歩けば世を馴らすモモンガさん 作:Seidou
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この戦いの結末に登場する恐るべきアンデッド、
―――ただ、このアンデッドのその後の詳細は判ってはいない。アインズ・ウール・ゴウンについての研究第一人者であるネイア・バラハはこのアンデッドと白金の鎧の剣士との関連性を謳い続けているが、真相は闇の中だ。
一ついえるのはこの戦いがより熾烈なアンデッド王との戦いへと導かれていく、それを実感させるものだったということだろう。
モモンガ達がエ・ランテルへ到着する少し前。イビルアイ達はラナーに付いてまわる形でエ・ランテルの中へと入ることになった。勿論凶悪なモンスターを連れているデイバーノックに警戒を抱き、城門の内部に備え付けられている詰め所で彼女達は拘束された。
自身を王家の者と名乗るラナーにしかし、衛兵達は嘘だろうと信じようとしなかった。だが騒ぎを聞きつけた都市長である太った肉団子のような姿をした男―――パナソレイ・グルーゼ・レイ・レッテンマイアがラナーを認めた瞬間土下座したことによって彼女達は解放となった。
エ・ランテルという都市は王国と帝国、そしてスレイン法国を分ける戦争の最前線の位置にある。それゆえに都市は強固な城壁が備えられており、それが三重にも施される堅牢な都市だ。街を全体を覆う外周壁には軍の施設と墓地が、そこから城壁を経て住民達の暮らす区画に、更に城壁を越えると行政を行う区画となっている。
そんな街の居住区―――薬品店が揃う街道を通る一人の青年の姿がある。前々から評判だというポーションを手に入れるため、クライムはこの通りを訪れていたのだ。ラナーは今都市長との会談中であるため、警護をしっぱなしだったクライムに少しの間暇を言い渡したのだ。会談場所は三重の壁に守られた行政地区の中なので心配は要らないだろう。そう思い、少しばかりの休みを得ることにした。
王都が崩壊して数日、この緊張漂う事態に普段のクライムなら休暇など受け付けずラナーを護ると言い張っただろう。だが彼は数時間前に行われた初の実戦で人を斬り、そして殺されそうになったのだ。
あの時人の首を切り落とした感触も未だに残っている。仲間を殺された野盗のクロスボウが自分を射抜こうとしたその殺意と確かな死を迎えるだろう瞬間。
―――恐ろしかった。どれも初めて経験するクライムにとっては心が未だついて来ないような気がしていたのだ。
そして重要なのはそれを乗り越えるわけでもなく、単に周りが強すぎてあっさり片付いてしまった部分だ。そのおかげで彼は死を覚悟し、それを乗り越える暇もないままに実戦を終えたのだ。
成長するためのワンステップが未だ、彼には足りていなかった。
―――複雑な気持ちを持ちながらもクライムはこの街でも有名な店のある通りに来ていた。信用のおける回復薬があるというのは、戦いにおいて気持ちの持ちようが違うのだ。
以前、ガゼフとの手合わせでそれを聞いていたクライム。実戦で改めて実感した彼は、少しでも質の良いポーションが欲しかった。誰だって、命を救う道具は手じかに欲しいだろう。クライムの考えはもっともなことだ。
それに、死の恐怖を乗り越えることが未だ出来ない彼にはよりよいポーションが精神安定剤のように思えたのかもしれない。
王都よりも綺麗に整備されているエ・ランテルの街路。活気溢れる店が並ぶ中、一つのお店の中に入り込む。
「いらっしゃいませ」
店に入れば目元まで隠した金の髪の少年が店番として佇んでいた。
「ここがバレアレ薬品店で間違いないでしょうか?」
「えぇ、そうですよ」
尋ねてみれば朗らかに対応してくれる少年。クライムはその温和な対応に初めて入る店への緊張を崩し、品定めをしていくことにした。
この店の薬はどれも一級品ばかりだ、中々高額になるがクライムとて一応高貴なものへ仕える身。買えぬというほどでは無い値段だ。
「中々臭いが凄いですが、ポーション作りもここで行っているのですか?」
話しやすそうな少年に疑問に思ったことを声に出す。
「えぇ、そうですよ。といっても、しばらくは少し素材が不足でポーションの制作量が減るかもしれません」
「え?それは何故でしょうか?」
「実は―――」
少し言い難そうに頬を掻きながら、少年は語る。
