OVERLORD 不死者の王 彼の地にて、斯く君臨せり 作:安野雲
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来週は日を跨ぐかも...?
というわけで、どうぞ。
リ・エスティーゼ王国は、オーステン大陸において、バハルス帝国、スレイン法国と並ぶ最大規模の人類国家である。
国家の体制は、国王を頂点としているが、貴族が強い権力を持って政治の中心的な立場を担っている。中でも、六大貴族と呼ばれる大貴族は更に強大な権力を誇っており、たとえ国王であっても彼らに干渉するのは容易ではない。
商いで経済を回し、各地で様々な事業を行い、また領内での治政、領民の管理といった役割をこなしていることもあり、今や王国を国として維持するのは彼らの力なくしては不可能であった。
そういった貴族らは、自分の領内では傲慢な立ち振る舞いをする者が多く、強権的な体制を敷いて民草を支配する様は、悪政の権化と呼ばれて然るべきだろう。
そんな貴族達の無法な行為も、以上に挙げたような理由から国が厳しく罰することもできず、今なお地方では圧政に苦しむ領民が数多くいた。
また、政治の場面に話を移しても、会議でやっていることといえば、実質的には貴族達の派閥争いに過ぎない。建設的な話し合いなどほとんど期待できず、ただ只管に彼らは自分達にとって最も旨味のある話だけに時間を割き、飽くなき欲望のままに貪り続ける。
虐げられ、全てを貪られて苦しむ国民たちと、その民草から全てを巻き上げて堕落の限りを尽くす悪徳貴族。
そんな、王国の置かれた現状を一言で形容するならば――――――――
「――――――――重症だな、話に聞いた限りでは」
いや、もはや死に体かもしれない。アインズは声には出さず言い直す。
「はい、仰る通りです。アインズ様」
「....『モモン』、だ。『ナーベ』よ、何度も言わせるな」
「はっ、申し訳ございません」
アインズが小声で窘めると、横に並んで歩く女性、『ナーベラル・ガンマ』は謝罪の意思を示す。
(....はぁ。本当にわかってるんだろうか?)
アインズは既に両手で数える程繰り返してきた同様のやり取りに、思わず嘆息してしまう。
モモンと自称するアインズと、ナーベと呼ばれた、戦闘メイド『プレアデス』の一人、ナーベラル・ガンマ。二人は、往来の人々の活気に満ちた昼間の街中を歩いていた。
しかし、アインズもナーベラルも普段ナザリックにいる時とは異なる恰好をしている。
まず、アインズは漆黒の全身鎧に身を包み、骸骨の顔は同じ黒色のヘルムで隠されている。鎧は各所に精緻な細工が施されており、金色の刺繍が漆黒とのコントラストで映えていた。
棚引く真紅のマントも、漆黒の戦士をより一層引き立たせ、その背中には、他の部位と同じく黒色の、巨大なグレートソード二本を交差させて背負う。
そんな装備に身を固めていれば当然のように目立ち、今も道行く人から多くの視線が投げかけられていた。
一方、ナーベラルの方は対照的に地味な衣装である。
ナザリックの基準では質素に入る部類の服装の上から茶色のローブを羽織っているという装備だけだ。普段の彼女が着用している派手な戦闘メイドの装備とは、かなりの差がある。
それでも、彼女の持つ美貌は隠しようがなく、モモンとは別の理由から、特に男性を中心として好奇の目線が集まっていた。
様々な感情が乗った幾つもの視線を感じながらも、アインズとナーベラルは特に気にすることなく、時折軽い会話を挟みながら目的地を目指す。
その目的地は、この都市にある『冒険者組合』。
そう。アインズ達がこの地に来た目的はただ一つ。
『冒険者』になる為であった。
エ・ランテル。
リ・エスティーゼ王国の南東部、国境近くの城塞都市である。
この都市は城塞都市と謂われるように、三重の厚い城壁に守られており、バハルス帝国、スレイン法国という他の二大人類国家と国境を接するという重要な位置にあった。それらの国と戦争を行う際には、この地を中心として軍団を集結させ、備える役割も持っている。
