歩けば世を馴らすモモンガさん   作:Seidou
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ズーラーノーン

 トン、トン、トン、と小気味良く肩に剣を叩き付ける。

 最早癖になってしまったそれは人型に近い姿に身を宿すときには必ず出てしまう癖だ。何百年生きようとこういうものは直らないらしい。それに今更それを直そうだ等と思わない。

 ―――ツアーはまず、王都リ・エスティーゼへと向かっていた。モモンガは気配を遮断しているので探しようがないのだ。なので大きな気配を感じた王都へと向かうことにした。

 そしてそこで手に入れた情報―――アインズ・ウール・ゴウンの名前。それはツアーが良く知るものだった。

 何があったのかと思い悩む中、モモンガはイビルアイの傍に居るはずと思い、彼女の気配を探りながらエ・ランテルへと移動していた。今はある村落の上空に佇む。ここはカルネ村と呼ばれるところらしい。

 帝国から王国までの距離もあったし、王都からエ・ランテルへの移動時間もあり、ツアーは今になってエ・ランテル近郊へとたどり着いていた。

 

「………燃えているね」

 

 ツアーの視線の先、人間なら徒歩二日ほどの先にある距離。そこは今、地上を照らすかのように燃盛っていた。この事件にモモンガの力は感知されていないが、王都の件もある。ツアーが疑念を抱くのも当然だ。

 

「モモンガ、君はやっぱりあの変態の言うとおり、別の時代の―――」

 

 その呟きは、誰にも聞かれること無く静かな夜空へと吸い込まれていく。そうして、白金の騎士もエ・ランテルへと合流を果たすのである。それがとんでもない戦いへと成り行くとは、知らないままに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ……くそぉ」

 

 荒い息を吐きながら、クライムが相手を睨む。彼のミスリルの全身鎧には驚くことに刺突穴が開いている。そこから血が流れ出し、少なくない怪我を負っていることが容易に分かる。

 その怪我も一箇所ではなく、右手以外の手足全てに傷を負っていることが分かる。

 

「あららー?もう終わりぃ?もっと楽しめると思ったのになぁー?」

 

 クライムに睨まれても何処吹く風といった表情をしながら楽しげに女が笑う。

 

「おねえさんともーっといいことしたいんじゃないのー?キミ、その鎧着ててそれだけの強さなの?」

 

 ニマリと笑いながら相手を見下す女―――クレマンティーヌはその手に持つ武器を手のひらにとんとんと叩きつけていた。

 その姿はビキニアーマーのような姿をしており、そしてその軽装鎧には数々の冒険者プレートが縫い付けられている。彼女が殺した冒険者達から奪ったものだ。それを見たクライムは「狂っている」と断言したが相手は喜びに顔を染めるだけだった。

 金の髪を肩口で切りそろえたクレマンティーヌの顔は実に楽しそうだった。わざと情報になる血痕を残せばまんまとエサが引っかかってくれたのだ。これ以上の喜びはない。―――この数日間、どんなマジックアイテムでも使用できるというタレントを持つ少年が不在続きで苛立ちを募らせていた彼女にとってこの雑魚は実に美味しい料理だったのだ。

 

「さぁ、お姉さんをもっと楽しませてよー。驚かせることが出来ればもっと良いことしてあ・げ・る・よ?」

「ふざけるな!!あの少年を返せ!!!」

「少年ってなんのことかなー?今はもうアイテムになっちゃったんだけどー?」

「な、何を言ってるんだ!?」

「あれあれー?嘘だと思ってるのかなー?でも本当なんだー。叡者の額冠って言ってね、使うと人間が高位の魔法を使えるマジックアイテムと化すんだー」

 

 そのふざけた言い方に苛立たされる。そしてそれだけでなく、この痴女が告げる言葉に目を見開くしかなかった。

 

「あの少年をそのアイテムにしたっていうのか!この外道め!!!」

「んふふー!もっと言っていいよー?―――雑魚がどれだけほざこうが、最後はシュッと行ってドス!!で終わりだかんなぁ!!!」

 

 豹変する喋り方に気おされる。クライムとて決して弱者じゃないが、それでも目の前のクレマンティーヌは圧倒的だった。何せ()()の人類最強クラスなのだ。彼女に勝てるのはガゼフでもフル装備でやっとというほどだろう。