「―――というわけで、ポーションの材料を回収することなく戻ってきたんですよ」
「なるほど…」
トブの大森林に生える薬草、それが重要なポーション作りの素材になっているのだという。少年はある冒険者チームを雇って森に入ろうとした―――だが森の中で延々と聞こえる叫び声に警戒し、少年だけでなく冒険者達の勧めもあり、今回は採取を断念したのだ。
そうしてつい先ほど、エ・ランテルへ早めの帰還を果たしたのだという。気の落ちそうな話だが、カルネという村が無事だったらしく、少年は至って笑顔そのものだ。それならば自身が気に病む必要もないかとクライムは考え、そしてこの店にきた本来の目的を果たすべく声を出す。
「なら在庫が無くなる前に購入しなければなりませんね。このポーションを一つ、頂けますか」
「畏まりました。―――御客さんはどこから来られたのでしょうか?」
「え?」
突然の質問につい気の抜けた返事を返す。「あぁ、すみません」と謝罪してから少年は続ける。「随分と立派な鎧をお持ちだったので、冒険者かなと思ったんですけど」
なるほど、クライムの装備は確かに高位の冒険者が纏っていて可笑しくない立派なものだ。だが実際には彼は冒険者ではないのはプレートを首から提げていないので明らかだった。
「私はラ―――ある貴族の方の護衛を勤めている身です」
「あぁ、なるほど。それでそんなに凄い鎧を付けられているのですね」
「まぁ、見合う装備かと言われると疑問は残りますが」
そういい、しゃがれた声で照れ笑いをする。何の気も成しに返答したが、相手も特に深く意味を篭めて聞いてきたわけではないのか、会話はそれきり。袋にポーションを詰めてくれた少年に代金を支払い、クライムはそのまま店を出た。―――その時だった。
「おーっとぉ?」
「あ、あぁ!すみません。気配を感じなかったもので気づかずに―――」
「いんやぁー、いいよいいよー?お姉さん気配消してたからねー?仕方ないよねー?」
ニマリと、薄茶色のローブのしたから笑みがこぼれているのが分かる。全身をローブで覆っていて口元以外は外見が分からないが、女性であるのは間違いない。
そしてそのローブの下から一瞬見えた目はどこか猛獣のような鋭さを感じさせる。
(―――冒険者か?)
クライムがそう思うも、単にぶつかっただけの相手にそれ以上の詮索は出来ない。
「すみませんでした。それでは失礼しますね」
「んー?おっけー。時間もないし、見逃すねー」
「?」
見逃す―――という単語に不穏なものを覚える。まるで時間さえあれば何かこちらに仕掛けていたかのような単語だ。そしてクライムはもう一つ気づいていることがある。
(血の臭いだ)
数時間前に嗅いだあの臭い。喧嘩なんてレベルで嗅ぐものじゃない。辺り一面を埋め尽くすその臭い。初めて経験したそれを忘れるはずが無い。そんな臭いを漂わせながら店に入り込んでいく女の姿に疑問を抱く。
冒険者ならば血の臭いぐらいする時もあるだろう。それは分かる。ただ気になるのは先ほどの発言だ。
ぶつかっただけの人間にそんな言葉を投げかけるか?偶々気が張り詰めていたとか、そういう理由もあるかもしれないが、それでもあのゾッとする態度は普通じゃない。そうしてクライムは通りの片隅で店を見つめることにしたのだ。
―――何故かは分からないが、あれは見逃してはいけない気がする。少年のことが気がかりで、表から見つめ続けていた。
そうして幾ばくかの時間が経過した。だが一向に何も起こる気配は無い。心配になり、少し近づいてみることにする。
腰元に付いたベルトに先ほど購入したポーションを装着し、そして表から店の中を見渡せる位置まで移動する。―――すぐに違和感に気づいた。
先ほどまでいた少年が居ないのだ。それも店に入っていった女まで。両方同時にいなくなることがありえるか?客はいない時間があるだろうが、店番は基本常にいるものだ。勿論、客である女が出て行った姿をクライムは見ていない。
おかしい、そう思って再び店の門をくぐる。
「これは―――血か?」
入ってすぐ、カウンターの上に赤い血痕のようなものが付着していることに気づく。そして乗り出してカウンターの裏を覗く。
「―――!!」
ボタボタと流れ落ちる血の跡が店の奥に続く扉―――裏口と思われる扉に続いている。
「まさか、誘拐か!」