実際、毎年農作物の収穫期に戦端が開かれるバハルス帝国との戦争に際しては、要塞としての機能を如何なく発揮してきた。
それだけでなく、上記したように法国や帝国と折衝する地点であるが為に、交通量も多く、物資や金、人など実に様々なものが行き交い、栄えている。
つまり王国にとっては、王都から遠く離れた土地ではあるが、要所という位置づけにあるのだ。
故に、辺境にあるにも関わらず国王直轄領として管理されている。
今アインズ達がいるのは、三重の城壁のうち、最外周に当たる壁の内側であった。この辺りは城壁内周部と呼ばれており、二つ目の壁の内側には商会や神殿、宿屋など各種の施設が揃っている。
三つ目の壁の内側は、城壁最内周部と呼ばれ、この都市の中枢を担う行政区がある重要区画で、厳重に警備されている。また、都市の貴族や高所得者層の人間が居を構えている場所でもあった。
アインズ達の目的地でもある冒険者組合所は、一つ目の壁の中にあるので、都市に入ってからそれ程の時間も距離もかからない。
城壁外周部の検問所で事前に場所を聞いていたこともあって、特に道に迷うこともなく到着した二人は、組合所の中で手短に用件を済ませる。
そして、組合所から出てきた後、二人の首元には銅のプレートが提げられていた。
「....組合に登録してから依頼を受けられるまで一日かかるのは少し予想外だったが、それ以外は特に問題はなさそうだな」
アインズは、今しがた組合の受付嬢から聞いた話を再び確認する。
冒険者の等級は、下から順に
その中でも、やはり注目するのは全ての冒険者の頂点ともいうべき存在である『アダマンタイト級』だ。アダマンタイトに選ばれるのは、数多の偉業を成し遂げた英雄的存在であり、あらゆる冒険者達から尊敬され、憧れの対象となる者達。
そんな話を聞けば、アインズの目論見も含めて、気にしないわけにはいかない。
(アダマンタイトか....目指す方向性としては、やっぱり一番わかりやすいかな)
「....あの、ア――――モモン、様。この後は何方へ行かれるのですか?」
「ん?あぁ....取り敢えず、組合の近くで適当な宿屋を探すか」
「畏まりました、モモン様」
「....様は止せ。我々は形の上では対等な冒険者なのだからな」
「畏まりました、モモンさ――――ん」
「....」
アインズ達は組合を出てから20分ほどで丁度良さそうな宿屋を見つけることができた。見たところ、一階は酒類を出す店風の造りで、二階からが宿の部屋になっているようだ。
いかにも駆け出しや予算の少ない冒険者が泊まりそうな宿屋といった風情がある。良く言えば入りやすい、悪く言えば安っぽいといったところだろうか。
西部劇でよく見掛けるウェスタンドアを押し開けて中に入ると、外にいた時と同じく、目立つ格好の二人組に対して周囲からの視線が突き刺さる。
宿内が俄かにざわめくが、外での対応と同じくアインズはそれを無視して奥に進む。
四方八方からの視線を受けつつ奥のカウンターまで辿り着くと、其処ではガタイの良い壮年の男店主がコップを磨いていた。
「....宿だな」
此方をチラリと見ることもせず、店主は余り愛想のよくない態度で話し始める。
「相部屋で一日5銅貨。飯は―――――」
「二人部屋を希望したい。食事は不要だ」
予め用意しておいた言葉を遮られた店主は、そこで漸く顔を上げた。その目線の先にあるのは、アインズの首元に下げられた銅のプレート。
店内からは、誰からともなく薄い笑い声が上がる。その声には、明らかな嘲笑が含まれていた。
「....お前さん、カッパーのプレートだろ。だったらここは―――――」
「先程組合で登録してきたばかりなんだ」
アインズは再度、店主の言葉を遮って畳み掛ける。
すると、店主はドンと強くテーブルを叩いて、ドスの利いた低い声を出した。
「....一日7銅貨、前払いだ」