 

「いい加減に始末しろ。遊びすぎだぞクインティアの片割れよ」

「その名前で呼ぶなつったろーが!!」

 

 キレながら振り返るクレマンティーヌ。彼女のその後ろには薄気味悪いハゲ頭の男が―――カジット・デイル・バダンデールがいた。

 邪神ズーラノーンを崇拝する宗教団体に所属する高弟が一人。その彼は今このエ・ランテルに起こっている事件の首謀者なのだ。

 本来の彼の計画はもっと後になってから実行されるはずだった。だがそこへクレマンティーヌが持ち込んだ叡者の額冠により高位の魔法を使用できるようになったため、彼の目的を果たす計画は前倒しとなっていたのだ。

 クライム達は運悪くもその前倒しの計画にかち合ってしまったのだ。

 

「……いいかクレマンティーヌよ。この街を死で満たせば私はエルダーリッチへと生まれ変わり、目的を果たすのだ。お前は法国の連中から逃げ出すつもりであのアイテムを寄越したのだろう?さっさとせんか」

「んもーカジっちゃんてば早漏ー!私だってじっくり楽しみたいときは楽しみたいんだよー?」

 

 先ほどまでのキレ姿を一瞬で納めるクレマンティーヌ。「それに」という言葉を続けながらニヤリと笑う。その視線の先はクライムへと向けられる。そんな視線にビクリと震えのようなものを感じずには居られない。

 そしてその震える様子が楽しいのか、さらに愉悦の表情を浮かべながらクレマンティーヌが言う。

 

「これだけの騒ぎなら、誰も来れないだろうからねー?」

「くそっ……」

 

 助けも来ない、既に全身血まみれのクライム。彼にとっては死を覚悟する時間だった。回復薬は購入したばかりだが、それを使ってもどうともならないことを頭が理解してしまっているのだ。「最早終わりか」クライムがそう心の中で思った時―――

 

「それはどうかな?」

 

 クレマンティーヌの愉快そうな発言に否定の言葉が降りかかる。

 

「―――誰だ!?」

「上だ!上に居ますよカジット様!!!」

「馬鹿者!名前を叫ぶ奴があるか!!!」

「ス、スミマセン……」

 

 突然の来訪者に大声を上げて名前を叫ぶカジットの弟子達。それを鼻で笑うかのように小さく声をあげ、上空に佇む魔法詠唱者が声を出す。

 

「貴様等ズーラーノーンか?なるほど、アンデッドの群れの原因は貴様等だったんだな」

「てめぇ一体何もんだ?人様のお楽しみ中に邪魔すんじゃねーよ」

 

 邪魔が入って機嫌が悪くなったのか、クレマンティーヌが険のある視線を飛ばす。

 

(あれは、イビルアイ様!?)

 

 同じく上空を見つめるクライム。彼にとってはイビルアイが救世主のようにも思えたかもしれない。そんなクライムに顔を向け、イビルアイが声をかける。

 

「探したぞクライム。姫さんが心配してた。それと―――よく耐えたなクライム。後は私とこいつに任せておけ」

「はっ!!魔法詠唱者二人で何が出来るか!!おまえたちやるぞ!!」

「二人だけだと思うなら間違いだぞ?」

「何!?」

 

 カジットが叫んだ直後、暗闇からゆらりと黄色の粘つくようなオーラを纏った四足獣の骨が姿を現す。アンデッド同士だからか、戦うこともなく死体の隙間から現れた存在に、驚愕の声が上がる。

 

「なんだ、あのアンデッドは!?」

「見た事も無いぞ!?」

 

 ソウルイーターはこの世界で極々稀にしか自然発生しない存在。伝説上の存在、伝説過ぎて容姿を知るものも居ないほどだ。そんな存在の登場に誰もが驚きを隠せない。

 

「カジっちゃんさぁ、お願いがあるんだけど―――」

「な、なんじゃ急に気色の悪い!?」

 

 急に静かになったクレマンティーヌが下手に出てくる姿に気色の悪さを覚える。カジットが彼女の顔を見やると今まで見た事もない顔をしていた。

 

「あれ、全員でかからないとやばいヤツだわ」

 