この状況、明らかに平穏な出来事ではない。そう判断し、咄嗟に剣の鍔に手をかける。ラナー王女の護衛の事も頭に浮かぶが、少年が何をされたか考えればクライムが追跡を始めるのは言うまでも無かった。
都市の外周壁部の四分の一ほどを使って作られた巨大な墓地がある。戦死した者を埋める必要もあるこの都市において、墓地の必要性は重大なのだ。そしてそんな巨大墓地には毎夜アンデッドが躍り出る。それ自体は珍しいものでもなく、この街の冒険者や衛兵達によって駆逐しきれるレベルのアンデッドばかりが出現するのだ。
だが、この日だけは違う―――数千のアンデッドが同時に発生し、そのアンデッド達は墓地を封鎖する門を早々に突き破り、住民区へ入る門を全て埋め尽くしてしまったのだ。
逃げ場を失った人々は街の中心へと逃げ惑い、冒険者達は必死に門を守ろうとしていた。
「クソ!!ルクルット、こっちにも
「わーかってるってばよ!!!けどこっちだって手は出せないんだ!」
「<
「あぁ、分かってる!ありがとうニニャ!!」
「全く持って凄い数なのである!」
「ダイン、回復頼むわ!」
「分かったのである!<
銀級冒険者である彼等―――漆黒の剣は居住区へと繋がる北門を乗り越えて進入してくるのを防ぐ為、他の冒険者達と協力して門の外へと飛び出し、戦いを繰り広げていた。
「ちっくしょー、帰ってきたばっかりだってのになんでこんな目にあってるんだよ俺達は!」
「文句言うなよルクルット!」
彼等漆黒の剣は先ほどまで外出していたばかりなのだ、仕事を終わらせ、雇い主は薬草収穫が出来なかったが為に少ない荷物を持って分かれる事にしたのだ。
少し寂しげな背中が哀愁漂っていたが仕方ない。彼等とて仕事は上手く行かない事もあるのだからと無用な声を掛けるのを避け、少年を見送ったのだ。―――実はこれが命に繋がったのだが知る由も無い。
そうして戻ってきて早々に起こった事件に巻き込まれ、今に至る。そんな彼らが愚痴を声を大にして叫ぶのも仕方ないだろう。無事戻ってこれたと思ったらマイホームタウンが無事じゃなかっただなんて笑えない話だからだ。
次々に迫るアンデッドに手足の長い細身の男――ルクルットは本来専門であるはずの弓は捨て置き、剣を構えて戦う。それに皮鎧の軽戦士であるペテルが盾を構えながら相手を跳ね返し、攻撃を繰り出す。そんな二人を補助する魔法を中性的な声を持つニニャが使用し、怪我した二人をドルイドである無骨な男性のダインが回復する。―――中々に連携の取れた姿であった。
他にも同じく銀級、金級、白金級、そしてミスリル級の『虹』が参加してこの門を護っていた。乱戦に次ぐ乱戦で全員が疲弊しているが相手はアンデッド。疲れを知らない相手に対して彼らは既に満身創痍だ。
救援が来るまでの防衛策、門を突破されないための時間稼ぎはしかし、圧倒的アンデッドの群れによって不利な方向へと向かっていた。
王都と違い、エ・ランテルにはミスリルまでしかいないのである。自然、力量のある者の数は減り、少しの危険がとんでもない危険へと変化していく。
「ペテルうしろ!!」
「くそ!?ウアァァァァ!??」
見れば
「クソッタレ!」
ルクルットのショートソードが素早く腸を切り裂く、だがその切り裂いた彼もまた狙いを定められる。すぐ横から
この乱戦続く最中において、そんな目に会えば末路はどうなるか言うまでも無い。
「<雷撃《ライトニング》>!!!」
ニニャの魔法がワイトの身体を焼く。電気で痺れの走る身体、ビチビチとその膿のようなものが弾け、汁をあたりに飛び散らせる。だがアンデッドは状態異常に強い。普通なら電気属性に付与される麻痺の効果で動けなくなる可能性もあるのになんてことも無く動き出すのだ。
「クッソオオオオ!ここで終わりかよおぉぉ!?」
動じることなく動き出したワイトに腕をつかまれそうになったルクルットが絶望色に顔を染めながら叫ぶ。
「諦めるのはまだ早いわ!!」
「えっ!?」
ビュンッ!!と空を切る音が鳴り、宙に浮かぶ剣が次々とアンデッドを切り裂く。ワイトに正確に投擲されたクナイが刺さり、暗闇の奥からは叫び声と共にドシャドシャと肉が叩き潰される音が広がる。
「オオォォラァァァ!!!」
「―――フンッ!!!」
「「忍術<爆炎陣の術>」」
ガガーランの刺突戦槌がゾンビの肉を潰し、モモンガの大剣が辺り一面の存在を自身を中心に切り裂く。そしてティアとティナが唱える忍術によって激しい火柱が走り、次々と死者達が燃え上がる。
「超技!!