アインズはその言葉に何も逡巡することなく、直ぐに七つの銅貨をテーブルに載せる。
店主はその様子を見て溜息をつくと、「部屋は二階の奥だ」とだけ言って、また手元のコップを磨き始めた。
「うん....?」
その言葉に従って奥の階段に向かおうとするも、そこで邪魔が入る。
近くのテーブルに座っていたガラの悪い三人組の男の内、スキンヘッドの男が通路に足を投げ出してきたのだ。
連中は一様に下卑た含み笑いを漏らしながら、アインズ達が通るのを待ち構えている。
(うわぁ....こういう奴って本当にいるんだなぁ)
「....やれやれ」
小さく呟くと、そのまま連中が待ち構える方へと歩いていく。必然、スキンヘッドの男が投げ出していた足とアインズの足がぶつかることになった。
「おっとぉ!オイオイ、いてェじゃねぇか!」
自分から足を出しておいて、オーバーリアクションで抗議してくる禿げ頭を前にして、流石のアインズも若干苛つきが募り始める。
その後もガチャガチャと五月蠅く騒ぎ立てていた男は、横のナーベラルを見て今度は別の意味で下卑た笑い声をあげ、「そっちの女に介抱してもらおうか」などと言い始めた段階で遂に我慢ができなくなった。
ナーベラルが男に向かってしかめっ面を浮かべているのを横目に、アインズはくくっと小さく笑って肩を震わせる。
「....いやいや、許してくれ。余りにも雑魚に相応しい台詞に笑いを堪え切れなかった」
「あぁ!?」
格下だと舐め切っていた相手に挑発されて、顔を真っ赤にしたハゲ男が掴みかかってくるよりも早く、アインズはその胸倉を掴み上げた。周囲がどよどよと騒ぎ立てるのも気にせず、そのままアインズは吊るされた男に話し掛ける。
「お前とならば、遊ぶ程度の力も出さないで済みそうだ」
片手で吊るし上げられた男は既に息も絶え絶えになり、赤かった顔が徐々に青く変色していく。その様子を見たアインズは、少しだけ勢いをつけ―――――片手で男を投げ飛ばした。
男は悲鳴をあげながらテーブルの一つに激突し、凄まじい衝撃音が店内に反響する。
幸いというべきか、そのテーブルには誰も座っていなかった。
「....次はどうする?時間を無駄にするのも馬鹿馬鹿しい。何なら、お前たち全員でかかってくるか?」
残っていた二人にアインズが脅し口調で訊くと、さっきまでの威勢が嘘のように、あっという間に委縮して顔を強張らせていた。
「い、いや....その、連れが済まなかった。ゆ、許してくれないか...?」
「あ、ああ!アイツには俺たちからもキツく言っておくからよ、頼むよ旦那....へへっ」
(....やっぱり雑魚としか思えない台詞だなぁ)
「....成程、そういうことなら仕方ないな――――――だが、次も同じことがあったら流石に私も容赦しない。わかったな?」
コクコクと必死に頷く二人組を見て納得すると、今度こそ二階へと歩き始めた。
店主から言われた奥の部屋に入った二人は、中の様子をぐるりと見回して確認する。
やや手狭な印象を受ける質素な造りで少し埃っぽく、長い年月を経た木造独特の匂いがあった。
だが、アインズはこの部屋の雰囲気はそこまで悪くないと感じていた。それに、「鈴木悟」だった頃の現実世界では、木造の建物を見る機会などほとんどなかったこともあって、ついつい物珍しく観察してしまう。
「このような場所に至高の御身が滞在されるなど....」
「そう言うな、ナーベ....しかし、あれが『冒険者』か」
アインズは、店内で目にした、これから同業となる冒険者達の姿を思い出す。
「組合という組織に管理され、依頼はモンスター退治ばかり....予想以上に夢のない仕事だな」
アインズが当初抱いていた淡い夢想は既になく、その声には失望の色が隠し切れなかった。
「....先程不敬を働いた連中はどう致しましょうか?」
「放っておけ。連中が下手なことをしない限りは多少は大目に見てやろうじゃないか....あー、それで、ナーベよ。一つ質問なのだが....人間を、どう思う?」