 冷や汗を垂れ流し、真剣な表情でソウルイーターを見つめるクレマンティーヌ。それに嘘がない事を知るとカジットも焦りの表情を浮かべる。

 

「クソッ!!ワシの計画を邪魔する不埒者どもめ!!叩き伏せてくれるわ!!」

「ガァアアアアアァァァァア!!!」

 

 低い咆哮がイビルアイ達の上空から聞こえてくる。だがイビルアイもデイバーノックもそんな咆哮に動きを鈍らせることはない。<飛翔>を上手く使い、上空から降り注ぐ物体を華麗に避ける。

 ドオンという音と共に砂塵を撒き散らしながら地面に降り立った存在―――スケリトルドラゴンがムクリと身体を起こし、再び上空の存在を探す。魔法が一切効かない存在と言われているアンデッドドラゴン。――と言っても、実際には六位階までしか無効化は出来ないのだが。

 とはいえこの世界では魔法は3位階までが常識の範疇なのだから、魔法詠唱者にとっては脅威と言って良い。そんな存在にイビルアイは溜息を漏らす。

 

「なるほど、スケリトルドラゴンは私達にとっては天敵だな。だがまぁ、七位階以上使えれば唯の雑魚なんだが―――」

「はっ!!馬鹿め!七位階以上の魔法だと!?そんなのは大儀式かマジックアイテム意外に使える奴なぞ―――」

「……いるんだよなぁそれが」

「なんと!それは初耳ですぞお嬢!!」

「うっさい黙ってろ」

 

 漫才のようなやり取りを繰り広げるイビルアイとデイバーノック。デイバーノックはまだモモンの真の姿を知らないので魔法に精通した剣士と勘違いしているのだ。なのでそんな高位の魔法を使える者がいると聞いて驚くしかなかった。

 

「まぁ、私は使えないから安心しろ。その上で()()()が二体居てはスケリトルドラゴン程度では勝てないだろうがな?やれ、デイバーノック」

「了解です」

「クソッ!!!こいつらほんとにやばいぞカジっちゃん!!」

「その呼び方やめろといっとるだろうが!!!」

 

 呼び方こそ軽いが、既に戦い始めているクレマンティーヌは必死だった。ソウルイーターの突進を持ち前の足の速さでかわし、飛び交う<火球>は武技による加速で人外の機動力を持って回避を続ける。

 

「待っていてください!支援魔法を―――ぐあっ?」

 

 そんな彼女を援護するべく一人のズーラノーンの者が近づいた瞬間、ソウルイーターにより命を吸い取られて倒れこんでいた。

 クレマンティーヌが命を吸い取られていないのは鍛えぬいた経験値のおかげで抵抗に成功していたからだ。―――だがソウルイーターを倒す攻撃を繰り出すことは出来ない。二体の獣の骨は交互に凄まじい勢いで突っ込んでくるのだ。避けるのが精一杯なクレマンティーヌに焦りの色が濃くなる。

 

「<流水加速>!<超回避>!<流水加速>!!!<超回避>!!!!!!!」

 

 あのクレマンティーヌが必死に叫ぶ。そんな姿を見てカジットもこれは不味いと焦る。計画を邪魔されてなるものか―――そう思い、自身の手に持つ丸い物体。死の宝珠に溜め込まれた負のオーラを使用し、もう一体のスケリトルドラゴンを生み出す。

 

「行けぃ!あの魔法詠唱者を捻り潰せ!!!」

 

 部下と共に強化魔法をスケリトルドラゴンに掛け与え、突進させる。流石に数が増えてそちらに意識を裂く必要が出てきたのか、イビルアイとデイバーノックもバラバラに分かれて空を舞い始めた。

 

「くそがぁぁぁ!!!くそったれ降りてこいやぁああああ!!!」

「どうした?私は逃げてるだけだぞ?」

 

 焦るクレマンティーヌに対してイビルアイは揚々としている。スケリトルドラゴンを倒す一手は無いがこのまま攻撃を避け続けてる間にソウルイーターがクレマンティーヌを倒し、そのままカジットも倒してくれればそれでおしまいだ。

 作戦としては簡単なこと、あとはスケリトルドラゴンの攻撃を貰わないよう、回避に専念するだけである。―――ただ、クライムを移動させる余裕は無かった。それが彼女にとっては痛手といえたろう。

 

