“素人”が投稿するメイク動画が人気だ。一部のカリスマYouTuberはメイク動画で生計を立てていたり、一般ユーザーのメイク動画を集約したメディアも出てきた。そんな中、素人ではなく“プロ”が手掛ける動画サイト「Preno」に、美容業界のトップブランドが熱視線を送っている。
Prenoは「誰でもすぐに使えるヘアメイク」のハウツー動画を掲載するメディア。業界の一流ヘアメイクアーティストやカメラマンが集まり、作りこんだ動画を提供するのが特徴だ。2分前後の動画には有名モデルが登場し、メイクが仕上がるまでを実演する。
今年8月に正式オープンしたばかりだが、すでにエスティーローダーやディオールといった美容業界のトップブランドが広告を出稿している。なぜわずか数カ月で、トップブランドを惹きつけられたのか。Prenoのプロジェクトリーダーを務める、リクルートの肥沼芳明さんに聞いた。
Preno仕掛け人の数奇なキャリア
「リクルートで美容動画サイトを立ち上げた人物」と聞いたら、どんな人物を思い浮かべるだろうか。筆者が想像したのは「新卒の若い女性」「華やかでオシャレな20代〜30代の女性」だった。しかし取材当日、目の前に現れたのはスーツ姿の男性。取材を受けてくださるのはどなたですか?と聞くと「私です。ほとんど私が一人で取り仕切っています」と、笑顔でさらりと答えられてしまった。
Prenoのプロジェクトリーダーを務める肥沼芳明さん
肥沼さんの経歴は、ハッキリいって、だいぶ変わっている。ロンドンにある大学の起業学部を卒業。卒論で書いたビジネスプランでベンチャーキャピタルと繋がり、コンサル会社に入社。3年半で退職して起業。その後、シンガポールの会社に入りエネルギー関連の会社や、化粧品会社に。その後、女性なら誰もが知っている、かの有名な化粧品のクチコミサイト「@cosme(アットコスメ)」に転職。そこで美容動画のノウハウを学んだ。その後リクルートに入社し、社内の新規事業提案制度「New RING」で企画が採用され、現在に至る。
「超」がつくほど一流のアーティストがずらり
まずは、これを見て欲しい。
美しいモデルが、こちらを向いて微笑んでいる。これが「Preno」のトップ画面だ。この写真はオリジナル画像で、化粧品会社が用意した広告ではない。タイアップ記事でもない。筆者の記憶が確かならば、かつて、ここまでのクオリティのオリジナル画像を用意した美容専門サイトはない。
このサイトには、世界的なヘアメイクアップアーティストRUMIKOが参加するほか、女性誌・美容雑誌で絶大な人気を誇る千吉良恵子、国内外のファッション誌や広告で活躍するMICHIRU、ミランダ・カーやレディ・ガガからの信頼も厚いyUKIと、「超」がつくほど一流のアーティストがずらりと並んでいる。
動画に登場するモデルも、プロのビューティモデルに限定。美容系のカメラマン、コーディネイター力のある美容ライターがシナリオを書き、美容系のカメラマンが5台のカメラであらゆる角度から撮影する。運営に関わるメンバーは100人に上り、Prenoがこれまでの美容専門サイトとは一線を画していることがわかる。
“隣の友達のメイク”より、プロのメイクをお手本に
—何故、美容専門サイトを作ろうと思ったのでしょうか。
メイク動画を紹介する美容専門サイトって人気がある反面、その内容はドラッグストアや100均ショップで扱うようなプチプラタイプのコスメが中心なんです。コストパフォーマンスが重視される傾向があるというか。だから、デパートの一階に並ぶようなラグジュアリーブランドや、ビジュアル重視のメーカーからしてみると、広告を出せるサイトがなかった。
前職は@cosmeで美容動画を手がけていましたが、その当時からブランドの担当者の方に「選択肢を増やしてほしい」と言われていました。その頃から「トップブランドが広告を出したくなるメディアって何なのか」というのは課題でした。
