「投資しているだけ」は無責任――ラオスのダム決壊事故と日本の関係、国際社会の視点から問う
◆一義的には事業主体に責任があるが、投資した側も無関係ではない
今年7月、東南アジアのラオスで決壊、多くの犠牲者を出したダム決壊事故について「事故を起こしたダム事業には日本の資金も関与している」との記事を書いた(参考記事:建設中に決壊したラオスのダムは、日本の資金によるものだった――韓国叩きに終始するメディアが報じるべきこと)。この記事に対して非常に大きな反響があり、賛同とともに多数の批判もいただいた。
その批判の内容とは、「日本は投資している側で被害者だ」「事故を起こした韓国の企業をかばうのか」といったものだ。
今回のダム決壊事故を引き起こした事業主体は、ラオスの公営企業や、韓国、タイの民間企業による合弁企業セピアン・セナムノイ・パワー社(PNPC社)。事故に対する責任は、一義的には事業主体であるPNPC社にある。同社関係者への厳しい責任追及が行われるべきであることは、筆者も大いに賛同する。
ただ、先に配信した記事でもとりあげたように、このダム建設は日本とも資本としてのつながりがあるのだ。この事故が日本としては他人事ではなく、「検証も対応も不要」とは決して言えないことを改めて解説しよう。
◆決壊したセピアン・セナムノイ・ダムと日本の資本とのつながりとは
今回の事故は、メコン河の支流セコン川水系に建設中のセピアン・セナムノイ・ダムの貯水池に設置した補助ダムが崩壊し、あふれ出た膨大な水が下流の6 の村を直撃。のべ13の村が浸水する大惨事となったというものだ。
では、このダム建設事業と、日本の資本とのつながりとは何か。
・PNPC社に協調融資するタイ銀行団のうち、クルンシィ・アユタヤ銀行は現在、2017年末の時点で株式の76.88%を三菱UFJ銀行が保有し、三菱UFJフィナンシャル・グループの傘下にある。
・GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は、PNPC社に協調融資するクルンタイ銀行の株を時価総額で約14億8265万円の株を保有。GPIFは、PNPC社を構成するラオス国営企業に融資をしている韓国輸出入銀行の債権も時価総額で約62億6814万円を保有している。
ダム決壊を起こした事業主体に日本の政府系金融機関及び企業が加わっていないものの、資本としての関係がある以上、「まったくの無関係」とすることは国際社会において通用しない。
◆投資している側にも、投資先の企業活動を精査する責任がある
英国ロンドンに本部を置き世界18か国で活動するNGO「ビジネス・人権資料センター」の日本駐日代表である郄橋宗瑠氏は、「国連のビジネスと人権に関する指導原則では『ビジネスでのあらゆる行動に責任が伴うもの』とされています」と語る。
高橋氏の言う「国連のビジネスと人権に関する指導原則」とは、2011年に国連人権理事会で承認された、全ての国と企業が尊重すべきグローバル基準のこと。ここで守られるべきとされる「人権」の定義には、労働者の権利はもちろん、事業による社会・環境への影響なども含まれている。
つまり、今回のセピアン・セナムノイ・ダムの決壊により、数十人の人々が死亡し、数千人もの人々が被災したことも、当然、「事業による人権侵害」とみなされ、日本の銀行なども含めた関連する全ての官民の関係者に相応の責任が問われるというわけだ。
「例えば製造業においては、現地のサプライヤーが起こした人権侵害に関して、その企業に発注している日本の企業側にも、人権侵害を行っている企業の活動を可能とさせていることに責任があるということです。同様に金融においても、投資先の企業活動が人権に対する負の影響を与えないか、その事業によって現地の社会や環境に悪影響が及ばないか等について、デュー・ディリジェンス(※1)を行ったか、ということが問われます」(高橋氏)
(※1)組織が及ぼすマイナスの影響を回避・緩和することを目的として、取引先などを精査するプロセスのこと。
過去の具体的な事例を見ても、直接人権侵害に関与していなくても、その人権侵害を止める立場にあったのに、それを止めなかったことについて、責任を問われるケースはいくつもある。
コンゴ民主共和国での治安部隊による同国北部の住民への暴力やレイプ等の人権侵害について、スイスとドイツの製材会社ダンザーグループは、その子会社がコンゴ治安部隊への後方支援を行っていたとして、ダンザーグループの担当者はドイツのNGOから刑事告発され、ドイツ地方検察も告発を受理した。
