米最高裁の判事候補に性暴力疑惑 10代の時に被害と女性名乗り出る
ドナルド・トランプ米大統領が最高裁判事に指名したブレット・キャバノー高裁判事(53)について、10代のときに女性を暴行しようとしたという疑惑が浮上しており、被害を主張する女性が16日、実名で名乗り出た。
現在はカリフォルニア州のパロアルト大学で心理学を教えるクリスティーン・ブレイジー・フォード教授(51)は米紙ワシントン・ポストに対して、お互い10代のときにキャバノー判事が自分をベッドに押さえつけて服を脱がそうとしたと話した。
キャバノー判事のこの疑惑は先週から浮上していたが、被害者は明らかにされていなかった。判事は疑惑を否定している。
米上院司法委員会では今月初めから、キャバノー判事の指名審議を続けている。疑惑浮上に伴い、司法委幹部は近く、判事とフォード教授から事情を聞く見通し。
同委員会のチャック・グラスリー委員長(共和党)の報道担当は、キャバノー判事の人物評に「新たに加わった内容とフォード博士の身元が明らかになった」ことを踏まえ、超党派で2人に電話で話を聞くよう、グラスリー委員長が「積極的に取り組んでいる」と明らかにした。
こうした聞き取りには通常、同委員会の民主党トップ、ダイアン・ファインスタイン議員が出席するのが慣例となっている。
キャバノー判事は9月4日から7日にかけて、司法委公聴会で両党議員たちから様々な法的見解などについて質問された。同委は20日、指名承認決議を本会議にかけるべきか投票で決める予定。
疑惑の内容は
フォード教授はワシントン・ポストに対して、名乗り出ることにしたのは自分のプライバシーが「少しずつ削り取られている」と感じたからだと話した。
暴行未遂があったのは自分が15歳でキャバノー氏が17歳だった1982年のことだと思うと、教授は話している。判事はメリーランド州ベセスダの男子校、自分は近くの別の高校に通っていたという。
同年代の若者が一軒家に集まった際、酔ったキャバノー氏とその友人が、自分を寝室に「連れ込んだ」と教授はワシントン・ポストに話した。
同紙記事によると、「友人が見ている前で、キャバノー氏は自分を仰向けにベッドに押し付けて、服の上から体をまさぐったと(フォード教授は)話した。自分の体を彼女にこすりつけ、ワンピース水着とその上に着ていた服を不器用に脱がそうとした」、「彼女が悲鳴を上げようとすると、手で口を押さえたという」。
記事によると、フォード教授はその場を逃げ出したが、「(キャバノー判事が)うっかり自分を殺してしまうかもしれないと思った」と話している。
上院の民主党議員団が13日に、判事が高校時代に女子生徒を暴行しようとしたという疑いを調べていると明らかにした後、キャバノー判事は14日に「この疑惑を徹頭徹尾、断固として否定する。高校時代もその他の時代も、このような行為をしたことはない」と否定声明を出していた。
疑惑が浮上した経緯
フォード教授は今年7月、民主党に接触した。トランプ大統領がキャバノー判事を最高裁に指名して間もなくのことで、最高裁判事指名のニュースに辛い過去の記憶が呼び起こされたからだと説明している。
地元カリフォルニア州選出のアナ・エシュー下院議員とファインスタイン上院議員に手紙を書き送ったところ、ファインスタイン議員は手紙の内容を秘密にして欲しいという要望を尊重したが、「他の人たちはそうではなかった」と教授は話している。
ワシントン・ポストの報道後、ファインスタイン議員は「自分の経験を公にしようというフォードさんの決断を、私は支持します。こうして公にした今、連邦捜査局(FBI)が捜査をする番です。この候補について上院が前に進む前に、捜査は行われるべきです」と声明を発表した。
ファインスタイン議員はさらに米紙ロサンゼルス・タイムズに、キャバノー判事が女性の人工中絶権や銃の危険性などを明確に認めようとせず、「保守判事と言うよりは共和党の政治家のような」発言を司法委公聴会で繰り返したと書き、最高裁判事指名に強く反対すると立場を明確にした。