「うぅわぁあああ!?」

「クライム!?」

 

 見ればクライムに一体のゾンビが襲い掛かっている。先ほどソウルイーターが命を吸い取った男の死体がゾンビとなり、クライムに絡み付いているのだ。

 <死の軍団(アンデス・アーミー)>によって生み出されたそれとは違う、近隣の死体を使ったゾンビだ。大まかにしか指示できない<死の軍団(アンデス・アーミー)>と違い指示さえ飛ばせばきっちり従う。普通の召喚魔法とはそういうものだ。

 周りはアンデッドだらけだった為、一体増えたことに気づくのが遅れた。戦闘中ということもあり、スケリトルドラゴンに気を割いた隙を狙われてしまったのだ。

 

「はっはっはっはぁ!!!動くなよ!!!ワシの意志一つでそやつを切り裂くぞ!!!!」

「チッ……」

「なんとも姑息な相手ですね」

 

 ちょっと前まで悪党の一味だったデイバーノックが言って良い台詞ではない気がするが、姑息なのは確かだ。舌打ちしつつもイビルアイは相手の出方を伺う。

 

「ふふーん、やるじゃんカジっちゃん………おい、お前ら降りてこいよ」

「馬鹿者、このままスケリトルドラゴンに齧り殺させるわ」

「いいじゃん別にー、もう勝敗は決まったようなもんでしょー?」

 

 ソウルイーターもデイバーノックの命令を聞いているのか、動きを止めている。デイバーノックもまたイビルアイの判断を仰ぐため、じっと静かに状況を見据えていた。

 

「いいだろう、降りるさ。ただしクライムは開放してやれ」

「ダメですイビルアイ様!!私のことは気にせずにコイツ等を―――」

「ダメだ、お前が死ねばラナー王女は悲しむぞ?ラナー王女からも捜索依頼を受けてるんだ」

「ですが!!」

「……ダメだ、今は全員で生還が目標だ。ラキュースと再会もしていないままに死ねば復活できないかもしれんぞ?」

「言うことに従うんですか?お嬢」

「あぁ、お前も降りろ」

 

 仕方なく、といった感じでデイバーノックもイビルアイに続いて地面に降り立つ。そんな二人の姿にニタァと笑みを浮かべるクレマンティーヌ。

 

「言っておくが、こいつを攻撃すればそこの骨の獣は攻撃してくるぞ。そう作られているからな」

 

 イビルアイがデイバーノックを攻撃することへの問題について提唱する。親切心ではなく、依頼としてクライムを連れ帰る必要がある以上、勝手に攻撃を再開されてクライムが死んでしまうのを防ぐためだ。

 

「へぇー、じゃあテメーだけ殺って後は監禁でおっけーてことかな?」

 

 小さな魔法詠唱者を見下す視線は変わらない。待機するソウルイーターの前にはスケリトルドラゴンが立ちはだかっている。これで不意を付いての攻撃は受けないはずだ。突進一度ぐらいならば盾にはなるだろう。そうしてニタニタと笑顔を張り付けたままスティレットを手に構える。

 

「<流水加速>」

 

 武技を使い、視界に納めるのもやっとな速度で近づくクレマンティーヌ。その身体能力から繰り出される突きがイビルアイ―――ではなくクライムへと伸びる。喉元に刺さる一歩手前のところで止め、クライムを羽交い絞めにする。

 

「貴様!何故私を狙わない!?」

「バーカ!てめえをやればそっちの男は命令を聞かなくなる可能性があるだろーが?さっきからテメーの命令に従ってるみたいだしよ。それと違ってこいつは良い道具だねー」

 

 デイバーノックを顎で挿し答えるクレマンティーヌ。今の会話により迂闊にデイバーノックに攻撃は出来ない。だからといって上官とも取れる態度を取るイビルアイがやられれば上下関係の無くなったデイバーノックは自由に行動するだろう。そう彼女の勘が告げているのだ。つまりはイビルアイも無力化することを選んだというわけだ。

 それに目の前のチビ魔法詠唱者は何か異常だとクレマンティーヌは感じていた。普通の強さじゃない感じがするのだ。

 自分は圧倒的強者と思っていたクレマンティーヌ。だがだからこそ、自分より強い相手の存在感を鋭く理解出来ていた。それもまた彼女の野生の勘というものだろう。

 

