月額400円で雑誌読み放題! 「dマガジン」急成長の裏側

「雑誌が売れない」――。雑誌の売り上げは1997年以降、右肩下がりだ。2014年の『出版統計』(出版科学研究所)によれば、ピーク時から約45%も減少している。しかし、これはあくまでも取次店などの流通業者を経由する、従来の販売システムにおける数値である。新しい流通経路として、読者がもつスマートフォンやタブレットに雑誌という「優良なコンテンツ」を届ける新しいサービスが注目を集めている。

NTTドコモが提供する「dマガジン」は、月額400円で160誌以上の雑誌が読み放題になるサービスだ。サービス名には「d」の文字がつくが、docomo以外のキャリアからも登録できる。ドコモショップ店頭における販売促進も手伝い、ユーザー数はサービス開始から1年3カ月で250万を突破、今後更なる拡大を見込んでいるという。この急成長の裏側を、同社デジタルコンテンツサービス担当部長の那須寛氏にお聞きした。

なぜ「月額400円」で採算が取れるのか

「dマガジン」のサービス利用料は月額400円。雑誌の価格がおおよそ1000円前後であることを考えると、読み放題でこの単価はかなり大胆に思える。なぜ、この価格設定なのだろうか。

「そもそも、このサービスは日常的に雑誌を購買しないお客様をターゲットにしています。出版業界と競合するようなビジネスモデルではなく、あくまでも新規顧客の掘り起こしを目標にしているため、価格はある程度、他のスマートフォン向けサービスの水準に合わせて、安価であることが必要でした」

音楽業界では『AWA』や『LINE MUSIC』、ドコモが提供する『dヒッツ』など、コンテンツを購入するのではなく、一定期間自由に聴き放題にする課金方式、いわゆる「サブスクリプション」が話題になっている。dマガジンを立ち上げからプロデュースする那須氏は、過去にiモード関連事業、最近ではdヒッツやdTVなど、サブスクリプション形式でのコンテンツ配信サービスを担当していた。そもそもこれらのライセンスビジネスは、どのような収益モデルで成り立っているのか。

「コンテンツビジネスの世界において、サービス事業者とライセンス保有者の収益割合は、当然のことながら、コンテンツの権利を持つライセンス保有者の方が高くなっています。dマガジンでも、お客様から頂いたサービス利用料を、出版社と分配する形式で運営されていますが、あくまでも主役はコンテンツを所持するライセンス保有者であり、われわれはそのサポートという意識で運営をしています」

250万人以上が400円を支払うと、単純計算で売り上げは10億円を超える。このうち半分以上が出版社に配分される場合、大きな収益源になるだろう。出版という伝統ある業界に、サブスクリプションという新しい概念を導入する発想は、それだけでイノベーションであるようにも思える。しかし、「雑誌のような優良なコンテンツを、インターネットやデバイスの進化に合わせて、アーカイブ(ロングテール)を含めてマネタイズするというのは、必然性があったと思います」と、那須氏は語る。

奇しくもロングテールの概念を提唱したのは、今から10年以上前の2004年10月、米の雑誌『Wired Magazine』の編集長だったクリス・アンダーソンだ。サブスクリプションはまず欧米で発展したが、日本でもここ数年で急速にコンテンツのデジタル化の流れが加速している。当然ながら、スマートフォンの普及がサービスの成否を握る鍵だったのは言うまでもない。

「dマガジンの構想は、ローンチの数年前からずっとありました。しかし、サブスクリプションの流通形態は、それを支持するプラットフォームが不可欠です。また、もともとiモードなどのプラットフォーマーだった弊社も、iTunesやGoogle Playの登場により、サービス提供者への転換が必要でした。このような背景のもと、スマートフォンの普及したタイミングでdマガジンが誕生したといえます」

「数十倍の読者にリーチできる」出版社を口説く日々

「dマガジン」の強みは、現在160誌を超える参加雑誌だ。5~10万部を発行するメジャーから趣味特化型まで、幅広く豊富な雑誌をラインアップしている。これだけの雑誌を囲い込むまでには、相当の苦労があったことは想像に難くない。

「雑誌への編集長の思い入れは大変なもので、誰が何と言おうと、編集長の意見次第で運営方針や内容が左右されることもしばしばあります」

このような状況下で、那須氏が選んだのは地道な営業スタイルだった。各誌の編集長にもコンタクトをとり、新しいマネタイズの必要性を粘り強く説得したという。

「雑誌は取材も校正もされており、インターネットのような玉石混交のコンテンツと比較すれば、圧倒的に玉のコンテンツがそろっています。5年後、10年後にも休刊や廃刊をすることなく、優良なコンテンツが作られ続けるためにも、編集部や出版社と一緒に読者を獲得していきたいと我々は考えています」

もちろん、本来は1000円する雑誌を400円で読み放題の一部にするのは、コンテンツの価値を毀損するのではないか、という懸念もあった。そのような声に、那須氏は「人気雑誌でも発行部数は数十万部ほど。dマガジンによって数十倍のユーザーにリーチできる可能性がある」と説明してきたという。