また、オランダ政府は2013年、イスラエル占領下の東エルサレムでの事業へ、オランダ企業が投資しないよう勧告を出した。イスラエルが東エルサレムで行っている入植地建設は国際法違反であり、イスラエル当局によるパレスチナ人の住居破壊などの人権侵害にもつながっているという見地からの措置だ(※2)。
(※2)企業の説明責任に関する国際円卓会議(ICAR)に提出された、ファフォ応用国際研究所(本部ノルウェー・オスロ)の報告書を参照。
ビジネス・人権資料センターでは「セピアン・セナムノイ・ダムの建設がずさんである」という報告について、ラオス国営企業やクルンシィ・アユタヤ銀行、クルン・タイ銀行、韓国輸出入銀行等に問い合わせを行ったが、回答はなかったという(Laos: Groups call on companies to be held accountable for collapse of Xe Pian-Xe Namnoy dam)。
三菱UFJ銀行に対しても、本件についてビジネス・人権資料センターは問い合わせをしたが、「残念ながら回答が得られなかった」という。
高橋氏は「人権デュー・ディリジェンスの重要さについて、日本の金融機関も意識が高まりつつありますが、具体的にどのような対応をしているのか、もっと情報開示が必要です」と強調する。筆者としても、三菱UFJ銀行が誠意ある対応をすることを願いたい。
ラオスでのダム決壊について、日本の報道では、上記のような国連の人権とビジネスに関する指導原則、人権デュー・ディリジェンスといった視点が皆無だった。世界各国の政府は、国連のビジネスと人権に関する指導原則を実施するために、国別行動計画(NAP)を発表・策定。NAPは、米国やイギリス、EU諸国等で、国内法化されている。
日本も策定に手掛けているが、NGOなど市民社会の意見が十分に反映されるようにする必要がある。日本の公的資金及び民間の資金が正しく運用され、人権侵害につながらないよう、日本全体としても意識を高めて具体的な行動をしていくことが必要だろう。
◆ニュース・レジスタンス 第5回
取材・文/志葉玲(ジャーナリスト)
今年7月、東南アジアのラオスで決壊、多くの犠牲者を出したダム決壊事故について「事故を起こしたダム事業には日本の資金も関与している」との記事を書いた(参考記事:建設中に決壊したラオスのダムは、日本の資金によるものだった――韓国叩きに終始するメディアが報じるべきこと)。この記事に対して非常に大きな反響があり、賛同とともに多数の批判もいただいた。
その批判の内容とは、「日本は投資している側で被害者だ」「事故を起こした韓国の企業をかばうのか」といったものだ。
今回のダム決壊事故を引き起こした事業主体は、ラオスの公営企業や、韓国、タイの民間企業による合弁企業セピアン・セナムノイ・パワー社(PNPC社)。事故に対する責任は、一義的には事業主体であるPNPC社にある。同社関係者への厳しい責任追及が行われるべきであることは、筆者も大いに賛同する。
ただ、先に配信した記事でもとりあげたように、このダム建設は日本とも資本としてのつながりがあるのだ。この事故が日本としては他人事ではなく、「検証も対応も不要」とは決して言えないことを改めて解説しよう。
◆決壊したセピアン・セナムノイ・ダムと日本の資本とのつながりとは
今回の事故は、メコン河の支流セコン川水系に建設中のセピアン・セナムノイ・ダムの貯水池に設置した補助ダムが崩壊し、あふれ出た膨大な水が下流の6 の村を直撃。のべ13の村が浸水する大惨事となったというものだ。
では、このダム建設事業と、日本の資本とのつながりとは何か。
・PNPC社に協調融資するタイ銀行団のうち、クルンシィ・アユタヤ銀行は現在、2017年末の時点で株式の76.88%を三菱UFJ銀行が保有し、三菱UFJフィナンシャル・グループの傘下にある。
・GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は、PNPC社に協調融資するクルンタイ銀行の株を時価総額で約14億8265万円の株を保有。GPIFは、PNPC社を構成するラオス国営企業に融資をしている韓国輸出入銀行の債権も時価総額で約62億6814万円を保有している。
