今年も本deレインボーパレードはじめました。this is pride」
そんな中、新潮社の公式ツイッターアカウントである。「新潮社出版部文芸」は、『新潮45』が発売された18日深夜から、同誌や新潮社を批判するコメントを次々とリツイートで拡散し話題を呼んだ。一旦それらのリツートが消されたため心配の声も上がったが、再開。「良心に背く出版は、殺されてもせぬ事」という創業者・佐藤義亮の言葉をプロフィールに固定し、再び批判コメントをリツイートしている。
「新潮オンラインショップ」も「怒られたら消します」とした上で、意見を投稿。
「三島由紀夫『仮面の告白』が有名ですが、夏目漱石『こころ』にもLGBT的論文が多いんですよ。実際読んで頂ければわかると思うのですが…!」「日本文学とそういった描写は切っても切り離せないし、そういうマイノリティや苦悩に寄り添ったりするのが文学かなぁ…と思ったりしたりします」
岩波文庫、河出書房も応援
こうした同社の姿勢には共感・応援するコメントが多かった。
作家の村山由佳さん「『新潮45』の特集に胸蓋がれる思いでいたら、同誌への批判的意見を、同じ新潮社の文芸アカウントが次々にリツイートしているのを知った。一度全削除されてもまた復活した。 組織の中で闘う困難を、↓固定ツイートのこの信念が上回ったということか。 どうか頑張って。皆、出版人の良心を信じたいんだ」
岩波文庫、河出書房など同業他社からも。
岩波文庫編集部。「新潮社出版部文芸さんの志、共有したいと思います」
河出書房新書・翻訳書。「長く続く出版社同士。もちろん、時代時代で変わっていく、変わらない訳にはいかないけど。良心に背いても、いいことないぜ、きっと。新潮社出版部文芸と同じ気持ちです」
一方で、新潮社のアカウント「新潮文庫nex」からは「ひとつの意見を尊重しつつ、まったく別の意見も尊重できる、その幅の広さ、好奇心の強さ、「真実」って何だろう、と問い続けることこそが、新潮ジャーナリズムの真髄だと、僕は思っています。(編集長T)」という問題を理解していないと思わざるを得ないツイートも。
これには「差別問題に両論併記を持ち出すことは『このマイノリティに生存権があるか、ないか、話し合って決めましょう』というのと同じことで、そのこと自体が差別だし、迫害なのです」「人の顔を踏みつけにしておいて『意見を尊重』か。そうやって『多様性』って言葉を弄んでるあいだに人が死ぬ」など多くの批判が寄せられた。
抑うつ状態や希死念慮……被害者はすでに出ている
前出の星野さんのツイートにもあったが、記者も杉田議員の「生産性」主張以降、体調を崩しているLGBT当事者の声を複数聞いた。ノンフィクションライターの加賀直樹さんも「実際、生きることを儚み、あらぬ行動を起こす子が出始めている。脅しでなく、このままでは自殺が増える。当事者へのダメージは思っているより遥かに深刻」とツイートしている。
特に心配なのが子どもたちだ。これまでもジェンダーへの問題提起を続けてきたエッセイストの少年アヤさんは、「そういうのとさ、いつも戦ってるんだよ。ただここに立っているだけでも、つねにできるだけ踏ん張ってるんだよ。それでも、ぼくは怒れるよ。大人だし、ヘイトは間違っていると言えるだけの知性も経験もある。だけど、子どもはどうするの。うっかり目にした子どもが明日、死ぬことを決めたらどうするの」とつぶやいた。
8月にはアメリカで9歳の少年が学校で同性愛嫌悪的ないじめを受けたことが原因で自殺したと報道されたばかりだ。
出版社内で闘う社員がいるのは、今後のことを考えれば一つの救いだろう。ただ、忘れてはいけないことがある。作家の深緑野分さんのツイートを引用する。「新潮社の良心を信じたいという気持ちはわかるし大きな組織で抗議の声を上げる難しさは私も身にしみてるが、今回の直接の被害にあってるのは出版社ではない、LGBT当事者や痴漢被害者などの社会的弱者だと忘れてはいけないよ。そこを飛ばして出版業界の美談にしてはならない」
作家の松田青子さんも言う。「新潮社の担当編集者さんから電話があったので、リツイートやツイートではなく、不当に傷つけられた当事者の方々のために一刻も早く会社として声明を出して欲しいとお伝えした」
能町みね子さんも同様の意見だ。「新潮社の人が会社内部からRTで新潮45への反対を示そうが全然ダメ。人の意見のRTしかせず自分の意見は出さない時点で何も評価できない。せっかく社内から反論してプライドを示すチャンスなのに、その程度のこともできない時点で終了」
講談社でも中国人や韓国人へのヘイトを煽るような自社の出版物に対し、労働組合の会報に社員が批判的な意見を寄せたことがある。しかし、その本の販売は今も続いている。
新潮社は、Business Insider Japanの取材に対し「杉田水脈氏の論文に端を発する『新潮45』の記事については、社内でも様々な意見が存在しています」とコメント。批判的な投稿をリツイートしていた「新潮社出版部文芸」アカウントは複数の社員で運営しているといい、「言論の自由を最大限に尊重するという立場から、各部署、社員の個人の意見表明に関して言論統制のようなことは従来より一切行っておりません」と述べた。
個別の記事については、社としてコメントを出すなど対応する予定は今のところないと言う。
一方、『新潮45』編集部は今回の特別企画が社内外から多くの批判を集めていることについて、「多様な意見があるのは当然のことと考えています」とした上で、企画意図については、「誌面の内容がすべてです。LGBT当事者を含め、さまざまな意見を掲載しておりますので、ご精読をお願いいたします」と説明し、読者に理解を求めた。
※編集部より:この記事は、取材の進展に伴い、内容をアップデートしました。2018年9月20日22:40
(文・竹下郁子)