様々な女性にヒアリングを行い、美容動画にニーズがあることはわかっていました。案外、見られてるんですよね。結婚式前に急いでヘアアレンジを見たいとか、眉の描き方を知りたいとか。やはり、ヘアもメイク、実際にやっている姿を動画で見てマネできた方が良いのだと思います。
—-とはいえ”メイクアップ動画”は、既に様々なサイトがありますよね。
そうですね。でも、そのほとんどがユーザーの投稿動画なんです。だからこそ「プロが集結した動画を作るべき」と思いました。日本女性の美意識って、アジアの中でもトップレベルだし、メイクもすばぬけて上手い。そんな彼女たちが今後お手本にすべきは、”隣の友達のメイク”ではなく、プロのメイクなんじゃないかと。クオリティを重視した動画なら、広告出稿したいラグジュアリーブランドのニーズにもマッチしますし、ぴったりだと気づいたんです。
使う化粧品はメーカー不問、ヘアメイクアーティストありき
—Prenoには世界的なメイクアップアーティストのRUMIKOさんが参加されていますね。
彼女は生ける伝説。メイクアップアーティストとしても、ブランドを育てた人としても一流の、突き抜けた人です。男性目線で言うと……美容界の長嶋茂雄といいますかね(笑) 実績のないメディアに賛同してくれるか不安でしたが、サイトの成長には、絶対に欠かせない人。だから僕が直接口説きにいって、志を説明させてもらいました。その気持ちが伝わったのか、参加してもらえることになった。サイト内にRUMIKOさんのインタビューがあるんですが、それを見てもわかるように、彼女は「日本女性全体の美意識を底あげしたい」という意思があって、そのことに非常に熱心なんです。Prenoにはそういうプロが必要でした。
—-特集はどのように作られるんでしょうか。
美容業界全体に「このままじゃいけない」という焦燥感があったんだと思います。「関わる人達皆が、Webで何かをやらないといけない」「新しいフィールドを切り開く必要がある」だろうと感じていた。その中に「動画」というアイディアもあったはずですが、時間やコストの面で開始するに至らなかったのだと思います。
僕はたまたまグローバルな経験や、@cosmeでネットの美容事業に関わった経験値があった。だから”こういうサイトをやったら当たる”という経験上の予測がありました。僕は美容のプロではありませんので、方向感を示すだけだと思っています。船頭みたいなものですね。
—RUMIKOさん以外にも、美容のトップスターが賛同しています。短期間でここまで動かした秘訣は?
まずメイクアップアーティストに直接、僕と僕が絶対的な信用を寄せる編集長の美容ライターさんがコンセプトを話します。一流の人なら、そのコンセプトの中で調理した一流のものを返してくれますからね。あとは、アーティストの方に任せて、自由に作ってもらいます。
アーティストが使用する化粧品に縛りはありません。どのメーカーの化粧品を使っても構わないので、「自由に、好きな素材でやってください」と。通常の雑誌は「この商品を使ってコンテンツを作って欲しい」、どうしても商品ありきになります。Prenoはそうではなく、アーティストありき、作品ありきなんです。
—アーティストと作品を、最も重要視しているわけですね。
そうですね。だからこそアーティストの方に「やっていて楽しかった」「またやりたい」と言ってもらえることが多いのだと思います。実は僕、ロンドンに留学していた当時、セントラル・セントマーチン芸術大学の生徒寮に住んでいたんです。シェアメイトはすごくファンキーな奴ばかりで(笑)でも、アーティストの行動力、彼らの活かし方はそこで学びました。美容に関わる人は皆、アーティストだと思っているし、コンテンツ制作でクリエイターがないがしろにされるのは嫌。彼らを活かしたメディアじゃないと、意味がないんです。イメージは美術館ですね。僕が枠を作って、美容ライターさんがキュレーターとして作品を入れていく感じです。
—実際の撮影現場は、どんな雰囲気なんでしょうか。
