蝙蝠侯爵と死の支配者   作:澪加 江
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不可思議な主人

 

 

帝都の魔術師組合はその日、上へ下への大騒動になった。

 

それは隣国から来た魔法詠唱者が、ある破格のマジックアイテムの鑑定を依頼したからだ。

それは一件、見窄らしい木彫りの人形であった。荒々しく削られた表面は木の肌に質の悪いニスがかけられているだけの代物で、鑑定魔法をかける迄、魔術師組合の職員の誰一人としてそれが大したことのないマジックアイテムだと疑わなかった。持ってきた人物の怪しさもあり、一度は鑑定自体が断られる所だったのだ。

それが一応鑑定だけでもしてみるか、となったのは持ち主である人物のその後の行動ゆえだ。

真っ先に受付へ行きそのマジックアイテムを鑑定にだした彼は、すぐに巻物が欲しいと言って職員にカタログを要求した。しっかりとした紙で作られたその目録を開き暫く目で追ったあと従者に読み上げさせたのだ。その声を聞きながら彼が選んだのは低位階──特に生活魔法──の巻物。それを大量に買い込んだ。その数何と十六。一般の平民家族が何ヶ月も飢えずに済む金額をポンと出した彼はそのスクロールを従者に全て持たせる。そんな剛毅な上客の鑑定物、見た目に騙されてはいけないと最も詳細な鑑定魔法を使える人物に渡される。

そして鑑定した直後、そのマジックアイテムの効果に蜂の巣を突いた大騒ぎとなったのだ。

 

その騒動を横目で見ながら、この騒動の原因であるナインズ・オウン・ゴールの従者、アラン・クローム・ディ・ギーリムは主人を見やる。仮面で覆われたその下は何重にも隠されており全く見えないが、雰囲気に狼狽えた所などかけらも見当たらない。世紀の大発見と騒がしい組合職員の側で不気味な程静かだ。

乗客用のソファーに行儀よく座り、手にしたばかりの巻物を開いて見ている。一通り見終わると元どおりに丸め、どこからか取り出した紙に同じくどこからか取り出したペンの様な物で見た事も無い文字を書き連ねている。そしてアランの持ってきた鞄の中へと丁寧に詰める。机一杯に広がったその巻物の量に、気づかれない様にため息を吐く。

 

「ナインズ様は蒐集家なのですね」

 

カタログを読み進めた時に値のはる物では無く、安い物を中心に買っていた時には所詮は庶民かと馬鹿にしていた。生活魔法は確かに魔術の才能を持たない人間には便利な力であるが、正直、巻物で持ち歩くほど貴重なものでも役に立つものでもない。

しかしアランはある事に気がついたのだ。

彼は一般に有用とされる攻撃魔法や補助魔法を避けている、と。アランも貴族の端くれとしてある程度の教養を持っている。特にアランの一族は代々魔法の才がある家系であり、基礎中の基礎のみとはいえ家の中で教育される。なので王国の貴族の中では魔術に明るいと言えるだろう。

残念ながらアラン自身は魔法の才能が無かった為、教育はごく初期段階で終わっている。第0位階の魔法を三つ。それが幼少の時から12年間、魔法の勉強に真摯に取り組んだ彼が得たものだった。

それ程に才能の壁は厚く高い。

しかし、彼を有能な魔法詠唱者というレエブン侯爵の言を信じるならば、ある一つの仮説がその行動から建てられる。

即ち。

自分の習得していない、する必要の無い魔法の巻物を選んで買っているのでは、と。

しかしそんな重要度の低い魔法の巻物を買込む必要はあるのだろうか。そう考えた時に貴族にも多いある嗜好を思い出す。要らない物でもつい集めてしまう。使わないだろうが持っておきたいから買ってしまう。────そう、収集癖だ。

 

「ああ、まあ、そうだな。持ってない物は手に入れたくなる。特にこの生活魔法というのは興味深い」

 

やはり。作業を止めるナインズ。表情はわからないが、考え込んで居る様子だ。

 

「生活魔法が興味深いなんて変わってますね。第0位階魔法なんて少し才能があれば使える程度のものです。手品を変わらない、詐欺師の技じゃないですか?」

「まあ、蝋燭に火をつける程度の炎や食べ物を適温に温める魔法なんかはそうかもしれないが、この調味料を生み出す魔法はまるで意味がわからん。この巻物一枚の重さでいつでもどこでも何十キロとある調味料が手に入るのは旅行の時には有益ではないか?」

「まあ、費用対効果で見るとわざわざ巻物にしなくても魔術師が直接村などで魔法を使えば良いと思ってしまいますが。それにしても意味がわからないだなんて。凄腕の魔法詠唱者のナインズ様にわからないことなんてあるんですか?」

 

皮肉である。

アランは魔法詠唱者として密かに尊敬していたオリハルコンチームの魔法詠唱者がナインズを指して英雄級の使い手だと言っていたのが気にくわない。いくつもの自分の名前を冠した魔法を生み出した彼が、どこの馬の骨かわからない人物を高く評価とても気にくわない。

才能に溢れ、努力を怠らなかった第三位階の使い手である彼を驚愕させた人物が、基本中の基本をである魔法の原理を知らないなんて。抑えた嘲りが顔に浮かばない様に気をつける。

 

「わからない事など当たり前にあるさ。私はそも基本から魔法を修めて習得した訳ではないからな。自分の努力の外で得た力を誇るほど傲慢では無い。最も、習得した魔法の数の多さとそれを全て覚えているのは誇れるところだ。友人達にも感心されたからな。それでもなお、知らない魔法は無数にある。だから知りたくなるのだ。知らないものに足元をすくわれるのはごめんだから、こうして勉強をするのだよ」