「
即答である。
アインズは頭を抱えてしまった。
「....ナーベよ。その考えを捨てよとは言わぬが、せめて敵対的行動を誘発させる考えは慎め」
「畏まりました、アインズ様」
「モモン、だ!この街にいる間はそう呼べと言っているだろう。あと、様付けもやめろ。今のお前は『ナーベラル・ガンマ』ではなく、モモンの冒険者仲間の『ナーベ』なのだからな....わかっているな?」
「も、申し訳ありません。モモンさ――――――――ん」
間抜けな呼び方に突っ込みを入れたいところだったが、そんなこと一つ一つに呵々ずらっているとキリがなさそうなので何も言わないことにした。
「まぁ、いい。これからの行動方針だが、まず我々はこの都市で著名な冒険者としてのアンダーカバーを創り出す。その主な目的は、この世界における情報網の構築だ。冒険者として実績を積み、ミスリルやオリハルコン、最上級のアダマンタイトのプレート持ちになれば、その等級に見合った仕事を回され、得られる情報も有益なものが多くなるだろう」
「流石です、アインズ様」
モモンだと何度目かもわからない訂正を入れたアインズは、だが、そこで最大の問題について触れなければならなかった。
すっと懐に手を入れて、手の平に乗った残り少ない銀貨、銅貨に目をやる。
「だが、既に問題が生じている。――――――金が、ない」
そう。金がないのだ。
ホドリューにユグドラシルの金貨を確認してもらったところ、この世界でも使えるということがわかったが、それでも他のプレイヤーが来ている可能性がある以上、自分達の正体が露見しかねない物品を流出させるのは避けたい。
ユグドラシルでは、悪名高い異形種ギルドとして通っていたナザリックだ。その名を聞けば、中には積極的に敵対行動に出ようとするプレイヤーもいるかもしれない。
そこで今までは、エルフの集落から物資の提供を通じて「貸して」もらったり、ナザリックで最下級かつユグドラシルの物とわかるような特徴もない宝石類を少量、商人に売って現地通貨を確保してきた。
ただ、想定外だったのは、最下級の宝石でもこの世界では相当な値打ちがすると判明したことで、その出所を巡って少しトラブルが生じた。その時は、代行していたホドリューが機転を利かせてくれたお陰で大事には至らなかったが、今になって考えてみると相当危ない橋を渡っていたのだとわかる。
しかし、ナザリックの物品を外部に出すことには難色を示していたデミウルゴスやアルベドが、そのトラブルに関してだけ、なぜか「成程」とか「そういうことですか」と言って納得していたが。
そういったこともあったので、宝石類やそれ以外の物品の交換も慎重にならざるを得なくなり、得られる金銭も限られてしまったのである。
ファルマート大陸での
そもそも冒険者という職業を選んだ理由の一つには、ナーベラルには言わなかったが、今後の為にも安定的に現地通貨を得たいという思惑があった。
冒険者は、実力さえあれば高収入も望める夢のある仕事だと聞いたので、打ってつけの職業だと当てにしていたのだ。
実際には夢などなかったのだか。兎に角にも、金が足りない。
「まずは目先の問題からだ――――――――仕事を見つけるぞ」
「畏まりました、モモンさ...ん。ですが、一つお聞きしても宜しいでしょうか?」
徐々にモモンの呼び方に慣れてきたナーベラルが、恐る恐るといった調子で話しかけてくる。
「構わんが、どうした?」
「はい、疑問に思っていたのですが....モモンさんは何故この地で冒険者を始められるのですか?」
「あぁ、それか....それはな――――――」
アインズはナーベラルの質問に返答する為に、この地、オーステン大陸に来るまでのことを回想し始めた。
まず、最初にデミウルゴスとアルベドに「オーステン大陸に行って冒険者になろうと思う」という旨の考えを伝えた時は、予想していた通り猛反対されてしまった。
