京都大学がモデルのNHKドラマ『ワンダーウォール』が大きな反響を呼んでいる理由
「京都発地域ドラマ『ワンダーウォール』|NHKオンライン」より
だが、そういった状況は変わりつつある。良い作品はSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)で話題となるし、民放公式テレビポータル「TVer」や「NHKオンデマンド」といった配信サービスもあるからだ。
今の時代、ほとんどのドラマは放送終了後に配信される。だから、SNSで盛り上がっている作品も(もちろん、配信サービスに登録していればの話だが)、すぐに見ることができる。そして、配信で見ておもしろいと思った人がSNSに感想を書くことで、情報がより拡散されていく。
前置きが長くなってしまったが、今回紹介する単発ドラマ『ワンダーウォール~京都発地域ドラマ~』は、7月25日にNHK BSプレミアムで放送された後、SNSで大きな反響を呼んだ作品だ。BSでは8月に再放送されており、9月17日の14時からNHKの地上波でも放送される。
安保闘争や村上春樹を想起させる異色のドラマ
本作は、NHK京都が制作した地域発ドラマだ。舞台は、京都にある京宮大学という架空の大学。大学側と寮で暮らす学生の間では、老朽化した学生寮(近衛寮)の建て壊しをめぐって議論が続いていた。建物を壊して新しく建て替えたい大学側に対し、補強しながら現在の建物を残したい寮生たち。双方の意見は平行線で、寮生たちが交渉の場をつくろうとしても、窓口となる担当者は次々と変わっていく。そんな状況がキューピー(須藤蓮)と呼ばれる大学生の視点で描かれていく。
終始、寮生たちが議論している異色のドラマである。思い出したのは、大島渚監督の映画『日本の夜と霧』(松竹)だ。本作は、1960年につくられた日米安全保障条約に反対する安保闘争をテーマにした映画で、内容は理解できなかったが、難しい議論をしていたのだけはなんとなく覚えている。
当時の首相だった岸信介の孫にあたる安倍晋三が首相を務めるなか、数年前に盛り上がりを見せたSEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)の安保関連法案に反対するデモや、2020年の東京オリンピックを控えている状況を思うと、今の日本は60年安保の「政治の季節」が再びやってきたかのように見える。
本作の寮は京都大学の吉田寮がモデルとなっており、実際に吉田寮は9月30日に退去を求められている。脚本を担当した渡辺あやは、放送終了後に「近衛寮広報室」というNHKとは別の自主活動を立ち上げ、この問題について多くの人々と考えるためにトークイベントや写真展を積極的に行っている。
その意味で、メッセージ性が強い社会派ドラマといえるかもしれない。だが、見ていて感じるのは運動の高揚感ではなく、学生運動が停滞し始めた1970年代の空気だ。自由気ままで統率が取れていない寮生にいらだちを見せ、「もっと画一化するべきだ」と主張する寮生が登場するが、その姿はあさま山荘事件を起こした連合赤軍を連想させる。
また、劇中の議論を見ていて思い出すのは、作家の村上春樹が2009年にエルサレム賞を受賞した際にエルサレムで行われた式典でスピーチした「卵と壁」の話だ。
村上は当時、イスラエル軍がガザ地区に侵攻したことに言及し、卵を個人、壁を国家のようなシステムに例え、「高くて硬い壁と、壁にぶつかって割れてしまう卵があるときには、私は常に卵の側に立つ」と語った。