ドイツから世界に広まった暗闇のソーシャル・エンターテインメント「ダイアログ・イン・ザ・ダーク(DID)」をご存知でしょうか?最近では社員のコミュニケーション能力向上のため、600社以上の企業研修で採用(※DID公式サイトより)されています。DIDを体験することで、普段のコミュニケーション方法が変わったり、自分の意思や感情の伝え方に新たな気付きが得られ、それは多くのビジネスシーンでも役に立つことが期待されています。それでは、そのDIDとはどのような体験なのでしょうか、DIDを実際に体験してきました。
ドイツで生まれたダイアログ・イン・ザ・ダーク
人は情報の8割を視覚から入手しています。その視覚がなくなると世界はどのように見えるのでしょうか。そんな体験ができるのが、ドイツで生まれた暗闇のソーシャル・エンターテインメント「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」です。DIDは1988年、ドイツの哲学博士アンドレアス・ハイネッケの発案によって生まれました。自らがドイツ人とユダヤ人の間に生まれたことを13歳のころに知った彼は、自分がそれまで培ってきた価値観が大きく揺らぐ経験をしました。
そして、その日から「人間は、いかにして他の人間との優劣を決めるのか」という問いに向き合うようになりました。大学では哲学の道を選び、博士課程まで進んだハイネッケですが、卒業後はジャーナリストとして活躍。その後、ラジオ局に勤めます。そこで、第二のターニングポイントとなる人物に出会います。事故で視力を無くした男性が入社し、彼が自宅ではなにひとつ不自由なく動き、お茶を入れ、もてなしてくれる姿を見た時に、「目が見えない」というだけで先入観を持って接していたことに気付きました。「その体験を誰かと共有できないか」と考えるようになったハイネッケ。そして、その手段のひとつとして、暗闇の中の対話(ダイアログ)のアイデアが生まれました。
大阪では一般体験もできる真っ暗闇のエンターテインメント
では、DIDはどのような体験なのでしょうか。公式サイトを見ても詳細はあまり書かれていません。そこには、事前の知識や先入観なく、ありのままの体験を参加者に感じてもらいたいという運営側の思いが感じられます。2018年8月時点では、DIDは大阪にて「対話のある家」という常設展示が行われており、一般の方もお楽しみいただけます。東京会場では企業研修や団体向けのプログラムを開催しています。
今回、取材者が体験したのは企業研修用の体験会でしたが、それでも、「いつまでたっても目が慣れて見えてくることがない暗闇のなか、視覚障害者の案内のもと、いくつかの体験をする」という点は一般向けのプログラムと共通しています。
まずは、6~8名ほどでグループとなります。1人、または2人ほどの参加だと、知らない人ともグループを組むことになります。それこそが、DIDの体験の楽しさでもあります。「視覚からの情報が得られない」なか、たった今知り合ったばかりのグループで、なんとなくみんなで協力しながらよちよちと歩を進めていく。ここから「対話」は始まっているのです。
大阪会場の「対話のある家」。現在、11月上旬からの次回プログラムを準備中。
自分を出して他者の声に耳をかたむける。コミュニケーションの原点に立ち返る「暗闇体験」。
暗闇のなか、頼りになるのは手に持った白杖と周りの音だけ。それが、少し慣れてくると、「室内の温度」や「匂い」など聴覚以外の感覚が緩やかに目覚めて、様々な情報源があることに気付かされます。スタート直後にニックネームを伝え合ったグループ内では、それぞれ、「○○、ここにいます」「○○歩きます」「○○止まります」「○○しゃがみます」などと、自分の行動と存在を声にして伝えていかなくてはなりません。目が見える世界であれば、声を発しなくとも自らの存在を伝えることができますが、暗闇のなかでは自分から声を上げ、存在を主張しなければならないのです。
