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大坂なおみ選手のアイデンティティ~「ハイチ系の家庭で育ちました」

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写真:田村翔/アフロスポーツ

 テニス全米オープンで優勝した大坂なおみ選手の記者会見が9月13日に横浜市内でおこなわれた。その際にハフィントンポストの記者が発した「アイデンティティ」質問が大炎上した。質問の意味がうまく伝わらず、大坂選手は何度か聞き直したのちに「私は私」と答えた。SNS上には「国籍は関係ない」「いきなり人種に踏む込むなどあり得ない」「優れたテニス選手として捉えれば十分だ」といった声があふれた。

 以下はこの記者会見から遡ることわずか8日、大坂選手が準々決勝でウクライナのツレンコ選手を破って4強入りした9月5日にアメリカでおこなわれたの記者会見の一部である。

「あなたの日米それぞれの文化との繋がりは?」

 これに対して大坂選手は、淀みなく以下のように答えている。

「父はハイチ人です。私はニューヨークのハイチ系の家庭で育ちました。祖母(父方)と暮らしました。私の母は日本人なので日本文化と共にも育ちました。アメリカ文化も見えるとしたら、私はアメリカで暮らしているので、アメリカ文化も持っています。これが答えになっているといいのですが」

 この発言を、ハイチ系のメディアは「記者はハイチ文化について尋ねさえしなかった。ナオミが正しく答えたのは素晴らしい」と賞賛した。ちなみにハイチ系のメディアは大坂選手を「ハイチ系日本人」Haitian-Japanese  と記している。大坂選手は日米の二重国籍でハイチ国籍は持っておらず、したがって国籍ではなく血筋による表記だ。

 また、あるアメリカ黒人メディアは決勝戦が終わった直後のセリーナ・ウィリアムス選手と大坂選手の写真を掲載し、「ふたりの黒人女性を共に祝おう」と見出しを付けた。ウィリアムス選手は試合での態度が非難の集中砲火を浴びたが、アメリカの黒人メディアにとってウィリアムス選手はまさに大スターだ。その大スターを擁護しつつ、黒人女性の新たなスタープレイヤー、大坂選手の登場を祝したのだった。

 日本も大坂選手が日本人の血を引き、日本の選手として全米オープンに出場し、優勝したことから熱狂状態となった。つまり、大坂選手の日本人としてのバックグラウンドに同胞意識を感じてのことだ。ネット上には「日本人らしい奥ゆかしさ」などといった描写が躍った。記者会見場の壁には「”帰国” 記者会見」と、アメリカ在住者に対して使うにはいかにも不自然で強引な言葉も書かれた。

 つまり、日本人も、ハイチ人も、アメリカ黒人も、それぞれ自分と大坂選手との共通点を見い出し、歓喜したのだ。ただし日本はその度合いが極端だった。大坂選手を日本人としてのみ捉え、記者がアイデンティティを尋ねると「失礼だ」の大合唱となったのは、これまでアイデンティティについて考える機会がなく、または考える必要もなく、さらには複数のアイデンティティを持つ日本人の存在に慣れていなかったのだ。

 だが、アメリカでの記者会見で本人が躊躇なく語ったとおり、大坂選手はハイチ人であり、日本人であり、アメリカ人でもある。また、人種としてはmixed-race, multiracial, hybrid(いずれも和製英語の “ハーフ”と異なり、3つ以上のミックスも指す)だが、黒人でもあり、アジア系でもある。ただし大坂選手のバックグラウンドを知らない他人であれば、外観から黒人と判断することがほとんどだろう。

日本での記者会見は何がいけなかったのか

 以下はハフィントンポスト(2018/9/13付)からの抜粋。

***

記者:海外の報道などで、大坂さんの活躍や存在が、それまでの古い「日本人像」(固定観念)を見直す・考えるきっかけになっていると報じられていますが、自身のアイデンティティも含めて、どう受け止めていますか。

大坂:テニスで?

記者:「日本人の間に生まれた人が日本人」という古い価値観が残っている中、(日本、ハイチ出身の両親をもち、アメリカで育った)大坂さんのバックグラウンドが伝えられる中で、そういった価値観を変えようという動きが出てきていると思うのですが。

大坂:これは質問? 自分のアイデンティティについて深く考えたことはないのですが、「私は私である」としか思っていないので、私が育てられてきた方法の通りです。テニスに関しては、日本のスタイルらしくないと思っています。

***

記者会見ビデオ(当該箇所は25′ 12″~)

 このやりとりに対して、アイデンティティを聞くことなどに対し「大坂選手に失礼だ」という憤りの声が巻き起こり、炎上状態となった。「国籍などどうでもいい」という声も多かった。さらには「起きてもいない差別議論をでっち上げている」「反日」などといった意味不明な批判まで飛び交い、SNS上は収拾がつかなくなっていた。

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堂本かおる

ニューヨーク在住のフリーランスライター。米国およびNYのブラックカルチャー、マイノリティ文化、移民、教育、犯罪など社会事情専門。

サイト:http://www.nybct.com/

ブログ:ハーレム・ジャーナル

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