企業が学童保育に参入する動きが目立ってきた。子供を預かるだけでなく、より質の高い教育を求めるニーズが高まり、学校からスクールバスでお迎えしたり、夜遅くまで預ってくれたりするサービスはもはや当たり前。学習塾大手や大手商社が特色あるプログラムを売り物に4月から開始するなど、異業種からの参入も多い。「自主性・協調性のある子供に」「決断力を持つ子供に」――。各社の教育方針には共通点が多いが、その手法は様々だ。新学期も間近。各施設の特色を探った。
■実感として「売り上げ」学ぶ
「KBCタウン」でカップ寿司を売り込む森貞颯太君(右)と峯岸耕太郎君(2月23日、東京・港区) 2月23日、東急グループで学童保育を手掛けるキッズベースキャンプ(KBC、東京・世田谷)が子供たちの手で商店街を作る「KBCタウン」を開いた。「いらっしゃいませー。玉寿司、おいしいですよー」。手作りの看板を持った峯岸耕太郎君(9)と森貞颯太君(9)が大きな声で呼びかける。大人顔負けの営業活動ぶりだ。二人が通う「KBCたまプラーザテラス」(横浜市)はカップ入りチラシ寿司の店を開いた。森貞君は「ご飯をよそう時に量が多めになってしまうのが難しい」と笑顔で話す。
「KBCタウン」は今年で5回目。年間を通じた教育プログラムの集大成的なイベントだ。KBC17店がそれぞれ模擬店を開き、会場に一日限りの街をつくる。模擬店の内容は企画立案の段階から子供たちが主体で考えた。会場内で仮想通貨を流通させ、子供たちが保護者など大人のお客さんを出迎える。島根太郎社長は「『店員の勤務シフト』や『売り上げ』などが机上より実感として学べる」と話す。「バザーと異なり、子供が企画し店舗の中でも主役だ」(島根社長)。この日は前年より1割ほど多い1650人が来場した。
2006年9月に開業したKBCは民間による学童保育の先駆者的な存在だ。4月1日に「武蔵小杉東急スクエア」など3店を開設し、計20店舗となる。入会金が2万1000円。月会費が午後1時から同7時まで週5日コース(8月除く)で4万5000~4万9900円。
島根社長が自身の子育てに苦労した経験から立ち上げた。送迎サービスや預かり時間などを長くし保護者のニーズにこたえてきた。「KBCタウン」に参加していた横浜市の母親は「小学校入学前からKBCに入った。(預けられる)時間が限られる公立に比べ、夜遅くまで預かってくれ、ご飯も出てくる。いろんなイベントが体験できて子供もとても喜んでいる」と話す。
粘り強さやリーダーシップといった「人間力」を養うには「自分軸と社会軸とのかかわりが自然に身につく6~12歳が重要」と島根社長は説く。12年度は子供たちに身近な事例を使いながら、社会や経済の仕組みについて学んだ。東急沿線を中心に展開しているが、他のエリアからの開設要望も多いという。
■商社のノウハウも
「グローバルスキルを学童保育で」――。住友商事が4月に学童や幼児を対象にした保育事業に参入する。目黒区で小学校1~4年生を対象とした学童保育と3~5歳を対象とした「幼児園」、港区で1日3時間の英語プログラムを学ぶアフタースクール施設を開設する。子供たちを預かる午後2時から同7時までのうち、3時間は英語のネイティブ教師による独自カリキュラムを組むなど英語教育の充実が売り物だ。
住商などが運営する英語学童保育の模擬授業風景 住友商事ダイレクトマーケティング&ソーシング事業部の河野純子クロスメディアチーム長は「英語力に加え、グローバルスキルを身につけた商社ならではの人材育成に貢献できると考えた」。08年に住商に転職してきた河野さんの前職は転職雑誌の編集者。「小学校に上がると仕事を続けられない」という母親の切実な声を聞いてきた。社内の新規事業支援制度を活用し、11年度の下期から市場調査を開始。世界の有力大学が入学資格に採用する「国際バカロレア(IB)」の認定校である東京インターナショナルスクール(東京・港)と組んで参入を決めた。
東京インターナショナルスクールの運営子会社グローバル人材研究所に住商が50%出資する。同研究所が運営する。東京インターナショナルと共同で開発したプログラムで本格的な英語教育に取り組む。
