「母親の死」というタブーに触れた絵本がなぜ今年最大のヒットになったのか

「ママは、くるまに ぶつかって、おばけに なりました。」

およそ絵本とは思えない文章から始まる絵本『ママがおばけになっちゃった!』。今年7月に発売されて以降、3カ月間で24万部を突破した異色の絵本だ。「電車」や「お姫様」といった子供が喜ぶ定番のテーマではなく、あえて「母親の死」という普遍的なテーマを題材にしたのはなぜか。そしてタブーにも見えるこの絵本がなぜ幅広く支持されるのか。絵本作家、のぶみさんに迫る。

絵本作家・のぶみさん。これまでに描いた絵本は160冊以上、累計発行部数は100万部を超える

絵本作家・のぶみさん。これまでに描いた絵本は160冊以上、累計発行部数は100万部を超える

過去の名作を超えるために考えたこと

–『ママがおばけになっちゃった!』が異色のテーマを取り扱う絵本ながら今年一番のヒットとなっています。

もともとこの絵本の初版は4000部でした。売れないかもしれないという担当者の不安があったんですね。それも仕方がないことかもしれません。この絵本に登場する「ママ」はいわゆる“昭和のお母さん”とは違います。部屋をきれいに片付け、料理もしっかりとこなし、しつけも厳しい。そんな理想的なお母さん像とはかけ離れているんです。部屋は決してきれいではないし、丁寧な料理もできない。

だけど、それが「今」なのかもしれないと思って描きました。今から遡ること30年以上前、日本では空前の絵本ブームがありました。福音館書店の『ぐりとぐら』が最初に登場したのは1963年。このときブームになった絵本が今も広く支持されています。昔の絵本を超える作品を生み出すためにはどうすればいいんだと悩んで出した結論が、「今を描く」でした。

そして最も子供にとって大事なママの死をテーマに選んだのにも理由があります。昔の絵本の主人公は動物であることが多かった。子供が総じて動物好きだということも背景にあります。だけど、人はカラスでもなければネズミでもありません。感情移入できる絵本をシンプルに作ろうとすれば、そして普遍的なテーマを扱うのであれば、母親の死というのは究極の設定なのです。おそらく、感受性の強い子供ほどこの絵本を読むと嫌だという感情を持つでしょう。子供にとって最も大好きなママがいなくなる話ですから。

僕自身がこれまで手掛けた『しんかんくん』シリーズや『ぼく、仮面ライダーになる!』シリーズでは、ママにもう一度読んでとせがむように描いていました。「喜ぶ」という感情を持つことは大事です。ただ、同時に「嫌だ」という感情を持つことも大事なことだと思ったんです。もし『ママがおばけになっちゃった!』を読んで、「嫌だ」という感情を持った子供は、お母さんがいなくなるということを想像できたということになります。人間はさまざまな感情を抱きます。異なる感情を抱く。そんな絵本が世の中にあってもいいと思いました。

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絵本を描くということは僕にとって遊びではない

–かなり綿密な市場調査をした上での作品だったんですね。

『ママがおばけになっちゃった!』は、実際に出版するまで様々な人に1000回くらい読み聞かせてはいただいた意見を反映させるという作業を繰り返しました。僕にとって1000回の失敗を繰り返してできた作品ともいえます。

よく夢を叶えたいと相談を受けることがあるのですが、失敗しなければうまくいかないと思っています。いきなり最初から成功することはあり得ない。失敗を繰り返しながらベストセラーと呼ばれるものが生まれます。そして、失敗はなるべく早いほうがいいのです。だからこそ、この作品を作るに当たってたくさんの失敗をしなければと思い、初めて出版前のラフの状態で多くの人に聞いてもらいました。

ストップウォッチで時間も計ります。子供の集中力は4分半から5分が限度。それ以上は続きません。絵本は親が子供に読み聞かせるものですから、実際に声に出して読み聞かせる必要があります。描いた自分がつっかえてしまうような絵本は、誰にとっても読みにくいものです。

そして日本独特の文化も考慮しなければなりません。例えば、フランスでは左に絵があって、右側に文字がある絵本が多いですが、日本の子供は絵だけ見てめくってしまうのです。漫画文化の影響かもしれません。文字と絵が離れていると厳しいのです。