例えば、ビジネスや会議の場でも、いるだけでは存在価値を示せません。自ら声を発し、自分を伝える。それが苦手な人でも暗闇の中ではしなければならないのです。最初は気恥ずかしさがありますが、そのうちに徐々に慣れてきて、声を出すことができるようになります。元々、主張することにとまどいがなく、気恥ずかしさがない人は逆に、声の小さい人にも耳をかたむけるようになります。「共通のものを見ている」という前提がない分、他者への配慮が生まれてくるのです。
暗闇に浮かび上がる「思い違い」に気付き、共通の認識を持つ「チームワークの構築」
同じ企業に属する者同士や、学生時代からの仲間、趣味を通して知り合った友人、知り合い程度であっても同じ年代など。そういった集団の間では共通の認識が存在しています。しかし、ひとたび暗闇に入ると、長年培ってきた共通認識が、本当に「共通」なのか考えさせられます。
知らない人同士となるとコミュニケーションのハードルはますます上がります。体験では、皆で何かひとつのことをやってみたりするのですが、暗闇のなかで互いの認識のずれが浮かび上がり、いかに普段、自分がお互いを知るためのコミュニケーションを怠っているかに気付かされます。まずは互いの違いを認め、共通の認識を確認し合い、時にはその場で共通認識をつくり上げていく作業が必要となります。そのプロセスは、例えば新規のお客様と共同で新たなプロジェクトを進めていったり、新しいことを提案していったりすることにも似ていて、改めて共同で物事を進めていくためのコミュニケーション方法を知る機会にもなります。
自分だけの「気付き」を得て、ビジネスに役立てる
DIDで得られる「気付き」は、参加者のタイプや感性によって異なります。例えば、普段から物事に率先して取り組み、周囲を引っ張っていくタイプの人や自分で考えて行動できる人は、暗闇の中ではひょっとすると、気付かぬうちに皆から離れて1人違う場所にいる可能性もあります。一方で、おとなしく、自分から発信することが苦手な方は、自己表示をする重要性に気付くかもしれません。日常の社会生活において、助けてあげなければと思っていた視覚障害者に逆に助けられることで、環境が異なれば自分も時に「弱者」であると気付くかもしれません。
DIDのサイトには、参加者の感想がいくつか掲載されており、「他人やものにぶつかる(当たる)ことが、こんなにありがたいことなのだと気付いた(普段の生活では“障害物”としか思っていなかったから)」という30代の男性による感想もありました(公式サイトより引用)。普段、煩わしいと感じていたことが、実はそうではなかったのかもしれないと感じることもあるのです。それぞれが感じる「気付き」は人それぞれですが、それこそがDIDが狙う、価値観の逆転であったり、新たな発見であったりするのでしょう。
「暗闇のエキスパート」である視覚障害者に手助けされながら、体験を進めます。
最後の最後にどんでん返し? 価値観を見直し、他者と対話する
そして、私たちの体験では最後に、ある「仕掛け」があったことが明かされました。暗闇を体験して、少し違う感覚を取り入れ、「ちょっとは変わったのかな」なんて思う体験者を「あっ!」と思わせる仕掛け。それがどんな仕掛けかはここでは書けません。常設展示となっている大阪会場では、数ヶ月おきにプログラムの内容も変わっていくため、また異なった体験が用意されています。体験内容は異なれど、おそらく私と同じような「あっ!」と考えさせられる気づきが見つかると思います。「価値観を揺るがす」「他者と対話する」。その体験は、今後のビジネスシーンにおいて、きっと新しい気づきを与えてくれることでしょう。
対話を作る真っ暗闇のエンターテインメント「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」(http://www.dialoginthedark.com/)のほか、「ダイアログ・イン・ザ・サイレンス」(https://www.dialogue-in-silence.jp/)、「ダイアログ・ウィズ・タイム」などを通じて「一つの価値観に捕らわれず、障害のある人もない人も対等に関わり、世の中がより良くなることに力を注ぐ活動を幅広く行なっている。
(取材・文:岡崎たかこ)