冒険者になることで得られるメリットなども説明したが、それならばアインズ自らではなくシモベ達に任せるべきではないかと言われてしまい、困り果てる。
実は、最初にオーステン大陸へ行こうと決めたのは、ファルマート大陸から離れたいというアインズ自身の思いがあったからなのだ。
その原因は、言うまでもなく自衛隊の存在である。
今、何処かで何らかの形で合っても彼らと接触するのは不味い。接触する機会や時間がある程、正体が露見する危険性が増す。
ならば、どうすればいいのかと考えれば簡単な話で、彼らが来れない場所にいればいいという結論になったのだ。引き続き自衛隊の調査はナザリックで続けるが、実際に監視するシモベらは自衛隊のことなど勿論知らないので、もし監視を行っていることがバレたとしてもアインズやナザリックの正体にまで繋がる心配はない。
そう考えたアインズは、後から「冒険者」という仕事を得る目的を足して、提案することにしたのである。
だが、真の目的に関して言及することは当然できない。自衛隊についてアインズが知っているということは、未だナザリックの者たちに明かすわけにはいかないのだ。
結局、あれこれと理由をその場で考えて説得したところ、配下の者が同伴することを最低条件として何とか納得させることができた。
デミウルゴスの方は、いつもと同じく勝手に深読みし納得してくれたのだが、アルベドは頑として自分が伴になると主張して譲らない。
アインズが困っていると、デミウルゴスが対応してくれるというので、全てを任せて自分はそそくさと準備を整えナザリックから出発したのだった。その際、同伴する者としてナーベラルが選ばれたのは、アルベドと違って見た目が人間そのものであったからだというのは言うまでもない。
その後、近くの都市から出ている乗り合いの馬車などを使ってレイムス港まで移動し、大陸同士を行き来している定期船に乗って、オーステン大陸、リ・エスティーゼ王国の港湾都市『リ・ロベル』に到着した。
都市に到着してからは、まず通貨の交換を行い、少しの間宿に滞在して王国の情報を集めたりして過ごしたが、細かい地理情報や王国の現状などが把握できてからは、各都市に繋がる乗り合い馬車を此方でも使い、エ・ランテルまで辿り着き、今に至る。
ナザリックを出発してから目的地に到着するまで、実に二週間を超える長旅であった。
王国に着くまでに一週間ほどかかったが、それと同じくらいの時間をかけてエ・ランテルまで来たのには理由がある。
調べたところ、リ・ロベルにも冒険者組合はあったのだが、王都に程近い位置にあるというのが気になっていた。
普通、王都は国の中心なのだから、国家の支配基盤が最も盤石で、王制であればその権力下で厳重に管理されている筈だ。
事実、ロムルス帝国は中央集権的な体制で冒険者という存在を排斥している。
王都にも組合はあるらしいが、それでも現時点で国や権力と関わり合いになるような事態は避けたかったし、何より秘密裏に情報収集がしやすい場所とも思えなかった。
ただ、都であるからこそ得られる情報というのもあると思うので、今後何らかの形でナザリックの手の者を向かわせることは決めている。
そういった事情があり、王都からは離れた場所で冒険者稼業を始めたいと思っていた。加えて、王国だけでなく他の国についても情報を得やすい場所が最適と考え探していたところ、丁度エ・ランテルの存在を知るに至ったのだ。
それから地理的条件を詳しく確認して、アインズは「ここしかない」という強い確信を持った。
王国、帝国、法国という三つの国が接する場所であり、王都からも程遠い位置にある。
だからこそ、アインズの望む条件を満たしているエ・ランテルまで、こうして遠路遥々やって来たのだった。
「....成程、流石です。その深き御推察に感服致しました」
アインズがそこまでの一連の説明を終えると、ナーベラルは心の底からそう思っているように、膝を床に突いて臣下の礼を見せた。
「世辞は止せ。それより、明日からは早速依頼探しだ。ナーベも直ぐに出られるように準備は怠るなよ」