「雑誌の中にはページ数が多く持ち運びが大変なものもあり、場合によってはネガティブな印象を受けることもあるかと思います。しかし、これだけスマートフォンが普及し、雑誌を読まなかった層が雑誌を読むようになったとすれば、ユーザーも出版社もWin-Winの関係になれると思っています」

旧来、雑誌はそれぞれのブランドを構築することで、読者を獲得してきた。そこに、また別の接触機会を持たせたのが、dマガジンの「記事から選ぶ」機能だ。キーワードにより、収録雑誌を横断的に閲覧することができるため、読者もいままでめくったことのない雑誌に触れるよい機会となっている。

「たとえば、ダイエットというテーマが気になったとして、書店では男性なら『Tarzan』、女性なら『anan』をチェックするかもしれません。でも、男性が女性誌を読んだっていいし、その逆も同様です。あるいは、『おすすめ』機能で都内の美味しい寿司屋についての特集をチェックしていて、たまたま行き着いたのが初めて読む『サライ』の記事だったとしたら、それは雑誌との良い出会いと言えるのではないでしょうか」

dマガジンにも競合は存在するが、それらは紙の雑誌を読んでいる層に向けて、その代替としてスマートフォンなどで雑誌を読めることを売りにしてきた。他サービスが伸び悩む中、頭ひとつ突き抜けた感のあるdマガジンは、「記事から探す」に代表されるライトユーザー向けの施策を積極的に打っている。

「過去に実施した調査において、『先週雑誌を買った人は手を挙げて』と聞いてみたところ、誰もいない。『先月雑誌を買った人』と聞くと、ようやく少しずつ手が挙がるような状態でした。だからこそ、ライトユーザーというパイを取り続けていけば、サービスは成功すると確信したんです」

紙かウェブの二項対立ではなく、質でコンテンツを選ぶ時代へ

「dマガジン」を立ち上げから担当する那須氏は、このサービスにかける思いを「優良なコンテンツには対価を支払う必要があることを、ユーザーにも理解してもらいたい」と語る。

「音楽業界でも、CDの売上が芳しくない状況が続いていましたが、そこには少なからず、無料サービスの影響があります。インターネットでいくらでも無料の記事が読めますが、優良なコンテンツには対価を支払わないと、記事を作る仕組みの存続が難しいということを、ユーザーも考えるべき時期が来ているのではないでしょうか」

サブスクリプション方式は、その単価の妥当性はともかく、那須氏のいう「優良なコンテンツできっちりお金をとる仕組み」である。出版業界から多数の雑誌が参加している理由はもちろん採算性もあるが、那須氏の「コンテンツ愛」に共感している参加雑誌も少なからずいるだろう。

「優良なコンテンツでなければ、この時代にはもう読まれません。だからこそ、優良なコンテンツを制作したら、それがお金になる正しい世界を実現したいんです。5年後、10年後の出版文化を考えると、新しい才能を育んでいけるような環境が絶対に必要になります。dマガジンは、読まれたコンテンツにそれに見合う対価をしっかりお支払いするシステムを具現化したサービスなのです」

出版不況といわれる昨今、dマガジンの影響によって、紙の雑誌の購買数が上がっているわけではない。しかし、デジタルコンテンツを横断的に読めるメリットは想像以上に大きいようだ。

「たとえば、ミドルエイジの女性は書店で20代向けのファッション誌を手に取りにくいけれど、dマガジンでなら気軽に閲覧できます。また、主婦向けの雑誌がdマガジンでは男性に読まれているなど、これまで気付かれなかった雑誌の価値が再発見されている手ごたえはあります」

なかには、発行部数よりもdマガジンでの閲覧数の方が多い雑誌もあるというから驚きだ。着実にデジタル化が進行する雑誌というコンテンツは、今後「玉石混交」のインターネットにおいてどのような位置付けになっていくのだろうか。

「そもそも、無料のコンテンツと有料のコンテンツは性質が違います。無料のコンテンツは集客のためにあり、そこからマネタイズや広報につなげるものです。一方、有料のコンテンツはそれ自体がマネタイズのためにあります。誤解をおそれずに言えば、無料のコンテンツだけで満足してほしくありません。手の届きやすい形式で提供されれば、質でコンテンツを選ぶようになるはずです」

「質でコンテンツを選ぶ」事例として、那須氏は「レストランについてのインターネットの口コミと、雑誌の取材記事、どちらも同じようにアクセスできるとしたら、課金してでも雑誌の優良なコンテンツを読みたいと思うユーザーはいるはずです」と説明する。

「紙版を休刊した『週刊アスキー』のように、質の高いコンテンツが今後もインターネットに移行していくでしょう。また、キュレーションで集客し、コンテンツで課金にシフトするネット発のメディアもあります。紙媒体とネット媒体という二項対立がなくなり、コンテンツの質で勝負するようになるのではないでしょうか」

人間の知的欲求はついえることはない。長らく、無料のコンテンツが粗製濫造されたインターネット時代が続いてきたが、時代の潮流にあった有料のコンテンツ配信システムによって、コンテンツを質で選ぶ大きな揺り戻しが起こるだろう。読者、パブリッシャー、プラットフォーマーすべてにとって、コンテンツの質を追求できる理想の世界は、dマガジンが見据えるそのすぐ先にあるようだ。

(朽木誠一郎/ノオト)