「カジっちゃん、そいつら魔法で洗脳しな!そうすりゃその骨の獣も無力化出来る!」

「―――ふんっ、なるほどな」

 

 関心したようにイビルアイが呟く。その態度は余裕を持った態度であり、それがクレマンティーヌを苛立たせる。

 魅了の魔法で『仲間』の状態にさえしてしまえばサモンされたモンスターだって敵対ではなくなる。そう見越しての指示だ。その指示に頷き、カジットも魔法を唱える。

 

「<魅了(チャーム)>」

「………」

「むっ!?効かぬぞ!?対策持ちか!?」

 

 この場において、敵はイビルアイのことを人間と思っている。アンデッドである彼女は精神支配などの状態異常はほとんど受け付けない。精々が抵抗(レジスト)の隙が出来るぐらいだ。

 

「ならばこちらは!<魅了>……ええぃ!!やはり効かぬ!!どうするんだ!?クレマンティーヌよ!!」

 

 デイバーノックも言うまでもなく、アンデッドだ。当然効果は発揮されず、魔法的効力は霧散する。

 

「ちっ、面倒なクソ共が!全員最大火力!一斉攻撃で骨の獣を潰せばいい!!そうすりゃスケリトルドラゴンで王手だよ!」

「な、なるほど……いくぞ!お前達!!!」

「くそっ!イビルアイ様!!やはり構わずにやるべきです!!蒼の薔薇の皆さんと合流できれば蘇生だって出来るんですか―――」

「テメーは黙っていろ!!!」

 

 スティレットを首元に突きつけ、黙らせる。流石に詰みか、とイビルアイは考えた。―――といっても、詰んだところで()()()()()()()一手はあるのだが。それを思うだけで仮面の下がニヤけてしまう。

 大好きな人の渡してくれたローブ、その内側にしまってあるアイテム――呼び鈴があるのだから。

 

「動くな!!」

「動いていないだろう。さぁ、早くクライムを解放しろ」

 

 のど元に突きつけられたスティレットを前にクライムは青い顔を浮かべる。既に結構な量の血が流れているのか生気が減ってきているようだ。

 

「この連中は事件の犯人です!!こいつ等を止めなければ!結局はラナー様が!!」

「黙れっていってんだろがこのガキがぁぁあアア!!!!」

 

 怒りに任せ、喉を少しばかり突き刺される。

 

「ぐぁっ!!?」

「チッ!!クライム!!」

 

 訪れた痛みに目を見開く。喉に走る痛みの中、それでもクライムは考え続けていた。前を見据えてその純粋な瞳で当たりを見渡す。

 

(何か、何か打開策はないのか?!)

 

 ―――彼はこの短い間に悩み続けた。

 この事件の首謀者達を止めねば、ラナーが危ないと。ならばラナーを救うためにはどうするべきか?

 

(ひとつ、確実な方法はある……)

 

 その方法は、賭け以外の何物でもない。―――それでも、やらなければ!!

 クライムは全身に冷や汗が浮かぶのを感じながらも決意する。かつて自身はスラムの路地裏で死ぬはずだったのだ。その運命を変えてくれた存在、その大切な存在を護る。その為にはどうするべきか……答えは迷うまでもないこと、ラナーの為ならば命すら捨てられる。それは嘘ではないのだ。

 

「―――イビルアイ様」

「喋るなクライム」

 

 何かを決したかのような表情を見せるクライム。イビルアイの指図も聞かずに言葉を続ける。

 

「もしもの時は……ラナー様をどうか、頼みます」

「クライム?一体何を―――」

「ぺらぺら喋ってんじゃね―――!!?」

「武技!<能力解放>!!」

 

 武技を使用しながらジュクリという音と共にクライムののど元にスティレットが突き刺さる。クレマンティーヌが刺したわけではない。クライム自ら突き刺さって行ったのだ。

 

「グガッ!!?ガボッゲボッ!!?」

「てめ!一体何を!?」

「クライム!!」

 

 血反吐を口から吐き、苦痛に顔を歪めながらも体を動かす。一瞬締め付けが緩まる、クレマンティーヌも突然のことで拘束を解いたのだ。その瞬間を狙い、無事だった右手で突き上げの掌底を繰り出す。鍛えられた身体に武技を乗せたその一撃は体勢が悪いにも関わらず相手を吹き飛ばす。

