ゴルフ場の絵で注目された米受刑者、無実に 晴れて釈放

Dixon and his artwork Image copyright Georgetown University
Image caption バレンティノ・ディクソンさんは刑期のほとんどを、悪名高いニューヨーク州アッティカ刑務所で過ごした

米ニューヨーク州で殺人罪のため27年間服役していた受刑者が19日、無罪を認められて自由の身となった。刑務所長のために描いたゴルフ場の絵がマスコミの目に留まったことから、事件も世間の注目を集め、別の男が罪を認めたことから、冤罪が明らかになった。

1991年に殺人罪で有罪判決を受けたバレンティノ・ディクソンさん(48)は、刑務所内でゴルフ場の鮮やかな鉛筆画を描いていた。米月刊誌ゴルフ・ダイジェストが2012年に最初に取り上げたところ、これを機に多くの人が、殺人事件の経緯に注目し、証拠の問題点を指摘するようになった。

ゴルフ場の絵

Golf course drawing by Valentine Dixon Image copyright Golf Digest

ディクソンさんは、ニューヨーク州北部にある悪名高い刑務所で20年近く過ごした。そこで開花した絵の才能が、刑務所長の目に留まった。

刑務所長は、ジョージア州にある有名なオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブの12番ホールの写真をディクソンさんに渡し、描いてくれないかと依頼した。

「アッティカ刑務所で過ごして19年。ゴルフ場の風景が自分に訴えかけてきた」とディクソンさんは振り返る。

「いかにも平和で。ゴルフってきっと、釣りみたいな感じじゃないかな」

色鉛筆を使い、ディクソンさんは細部にまでこだわったみずみずしいタッチで、さまざまなゴルフ場やフェアウェイを描き始めた。

「ゴルフについては何も知らなかった。自分は貧民街の出身だから」と地元メディアに話した。

ディクソンさんの作品はゴルフ・ダイジェストの編集者の目に留まり、同誌はディクソンさんの作品とプロフィールを2012年に掲載した

Several paintings by Valentine Dixon Image copyright Golf Digest

「もしかしたらいつか、これまで想像しかしたことのないゴルフをプレイできる日がくるかも」とディクソンさんは記事の中で語り、見たことのない景色を自分がどう描いているか説明した。

この記事がきっかけとなり、冤罪被害者を支援する人たちがディクソンさんの事件を調査するようになった。中でもジョージタウン大学ロースクールの学生たちが、ディクソンさんの件を取り上げた。

有罪判決

ディクソンさんは1991年8月の夜、ニューヨーク州北部バッファローで女性をめぐる口論の末に当時17歳だったトリアーノ・ジャクソンさんを殺害した罪で、禁固38年から終身刑の判決を受けた。

ディクソンさんは事件現場にいたことは認めたものの、銃声が聞こえた時には近くの店でビールを買っていたと主張した。発砲したのは自分ではないと、複数の人が証言できるはずだとも訴えた。

しかし担当弁護士は、1人も証人として呼ばなかった。検察が偽証罪を持ち出したからだ。

さらに異例なことに、捜査を担当した殺人課の刑事が、公判で証言しなかった。

加えて、ジョージタウン大学の「刑務所と司法イニシアチブ」は、さらに深刻な問題が裁判手続きにあったことを発見した。

ディクソンさんの衣服に対する火薬テストの結果が陰性だったのを、検察側が弁護人に知らせなかったのだ。

真犯人

しかも、おそらく何より重大な問題だったのは、自分が撃ったと認めていた人物の存在だ。

ラマール・スコット(46)という男が、殺人事件のわずか数日後に地元メディアに対し、自分がトリアーノ・ジャクソンさんを撃ったと認めていた。

男は地元テレビ局WGRZ-TVの記者に対し、「自分のしたことで友達(ディクソンさん)が責任を負うのは嫌だ」と語っていた。

Georgetown University students greeted him upon his release Image copyright Georgetown University
Image caption 釈放されたディクソンさんを出迎えたジョージタウン大学の学生たち。学生たちはディクソンさん解放に向けて働きかけていた

しかし男が逮捕されることはなかった。被害者の兄は、ディクソンさんが発砲したのを見たと話した。

地元紙バッファロー・ニュースによると、スコット受刑者(別件で服役中)が長い間この事件について自供していたことを、検察側は今回の裁判でようやく認めた。

「彼は1991年8月12日以来ずっと、本件について自供している。10回以上は、罪を認めている」とサラ・ディー地方検事補は裁判で述べた。

無罪放免

別の暴力事件で有罪となって服役中のスコット受刑者(46)は19日、ついに罪を正式に認める機会を与えられた。

ディクソンさんが釈放されたのは、その数時間後のことだった。

「銃をつかんだのは自分だ」と、スコット受刑者はニューヨーク州エリー郡の裁判所で述べた。

「引き金を引いて、銃弾が全部出た。運悪くトリアーノは死んでしまった」

事件の見直しを指示したのは、エリー郡の地区検事長に就任して1年足らずのジョン・フリン地区検事だった。

ディクソンさんは無罪放免となったが、検察はそれでも、凶器(検察によるとマシンガン)を提供したのはディクソンさんだったと主張している。

検察はさらに、逮捕当時のディクソンさんは、バッファローで「売り出し中の麻薬密売人」だったとも主張を続けている。

「ディクソンさんは、有罪とされた発砲と殺人では無実だ。しかし、(事件のきっかけとなった)争いごとに銃を持ちこんだのはディクソンさんだ」とフリン検事は述べた。

ディクソンさんの今後は?

「この世で一番素晴らしい気持ち」。自由の身になってニューヨーク州バッファローの裁判所を出た19日、ディクソンさんは喜びを口にした。

外では、ディクソンさんが収監された当時はまだ赤ちゃんだった娘が待っていた。

27歳になった娘は自分の子供たち、1歳2カ月になる双子を連れて来ていた。

ディクソンさんは絵を描き続けたいと話している。いつか本物のゴルフコースにも行ってみたいと言う。

「ディクソンさんは心身ともにしっかりしている。これからまだまだ活躍できる」と、ゴルフ・ダイジェストは19日の記事に書いている。

「もしかしたらゴルフを始ることだって」

(英語記事 New York inmate's golf drawings lead to exoneration in murder

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