それから一夜明けた翌日、言葉通りに早速行動を開始したアインズ達だったが、組合所に着いて早々大問題に直面していた。
組合所の中、大きな掲示板に冒険者への依頼と思しき紙が幾つも貼り出されている。
アインズとナーベラルはその掲示板の前でじっと佇んでいた。組合所でも、他の場所と同じく何人かの人間から視線を感じるし、中にはアインズの立派なフルプレートを見て冷やかしの声をかけてくる輩などもいるが、今はそんなことは全く気にならない。
アインズは貼り出された紙の一つ一つを物色しながら、周囲に聞こえないようにポツリと小さく呟いた。
「....文字が読めん」
アインズは、ちらりと横のナーベラルを見やるが、やはり自分と同じく紙に何と書かれているのかわからないようだ。
少しの間どうしたものかと悩んだアインズは、じっと考え込んでから、意を決して一枚の紙を掴み取り、受付へと持っていく。持って来た紙を、受付嬢がいる台に勢いよく載せた。
「この依頼を受けたい」
すると、受付嬢は一瞬ポカンとして驚いた顔をしたが、すぐに気を取り直して説明を始めた。
「申し訳ありません。此方の依頼はミスリルのプレートの方々への依頼でして....」
アインズはそうなのか、と言いそうになるのを堪えて、平静を保ちつつ答える。
「知っているとも。だから持って来た」
え、と受付嬢を含めてその場でアインズの言葉を聞いていた人々が皆一様に驚きの声を漏らす。
「ですが、規則ですので」
またこの手の輩か、と思いながらも受付嬢は丁寧な姿勢を崩さず応対を続ける。
「フッ、下らん規則だ」
「仕事に失敗した場合、多くの方の命が失われる可能性がありますよ?」
受付嬢は少しだけ脅かすような口調でそう言うが、アインズは寧ろ更に勢い込んだ。
「それなら心配いらん。私の連れは、第三位階魔法の使い手だ」
その言葉に、周囲の冒険者達がどよめく。この世界で第三位階魔法を使える者は、天才と呼ばれるに値する程の才能と実力を持っている魔法詠唱者の証明だからだ。
事前にホドリューなどからそう聞いていたが、アインズもまさかそれ程の効果があるとは思っていなかった。
ユグドラシルでは、第三位階など初歩中の初歩。それだけでなく、人間が使える最上級の魔法が第六位階までと聞いたときは、冗談かと疑ってしまった程である。それだけ、この世界の人間が扱える力は小さいということなのだ。
「そして、私も彼女に匹敵するだけの戦士だ。私達は自分の実力に見合うだけの高いレベルの仕事を望んでいる」
脅かしてきた受付嬢に対して、逆に此方が威圧するように少し強い口調で宣言する。
それを聞いた受付嬢は、先程までと少しだけ態度を改めるものの、やはり規則で決まっていることは変えられないと、その点だけは譲らなかった。
(....この辺りでいいかな)
「....そうか、それでは仕方がないな。我が儘を言ったようで悪かった。ならば、
唐突に態度を軟化させた漆黒の剣士に、受付嬢は目をパチクリさせるが、本当は話が分かる相手だったのかと思い直し、評価を改めることにした。
「はい、畏まりました」
それを聞いたアインズが、小さく右拳を握りしめたことには、誰も気づかなかった。
「――――――でしたら、私達の仕事を手伝いませんか?」
受付嬢が依頼を探してこようと席を立った時、不意に横から話し掛けられる。
「ん?」
アインズが目を向けた先には、四人の冒険者たちの姿があった。
「....あァ?」
アインズは、自分が思っている以上にガラの悪い声を出していることには気づかなかった。
第5話、前編これにて終了です。
基本的には原作と重なるシーンが多かったような気がしますが、文中で原作と異なる結構重要なポイントがあります。
その違いが今後、どう影響してくるでしょうか?
さて、後編ですが、予定通りなら冒険者モモンの続きと自衛隊の動きの両方になると思います。
それでは、次回の更新でお会いしましょう!、