学童保育の対象は小学1~4年生まで。時間の3時間を英語カリキュラムにあてる。週5日通う場合、2年通えばバイリンガル並みの英語コミュニケ―ション力の獲得に必要な時間の目安である2000時間を超えるという。3時間の英語というと大人でも長時間に感じるが、ヨガやストレッチで体を動かす、探求プログラムなど多様なメニューで子供たちを飽きさせない。
探求型プログラムはユニークだ。たとえば食べ物について学ぶ場合、世界地図をみながら「パンの原料となる小麦粉はどの国で作られているの?」、「その国の気候は?」――。子供たちが関心のあることに次々に焦点をあてていく。「全く英語が話せない子供でも大丈夫」と河野さんは話す。学童保育は入学金3万1500円、週5日の基本コースで月額9万9750円。保育を組み合わせても一般的な英語教室より割安という。
■学習塾業界も動き出す
天然木の床材を敷いた日能研の学童保育フロア 学習塾業界でも参入の動きが相次いでいる。中学受験指導の日能研(横浜市)は塾と連携しながら小学校低学年の児童向けに創造力やコミュニケーション能力を高める学童保育サービスを始める。4月から「まなびわらべクラブ」の教室を日能研の西日暮里校(東京・荒川)、センター南校(横浜市)に併設。それぞれ約20人の小学1~3年生を募集し、最長で午後9時まで児童を預かる。
小1~3の学習や思考、表現の能力を高めることを目的としたプログラム「ユーリカ!きっず」を開発しており、まなびわらべクラブでも、週1回、併設する日能研の教室に出向いて同プログラムの授業を受ける。工作や絵画、野外活動なども計画している。入学金が2万1000円、月会費は小1~3の場合、午後1時から同7時まで週5日利用する場合で月額6万8250円。食事付きで同9時まで延長できるほか、土日祝日も保護者の都合に合わせて児童を預かる。
■受験にも役立つ?
なぜ学童保育なのか。日能研は「学習塾でキャンプや宿泊型研修などもあるが、みている時間が限られてしまう。(学童保育で)生活面から子供との時間を共有し、普通の出来事を大きな学びにつなげていきたい」と説明する。
学習塾が手掛ける学童保育だけに難関校進学が一番の目的なのか。担当者に質問をぶつけると意外な答えが返ってきた。「受験のための学童保育ではない。極端な話、受験しなくてもかまわない」。
■施設間の競争も激化
生徒と接するたびに、なんでも許可を求める子が多くなったという。ささいなことでも自分で決められない子が増えているようだ。「一人一人がどう学んで成長するか、生活の面まで深くかかわりながら支援できれば、と思った」と担当者は話す。確かに周囲からいわれるまま難関校受験に臨むよりも、「これがやりたいから、この学校に進学したい」と自分の意思で決めたほうが勉強の意気込みが違ってくるだろう。私立の難関校も自主自立を重んじる。結果として受験にもプラスに働くことは間違いなさそうだ。
共働きや一人親の家庭等の小学生が毎日利用する学童保育は増え続けており、利用する児童も増え続けている。放課後や学校休業日に子供の「安全・安心な生活」を求める声も強く、学童保育の整備は社会的な課題。企業の参入はこうした動きに対応したものといえる。施設間の競争も激しくなりそうだ。(村野孝直)
▼学童保育とは
共働き家庭などで子供が幼児の時は幼稚園や保育所に預けられるが、小学校入学後は放課後から夜まで1人になりがち。こうした児童を預かる。全国学童保育連絡協議会によると学童保育数は2万843か所、入所児童数は84万6919人(2012年5月1日現在)。運営主体は公営が減少し、地域運営委員会や法人等が運営する学童保育が増えている。週5日の利用で月額5万~10万円のところが多い私立に比べ、公立は月額1万5000~2万円と料金の低さが魅力だが預かり時間延長や食事などの付加サービスがない施設が多い。自治体による設置率のばらつきも大きい。政府は08年2月に策定した「新待機児童ゼロ作戦」や10年1月策定の「子ども・子育てビジョン」などで学童保育の利用児童数を増やす目標を立てている。
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