ラキュースの持つ魔剣キリネイラムが光り輝き膨れ上がる。そしてそれを横に薙ぎ無属性衝撃波が突き抜ける
―――瞬く間に門の周辺を取り囲んでいたモンスターたちが消滅していった。
「あ、あなた達は一体?」ニニャが呆然としながらも声をかける。
「私達は蒼の薔薇、アダマンタイト級冒険者です」
「蒼の薔薇だって!?マジか!!助かるぞ俺達!!!」
冒険者の誰かが叫ぶ。この醜悪な状況に起死回生の一打を打ち込んでくれた存在が現れたのだ。彼等エ・ランテルの冒険者が叫ぶのも当然だった。
「皆さん!今はとにかく門の中へ!!」
騒ぎ出す冒険者を収めるために、ラキュースが声を張り上げながらも前進を続けていく。
(結局、自分は指示を出していないな)
そうモモンガは内に思うが、彼は元々ギルドリーダーであって冒険者―――それも戦士職の戦いを指示出す側ではない、そういうのはかつてのギルメンでも切れ者たちが行うことだったからだ。戦略と纏め上げは出来ても戦術は受け売りが多いので仕方の無いことだった。勿論、自分が戦う分には戦術もばっちりなのだが。
(ぷにっと萌えさんだったよな)
長年忘れようとしていたからか、今では特定のメンバー以外はすらっと名前も出てこなくなった。その中でもぷにっと萌えさんは指南書を残してくれた人なので今でも名前は出てくる。―――もう何百年と読むことを止めてしまった指南書だが。
そしてそんな複雑な思いがあるのにギルドの名前だけはスッと出てくる辺りに自身を腹立たしく思う。
―――まだ未練があるのか、と。
「とにかく、移動しましょう皆さん。ここら一帯のアンデッドは私達が一掃したのでしばらくは持つはずです」
「凄い……あれだけ居たんですよ?それを全部?」
「えぇ、まぁ」
「全部モモンのおかげ」
「そのまま全部やって欲しい」
「あなた達本人前に何を言ってるのよ!」
軽口を叩く忍者二人に小言を言い始めるラキュース。そんな様子を豪快に笑うガガーラン。新たな仲間も良いもんだなと思える自分は確かに変わったはずだ。―――そうモモンガは言い聞かせながらも次の行動に移すことにした。
「まぁ、この程度なら単なる雑魚ですよ」
実際雑魚ばかりだったし、モモンガのスキルであるアンデッド支配で一時的に動きを止めてしまえば後はどうとでもなったのだ。
召喚されたモンスターは通常は支配スキル程度の効果では支配はできない。だが掛けられた力に対する
実はイビルアイがリグリットに負けて蒼の薔薇に入ったときもこの手法を使われて思った以上にボッコボコに、想像以上にボッコボコにされてガチ泣きしていたのだがそれはそれ。
「でもネクロスウォーム・ジャイアントまで一撃ってのはありえねぇよなぁしかし」
ガガーランも舌を巻くしかない。あれほどの巨体、所詮スケルトンとゾンビの複合集合体ではあるがそれでもバラバラにするには時間を要する。だというのに全て一撃だ。改めてモモンガの規格外っぷりに驚くしかなかった。
そんなモモンガに対し、低い知性ながらに学習したのか、モモンガから一定の距離を保とうとしたアンデッド達はラキュースやティナティアの飛び道具により蹴散らされる。―――そうして揚々と住民区画を隔てる城壁までたどり着いたのだ。そしてここまで来ればすることは決まっている。
「イビルアイ―――仮面に宝石をつけた小さな魔法詠唱者は見ませんでしたか?」
「魔法詠唱者…ですか?」
ニニャが目の前の漆黒の剣士を見上げながら答える。若干頬が火照っているのが気になるが、多分激しい戦いが続いて興奮状態なのだろう。
「えぇ、見た方は?」
「私は知りませんね、すみません。お力になれず―――」
「あっ、俺知ってるぜ。小さな赤いローブの女の子だろ?」
