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2)理事会原状復帰への取組みをクーデターに追いやった事件の真相

                                                         金慶孝

 

1.  序論

結果だけをもってみれば、明らかに顯進様が問題を起こしたように見える。しかし、本当にその問題の原因と結果を正確に明らかにしようとするならば、事件の前後を詳細に明かさなければならない。これまで私たちが言うことがなくて沈黙していたわけではない。すべてのことを明らかにしようとすれば、それが即、数名の真の子女様たちにまで問題が飛び火するためにそうできなかったのだ。問題がここまで拡散した以上、今やこれ以上隠すこともないので、一部の内容をここで整理してみようと思う。

 

2.  本論

2008年7月29日、仁進様を米国統一運動を代表するチェアマン(総会長)に発令するという公文が亨進様の名前で出された。当時、南北米は顯進様が責任を持って活動してこられたので、現場では少なくない混乱が生じた。最終的に、金炳和大陸会長が真の父母様に直接確認した結果、仁進様は総会長ではなく祝司長であり、珍成様は教会の仕事には一切関与してはいけないというみ言を受けたが、その意見は無視された。そして約1ヵ月が過ぎた8月21日、突然、米国家庭連合理事会が召集された。夜10時頃に公示が出たのだが、翌日の朝7時に電話会議を通して既存の理事たちの大部分を解任したというのであった。招集公告を48時間前にしなければならない規定も破ったようで、顯進様ともまったく調整されていないものであった。顯進様の代わりに理事会に入っていた郭珍満氏も解任対象に含まれていた。本人がその日の夜、仁進様の補佐官である尹ギョンジョンに電話し、なぜそんなに急に理事会を変えようとしたのかと訊いたところ、「米国では責任者が変われば、本来そうである」という答えを聞いた。確実ではないが、珍成氏が孝進様の昇華直後、マンハッタンセンターの責任者として赴任し、50万ドルをニューヨーカーホテルからマンハッタンセンターに奪おうとしたが、ホテルの理事会を支配していた統一教会理事会の承認という障壁にぶつかったということがあったために、そのように急いだのだという話もあった。郭珍満氏は、翌日の朝、理事会において自分が顯進様を代身して派遣された理事であることを説明し、自分がなぜ解任されなければならないか顯進様に報告を差し上げる名分が必要だと言うと、珍成氏はそういった事実はまったく知らなかったと弁明した。こうして理事会を通して仁進様は大部分の既存理事たちを整理し、自分側の人たちを立たせた。ところが後にお父様がこの報告を受けられて、理事たちをもう一度元の位置に戻せと指示された。この時、仁進様は一部は元に戻されたが、一部はそうされなかった。

このような事態から約6ヵ月が過ぎ、顯進様は2008年の間中、GPFに主力を注がれ、仁進様はラビンライフ・ミニストリーの基盤を築くのに専念された。そして2009年2月初めから顯進様は、お父様のみ言を受けて世界巡回に出るべく、その準備でお忙しかった。その時、突然、お父様は2月15日頃、韓国に帰国されるとすぐに、顯進様、國進様、亨進様に対する責任を言及されながら、顯進様が米国に責任を持たねばならないというみ言を訓読会場で何回か下さった。本人は梁昌植会長に直接、電話をして確認したが、待ちなさいというだけで誰一人何か公式的にお父様の指示を伝達してくれる人はおらず、公文も出なかった。顯進様はワシントンDC、プロスペクトホールで、本人を含めてUPFスタッフたちと共に世界ツアー戦略を計画していらっしゃった。周知の事実だが、國進様は日本に責任を持てというお父様のみ言を受けて、すぐにその翌日であったか日本に行かれた。しかし顯進様は、米国において、すでに仁進様が責任者の立場で活動していらっしゃったので、公式連絡が来るのを忍耐して待たれた。結局、公文は出ず、最後に米国分捧王である朱東文会長を通して直接、お父様にお尋ねにならなければならなかった。ちょうど真の父母様と幹部たちがセントラルシティーで午餐を共にしている時、朱会長がお父様に尋ねることができた。この時、お父様はもう一度、はっきりと「米国の責任は顯進様にあり、仁進様は総会長ではなく祝司長であり、珍成様は教会のことに一切関与してはならない」というみ言を下さり、許ムンド長官をはじめとして周囲の幹部たちも皆、聞くこととなった。朱会長はこの内容を顯進様に直接伝達した。顯進様はついに公文に対する期待を放棄し、一旦、朱会長の報告を土台として金炳和会長に連絡し、ご自身が米国を発つ前に米国の全体摂理機関の指導者たちに会うという意志を伝えた。それが2月22日、日曜日の午前であった。顯進様は世界巡回のために長期間米国を離れる前に、長子国家米国の指導者たちが一つの方向に向かい、特にワシントンタイムズに対する責任感を持つように督励したいと言われた。指導者会議は2月23日、ニュヨーカーホテルで開催された。顯進様は全体の指導者たちに会うにあたって、まず仁進様と珍成様に個別に出会い、お父様のみ旨を伝えて共に協力してくれることをお願いされた。仁進様との会合は結論が出ないまま終了し、仁進様はお父様に直接、お目にかかって確認すると言って帰られた。以後、この会合に対してよくない噂、特に顯進様を陰謀に陥れる根拠ない怪文書が出回っているという噂が流れ、1年も過ぎてから衝撃的な事実が明らかになった。人々は米国理事会変更から事件が勃発したとみるが、本人は仁進様と顯進様の会議が最初の発端になったとみている。とにかく顯進様は指導者たちが集まっている所に一人で降りてきて会議を主催し、み言を語られた後、出発された。[1]

ところがおかしなことに、顯進様を米国責任者として任命するという公文を送ってくれなかった宣教本部が、翌日の明け方と午前に、まったくでたらめな連絡と公文を発送した。特に明け方に大陸会長宛に到着した石竣昊宣教本部本部長のメールには、「今日、國進様が仁進様の米国総会長の職責は何の変動もないということを金炳和大陸会長に知らせようとされています」という内容が書いてあり、その内容に顯進様は衝撃を受けられた。

顯進様は仁進様を、ご自身の姉であり、公的には祝司長として尊重しながら、共に協力しようとされた。米国の指導者たちには、全体が一つになって一つの方向で協力することを強調された。このような状況において、なぜ突然、顯進様が巡回に発たれる直前、理事会を招集され、お父様のみ言どおりに理事会を元の位置に戻すとおっしゃったのか。その当時、本人は常に顯進様の側にいたが、顯進様の関心は理事会にはなく、世界巡回の準備と、突然、吹き迫った日本の経済危機の中で、米国指導者たちが一つの心、一つの意思でお父様の米国摂理基盤、特にワシントンタイムズを守らなければならないということにあった。

結果的に米国統一教理事会は召集されたが、6対5で解散した。そして、三人のご子女様たちは真の父母様に呼び出されて、束草を訪問するようになった。


[1] 1月に米国のジョシュア・コッター牧師が顯進様批判巡回をしながら、この会合が自分がこれまで参加した会合の中で最悪だったと詭弁を語っているが、その偽善は今後、顯進様のみ言の映像が公開されればすべて明らかになるだろう。

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