一方で、共和党のグラスリー上院司法委員長は、疑惑が最初に出た時点で、「キャバノー判事は1993年から2018年にかけて6回にわたり、FBIの徹底した身辺調査を受けている」、「今回の匿名の主張に類するような疑惑は一度も出なかった」とキャバノー氏を擁護していた。
キャバノー判事とは
トランプ大統領は今年7月、引退を表明した現職のアンソニー・ケネディ判事の後任に、保守派のキャバノー氏を指名した。
2006年以来、影響力の強いコロンビア特別区連邦控訴裁の判事を務める。その前はブッシュ政権の顧問だった。
1990年代にビル・クリントン大統領(当時)を捜査したケネス・スター特別検察官の部下だったこともある。
イェール大学卒。カトリック・イェズス会系高校出身の熱心なカトリック信者で、引退するケネディ判事の下で調査官を経験した。
女性の人工中絶権を認める最高裁判例について否定的で、相次ぐ銃乱射事件については銃規制強化より学校側の警備体制強化を重視するなど、様々な重要課題についてその姿勢が民主党に強く批判されている。
2009年には「ミネソタ法学論集」に、現職大統領は刑事捜査や民事裁判から免除されるべきだと書いており、トランプ大統領による指名には、判事のこうした主張が影響したかもしれないという指摘もある。2016年大統領選のロシア疑惑とトランプ陣営の関係についてロバート・ムラー特別検察官が捜査を進めるなか、いずれ最高裁が捜査について判断を求められる事態も想定される。
連邦最高裁は米国の市民生活に重要な影響力を持つ。人工中絶、死刑制度、投票権、移民政策、政治資金、人種偏向のある警察の行動など、激しい賛否両論のある法律について最終判断を示すほか、連邦政府と州政府の争いごとや、死刑執行停止の請求などについても最終判断を示す。最高裁判事は終身制で、死去もしくは引退するまで地位が保障される。
トランプ大統領が最高裁判事を指名するのは2人目。最高裁長官を含めて合計9人の判事の政治的傾向が圧倒的に保守寄りになった場合、その判決はトランプ氏の任期満了後も長く米社会に影響を及ぼすことになる。
現在の最高裁判事はすでに保守派5人、リベラル4人で、保守派が優勢のため、キャバノー氏が就任しても直ちに大きく傾向が変わるとは限らない。ただし、引退するケネディ判事は同性結婚合法化や人工中絶権支持など多くの重要判決でリベラル派の判断を支持することが多く、「浮動票」として5対4で判決を成立させる重要な役割を担ってきただけに、キャバノー氏の指名にリベラル派は危機感を抱いている。
<解説>とてつもなく重要――アンソニー・ザーカーBBC北米記者
速やかに最高裁入りするかと思われていたブレット・キャバノー判事の道のりに、横槍が入った。だからといって、このまま候補指名がだめになると決まったわけではない。
判事が10代だった30年以上前に起きたかもしれない出来事を、それなりの確度で立証するのは難しい。クリスティーン・ブレイジー・フォード教授は裏づけとなる証拠も提示しているが、彼女の訴えを裁判所が審理することはない。世論という法廷さえ同様だ。
キャバノー氏の判事キャリアにとって今重要なのはただひとつ。上院に少なくとも2人、民主党側に立って承認に反対する気のある共和党議員がいるかどうかだ。
あえて民主党側に付きそうだと言われているのは、スーザン・コリンズ上院議員(メイン州選出)とリーサ・ムルコウスキ上院議員(アラスカ州選出)で、世間の注目がこの2人に集中するだろう。
一連の事態は、1990年に激しい戦いとなった別の最高裁判事承認手続きを想起させる。クラレンス・トマス判事の承認公聴会でセクハラ疑惑が取りざたされたが、トマス判事は承認を獲得して就任した。しかし、推挙した共和党も反対した民主党も、この戦いで多くの傷を負い、双方に苦渋の思いが残った。1992年の連邦議会選で女性議員が一気に増えたのは、トマス判事をめぐる論争の影響があったかもしれない。
そして今回は「#MeToo運動」の影の下、今また歴史は繰り返そうとしているように見える。中間選挙まで残り2カ月を切るなか、今後数十年にわたる最高裁の構成が問われるこの戦いは、とてつもなく重要だ。