ペテルが謝罪する横でルクルットが軟派な声を出しながら言う。既に視線は蒼の薔薇に釘付けだ。
「街に戻ってきた時に衛兵に捕まってた一団だろ?それなら外からチラっと見えてたから知ってるぜ」
「本当ですか?」
少し喜色ばんだ声をモモンガが上げる。強者なのだから大丈夫だと思ってはいてもついつい心配になってしまっているのが自身でも分かる。
何せ先日は消滅寸前まで行ったのだ。モモンガが心配するのは当然といえば当然だ。
「可哀想だったよなぁ、首輪してたんだぜ?ありゃぁ奴隷だろう。なんとかしてやりてぇけどよ。」
ルクルットがその軟派な声で、しかし少しばかり苦々しいように言う。
「最低ですよね。きっと貴族ですよ。その子を慰み者にして楽しんでるんだ。糞豚どもめ……」
「ニニャ、私たちの命の恩人の前だ。自重しろ」
豹変した態度を見せるニニャにペテルが冷静な言葉をかける。気づいたニニャも慌てた様子で周りに謝罪する。
「す、すみません。えーと…蒼の薔薇の皆さん?でしたか。見たのは確かに見ました。とても綺麗な女性も連れていたような……彼女が飼っている…?いや、その女もきっと―――」
「あ、私もその女性なら覚えてます。確か凄く上品な服を着ていたので目立っていましたね」
ぶつぶつ独り言を言い始めるニニャと真っ当に返答するペテルのその情報にモモンガと蒼の薔薇は一同に顔を見合わせる。一つ頷きあった後、続けてモモンガが質問をする。
「その人たちは今何処へ?知っている方は居ますか?」
「さぁ、お昼頃の事だったのでそれきり後のことは…」
「都市長が誰かを馬車で連れて行ったのは知ってるぞ」
冒険者の誰かが声を上げる。「多分そのお嬢様じゃないかな」という声が続けざまに上がる。
「そのお嬢様はどちらに?」
間違ってもラナー王女の名前はおいそれと出せないのでぼかして尋ねる。
「行政区画のほうだ。街の中心部だから迷うことはないぜ」
「決まりね、とりあえずラ…お嬢様を探し出しましょう、モモンさん」
「えぇ、分かりました。皆さん、さぁ早く門の内側へ。まだ他にもアンデッドは大量に居ましたから、今のうちに防備を固めておいてください」
そうしてモモンガに促されながら、冒険者達は門の内側へと引き返していく。門を潜り抜けてようやく安心できたのか、怪我をしている者たちはその場にヘタリ込み出す。中には啜り泣きをしている者もいる。ようやく絶望的な状況を乗り越えた実感を今になって理解しているのだろう。
そんな状況を眺め、王都の悲劇再臨とならないようラキュースは決意を堅くする。
「急ぎましょうモモンさん、アンデッドは待ってはくれません」
「えぇ、そうですね―――」
「それによ、この大量のアンデッドって言えばよぅ」
「?」
何か言いたげなガガーランに首を捻る。何でこんなにアンデッドが湧いているのか。確かに異常事態なのだが、思うところでもあるのだろうか。
「えぇ、―――アインズ・ウール・ゴウンが力を使った可能性があるわね」
「……あぁー」
そっちに行っちゃったかー。という溜息が漏れる。まぁ確かに、この世界ではありえない強大なアンデッドを生み出せるけれども、こんなに数は出すことが出来ない。こればかりはモモンガでもどうやっているのか不思議なぐらいだ。弱いからモモンガにとってはどうでもいいけれど、という感想も付くが。
「イビルアイ……くっ!!首輪や手枷足枷!?慰み者!?イビルアイはモモンさんを愛していたのに!!」
「ぶっ殺してやりてぇな、アインズって野郎はよぉ」
「早くイビルアイを助けなきゃ」
「首輪…実は自分でつけたのかも」
「………」
女性陣のアインズ批判が始まる。ティアだけ微妙にフォローしてくれてる辺りがありがたいが、真相を話すつもりもないのか、こちらをチラチラ見てくるだけであとは何も行動に移さない。
