魔導国の日常【完結】 作:ノイラーテム
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「完全な平野は無いみたいだけど将来の目標としてなら丁度良いか」
執務室に戻ったアインズは地図を取り出した。
眺めながら、ああでもないこうでもないと心の中で格闘。
「森の近くだから獣くらいは出るだろうけど、このくらいなら問題無いよな」
心はすっかり新たな街道敷設に前向きで、既存の街道を舗装し直す…という当たり前の事実を忘れさった。
もはやカルネ村を中継地点に、リザードマンの村まで伸ばす事を前提としていたのだ。
他のメンツが、エ・ランテルを中心に、王都や帝都に繋げる街道強化を基準にしている事を考えれば、真逆と言えるだろう。
「地下洞穴の調査はまあ後回しで良いや。いつかのコラボみたいに、地下に大トンネルがあったら、それはその時でっと…」
何しろ王都や帝都への街道敷設なんて、きっとも冒険心をかきたてないため、考慮の外だったのである。
懸念する案件も、どちらかといえばKADOKAWA感謝祭のロードス島コラボで通った、ドワーフの大トンネルくらい。
おかげで誰かさんの胃が、多少なりとも救われたかもしれない…。
「あっ、そうだ。せっかくなんだしイベントを作…創らないとな」
雀百まで踊り忘れず。というが、残滓であってもゲーム脳というのはあるものだ。
かつての経験に従い、アインズはチュートリアルを思い出していた。
そして幾つかの勢力の中から、適任者を思い出す。
「『
『ははぁ。我が主アインズ様。なんなりと御命じください』
脳裏にナーガの顔を浮かべ伝言の魔法を唱えると、たちまち返事が返って来た。
相手の姿は見えないが、平伏してるだろうなーという、奇妙な確信が感じられる。
「お前は森の全てをテリトリーとし、主に西を棲み処としている…で間違いは無いな? ならば数日後に人間達が赴く事になるであろう」
『そひゃ…そやつらを、始末すればよろしいので?』
アインズから送られた思念に驚いて居たリュラリュースは、徐々に落ち着きを取り戻しながら、出来るだけ丁寧に応えて来た。
「そうではない。人間達が通行許可を求めて来た場合、お前の欲しい物と引き換えに許可してやるが良い。…そうだな、万が一を考え、洞穴か窪地など捨てても良い場所を仮の住処とせよ」
『欲しいものと言ふと猿酒とか…へありまふか?』
猿酒?
聞いた事の無い単語に、アインズの心は俄然沸き立った。
もしかしたらタブラさんやブループラネットさんは知っているかもしれないが…、実物を見るのは自分が始めてだろうと、観光を計画しているような楽しい気分になれた。
「お前が満足できる物ならば何でも良かろう。他にも欲しい物があれば、お前が余らせている物と交換を申し出れば良い。そこまでの要求であれば西の森の主人ということで受け取って構わん」
『ありがたき幸せ』
リュラリュースから嬉しそうな反応が返って来る。
西の森の主人として行動できるからか、あるいは単に酒が好きなのかもしれない。
そういえばドラゴンやドワーフ達も、色々と目が無かったなぁ…と思い出した。
「あくまで予定だが…。その際、私か部下が居るかもしれないが、見守る以上ではないので無視して構わん。同様に、人間ではなくリザードマンになるやもしれん」
『…わはりまひた。決して御期待には背きませんぞ。わしは一層の忠誠をアインズ様に…』
一瞬だけ、リュラリュースからブルリと震えるような反応が返って来る。
それ以外は特に予定外の事は無く、アインズは申し分ない成果に満足して伝言を打ち切った。
「よし、これで一応のイベントは完成。あいつの仮の棲み処を探し出して、交渉がまとまるのを見守ればいいかな」
カルネ村とリザードマンの村の途中にナーガの棲み処。
そこで通行許可をもらって、通り抜けていく…。
猿酒とか言う物を見た事は無いし、棲み処の場所自体は知らないから、今回の冒険の目標としては十分だろう。
「そうだ。欲しい物を考えておけって言っといて、誰もいかなかったら可哀想だもんな」
