ただでさえ、不足しているといわれるIT人材。その貴重なリソースを、サマータイム導入(と、軽減税率対応と新元号対応)に向けたシステム改修に費やしていいのか。本来ならば新たなイノベーション創出に充てるべき人材を、後ろ向きの対応に充てるのは損失ではないのか――。
情報法制研究所(JILIS)が9月2日に開催した「サマータイム導入におけるITインフラへの影響に関するシンポジウム」では、そんな意見が交わされました。
既に報道されている通り、政府・与党は2020年の東京オリンピック・パラリンピックの酷暑対策としてサマータイムの導入を検討していますが、さまざまな混乱が懸念され、特にITシステムへの影響は甚大とみられています。
現在挙がっている案は、2019年と20年の2年間、6月最初の週から8月最後の週末まで日本標準時を「2時間」繰り上げるというもの。つまり、6月2日の午前2時になると午前4時にジャンプし、9月1日の午前2時になると0時に戻ることになります。
立命館大学情報理工学部の上原哲太郎教授は「『9月1日午前1時』という同じ時間が2回来る問題が発生する。困らない人もいるかもしれないが、ものすごく困ることになる人も出てくる」と話します。上原氏は8月に「2020年にあわせたサマータイム実施は不可能である」と題した資料を公表し、注目を集めました。
しばしば推進派は、「サマータイム対応に必要な改修費用は1000億円、周知に2年」という数字を挙げるそうですが、これは1999年、当時の環境庁がまとめた試算です。さらに上原氏は「実はこの2年というのは情報システムの話ではなく、国際航空運送協会(IATA)が国際線のスケジューリングを調整するのに必要な期間。ソフトウェア業界は回答できなかった。というのも、当時は2000年問題対応でそれどころではなかったから」と指摘しました。
「時計の自動設定を行う機器の数は、20年前とは比較にならないほど増えている。しかもIoT時代が到来し、さまざまな機器があちこちにバラまかれている。中には『自動設定だから大丈夫』という言い方をする人もいるが、『自動設定』の技術的意味を分かった上で話しているようには思えない。協定世界時(UTC)を取得してきて機器側で時差を合わせているならば、改修しなければ対応できない」(上原氏)
例えば、一口に「自動設定対応の電波時計」といっても、時間をどのように補正し、表示するかは内部のロジックによります。きちんとサマータイム対応のロジックが埋め込まれていればいいのですが、そうでなければ対応が必要です。しかも今回の案では、1時間ではなく2時間ずらすことになっているのがさらなる悩みの種です。一方、電波送出側がサマータイムに対応することを期待し、受信した時刻をそのまま表示する仕組みを採用していたら、今度は他の国の時刻まで一緒にずれてしまうでしょう。
時刻提供源はNTP(Network Time Protocol)、GPS、長波JJY(標準電波)、テレビ、携帯電話……といった具合に複数存在します。「それらがサマータイムのときにどう動くかはバラバラだ」と上原氏は指摘し、全部洗い出すだけでも大変な作業になると話しました。
となると、最後に残るのは、日本のIT業界伝家の宝刀「運用でカバー」でしょうか。ですが上原氏は「できる場合もあるが、できない場合も当然あるだろう」と冷静です。「限られた時間の中でこれだけの作業を実現できるかははなはだ疑問で、強行すればあちこちで問題が生じる恐れがある」といいます。
そして「ソフトウェア更新には3年、インフラならば4~5年はほしい。家電ならば修正が必要で、修正が不可能なものは交換する必要があるが、それには国民の負担がかかる」と述べ、「2019年開始」というスケジュールに疑問を呈しました。
続けて、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)客員研究員の楠正憲氏が、サマータイム(夏時間)の歴史を振り返りつつ、技術的な基礎知識を紹介しました。
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