とても一体感のある現場ですね。トップページの最上位に置く写真は「みんなで選ぶ」をポリシーにしています。通常、プロデューサーや編集者が写真を選ぶんですが、関わった全員で選ぶと、個々に「自分たちのメディアなんだ」という愛着が出るし、自分の仕事への満足感もあがります。
男性には理解できない?女性向けユーザーインターフェイスを掴むには
—一般的に、女性は動画コンテンツが苦手と言われていますよね。
動画制作の現場では「女性は3分の視聴を30分に感じる」と言われてます。5分の動画だと、3分50秒あたりで女性は離脱する。意外とせっかちな女性のために、動画を2分以内にすることを心がけています。
—動画サイトにありがちな「動画のキャプチャ」を掲載せず、サムネイル画像を貼っているのは何か理由があるんでしょうか。
色々な人に「キャプチャを付けたほうがいい」とアドバイスされましたが、頑なに拒否したんですよ(笑)男性は、動画の大まかな内容を知るためキャプチャを見ますが、女性は違う。入り口の写真そのもののクオリティにこだわるんです。実際、ABテストを試してみたところ、動画のキャプチャにするとクリックレートがガクンと下がることがわかりました。
Prenoのスタートに当たり、どんなユーザーインターフェイスが女性に受けるのか、数え切れないほどABテストを繰り返してきました。その結果分かったのは、化粧品の商品本体の写真を載せても、女性はクリックしないこと。女性がクリックするのは「美しい女性の顔」なんです。だからPrenoでは女性モデルの顔が見えるようにしてバナーを配置しています。
女性がクリックするのは「美しい女性の顔」と肥沼さんは語る
男性目線で考えると、サイドバナーにも情報を詰めたくなるし、リンクを貼りたくなる。でも、それはやりません。女性にはとにかくシンプルに、美しいイメージを見せないと、ダメだということが分かっているからです。
—女性目線のインターフェイスを強く意識していますね。
女性は美容専門サイトを見るとき、パーツごとに目的を探す傾向にあります。顔全体のメイクやイメージではなく、「眉」「リップ」「チーク」という部位で探す。だからタイトルも「太眉メイク」「立体リップ」などパーツがわかるようにして、パーツ別のタグを付けるようにしています。
あとは通勤通学中に、電車で見ることが多いので、女性が片手で使えるユーザーインターフェイスを研究しています。スマートフォンを右手で持つと、画面の左端には指が届かない。だから右にメニューを集めておくとか。自分以外のスタッフはみんな女性なので、彼女たちから意見をもらっています。
—将来的には、どのようなサイトを目指しているんでしょう。
これまでは、欧米で流行ったアーティストが日本に輸入されたり、逆輸入される時代でした。でも、これからは日本のアーティストがアジアで活躍していく時代になると思っています。Prenoも海外展開を想定して台湾出身のモデルを起用していますが、既にユーザーの30%に台湾からのアクセスです。これからもっと増えていくでしょうね。
—Prenoの”ライバル”はいますか?
今のところいませんが……出てきて欲しいと思っています。僕は美容のプロじゃないんですよ。だから僕とは違う、もっと一般的な感覚をもっている女性が、同じようなものを作ってくれれば良いなと思っています。そうすれば、業界自体の底上げに繋がるでしょうから。「インターネットの動画は質が低い」と思っている人の意識を変えたいですね。
インタビュー中、肥沼さんは繰り返し「僕は美容のプロではない」と繰り返していた。自身が答えていたように彼は「船頭」として役割をまっとうしているだけなのかもしれない。ただ、今現在、ほとんどの美容専門サイトが、クチコミやコストパフォーマンスを中心として「消費者」を見ているのに対し、彼はあくまでも「アーティスト」と「クライアント」を向いている。媚びることなく、ハイクオリティなものを作り続けて発信する姿は、ファッションと美容の世界で第一線を走る”女性誌”が続けてきた姿勢にも似ている。いつか「Prenoを見れば今のトレンドがわかる」……そんな日が来るのかもしれない。