もしかしたらレイバー達がそこまで辿りつけないのかもしれないので、リザードマン達の方が行くかもしれないとしておいたのだ。
それに蛇みたいなナーガが相手なら、トカゲみたいなリザードマンは話し易いかもしれない。
まあ、嫌がるかもしれないが、それはそれで人間の方が話が通じると思う可能性が出て来るので、どっちでも良かった。
「後は現地に行ってからのお楽しみだな…」
アインズは同じ様にリザードマンの村やカルネ村に伝言を飛ばしつつ、遠足を待ち詫びる子供の様に、ラケシル達と約束した日々を数えた。
そして、伝言を受け取ったリザードマンの村では、その解釈に悪戦苦闘していた。
「ムウ。街道トハ王都ヤ帝都ニ繋ゲルノデハナイノカ…。シカモ、アウラノ協力ヲ受ケズトハ」
コキュートスは四つの腕を組み大いに首を傾げる。
頭から湯気ならぬ凍気が零れ出し始めて居た。
「流石はアインズ様。僅か道一本で世界を動かされるとは。まさしく我らを導くに相応しい御方」
「ドウ言ウ事ダ、デミウルゴス?」
相談を持ちかけた友人は、即座に偉大なる主人の考えを理解したようだ。
下された命令の意味が判らぬ身としては、恥ずかしながら確認せざるを得ない。
「便利な街道があればドワーフ達が人間の領域に顔を出すだけでは無く、アゼルシア山脈全体がアインズ様の影響下にあることを知らしめることが出来るんだよ」
「何ヲ当然ノ事ヲ? 当タリ前ノ事デハナイノカ? 現ニ、ドラゴンドモモ…」
デミウルゴスはニヤリと笑って、コキュートスの反論に頷いた。
そこまでは良いのだ。
だが、そこから先に展望があると言う訳である。
「良いかいコキュートス。ソレは距離を制覇できる我々の視点だ。だが、悲しいかな人間たちにはソレが理解できない。山々と距離に阻まれ、遠くに住んで居ると思う人間達は、自分が安全だと信じて居るんだよ」
「ソウ言ウ事カ。当然ノ事ヲ理解デキヌトハ、人間ハ視野ガ狭イナ」
天然の要塞と思って居たアゼルシア山脈が、ただの地形だと判ればさぞや驚愕するだろう。
デミウルゴスは恐怖する人間達の事を考えて、うっとりとした表情を浮かべた。
「イヤ、ソノ事ニ気ガツカナイ私モマタ…。恥ヲ承知デ再度尋ネルガ、何故、アウラヲ使ワズ街道ナノダ? 別ニ、街ヤ要塞ノ建設デモ良イノデハ?」
「君は軍人だったからね、今までは、それで良かったから問題無い。これから見地を積めば良いさ。さて…、まずはアウラに頼んではいけないというのは簡単だ」
コキュートスが自らの未熟を嘆くと、デミウルゴスは友人のフォローに回る。
そもそも戦闘型として創造された彼が、戦闘以外の知識を持っている訳が無い。
「現地に居る人間やリザードマンでもなんとか可能であり、彼らの忠誠や、学習効果を確認できる。つまり命じておけば管理せずとも幾らでも可能になるんだ」
「確カニ。ソシテ、私モマタ、着実ニ見聞ヲ広メラレル…ト」
デミウルゴスの指摘で、コキュートスは自分の学習材料であることを理解した。
仮に、アウラに命じればものの数日で済んでしまうが、何も得ることが出来きない。
試しにやらせてみる今回の事で、実行可能だと判ればあちこちに街道を敷設する事が出来る。
失敗して無残な結果に成ったとしても、所詮は取り替えの聞く人間・リザードマン達の損失であり、失敗すら経験値に替えることが可能だ。
「そういう事だね。それに…街や要塞でない理由は、その後の事を考えておいでなのだよ。街道は街より安価に出来て、利益を生む。今は奥地にある資材を前線に送ることが容易くなるだろうね」
「既ニ王国・帝国ヲ下シタ後ノ事ヲ…。何ト言ウ…ヨウヤク意味ガ判ッタゾ、デミウルゴス。感謝スル」
とはいえ森を越え、山を越えるのは、非力な人間には難しい作業だ。
さぞや苦労を重ね、襲ってくるモンスターに阿鼻叫喚する事だろうとデミウルゴスは微笑んだ。
その時の光景を、自分で目にする事が出来ないのは残念でならない。
「そういえばペストーニャがこちらに呼ばれているらしい。おそらくは、既に死んでいる連中を蘇らせて、使い捨てにせよという事じゃないかな?」
デミウルゴスは高位の神聖魔法を使えるメイド長が、人間達の学校などと言うくだらない用事で呼ばれていたことを思い出す。
