魔導国の日常【完結】 作:ノイラーテム
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「ドワーフのトンネルドクター…。陛下はドワーフを従えて居られるのですか?」
「正確には同盟関係を築いている、というところだな。無理は言えんが妥当な交渉には応じてくれるだろう」
だから招聘可能ではある、というところだ。
そう告げるアインズの言葉にレイバーは衝撃を受けたようだった。
そして衝動の赴くままに、地図に向かって目を血走らせる。
「何ができるかは…そうだな、カルネ村に何人か居るから話してみるといい。今日も一人来る予定だから顔を通すくらいはできるだろう」
「ありがとうございます。ご厚情に感謝の言葉もありません」
「……。……」
アインズの言葉に感動するレイバーであるが、アインザックは少しだけ目を細めて見守る。
ちゃんと理解できているのか不安と言った風情だが、ここで指摘するのも問題だ。
幸いなことにアインズは気を良くしたのか、そのやりとりに特には口を挟まなかった。
まあ営業部長と事務の部長候補のあいだに、余計な口を挟む社長も居ないだろう…というのもあるが。
「重ねて言わせてもらうが、他の案件もあるから確約できないということを覚えていてもらおう」
二人が退出するに当たり、アインズは先ほど言ったのと同じ言葉を繰り返した。
「お前のアイデアがいかに素晴らしくとも他に良いアイデアがあれば変わるし、時と場合によって、お前のアイデア以下のプランが優先されることもある」
「ははーっ」
恐れと言うよりも、自分に刻みつけるかのようにレイバーは仰々しい回答を示す。
その様子に耐えかねたのか、アインザックは帰り路で口を開いた。
「随分と思い詰めているようだが、あまり無茶な案を連ねられても困るぞ。これ幸いと机上の空論を混ぜられては紹介した私の肩身が狭い」
「何を言うプルトン! トンネルドクターとやらを教えてくださったのは陛下だぞ! あちこちで邪魔する山を貫けるなら、どれほど素晴らしい街道が敷設できることか。やろうと思えば…」
やっぱりか、とアインザックは溜息をついた。
レイバーが先ほどからしている目は、何かしらの使命を感じた者だけが持つ目だ。
良いことでもあるが、あまりに熱中されて、悪い方向に転がった者も少なくない。
「口だけ賢者の例だけではない、都病に罹患して足元を忘れた行政官はただの迷惑だ。その轍を踏んでくれては困る」
「出来もしない計画を練るつもりはない。ただ、陛下のお力を借りれば実現可能な範囲で…」
王都や帝都などの大都会に上京して、そこで見た素晴らしいことを、田舎町で実行しようとして失敗する領主は多い。
その多くが自分を開明的な人物だと勘違いして、時節を見誤ったり、せっかくの協力者などを失っていくのだ。
そもそも街のサイズによる差、文明による差、あるいは地理・人材の差であったり、単に相場や得意産業の被りなど当てはまらないことが多いのだから。
問題なのは、今回の協力者とはこのエ・ランテルで…いや、近隣諸国で一番力を持っている魔導王だということである。
不興を買えば、レイバーやアインザックのみならず、冒険者…いやこの街の住人全てが不幸なことになるだろう。
「…言うまいと思ったのだがな。その地図はもともとモモン殿の物だ」
「漆黒の英雄から? 何故、陛下の手に?」
アインザックはそのときのことを今でも鮮明に思い出せる。
言わなかったのは、大事にしまっておきたい感傷でもあるが、言えば戻れぬ確定事項になってしまいそうだったからだ。
だが、ここに来てレイバーが浮かれたままであれば、言わざるを得ないだろうと腹を括った。
「以前に冒険者ギルドのことで陛下の許に伺ったときにな、かつてモモン殿に譲った物の一枚だとラケシルが思わず口にしたのだ。失礼なほど大きな声だったが陛下は笑って許してくだされたばかりか、由来も教えてくだされた」
「ああ、地図は造り手で特徴が出るからな。で、その由来とは?」
早く話せとせっつくレイバーに、アインザックは息を呑んで決意を固めた。
気軽に話せるものでもないが、彼を翻意させるならここで話すしかあるまい。
