現実の宇宙は、不変とはほど遠い。
人類が見上げてきた宇宙はいつまでも変わらぬ姿を保つように見え、古代ギリシャの哲学者はそれをコスモスという幾何学的な秩序が支配する世界と考えたが、こうした秩序ある不変の宇宙というイメージは、実は、せいぜい数千年という人間のタイムスケールで見た場合の虚像にすぎない。
宇宙全史を通観する視点から眺めると、宇宙は絶え間なく変化し続け、刻々と姿を変えている。
したがって、人類がビッグバンから百数十億年後に現れた理由を明らかにするには、長大な宇宙史において、この時期がいかなる状況にあるのかを考察しなければならない。
そもそも、宇宙の変化はどのような法則によって引き起こされて、どこからどこへと向かうものなのか?
宇宙の歴史は、決して合目的的な進化の過程ではない。むしろ、宇宙は、ビッグバンの時点から“崩れてきた”のである。
ビッグバンは、一般にイメージされるような“爆発”ではなく、一様性の高い整然たる状態だった。この状態が物質の凝集によって崩れ始め、凝集と拡散のはざまでさまざまな現象が引き起こされながら、最終的には、ビッグウィンパーと呼ばれる拡散の極限へと行き着くのが、宇宙の歴史である。
現在は、長い長い時間を掛けて崩れていく宇宙の歴史において、物質の凝集によって一様性が崩れ始めた直後の時期――凝集・拡散のせめぎ合いによって、渦巻きの形をした銀河やガス流、元素合成を行う恒星や造山活動のある惑星など、複雑な構造を持つシステムの形成が引き起こされる時代――なのである。
こうした構造形成が可能なのは、ビッグバン以降の数千億年程度にすぎない。特に活発な構造形成は、ビッグバンから百数十億年という短い期間に集中して起きる。この時期を過ぎると、大量の光を放出する恒星は次々と燃え尽き、天体システムは崩壊して生命の存続は危うくなる。
われわれ人類は、長期にわたって安定している宇宙に次々と登場する無数の知的生命の一つではなく、混沌から静寂へと向かう宇宙史の中で、凝集と拡散が拮抗し複雑な構造の形成が可能になった刹那に生まれた、儚い命にすぎない。
本書は、ビッグバンの混沌から始まりビッグウィンパーの静寂に終わる宇宙の全歴史を、俯瞰的に眺める試みである。
第I部・過去編では、ビッグバンに始まり、物質の生成や天体の形成を経て現在に至る138億年の歴史を、観測データによって支持される学説に基づいて解説する。第II部・未来編では、有力な理論による確実性の高い予測をもとに、恒星の死、銀河の崩壊、さらには、物質の消滅からブラックホールの蒸発と続き、もはや何の変化も生じなくなる宇宙の終焉までを述べる。
本書の「はじめから始めて、終わるところまで終わらない」叙述を通じて、想像を絶する宇宙の巨大さと、ちっぽけな存在であるにもかかわらず宇宙の全貌を知ろうとする人間の気骨を、実感していただきたい。