2006年にリリースされ、今年で10年目を迎えた日程調整ツール「調整さん」。イベントの幹事はメンバーにURLを送るだけで、出欠確認や日程調整が行えるサービスだ。20代以上のネットユーザーなら一度は利用したことがあるのではないだろうか。無料で簡単に使えて、当たり前のようにインターネット上に存在していた調整さんだが、2015年に入ってから密かに、驚くべき成長を遂げていた。
調整さんのMAU(Month Active User、月間利用者数)は2014年の7月時点で50万人ほどだった。これが、2015年3月には100万人、9月には200万人にまで伸びているのだ。シンプルな機能しか持たない古株のWebサービスに、この1年で一体何が起きたのだろうか。調整さんの開発チームを率いるリクルートホールディングス・MTL(メディアテクノロジーラボ)の山本一誠さんにお話を伺った。
リクルートホールディングス・MTL(メディアテクノロジーラボ)/ABテストツール Optimizelyエバンジェリストの山本一誠さん
手付かずで5年以上放置されていた調整さん
もともと調整さんは、リクルートホールディングスが2000年初頭からスタートさせた実証研究機関・たたみラボが2006年にリリースしたサービスだ。開発のきっかけは至ってシンプルで、「社内でイベントの日程調整に困っていた友人がいたから」。その後、たたみラボはMTLに名称を変え、「調整さん」の運用もそのままMTLに引き継がれた。
しかし、当時のMTLが注力したのは新規のアプリ開発だった。機能的にある程度まで完成していて、なおかつWebサービスであった調整さんには、誰も関心を持たなくなる。次第に5年以上もの間放置される存在となってしまった。
2014年7月。ホコリの被っていた調整さんに目をつけたのが、当時MTLでABテストを手がけていた山本さんだ。社内でデータ分析をしたところ、調整さん経由のイベントの8割は歓送迎会や同窓会、女子会、忘年会など、飲食が絡んでいることが判明。幹事にユーザーインタビューしてみると、まずは日程と人数を確定しなければ、店を予約する等の次のアクションができないので、必ず日程調整から始めるという“イベントの入り口”を押さえていることがわかった。
「このチャネルを活かして飲食にまつわる事業を展開すれば、サービスとしてスケールするはず。」
そう考えた山本さんは調整さんの立て直しを直訴。昨年7月から5人のチームを編成し、調整さんの顧客開発とUI改善に携わり始めた。
黒字化させたビジネスモデルを「スケールしないから」と手放す
山本さんたちが最初に手がけたのは、調整さんから飲食店にユーザーを流動させる経路作りだ。当時、さまざまな飲食店にヒアリングをしたところ、平日の営業に大きな課題があることがわかった。来店は金曜土曜に集中し、売り上げも金土だけで月の5割を超えている店舗が多かったのだ。
一方、調整さんで開催される飲み会の曜日は各日ほぼ均等、平日にも多く開催されていた。通常、店舗の平均予約人数は4人程度だが、調整さんは平均10人と大人数で開催されていたのも、山本さんは強みだと考えた。そこで手がけたのは、調整さんからグルメサイトにユーザーを流動させる経路作りだ。
「まずは調整さんの日程調整の下に“店舗調整”の機能をつけました。日程だけではなく店選びも簡単にできるよう、みんなで○×をつけられるようにしてみたんです。ここにグルメサイトを連携させて、該当日が予約可能かどうかも表示させました。“店舗調整”の機能はユーザーの反応がよくてコンバージョンも上がり、結果的に2015年の2月には黒字化できました。」
5年以上放置されていた調整さんを、半年で黒字化に導いた「店舗調整」機能だが……
5年以上放置されていたサービスを、わずか半年でよみがえらせた山本さん。しかしながら、彼はすぐに“店舗調整”を用いるビジネスモデルを切り捨てる決断を下す。仮説から地道に積み上げて成果まで出した機能を、なぜあっさりと手放したのだろうか。
「グルメサイトに送客するモデルは相性が悪いと判断したからです。幹事さんにユーザーインタビューしてみると、8割以上は電話で予約をしていて……。例えば、社内の歓送迎会では、電話でサイトに載っていない情報を質問して慎重に店を選びますし、丁寧な方だと下見にも行かれます。何日も前から計画するこういったユーザー層は、インターネットの予約よりも、電話予約のほうがニーズがあるんですよね。現在は別のビジネスモデルを考えていて、実用化に向けて検証を進めています。」