「モモン殿の立場であれば試されることもあるだろう。だが彼は、陛下に挑戦状を突きつけた。いわく『自分の私物はこの地図以外になく、この上にある者全てとの絆だけなのだ』とね。要するに信頼するならば信頼で返そう。そしてこの地図を信頼するモノに渡してほしいと」
伝聞の伝聞だからだろうか、アインザックの言葉は常よりも長く、いささか芝居じみていた。
もしかしたら魔導王が芝居めかして伝言ゲームをしたのかもしれないが、先ほど会ったときのことを考えれば、漆黒の英雄モモンが言った言葉の方がしっくりくる。
そして、意味を理解すると同時に、ゴクリとレイバーの喉が鳴った。
「つまり、この手に有るのは街の命運なのか…」
「そういうことだ。陛下は理知的な方だし少々のことで激怒はされまいが、少なくとも行政の案件を人間側に渡してもいいとお考えになるのは遠のくだろうな」
アインズが頭の回る駒不足に悩んでることを知らない二人は、鏡に映った自分の影に向かって畏れおののいた。
魔導王が理知的なアンデッドと知っていても、いや、知っているからこそ何でもできると思ってしまう。
事実、行政面ではエルダーリッチが簡単に事務処理を片付けるのだ。
当時にアインザックとラケシルが出会ったのは、パンドラズアクターであることを知らないということも含めて、事態を深刻に受け止めていた。
そして沈黙を破って、レイバーが再び口を開く。
「地に足を付けて少しずつ調べた方が良さそうだな。村や鉱山を出鱈目に繋ぐような地図を陛下にお返しするところだった」
「そうした方が良い。夢見がちな発想は行政官には不向きだ。まあ、とりあえずはドワーフに現実を教えてもらうとしようじゃないか」
気を取り直してまともに戻ったレイバーを励ますように、アインザックはカルネ村の話を始めた。
なんでもルーン工匠が招かれており、冒険者ギルドに第一に卸されることから、他の人物より詳しいらしい。
「では陛下との面会が優先として、その後か、無理ならいつ会いに行ってもいいかアポイントメントを取らないとな」
「その意気だ。もう大丈夫だと思うが、迂闊に陛下や魔導国のことを口にするなよ? あれで陛下に心酔してる連中ばかりだからな」
そんなことを言いながら、二人が一度街に戻る中で、入れ違いに一人のドワーフが執務室に入ってきた。
本来はもっと遅かったはずだが、思い切ってスケジュールを空けたことにより、思いのほか予定が早まったのだ。
「まずは文字数を増やせた者が出たこと。おめでとうと言っておこう」
「陛下にそう言われると、こそばゆいわい。実を言うとわしは既に諦めておった部分もあるが…感謝してもし足りんくらいじゃ」
ドワーフのゴンドは機嫌よくアインズとの再会を喜んだ。
言うほどの時間は経っていないが、とうとう念願が叶ったのだ。もしかしたら自分もそうなるかもしれない。
もちろん他のルーン工匠を思えば、胸を張って言える成果ではないのだが…。
「ゴンドよ、冒険者にはこんな言葉があるらしい。『感謝は次の者に渡せ』とな。お前から何かもらうより、お前が数人育ててくれた方が、何倍も得だろう?」
「勿論じゃ! しかし『徒弟には我が子を与えよ』か。何処にでも同じような言葉はあるもんじゃな」
そう言って二人は、拳を合わせて笑いあった。
MMOにおいて新人は恩を受けても、スキルでも課金でも先行する古参に、よほど無茶をしない限り恩を返すことができない。
いや、できたとしても、ワールドアイテムを除けば、今更返されても困るというのが、古参の言い分だろう。
だから、MMOのプレイヤーは中期クエストや装備の援助を、受けたプレイヤーではなく、ギルドや顔見知りの後輩に与えることで連綿と繋がっていくのだ。
「ところで何故、できるようになったのか、今までは無理だったのか判るか? もちろん私が経験で得たことをまとめるのは容易いが」
「そうじゃな。『コツは我が子にも教えるな』とは言うが、陛下ならば問題あるまい。…一番ありえるのは、ドワーフ全体が追い詰められたこと、そして専念できるようになってしまったことが問題じゃろうな」