ダム決壊を起こした事業主体に日本の政府系金融機関及び企業が加わっていないものの、資本としての関係がある以上、「まったくの無関係」とすることは国際社会において通用しない。
◆投資している側にも、投資先の企業活動を精査する責任がある
英国ロンドンに本部を置き世界18か国で活動するNGO「ビジネス・人権資料センター」の日本駐日代表である郄橋宗瑠氏は、「国連のビジネスと人権に関する指導原則では『ビジネスでのあらゆる行動に責任が伴うもの』とされています」と語る。
高橋氏の言う「国連のビジネスと人権に関する指導原則」とは、2011年に国連人権理事会で承認された、全ての国と企業が尊重すべきグローバル基準のこと。ここで守られるべきとされる「人権」の定義には、労働者の権利はもちろん、事業による社会・環境への影響なども含まれている。
つまり、今回のセピアン・セナムノイ・ダムの決壊により、数十人の人々が死亡し、数千人もの人々が被災したことも、当然、「事業による人権侵害」とみなされ、日本の銀行なども含めた関連する全ての官民の関係者に相応の責任が問われるというわけだ。
「例えば製造業においては、現地のサプライヤーが起こした人権侵害に関して、その企業に発注している日本の企業側にも、人権侵害を行っている企業の活動を可能とさせていることに責任があるということです。同様に金融においても、投資先の企業活動が人権に対する負の影響を与えないか、その事業によって現地の社会や環境に悪影響が及ばないか等について、デュー・ディリジェンス(※1)を行ったか、ということが問われます」(高橋氏)
(※1)組織が及ぼすマイナスの影響を回避・緩和することを目的として、取引先などを精査するプロセスのこと。
過去の具体的な事例を見ても、直接人権侵害に関与していなくても、その人権侵害を止める立場にあったのに、それを止めなかったことについて、責任を問われるケースはいくつもある。
コンゴ民主共和国での治安部隊による同国北部の住民への暴力やレイプ等の人権侵害について、スイスとドイツの製材会社ダンザーグループは、その子会社がコンゴ治安部隊への後方支援を行っていたとして、ダンザーグループの担当者はドイツのNGOから刑事告発され、ドイツ地方検察も告発を受理した。
また、オランダ政府は2013年、イスラエル占領下の東エルサレムでの事業へ、オランダ企業が投資しないよう勧告を出した。イスラエルが東エルサレムで行っている入植地建設は国際法違反であり、イスラエル当局によるパレスチナ人の住居破壊などの人権侵害にもつながっているという見地からの措置だ(※2)。
(※2)企業の説明責任に関する国際円卓会議(ICAR)に提出された、ファフォ応用国際研究所(本部ノルウェー・オスロ)の報告書を参照。
ビジネス・人権資料センターでは「セピアン・セナムノイ・ダムの建設がずさんである」という報告について、ラオス国営企業やクルンシィ・アユタヤ銀行、クルン・タイ銀行、韓国輸出入銀行等に問い合わせを行ったが、回答はなかったという(Laos: Groups call on companies to be held accountable for collapse of Xe Pian-Xe Namnoy dam)。
三菱UFJ銀行に対しても、本件についてビジネス・人権資料センターは問い合わせをしたが、「残念ながら回答が得られなかった」という。
高橋氏は「人権デュー・ディリジェンスの重要さについて、日本の金融機関も意識が高まりつつありますが、具体的にどのような対応をしているのか、もっと情報開示が必要です」と強調する。筆者としても、三菱UFJ銀行が誠意ある対応をすることを願いたい。
ラオスでのダム決壊について、日本の報道では、上記のような国連の人権とビジネスに関する指導原則、人権デュー・ディリジェンスといった視点が皆無だった。世界各国の政府は、国連のビジネスと人権に関する指導原則を実施するために、国別行動計画(NAP)を発表・策定。NAPは、米国やイギリス、EU諸国等で、国内法化されている。
日本も策定に手掛けているが、NGOなど市民社会の意見が十分に反映されるようにする必要がある。日本の公的資金及び民間の資金が正しく運用され、人権侵害につながらないよう、日本全体としても意識を高めて具体的な行動をしていくことが必要だろう。
◆ニュース・レジスタンス 第5回
取材・文/志葉玲(ジャーナリスト)