週100パターンのABテスト……調整さんは“超整”されていた
2015年に入って調整さんのMAUが劇的に上昇したのには、2つの要因がある。
1つ目が、“高速仮説検証によるABテスト”だ。改善チーム(KPIを伸ばすチーム)と新機能チーム(KPIを作るチーム)を作り、ABテストを実施することにした。改善チームは、アナリティクスツールを使ってユーザー数増加に寄与している既存の機能を特定し、その機能のABテストを行い、KPIを向上していった。
「例えば、以前の調整さんは、トップページからイベント作成までいくつかページをまたぎ、日程候補のフォームもフリーテキストのみで入力が難しかったのです。そういった問題点に対して『こうした問題があり離脱しているのではないか、またはどうすればもっとその機能をもっと使ってくれるのか』という仮説を大量に立て、それに応じたソリューションを片っ端からABテストしていきました。」
ただし、やみくもに新機能を導入しても継続率が上がらず、別のKPIに影響を及ぼす可能性もある。そのため、まずはユーザーの数%にのみ新機能をテストする方式を採用した。検証後、新機能を使ったユーザーの継続率が向上していれば、すべてのユーザーに新機能を公開する。その後、新機能を改善チームに引き渡し、今度はUIを改善し「新機能の使用率』をABテストで改善していく。
「この体制で改善チームは、多い時では週に80~100パターンのABテストを走らせていました。」
ABテストの成果
週100パターン近くのABテストを実施する中で、成功確率を上げるには仮説の質を高める必要があると言う。「成功だけでなく、失敗の知見も財産。次回から落とし穴にはまるのを防ぎ、成功の知見を応用することで仮説の質を高められます。なので、まずは大量の知見を貯めることを優先しました。」
大量の知見を早く貯めるには、仮説検証サイクルを高速に回す必要がある。現場で高速仮説検証をコンスタントに実現させるディレクションを行っていた山本さんは、気をつけていたことが2つあると言う。
1つは「仮説の良し悪しを議論しないこと』だ。
「知見が無いときは、誰が作ろうと仮説は仮説でしかなく、実際にユーザーに問わなければ結果はわかりません。仮説やソリューションのブラッシュアップはしますが、作り手が『どれがいいか』と議論しても、実りがないんですよ。誰のアイデアでも否定はせずに1つでも多くの仮説を見つけ出し、それを迅速に形にして検証に回すことを心がけていました。」
そしてもう1つは「1つの仮説を検証するのに時間をかけすぎないこと」だと、山本さんは語る。
「ABテストの際に作ってもらうデザインは、ユーザーの反応が悪ければ捨てることになります。制作コストをかけ過ぎてしまうとボツになった時の時間的損失が大きいので、私たちの制作では1~4までのデザインレベルを設定しました。1は“1時間以内”、2は“2時間以内”、3は“4時間以内”4は“8時間以内”という指標で、デザイナーには『この時間内でできる最高のクオリティで仕上げてください』と指示を出しました。そうしないと、デザイナーは時間をかけていいものを作ってくれてしまうからです。デザインの質よりも仮説検証のスピードを優先するかじ取りをしたことで、短期間に大量のABテストを実施し、コンバージョンを上げることができたんです。」
飲み会からサバゲーまで、100種類以上のLPを用意する理由
調整さんのMAU増加に貢献した2つ目の要因は“サイト提携による流入強化”だ。調整さんには、“ランキングサジェスト”と呼ばれるチームがある。このチームの目的は、サイト提携を行い、パートナーサイトからの流入を増加することだ。ABテストによるUI向上が“内的な課題解決”とすれば、サイト提携強化は“外的な課題解決”と言えるだろう。
「私たちが外的に抱えていた課題は、調整さんが“日程調整・スケジュール調整”といったキーワードでしか検索されていなかったことです。しかし、それでは流入範囲が狭い。そこでデータベースを見てみると、さまざまなイベントで調整さんを使ってくれていることがわかりました。そういった幹事さんにももっとリーチするように考えた結果、よく使われているイベントごとにLP(ランディングぺージ)を作成し、さらにLPごとに外部サイトと提携する施策を試みました。」
現在、調整さんでは「同窓会に使える出欠ツール‐調整さん」、「女子会に使える出欠ツール‐調整さん」といったように、イベントごとのLPを用意。LPのカテゴリは歓送迎会や新年会といった定番の催しから各種スポーツ、バンド、サバゲーに人狼など、100種類を超えるデザインのバリエーションをリリースしている。