 

「――――ガァァッ!!!」

「ぐっ!?」

 

 突然の打撃を受け、完全に後ろに倒れこんだクレマンティーヌにそのままクライムがのしかかる。

 

「くそがてめぇ!!何考えて…あがっ!?」

 

 刺さったスティレットもそのままに右手で首を絞めてくるクライム。それを剥がそうと必死になるクレマンティーヌ。

 

「…ぞいづらを!!!だおして!!!くだざ……!!!!」

 

 ラナー王女を護る為、クライムは自分の命を捨てることを選んだのだ。

 

(イビルアイ様とあのエルダーリッチの力なら、勝てるはずなんだ!!)

 

 今の戦いをみて、確信できることがある。それはズーラーノーンの連中やクレマンティーヌでは二人とソウルイーター相手に勝つことは出来ないということだ。

 ―――ならば、足枷になっている自分さえいなくなれば、簡単にことは済む。そう考えたのだ。

 自らの命すら投げ売ってでもラナーを護る。その純粋な想いが悪鬼たちの思考を凌駕した瞬間だった。

 

「クソッ!!!クライム耐えろ!!すぐに回復出来る場所まで移動してやるからな!!!」

 

 ただ、イビルアイとて元アダマンタイト級の冒険者。依頼を受けたならばその依頼の達成を優先する。そこがクライムの誤算でもあり、そして確実にズーラーノーンが殲滅される方向へと流れる一手へと導かれていく。クレマンティーヌは状況次第では逃げる事も出来たのだ。

それすらも不可能な道へと流れる一手――――イビルアイはローブの内側に仕込んでいた呼び鈴を鳴らしていた。マジックアイテムであるそれがモモンガへと確実に伝わるだろう。そしてモモンガが渡してくれた木彫りの人形によって位置を入れ替えるのだ。

 

 これは賭けだが、少なくともズーラーノーン幹部とアンデッドに囲まれたこの状況よりはモモンガ達と位置を入れ替えたほうが安全に回復する手段を取れるだろう。すぐに回復が無理で、死んでしまっても安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)で包めばラキュースかモモンガに蘇生してもらえば良い。

 実際、この判断は正しかった。このまま戦闘続行をしていればやがて体力の尽きたクライムは死亡し、そこをズーラーノーンによってゾンビにされてしまう可能性もあったのだから。アンデッドへと生まれ変わった存在を生前と同様に復活させる方法はモモンガですら不可能だ。一つあるとすれば星に願うことぐらいだろう。

 

「くそっ!!こやつ何かしおったぞ!!」

 

 カジットが相手が何かをしたということに気づき、スケリトルドラゴンへと指示を飛ばす。

 「ガァアアアアアアアアアアアアア!!」鈍い叫び声と共に目の前のソウルイーターへ向かって尾を振り回す一撃を放つ。

 ソウルイーター達も避けながら魔法を繰り出すが流石にスケリトルドラゴン相手では通用せず、消滅するだけだ。この二体の壁を越えなければカジットに攻撃は届かないだろう。

 

「くそがぁ!!」

「ガボッ!……」

 

 クレマンティーヌが蹴りを鳩尾に喰らわせクライムを引き剥がし、仰向けの身体を瞬時に捻り立ち上がる。そして武技を発動させる。

 

「<能力向上><能力超向上>!<疾風走破>!!!」

 

 息つく暇もないほどの速度を上げてイビルアイ目掛け突進する。―――まずはアイツを何とかしなければヤバイ。骨の獣はあの変な仮面の男魔法詠唱者さえ倒せば何とかなる。召喚獣を操るものが居なくなれば召喚されたモンスターは直に消滅する。それはテイマーを兄に持つクレマンティーヌならばよく理解していることだった。だが小さい魔法詠唱者は違う。こいつはやらなきゃやられる。そんな存在だ。

 そう考え、迷うことなく突き進みスティレットによる一撃を放つ。

 

(届け!!届け!!!!届けえぇぇぇぇぇ!!!!!!!)