その時は何故? と思わなくもないが、そちらはついでというか、カモフラージュだったのかもしれない。
仮に、高位の使い手が目を付けられるような事があったとしても、学校の為に移動しているのであって、蘇生や街道敷設の動きとは全く関係ないのだ。
「アインズ様の温情に露と消えるまで応え…。いや、草場に消えた後まで役に立ってくれることだろうね」
街道敷設は広域に渡り、人足や行商によって、長期に及んで人の口に登る。
死を超越する奇跡と共に使命を与えられ、その後も恩賞として判り易い形として伝説に残るだろう。
その意味で今回の件は重要だと、デミウルゴスは主人の深謀遠慮に畏れいったのである。
そして、本人も知らない内に大袈裟な事態に成った後、数日が経った。
一足先に出発の準備を整えたアインズの元に、ラケシルがレイバーを連れてやって来る。
「これが我々の悪友レイバーだよ、モモン殿」
「悪友はないだろう。テオから紹介に預かりましたレイバーです。お目にかかり光景ですモモン殿」
「やはりラケシル殿と親しい様ですね。こちらこそよろしくお願いします。色々とお話しすることになるでしょうし、堅苦しい言葉は構いませんよ」
二人が来たことでバックパックを背負うと、出発の準備は終わりだ。
移動を促すと、レイバーが話題のキッカケとして軽く尋ねて来た。
「聞いたのかもしれませんが、良く古い付き合いだと判りましたね。何かコツでもあるのですか?」
「なに、迷いなく名前を呼び会っていたでしょう? アインザック殿との会話でも半々だったと思いますが…。こう言うのは、紹介された時・名乗った時の名前を引きずる物なんですよ」
A・Bという名前で、Aと紹介されればA、Bと紹介されればBと認識。逆もまた然り。
よほど年齢に差があったり役職で呼ばねば失礼な場合を除いて、割りと年代に差があっても、最初の紹介が引きずる物だとアインズは説明した。
一歳・二歳の差だと、敬称を紹介されたあだ名につけたりする奇妙な現象が起きるのだと付け加えると、軽い笑いが返って来る。
「確かにそうですね。代々続く貴族の方でも、武人肌の方など将軍と呼べとおっしゃられる人もおられます」
「直接紹介されてない第三者が聞くと、格式が低い呼び方で失礼だったりするんですよね」
そんな他愛のない話をしながら歩いて居ると、ラケシルが不満そうに話題に加わって来た。
「それは良いんだけどなぁ…。ナーベ殿は居られないのか? せっかくの魔法談義が出来ると思ったんだが」
「ラケシル殿が居られるので、魔術師は不要と別件に出してしまいました。同じ様な問いになりますが、アインザック殿は? やはり仕事で?」
ナーベの話題が出はしたが、アインズとしては余計な連れが出るのが好きではなかった。
その意味で、同じ魔法職のラケシルが居るのはありがたい。
戦闘になるなら特化型のナーベという話になるかもしれないが、そうでないなら研究も出来るラケシルの方がより正しい選択のはずだからだ。
だいたい、せっかくの遠足を紐付きで嬉しいはずがないではないか。
「私の方で聞いて居ますが、帝国の方が見えられたそうですよ? あちらの話を陛下にお伝えする任務とは別に、冒険者ギルドの件でも…」
(そういえば、そんな奴も居たな。…せめて空飛ぶ方だったらなあ。そしたら理由作って同行させるのに)
レイバーの話でアインズは使者としてやって来た金髪の女を思い出した。
他に用事があれば、何でもしますとでも言わんばかりの意気込みだったが…、アンデッドの身では相手させる意味も無いので、正直扱いに困る。
今思えば道なき道の一行として、鷲馬のライダーだったら良いチョイスではなかったろうか?
チェンジしてもらえば良かったなーとか、他愛ない思いに耽るのであった。
というわけで、ミニ・クエストの準備会…と言う名の大事業発生。
アインズ様は遠足で猿酒とか見に行くだけのつもりなのですが、デミウルゴスがいつもの拡大解釈を始めたので、シベリア鉄道的な何かが秘密裏にスタートする感じになります。
王国・帝国・法国という概念は古い、天下の三分の一以下だよ~と言う認識がいずれ広まる事になるでしょう。