女の子向けの絵本を描こうと思ったとき、女の子の心情を知ろうととにかくディズニーの映画を見て、子供の意見を聞きました。女の子はお姫様が大好きで、お姫様になりたい。『シンデレラ』では継母にいじめられてぼろぼろの服を着せられます。その後、お金持ちの王子様に見初められるのですが、私自身はシンデレラが虐げられているシーンは、最後の感動に向けた前振りだとばかり思っていました。

だけど女の子の意見は違うんです。この虐げられているシーンも好きだというんです。不細工な人たちにいじめられていることも快感だと。この感覚は男だと分からないですよね(笑)。

これまで160冊の絵本を描いてきました。そして、一生描き続けたいと思っています。だから、僕にとって絵本を描くということは遊びではない。お母さんと子供に喜ばれる絵本を真剣にいつまでも描き続けたいのです。そのためには、相手のことを知らなければならない。だから、子供たちの間で流行していることは片っ端からリサーチします。なぜ、興味を持つのか、なぜ人気があるのかということを冷静に分析します。

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今、生きている。それは意外に強いということ

–もともと絵心はあったのでしょうか。

そんなものはありません(笑)。とにかく好きになった女の子に振り向いてもらいたい一心でした。僕は小学生のとき、いじめられていました。親は教会の牧師。「のぶみ」という名前が本名だったことも重なっていじめの対象になったんでしょうね。

両親はとにかく昭和の親を絵に描いたような親で、厳しかった。学校に行けと怒られ、行くと学校でいじめられる。次第に町をさまようようになりました。一人で過ごす時間がほとんどでしたね。あまりに辛くて2度ほど自殺未遂したこともありました。

その後も引きこもりの時期があったり、チーマーに身を投じた時期もあった。絵本作家として始めてみたものの、7年間も売れなかった時期を過ごした。パニック症候群やうつ病になったこともあります。

強い人には「そんなの甘えているだけだ」と叱責されるかもしれない。でも、たくさんの経験をしてここまできました。くさりそうになったけどくさってない。死のうと思ったけど死んでいない。ある時、ふと思ったんです。「わりと自分強いな」と。そして、自分が辛い経験をした分だけ、人にやさしくなれるという自負が生まれました。

自分と自分の周りの人たちは、鏡だと思うことがあります。自分が嫌だなと思う人が周りに寄って来るとき、その原因は自分にある。自分の周りにいい人が集まっているとき、自分はいい状態にあるんだと感じられる。自分自身が人間関係で苦しんできたからこそ、そう感じられるようになりました。最も自分の近くにいる人にやさしくできない人は、他人にやさしくすることは難しい。

神社にいくと鏡が祭ってありますよね。「おまえたちがやっていることは全部、逆なんだよ」と言われている気がします。たいていうまくいっていないときは逆のことをしていることが多いんです。

–絵本を描くときも同じ心がけなのでしょうか。

そうですね。自分がこう書きたいではない。絵本を読んだ人がなぜ喜んでくれるのか、なぜ涙を流すのかを考えなければダメだと思います。そのために、僕は頭を空っぽにすることを心がけています。「つけ麺が食べたい」「仕事がうまくいけばいい」。これらはすべて自分のことです。頭の中をきれいにして、他人にやさしくしたほうが、結果的に自分がうまくいく。具体的にはノートに書き出しています。やることリスト、やらないことリストの両方をノートに書く。そうすると頭の中を空っぽにできるので。

アトリエの壁には 「自分を無しにしよう」と書いた紙を貼っている

アトリエの壁には「自分を無しにしよう」と書いた紙を貼っている

–そこまで絵本を描くのに熱中するようになったのはなぜですか。

女の子にモテたかったからです。介護の専門学校に入ったときに、好きな女の子ができました。とにかくかわいくて。その子はすごくまじめな子で、僕は高校生のころはチーマーだった。とてもじゃないけど会話がかみ合うわけがないんです。なんとか会話のきっかけをつかみたかった僕は彼女の好きなものについて聞きました。そこで出てきたのが「絵本」でした。「実は絵本描いているんだ」という大嘘をつき、その次の日までに絵本を描いて持って行った。そしたら、すごく彼女がほめてくれて。うれしくなった僕はそれから3カ月間、1日に何作も書いてもっていくようになりました。

3カ月経ったころ、付き合ってほしいと告げました。その子から絵本で賞を取ったら付き合ってもいいよと言われ、公募ガイドで見つけた5つのコンテストに作品を送ったら、一つだけ入賞できました。それからずっと絵本を描き続けて19年に至ります。その子は今でも僕を支えてくれている奥さんです。

奥さんと付き合うきっかけとなった絵本は作家人生の原点だ