 

 そうして、人間ではありえないほどの突きがイビルアイに迫る。あと僅か、もう少し。反応し、飛び避けようとしているイビルアイへそのスティレットが刺し向かう。―――そして、その仮面の覗き窓、スリットの部分へとスティレットは正確に吸い込まれていく。彼女ほどの技量の持ち主だからこそ出来るその一撃。それが確実に吸い込まれ――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 スコーン!!―――という金属音を立てて、スリットにスティレットが潜り込んだ。

 

「お、おわあああああ!?」

「あ、あぁ!?」

 

 目の前には金属の兜がある。その漆黒の兜の覗き窓の部分に見事にスティレットが突き立っていた。思わずクレマンティーヌも素っ頓狂な声を上げてしまうしかない。更にはスティレットに仕込んである効果が発動し、漆黒の鎧の中から炎が噴出する。

 

「あ、わっわっわっうわぁ!!?」

 

 ボッボッボッボウウゥ!と鎧の隙間という隙間から火柱を上げる漆黒の剣士。モモンガは絶賛大炎上中だった。

 

「モ、モモンさぁああああああぁぁぁん!!?」

「旦那ぁぁぁあ!?」

「大変、漆黒の丸焼きが出来上がっちゃう」

「とんがったモノが刺さってるから串焼き?」

 

 突如現れた存在達、それぞれがそれぞれ言いたいことを叫ぶ。だがモモンガの鎧の中からは未だに火柱が上がっている。本人は蟹股で両手を挙げた状態で固まっているが……。

 

「ティア!ティナ!!それどころじゃないわよ!!ガガーラン!!」

「おう!!おらぁ!旦那から離れろや!!」

「チッ!」

 

 ガガーランの隙の無い一撃が振舞われ、クレマンティーヌは距離を離した。その間にモモンガに回復魔法が降り注ぐ。

 

「モモンさん、回復します!<中傷治癒(ミドルキュアウーンズ)>」

「アッ!!!あぁん!ちょ!ひぁぁぁあ!!!!」

 

 ビクンと跳ねた後、何故か嫌そうな身振り手振りをするモモンガ。―――ラキュースにとっては知るところではないがモモンガはアンデッドだ、回復魔法や回復アイテムは位階の差を越えてダメージを与えてくる。勿論レベル100のモモンガに取っては微々たるダメージだが。

 それでもアンデッド種のモモンガにとって回復というのは忌諱するべき存在なのだ。何せ回復薬に至っては固定ダメージだし、ユグドラシル産の究極系回復薬ならば十分脅威なのだ。パーセントで回復する系などHPが多ければ多いほどダメージ量が増えるのだから。

 

「<中傷治癒(ミドルキュアウーンズ)><中傷治癒(ミドルキュアウーンズ)>」

 

 ラキュースの回復魔法が連続でモモンガを襲う。かなり手厚い施しだ。数時間前に不埒者扱いされていたのに扱いは悪くない。無論、ダメージしか受けてないことに変わりはないが。

 感覚で言うと低周波電気按摩の様な痺れが全身を襲う。刺激に驚き地面に倒れこみ、ピクンピクンと跳ねる漆黒の剣士の姿がそこにあった。

 

「あぁぁぁん!!!ちょ!!待って、止めて下さい!!もう大丈夫ですから!!!」

「そうですか?でも、あんなに火が上がっていたのに―――」

「だ、大丈夫です。私が滅多に攻撃を通さないのは知っていますよね?」

「え、えぇ……そういえばそうでしたね」

 

 ホッと胸を撫で下ろすラキュース。そしてそんなラキュース達に声がかかる。

 

「てめーら何もんだ?」

「一体どうやってここへ来た!!」

 

 クレマンティーヌとカジットの油断ない視線がモモンガ達に突き刺さるが、そんな視線など意に介さずにモモンガは平然と立ち上がり言葉を出す。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、どうも。イビルアイがお世話になったようで――――誰があの子のお相手をしてくれたのかな?」

 

 深夜をとっくに過ぎつつあるエ・ランテルの騒動。まだそれは始まったばかりだ。




クライム君、一線越える戦いにて成長する。
ここで出さないと後は一切出ないかもしれないので。
そしてモモンガさん、情けない登場。このぐらいギャグにしないとモモンガさんは強すぎて簡単に終わりすぎるっていうね。
ツアーさん、合流…するのかなぁ?


いつも誤字脱字修正してくださる方々ありがとうございます。
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