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権力に切り込む韓国映画、権力を取り込む日本映画/西森路代×ハン・トンヒョン

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韓国だけでなく、日本でも大ヒットした『タクシー運転手』は、1980年に韓国で起きた「光州事件」を取り扱った映画。一時期低迷していた韓国映画ですが、近年は新たな盛り上がりを見せ、日本でも多くの作品が上映されています。ライターの西森路代さんは、ここ数年の韓国映画は「悪」の描き方に変化があると感じているそうです。また韓国映画を「羨ましい」ともお話になっていました。西森さんの提案を受け、社会学者のハン・トンヒョンさんと、近年の日本・韓国映画を参照しながら、日韓両国の政治や歴史、社会について語り合う対談を実施。前編では、韓国での「悪」の描かれ方の変化と、日本での「悪」の描き方、そして韓国が辿ってきた歴史などについてお話いただいています(全2回)。

現代の韓国映画の作家性とは

西森 去年は、パク・チャヌク監督の『お嬢さん』(陶酔させ、誰も不快にしない「正しさ」の洗練――映画『お嬢さん』西森路代×ハン・トンヒョン)を主軸に対談をしましたが、今年は『タクシー運転手 約束は海を越えて』をはじめとして、たくさんの韓国映画が来て話題になっていますので、どれか一作というのではなく、いろいろな話をしたいと思っています。

『タクシー運転手』のチャン・フン監督は、キム・ギドク監督の助監督をしていたんですよね。ちょっとギドクとも違う作風だと思いますが。最近の韓国映画の作家性をどう思いますか?

ハン 韓国映画で、作家性で見るというか、監督を追うかたちで見ているのは、ベタだけどパク・チャヌクとポン・ジュノ、あとぜんぜん違うところでホン・サンスくらいかな。別にウォッチャーってわけじゃないし、まあ単に好きな監督ってことになってしまった(笑)。

西森 パク・チャヌクやポン・ジュノって、今活躍している監督よりも一世代も二世代も上で、ずっと第一線でやっている人ですよね。チャン・フン監督は、韓国映画が盛り返した2010年代あたりに出てきた人。初めて知ったのは、ソ・ジソブとカン・ジファンが主演の『映画は映画だ』(2008年)でした。韓国映画が韓流スターの人気だけに頼っていた時期は、韓国映画が低迷していた時期と重なっています。その後、ファン・ジョンミン、イ・ジョンジェなどの、ドラマにも出ていたけれど、でもなんか韓流スターとも言いがたい……という人が映画スターとして地位を確立しだしたときから韓国映画も復活したんですよね。もちろん『新しき世界』(2013年)のことなんですけども。そこからまた5年になろうとしていますが、最近ヒットする映画ってあの頃ともまた違ってきましたよね。

ハン 誰が作っても同じ、と言うと語弊があるかもしれないけど、監督より企画が大事になっているような気がします。ハリウッドみたい?

西森 企画がよくて、上手い人が監督をするといい映画になる印象ですね。

ハン 『トガニ 幼き瞳の告発』(2011年)のファン・ドンヒョク監督とか?

西森 ファン・ドンヒョクは社会派の『トガニ』のあとに、アジア中でリメイク作品ができるくらいの普遍的な枠組みを作った『怪しい彼女』(2014年)、時代劇の『天命の城』(2017年)と、器用にいろいろな分野の映画を撮っていますよね。

ハン 『怪しい彼女』も、ベースに高齢化問題といった社会性はありますよね。『天命の城』も、結果的にそうなったのかもしれないけど、とくに公開された頃の中韓関係に重ねて問いかけるような内容になっている。ジャンルはまったく違うし描き方も違うけど、それぞれ、そのときどきの問題を扱っているように思います。そこがファン・ドンヒョクの作家性なのかも。

西森 確かに。最近の監督の中では作家性がある人かもしれないですね。ファン・ドンヒョクの作家性は、一作一作の雰囲気が似ているとか映像に特徴があるというのではなく、取り上げるテーマについて、とことん考え抜いて、構造を見出しているというところだと思います。だから、何を撮っても面白いし、さっき器用とは言ったけど、単に器用なだけとも思えない。

悪を悪として描かない映画はヒットしなくなった

西森 あと韓国の、ものすごく大きな規模の企画を、新人で見どころのある30代くらいの監督が撮る感じは、日本ではないことだと思います。もちろん社会的な視線がないと作れないと思いますが。

ハン なるほど。

西森 そのあたりの意識は日本よりも強いと思います。

ハン 日本に来ている作品を見る限りはそうですよね。ところで2016年の『アシュラ』(※1)は、日本では人気があったけど韓国では振るいませんでした。韓国では、ヤクザに社会の悪や暴力性を託して描く時代は終わっているのかも。たぶん、「本物の悪」を直接描けるようになったからじゃないかな。