「そのアインズ・ウール・ゴウンというのは一体!?」
「まさか、このアンデッドを全部支配しているってのか!?」
「マジかよ!?それじゃとんでもない死霊使いが犯人ってことか!?」
耳聡く彼女達の会話を盗み聞きしていた何人かの冒険者達が騒ぎ始める。
「アッアッ、違いますよ。そのちょっと―――」
「皆さん、安心してください!!アインズ・ウール・ゴウンは確かに強大なアンデッドを使役できる、それも自身が死者の存在です。ですがこの御仁、モモン殿ならばその強大なアンデッドも全て一人で屠れる実力の持ち主なのです!」
オォッ!!と門の前の冒険者達が声を上げる。最早モモンガが止めようとしても止まる勢いではない。
「今から私達はアインズ・ウール・ゴウンに立ち向かい、親友と仲間を救い出すべく戦いに向かいます!!」
何故か全身全霊の勢いで演説し始めるラキュース。この危地に飛び込む姿が勇者のようで、冒険譚の一節のようで興奮しちゃったのだ。前日にモモンガが十三英雄の一人だと認識しなおしたのも影響があったのだろう。
言うまでも無いが、モモンガは後ろのほうで頭を抱えていた。アインズの名前を出すつもりなんて微塵も無かったのに出てしまった。
(どうしよう)
という純粋な困惑がモモンガの精神を絞めていく。割と精神沈静化に頼ってるところもあるモモンガは、こういう時結構脆いのだ。事前に準備しておいたものが崩れると結構弱い部分がある。何百年と経っても基本的な性格というものは直らないらしい。
―――そんな彼が頭を抱え込んでいる真っ最中に、一人の老婆の姿が目に入る。明らかに戦闘員ではないその老婆は人を探しているのか、大声を上げながら門へと近づいてくる。
「ンフィー!!ンフィーレアやぁああい!!何処へ行っちまったんだい!!」
「婆さん!ここは危険だから戻るんだ!」
見れば周りの冒険者が押し留めていた。門で抑えているとはいえゴーストなどは壁を突破してくる。何時戦闘になってもおかしくないのだから非戦闘員はここに居るべきではないだろう。
「婆さん、どうかしたのかい?」
ガガーランが声をかける。豪快な性格だが、それでいて人情家でもあるガガーランには見てみぬ振りは出来ないものらしい。
「ンフィーが、私の孫がいなくなっちまったんだよぉ!!あんたら探しておくれないかぃ!?」
この騒動の中、行方不明と言えば想像することは一つだ。蒼の薔薇だけでなく他の冒険者達だって素直に探すと言えないのはそういうことだろう。
「ひょっとして、ンフィーレア・バレアレさんのご家族ですか?」
「あ、あんたは?」
ニニャが声を上げる。他の漆黒の剣のメンバー達も少しばかり気まずそうに、その老婆へ声をかける。
「今日まで仕事の依頼で一緒に居たものです。その……昼間、分かれる前はまでは一緒にいたのですが」
「居なくなったって、いつだい婆さん?」
「昼間、帰ってきてからすぐだよ。アタシも用事を済ませようと思って、ちょいと孫に店番させて出かけていたんだ。そんな僅かな間に……帰ってきたら店に血が……あぁぁあ!」
その場面を思い出したのか、青褪めた顔をしながら説明してくる老婆。泣き崩れるその姿に、誰もがかける言葉を失う。
「婆さん、あんたの孫は攫われるような事してたのかい?」
「そんなわけないだろう!!」
ガガーランの包み隠さぬ物言いに老婆ががなりたてる。
「なら、何か理由があるはず」
「何か特殊な道具を持っているとか?」
ティアとティナの推測に補正の声が横から入る。情報交換はしてないのでモモンガが知るところではないが、彼の名前はペテル・モークだ。
「道具ではなく、タレントですね。彼は『どんなマジックアイテムでも使用出来る』というタレント持ちで有名ですので」