アインズは自分でもできるがと、あえて無駄な前置きを置いた。
推測は付けているが、自分で考えた方が成果に繋がるものだし、話し易さも違うだろう。
「掘れる素材やそのための道具などは、上位者はともかく、わしができなかった言い訳にはならん。それを考えれば武具の作成や、ルーン刻印のみで済むようになったことが、却って力や集中力を欠いたのじゃろう」
「そして、一時的に増産や技術の向上が見られたことが、間違った方向への後押しをしてしまったと?」
ゴンドはアインズの言葉に頷いた。
そしてテーブルの上に、複数の皿と、ルーンの形状をしたクッキーを並べていく。
大皿には六個、中皿には四個、小皿には二個。そして直に一個。
「おそらくは…じゃが。自分という皿を大きくせねば刻む力も得られない、なのに、わしらは皿を大きくすることを止めてしまったわけじゃな。満足して歩みを止めたとき、魔化に負けてしまったのじゃ」
「手習いの武具や、初歩のルーンだけを量産しても技は磨けないだろうからな。…ふむ、私の見立てと、ほぼ同じだと言っておこう」
アインズが即答したことを受けて、ゴントも満足そうに頷いた。
教えてもらうのと、自分で辿りつくのは大きく異なる。
もちろん二人まとめて間違っている可能性もあるが、まずは第一歩と言えるだろう。
「それで、これからどうする?」
「わしも可能になり、二文字あれば組み合わせに差で力が宿るか、効率が良くなるかを自分で試すことができる。まずはソレじゃな。他にも歪んでしまう魔化との共存や、まったく別の技術との組み合わせというところかの。そして…」
まずはできる範囲で考えを試していく。
そして技を磨くのと同時に、いずれ来る限界を超えるために努力を重ねていくことになるだろう。
「なるほど文字のコスト計算か…。試したいことで協力できる話があったら言ってくれ。素早さや魔力などが上昇するアイテムも必要ならば貸しだそう」
「そのときには命を懸ける前に、の。そして、この借りは徒弟を育てて返すし、他になんでもさせてもらうわい」
感謝してもし足りんが、という言葉をゴントは呑みこんだ。
アインズがそれを望んでいるとは思えないし、メイド達が睨んでいるときでもなければ言わない方が嬉しそうだからだ。
ゴンドはアインズという絶対者と上手く付き合う方法をなんとなく理解していたが、それを口に出す気は無かったのである。
(こいつは言えん、言えんわい)
それこそが、ゴンドなりの忠誠というものであろう。
まずは現地人視点でやや固めながら「アインズ様のお力があれば!」状態をキャンセルして、地道な歩みを。
というのと、前回に地図を出してしまったので、後で戻す為の布石。
仮に原作でラケシルから貰った地図の話題が出ても、大丈夫にしてこうという感じです。
次に、ルーン文字の話で『まだ、ゴンドではないが』と予防線を張りながらルーン文字数が増えない理屈に関して
アインズ様が想像している観点まで、ゴンドが気が付いた事にしてみました。
これなら原作でゴンドが二文字目行けても無理でも行けるのと、色々出来るようになるフラグが立つ事
ついでに、現在の経験値で上限に達してると理解すれば、ゴンドが冒険に出る話とかできるなーという感じです。
想定している増えない理屈は、主にwikiが無いので
1:取得経験値が難易度で下がる事を知らない
2:冒険しなくなったので、能力値も上がらず足りてない
3:冒険でも高難度でもいいいから、獲得可能レベルがあがらないとルーン工匠レベル上がらない
などを、一応考えてみました。
A:ゴンドはルーン工匠においてサラブレッドな家系のはずなので
必要な職業の組み合わせなどは、前提条件を満たしてる
B:ゴンドは11レベルが上限だが、兵士などは普通にもう2・3レベル行けてそうなことから
取得経験値がカンストに近い状態で入手されていないのでは? という想定から考えております。
(違うかもしれないので、『ゴンドが』ではなく、ルーン工匠の誰かが成長した…な感じ)
追記:
なお一度、転生者ぽい技術持ち込みモノ視点で書いてから、現地人視点に修正してるので、アイデア思いついても割りと時間が掛りますので、申し訳ありません。