(※1 参考「圧倒的な悪に触れたとき、人は正義感を保つことができるのか。「正義vs悪」の構図を描かない珍しい韓国映画『アシュラ』」)

西森 今日はそこを一番話したかったんですよ。今年の5月に白石和彌監督の『孤狼の血』が公開されたじゃないですか。あの映画は、1980年代後半の広島を舞台にしたヤクザ映画で、腐敗した警察組織を描いています。ネタバレになっちゃうから詳しくは話せないんだけど、『孤狼の血』を見ていて改めて、日本って組織が腐敗していること自体は描けても、『タクシー運転手』や『1987、ある闘いの真実』(以下、『1987』)みたいに、過去にあった出来事や政権の批判は描けないんだなって思ったんです。

ハン でも、『孤狼の血』はそもそも政権を批判するような映画じゃないんでしょ?

西森 まあそうなんですけど……日本の映画って「個人vs個人」とか「どっちもどっちだよね」ってところで落ち着かせることがほとんどだと思うんですね。『孤狼の血』に限らず。腐敗した権力を変えることは出来なくても、権力側をうまく取り込もうとしたり、あるいは権力側がうまく悪を取り込んでコントロールしたり。『検察側の罪人』にもそういうところがありました。

ハン 韓国映画でいうと『悪いやつら』(2012年)とか『新しき世界』みたいな話だよね。ああいう話はもう韓国じゃ人気がない。

西森 韓国は悪をはっきりと悪として描くようになっていますよね。『検察側の悪人』は、キムタク版の『新しき世界』かも。まあ、主人公がどういう風に正義とか罪について考えているかはまったく別ですけども。『検察側の罪人』は、実は悪は何かってことは最後にはわかるからこそ、モヤモヤするし、それではいけないといという不条理を感じるのですが、でもあれをどっちもどっちととる記事もありました。

ハン 『ザ・キング』(2017年。ハン・ジェリム監督)も、成り上がるために権力に寄り添った検事が最終的にダメになるって話で、腐敗した権力構造から民主主義への変化を、観客に問い、選択を突きつけるような映画でした。

西森 『ザ・キング』を見ていると、検察にどんな権力があるのかがわかるので、『検察側の罪人』を見るときに役立ちます。さっきも言ったように、日本は、正義と悪をきっちり描かないで、どっちもどっちで終わらせちゃうんですね。この『ザ・キング』の日本版のキャッチコピーが「プライドを捨てろ!権力に寄り添え!」っていうのは象徴的だと思いました。このコピーってある場面までは映画の正しい理解なんですけど、最後まで見ると違うわけじゃないですか。でも、力や悪には、寄り添ったり、うまくつきあうということのほうが、日本的なフィクションとして受け入れやすいということがあるんだなと、遠目で見ていました。私は、『ザ・キング』は権力にとことん一体化してみた経験があったからこそ、見えるものがあったというところがいいと思いますが。

ハン 日本的なフィクションねぇ……。そういえば一部かもしれないけど日本の観客は『アシュラ』とか『不汗党』(日本公開時のタイトルは『名もなき野良犬の輪舞』)とか大好きだもんね。『不汗党』は完全なファンタジーで、極端な話、日本のオタク向けに作っているとしか思えない(笑)。

西森 愛情の話だって監督も言っているし。

ハン 韓国にも熱狂的なファンがいるけど、たぶん暴力映画としては見ていないんですよね。オタク気質のある女の子が見る、ひとつのジャンルになっているというか。

西森 今はもう、韓国では、500万人以上がみるほどのノワールは少なくなりましたね。政治が描かれてないといけないし、政治を描いても『ザ・キング』がぎりぎり500万人。まあ、2017年上半期は、大統領選とかと重なって、映画が観られていなかった時期なんですけど。そういう意味では、『ザ・キング』は、その後の、政治映画ブームの先駆けかもしれません。歴史も駆け足でおさらいすることもできますしね。

ハン 韓国でみんなが見にいくほどヒットした、悪を悪として描かない映画は『新しき世界』が最後だったのかもしれない。日本はそこで止まっている? 『アシュラ』や『不汗党』の暴力や女性の描き方は、韓国のメインストリームにおいてはもはや古くて現代的ではないのだけど、とくに日本では、だからこそ完全にファンタジーとして消費されているような気がします。日本にはそういうリテラシーが高い層が多いので。

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西森路代

ライター。1972年生まれ。大学卒業後、地方テレビ局のOLを経て上京。派遣、編集プロダクショ ン、ラジオディレクターを経てフリーランスライターに。アジアのエンターテイメントと女子、人気について主に執筆。共著に「女子会2.0」がある。また、 TBS RADIO 文化系トークラジオ Lifeにも出演している。

twitter:@mijiyooon

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