「……なるほどな、それが攫われた理由だろう」
銀級冒険者のその説明で事情は大体分かった。マジックアイテムの中には使用者制限のあるものもある。ラキュースの鎧が良い例だろう。装備品にも条件があるように、マジックアイテムにも条件はある。それを使用するために攫った。というのなら納得のいく話だ。
「なら、この事件にも関わりがあったりするのかしら?」
ラキュースもその話と今回の事件の関連性を疑う。まぁ、普通の流れではそう思えるだろう。そして実際に正しい推論だ。
「アインズ・ウール・ゴウンがその少年のことを知っていた可能性は?」
「いや、全知全能でもあるまいし。無いと思いますよ」
こっそりと否定の言葉を流す。いい加減勘違いを正しておきたいけれど、そんなモモンガの願いは全く適うことはない。
「これだけのアンデッドを使役するためにその少年を必要とした、というのならば納得がいきます」
「………」
ラキュースの一言でまたアインズがやったことになっていく。否定しようと言葉を続けるとどんどんアインズという単語が周りに広まっていくのでこれ以上反論するのも考え物だ。
アインズ・ウール・ゴウンは悪のギルドだったから、この事件を起こす側と解決する側どちらになりそうかと言われれば確かに起こす側に思える。―――でもそれは演技であって、実際に悪さをしたい集団だったわけじゃない。元の創設の由来は異形を異形狩りから護るのが目的だったのだから。
(意外と、覚えているものだな―――)
そんな感情を抱く。もう何百年も前に諦めようとしていたかつての存在たち、そんな記憶をここ数日は思い出すことが増えてきたな、とモモンガは一人心の内に思う。
―――そんなモモンガの心の奥底に眠る感情、葛藤。
黒く、沸々とした感情がこみ上げて来る。ラキュースに以前『闇』と言ったそれ。その感情は単純にいうならば未練なのかもしれない。未だに覚えているのだから、それもおかしくはないかもな……と、ふと小さく息を漏らし、自傷の念を持つ。
(もうすぐ300年だ、いい加減忘れろよ。俺―――)
人間の残滓には、あまりにも長すぎる時間。それはアンデッドになった今でも残っている自分の鈴木悟の部分にとって、辛い事だった。
長いときの中で諦めと渇望がせめぎ合う。そんな時間を長く過ごしてきた。
(リーダー達と過ごした時が、忘れさせてくれたと思ったのにな)
かつての旅、冒険。それを一緒に過ごしたプレイヤー達、そのおかげで変われたはずの自分は、どうしてしまったのだろうか?その気持ちがまた心の中に闇を作り上げ、グズグズと黒いヌメリのある塊となって燻り続ける。
そうして行政地区へと進みながら、その区切りの門へと近づいた頃。そんなモモンガの気持ちを払うかのように、唐突にモモンガが持つベルの音が鳴り響いた。それの意味するところはイビルアイのピンチだ。彼女が鳴らすということは相当の手合いに違いないと、モモンガは瞬時に思考を切り替える。
「皆さん、事情はあとで説明しますので、即戦闘の準備を」
そういい、大剣を後ろでに構える。低い姿勢のまま、即戦闘が出来るようにと。
モモンガのそんな姿を見て、蒼の薔薇も体勢を整える。何が起こるか分からないが、モモンガが言うならばそうなるのだろう。それを信じるほどには付き合いは出来ているのだから。
それぞれ武器を構え、背を預けあって構え始める。
―――そうして蒼の薔薇と、ズーラーノーンとの戦いの火蓋が切られるのだ。
エ・ランテルの戦い、始まる。
漆黒の剣はトブの森での収穫が出来なかった為に早く帰ってきたこと、追加報酬も特に無かったが為に街路で別れたので生存です。
いつも誤字脱字報告いただける皆様、ありがとうございます。
仕事も忙しいもので、ボチボチ細々と続けていけたらなぁと思います。