VR(仮想現実)は、諸刃の剣。
早急に対応しないといけない。
――書評『VRは脳をどう変えるか? 仮想現実の心理学』
ハーバード・ビジネス・レビュー編集部がおすすめの経営書を紹介する連載。第86回は、スタンフォード大学教授(心理学、コミュニケーション学)のジェレミー ベイレンソン氏の著書『VRは脳をどう変えるか? 仮想現実の心理学』を紹介する。
Facebookのザッカーバーグ氏を魅了したVR
Facebookは2014年、クラウドファンディングで起業された小さなVR機器メーカーのオキュラス社を、20億ドル超で買収して、世界を驚かせた。CEOのザッカーバーグ氏はその買収の数週間前、本書著者の研究室を訪れ、最新のVR(仮想現実)を体験し、その凄さに衝撃を受けていた。本書は、その時の様子から話が始まる。
著者はおよそ20年間、VRを研究している第一人者。VRは、人間の心理や行動に大きな影響を与える、従来にないまったく異質なメディアであることを、多くの実験や実用事例で明かしていく。
例えば、特殊な“鏡”を使えば、人間の脳は、簡単に仮想の身体を自分自身だと思いこむが、これをVRと組み合わせれば、年齢や人種の異なる人間はもちろん、別の動物の身体を自らに移転することが可能だ。
また、宇宙から海底まで、誰でも簡単に擬似旅行ができるVRが普及することで、世界の消費活動は一変する。既に仮想世界で遊ぶための衣服、不動産、船などにあらゆる階層の人々が多額を投じ、巨大な経済圏が生まれている。
そして、宇宙から地球を見た宇宙飛行士が地球の存在価値を強烈に再認識するように、VRで同様の経験を多くの人が持つことで、地球環境問題への意識が社会的に高まるという効果が期待される。
医療ではすでに、PTSD(心的外傷後ストレス障害)患者の治療に多くの実績を上げている。2001年に米国を襲った9.11同時多発テロ後、多くの人がPTSDに苦しんだ。この障害の治療にはトラウマの再現が有効だが、従来の手法ではあまり効果がなかった。そこで、ある専門医が、テロ当日を緻密に再現したVRを作り、患者に治療を施したところ、劇的な効果が得られた。
同様のVR治療は、イラク戦争に従軍しPTSDに苦しんでいた2000人以上の元兵士にも施され、健康回復に役立っている。
重度のやけど患者は治療で想像を絶する激痛を味わい、どんな鎮痛剤も効かないほどだが、治療中の患者にあるVRソフトをプレイさせると、痛みが和らぎ、脳の活動に明確な変化が見て取れた。この“ディスラプション(気をそらす)”という方法で、VRは従来の治療を大きく上回る効果を示しているのだ。
教育分野での活用も、始まっている。ハーバード大学では、19世紀の町を再現したVRを制作し、当時の世界にタイムスリップして科学を学ばせる「VR社会見学」を中学生に体験させた。生徒たちは、19世紀の人々を苦しめた病気を、現代の科学で治療する経験をVRによって体感することで、学習意欲を大きく向上させた。自分にも科学ができるという自信、「自己効力感」を持てたのである。このように、VRは教育の世界を劇的に変えつつある。
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