カードゲーム「人狼」向けのランディングページもある
ランキング・サジェストチームはLPの増強の平行として、外部サイトとの提携にも力を入れている。大規模なところではオンライン麻雀ゲーム『天鳳』や、中日新聞が運営する女性向けサイト『オピ・リーナ』、旅行者向けの総合情報サイト『BIGLOBE旅行』などと提携して、相互にユーザーを流入させるためのコラボ企画なども展開している。
例えば、女子会で盛り上がりそうなパートナーサイトとの提携では、女子会を開こうとしている調整さんのイベント開催ページに、「女子会おすすめサイト」としてランキング形式で紹介している。このランキング順位は、調整さんを紹介するパートナーサイトからのアクセス数をもとに変動する仕組みだ。
パートナーサイトとしては、これから女子会を行おうとしている女性ユーザーに無料でリーチできるのがメリット。一方、調整さんはパートナーサイト上で調整さんを紹介してもらうことで、女性幹事に調整さんの存在を知ってもらえる。女子会の参加者は女子会を盛り上げるのに役立つサイトを知ることができる。「3者が“win-win-win”の関係を築けるようにしています」と山本さんは語る。
「日本中のあらゆるイベントを盛り上げていきたいんです。その過程で、イベント幹事の皆さんに調整さんを認知してもらいたい。だから、さまざまな“仲間内イベント”にかかわるサイトとの提携を進めています。中でも麻雀の『天鳳』さんとは大々的にコラボさせてもらって、今年の8月には『調整さん×天鳳杯』を開催したんですよ。社内では『何これ?』って大爆笑されました(笑)」
外部サイトからの流入増に寄与したランキングサジェスト機能
サイト提携を始めたのは2015年の6月からだが、現時点で500以上のサイトと提携している。相互にメリットのある形を取っているため、お金のやり取りは一切発生していない。LPと外部サイト提携の効果もあり、調整さんで開催されるイベント数は月間15万件に達する。
このように「日程調整、スケジュール調整」というキーワード以外の流入口を積極的に取りにいったことが、直近の爆発的なMAUの伸びにつながったのだ。山本さんは、ABテストやランキングサジェストチームの実践こそが、さまざまな定義づけがなされている “グロースハック”の1つの形ではないかと考えている。
「グロースハックの目的は『CPA(Cost Per Action、1アクションにかかるコスト)を最小化すること』だと考えています。施策には上中下の3つのレベルがあると思っています。下は『コストを払って単発しかアクション数が伸びない施策』。中は『単発だけど爆発的なアクション数増加につながる施策』。そして上は『一度コストを払えば半永久的にアクション数増加につながり、最終的にCPAがゼロに近づく施策』です。この“上の施策”を目指すことが、グロースハックの1つの形ではないかと考えています」
「日本中のあらゆる“調整が必要なイベント”、全部取りにいきます」
山本さんのテコ入れにより、この1年ほどですさまじい成長を遂げた調整さん。ユーザーを増やしていったその先で、今後はどのようなポジションを目指していくのだろうか。
「あらゆるイベントは、『Facebook型イベント』と『調整さん型イベント』の2種類に分けられると考えています。前者は主に不特定多数を対象にしていて、目的はビジネスなどの営利目的や出会いが多く、日付は主催者側で設定され、主にFacebookのイベントページやpeatixなどが利用されます。後者は特定多数、つまり仲間内を対象にしており、目的はコミュニケーションが主で、なるべくみんなが参加できるよう日程の調整が必要になるものです。私たちは、今後なくなることのない“仲間内イベント”の入り口を、すべて押さえていくことを目標としています。」
新しい試みに挑む調整さんだが、今も昔も、ガラケーを含めたあらゆるデバイスで使用可能だったりする。IE6以下まで表示対応しており、社内のITオンチのおじさんでも感覚的に操作が分かる。さらには、音声ガイドが入る“ユニバーサル・モード”も導入され、目の見えない方でも利用できる。山本さんの“全部取りにいく”という言葉は、そんなところからも伺える。
リリースから10年目の調整さんは、日本で開かれる“仲間内イベント”のすべてを本気で調整し尽くそうとしている。