 

そう言って作業に戻るナインズへ視線をやる。先程と同じ事の繰り返し。しかし先程までとはアランの中での捉え方が違う。

才能を笠にきた人物だと思っていた。そしてそれを使って自分の大元の主人であるレエブン侯爵に取り入ったのだと。

しかし違った。彼は努力の人で、今の自分に満足しない向上心を持っている。そんなナインズに今までイライラしていた自分が馬鹿らしくなった。自分の主人の人を見る目は確だったのだ。

ナインズが来てからずっと曇っていた気分が上向き、自然と顔がゆるむ。そして彼の従者である自分はいい経験をさせてもらっているのだと気づいた。

 

ナインズが巻物の整理を終えた頃、一人の職員がナインズへと近づいて来た。なんでも類を見ない大変貴重なアイテムであるため今日中の査定が難しいということだった。結局、マジックアイテムの査定は翌日への繰越となった。

深々と礼をする職員に見送られた二人は、魔術師組合を出ると帝国の冒険者向け市場へと立ち寄った。アランには馴染みのない荒々しい雰囲気の武装した男女。店主もその多くが厳つい男であった。それに物怖じする事なく人混みに分入ったナインズはいくつかのヘンテコな品物を買った。アランも王国では見ない珍しい品々を興味深く見ながら、ナインズの興味はどうやらそのアイディアをだした者にある様だと観察する。どこで、誰が、いつぐらいに作ったのかを聞き出しては肩を落とす。結局、大昔に居たという“口だけの賢者”が言っていた品を魔法の技術で再現したものだという事がわかっただけでナインズの欲しい情報は無かったようだ。

買い込んだ品々をナインズは“レイゾウコ”だとか“センプウキ”だとか言っていたが、ひょっとしたら彼の故郷の品なのかもしれない。

そう言った好奇心に任せた行動は続き、帝都観光は予想よりも時間がかかってしまった。結局予定していた半分も回ることができず、いくつかの予定は明日へと繰り延べされる事になった。

観光の途中だが時間だとナインズに進言すると、それに腹を立てることは無く、仕方がないと日がすっかり暮れた中を歩く。

何度かレエブン侯爵の来客の従者をしているが、こうも聞き分けの良い主人は初めてだった。こう言った観光が予定通りにいかないと嫌味を言われ上司には報告されるのは日常。中には恥も無くその場で叱責や暴力を振るわれる事だってあった。それが無いだけで、高くなっていたナインズへの好感はさらに上がる。

そんなナインズの半歩後ろに控えながら、大通りを歩く。綺麗に舗装された道も、大通りを等間隔で照らす街灯も、そのどちらもエ・レエブルには無いものだ。そこに敗北感を覚えつつ、アランはこの一日ですっかり警戒心のとけた相手を見やる。朝と変わらぬ怪しいローブ姿。しかし見慣れた為か心情からか愛着を覚える。

 

「人が皆生き生きとしていた」

 

そんな彼が口を開く。仮面越しのくぐもった声。

 

「エ・レエブルでもそうだった。きっとこの国も希望に満ちているのだろうな」

「新しく即位した皇帝の手腕で、民の暮らしは良くなりつつあるとの事です。皆この国はこれから良くなるという希望に満ちているのでしょう」

「希望か……私の故郷にはない輝きだ。妬ましく思ってしまうな」

 

彼の横顔を見る。表情は仮面で隠されて見えない。しかし、その声色からきっと苦々しい顔をしているのだろう。

 

「アランは帰りたい故郷はあるか?」

「私ですか? ええ、まあ。光栄にもレエブン侯爵の元で働かせていただいておりますが……。実家の妹達の結婚がもうすぐなので、その時は少し暇をいただきたいと思っております」

「そうか。──私はこうやって故郷を懐かしんでいるが、帰ろうとは思えない。俺の生きがいはもう無くなって、親しい友人との縁も薄くなってしまった。それでもそこで生きていくつもりだったんだ。ここに来るまでは」

 

靴音が人通りの少ない通りに響く。すっかり辺りは街中から外れ、一つ一つの敷地が大きな帝国の一等地にきている。時折、ゆっくりとした速度の馬車が通る以外は人の影はない。

 

「だから、まあ、イエレミアスさんが友人だと言ってくれて、エリアスさんに力になってくれと言われた時、ほっとしたんだ。新しい居場所ができたから。新しい一歩を踏み出すことができると思えたからさ」

 

ナインズはこちらを一瞥もしない。ただ前を見て歩いている。

 

「我ながら薄情だと思うけどさ、俺には多分、故郷での暮らしは許せないんだと思う。大切にしたいものはあそこには無いから。だから、ここに居れて、すごく幸せだ。アランにとって他所者の俺は信用ならない人物だろうけど、まあ、打算は当然あるけどエリアスさんにもイエレミアスさんにも害意はない。それだけは伝えておきたくてさ」

 

レエブン侯の居る屋敷が近づく。門には灯りがあり、暗くなった街中で目印になっていた。

 

「私は未熟者です」

 

ナインズの事を誤解していた。従者として側に使え、もう半月だ。その間、主人に対して酷い誤解をしていた。淡々とした、けれど砕けた言葉はなんて柔らかいのだろう。立場上目下である自分に、こちらの警戒を解くためにこうして弱みを見せる。貴族社会になれたアランにはそれがとても無垢で、眩しいものに思えた。

アランの呟きはナインズの耳に入る事なく吹いた風に流される。秋になり冬が近づく冷たい風。

 

冷たさが風にしみた。

 







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