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私たちはなぜ「少年犯罪が増えた」という「誤解」をしてしまうのか

東大教授にお題エッセイを頼んでみた
ブルーバックス×現代新書×東京大学。

文系/理系、専門分野の異なる2人の東大教授に、

文系/理系2つの新書シリーズに所属する3人の編集者が「お題エッセイ」で挑む新企画「2×3(ツーバイスリー)」。

しばりひとつ。――毎月一題、「漢字3文字」限定。

記念すべき第1回のお題は「可視化」

見えない状態にあるものを見える状態に変換する。実感できる形にする。そうすると、その状態を直感的に把握することができ、情報を意識して使うことができるようになる。

一方でそれは、もともと見えない状態にあったものを違う状態に変化させているわけだから、元の状態とはどこかしらが異なる。可視化されたあとの状態は、可視化されていないもともとの状態をどこまで反映しているのか。

可視化することによって失われたり、変質してしまうものもあるのではないか。

 

記録だけで10キロやせた理由

ダイエットの方法のひとつに、レコーディングダイエットというのがある。自分の体重を毎日記録し、グラフにすることで、ダイエットの成果を一目で分るようにする方法だ。

体重の変化を記録するだけなので、摂取カロリーや運動量についてはわからない。摂取カロリーを計算して一緒に記録する方法もあるようだが、ぼくのように飽きっぽい者にとっては、そんなめんどくさい作業は長続きしない。お風呂に入るときの体重を記録するだけ、というのが、この方法の大事なところだ。

摂取カロリーも運動量も記録しないので、それらについてのフィードバックはない。わかるのは体重だけである。だが、これが、抜群の効果を発揮する(経験者は語る)。

体重の毎日の変動は微々たるものだ。多い日でも1キログラムあるかどうかで、たいていは数百グラム単位。体感できる変化ではない。

だがそれを、折れ線グラフという一目瞭然の形に可視化することで、毎日の自分の活動の成果がよくわかるようになる。その結果として、体重がちょっと増えた日の翌日は、脂っこいものを食べるのを控えたり、一駅余計に歩いたりといったことをするようになる。

その積み重ねで、以前の経験では、半年で10キロぐらいの減量につながる。平均して月に2キロ弱、1日に0.1キロもいかない。

これぐらいの変化だと、もちろん日々実感できるものではない。成果の見えない活動は、やる気がおきない。そもそも、この活動を続けていくことが正しいのかどうかが見えない。

折れ線グラフは、その両方──成果と方向性の正しさを、一目で分かる形で示してくれる。可視化の効果である。

これがグラフではなく、数字の並んだ表では、やはり効果は少ないはずだ。

免疫系と神経系はつながっている

似たような現象がバイオフィードバック(生体自己制御)である。

自律神経や不随意筋による活動、たとえば心拍などは、意識的に制御するのがとても難しい。このような生体現象のパターンを光や音の波動などの目に見える形に変換して示すと、ある程度意識的に制御することができるようになると言われている。これがバイオフィードバックだ。

喘息の発作や病気でのしつこい痛みなどを軽減するのに応用されていて、最近ではストレスの管理やスポーツでのメンタルコントロールなどにも使われているようだ。

これも、無意識下での変化を可視化することで意識的に制御しやすくするという点で、レコーディングダイエットと似たところがある。

もちろん、レコーディングダイエットは自律神経や不随意筋の活動へのフィードバックではないので、その点は違う。しかし、無意識下の知覚を意識的な知覚に変換することで、身体的な変化が生じやすくなるという機能が、ぼくたちには生物学的に備わっているようだ。

実際、人の免疫系と神経系の間には密接な関係がある。片方が快調に活発になればもう片方も活動がさかんになるし、片方が不調になるともう片方も調子が悪くなる。

精神的なストレスがかかると神経系、とくに交感神経の活動が低下し、末梢の免疫細胞の活動に影響するのである。

「病は気から」の正しい解釈

両者の関係を調べる神経免疫学は1980年代から盛んになった分野だが、我らが先人たちはそんな学問が存在するはるか前から、「病は気から」ということは知っていた。似たようなことわざは英語にもドイツ語にもフランス語にもあるから、中国語や韓国語は知らないけれども、おそらく世界中どこででも、昔から似たようなことが言われていたに違いない(ざっと検索してみたら、中国語でも韓国語でも似たような表現はあるようだ)。

注意しておきたいのは、「病は気から」というと、病気を軽く考えることにつながりかねないことである。気の持ちようによって病気も治るという意味にもなりかねない。

これはまた、人の気持ち、心理はいかようにもコントロールできるという見方を言外に含んでいるようにも思う。

だが、神経免疫学が明らかにしてきたことは、むしろ逆なのである。