生まれなかった数百万人の子ども リーマン・ショック10年、ミレニアルへの影響
キム・ジトルソン、ニューヨーク・ビジネス特派員
私は2008年に大学を出た。あの年に米国で大学を卒業した学生150万人の1人だ。
そして私もまた、皆と同じように、予想もしない事態に不意を突かれた。
私たちが当時何を期待していたかはさておき、今の私たちは借金が多く、子どもが少なく、たくさんの傷を負った世代となった。
世界金融危機から10年。何が変わりどういう影響があったのか、大勢が嘆き悲しんできた。
一番深刻だったのは規制強化でもないし、刑務所行きになった銀行員(あるいは、それがいかに少ないか)のことではなく、何より深刻だったのは2008年に社会人になった私たちへの影響だと私は確信している。
このことをもっと調べるため、私は米国全土を回って専門家や、同じく2008年卒の人たちに話を聞いた。私たちに一体何が起きたのか?
1. 子どもがいても前より少ない
不況以降の10年で米国女性が生んだ子供は、人口統計学者が予期していた人数より480万人少なかった。
誤植ではない。
ニューハンプシャー大学のケネス・ジョンソン教授は、「毎年、出生数を見るとき、増加を期待するが、まったく増えていない」と話す。
ジョンソン教授によると、出生数の減少は、20代女性による出産が期待値より少ないことに起因している。言い換えれば、私の同級生や下級生の世代だ。
そして状況は好転していない。実際の出生数と期待値の差は広がっている。ジョンソン教授は、歴史上の類似事例を引き合いに出す。
「(1929年に)大恐慌時代が始まった当初に20代前半だった女性は当時、子どもを生まず、それ以降も生まなかった」
「後にも先にも、当時の女性たちほど子どもがいなかった人口グループは米国でほかにない」
ジョンソン教授は、現代の我々も大恐慌時代の女性たちのように出産を諦めるのか、単に当時より長いこと時期を見計らっているのかが、疑問点だと語った。
2008年にネバダ・ラス・ベガス大学を卒業したノーラ・キャロルさんは、経済危機のせいで子作りを遅らせたと話す。
「この10年、安定したキャリアを築いて、家を買えるだけのお金を貯めることに本当に集中してきた」
「こういうことは時間がかかる。低賃金の仕事に就くと、それだけ長くなるので」
キャロルさんは現在、第1子を妊娠中だ。
2. 資産は前の世代よりずっと少ない
英国ではBBCが委託した調査で、30~39歳の世代が最も経済危機の影響を受けたことが明らかになった。実質的には平均7.2%、2008~2017年に毎年2057ポンド(約30万円)を失った計算になる。
米国でもほぼ同じようなことが起きていた。
セント・ルイス連邦準備銀行によると、1980年代中ごろに生まれた米国人の資産は、前の世代をもとに試算した予測値に比べて34%少ない。
理由は? 私たちの資産がそもそも、前の世代より少なかったからだ。
労働統計局によると、2008年に大学を卒業した新社会人の平均年収は4万6000ドル(約520万円)。これはインフレ率を加味しても、2002年卒の25~34歳の年収より8%少ない。
3. 私たちは株式市場が大嫌い
ミレニアル世代で株式投資をしているのは、5人に2人だけだという。
連邦準備銀によると、投資している人たちがつぎ込んでいる額もたった7000ドルだ。
これは単に、私たちが金欠だからではない。
カリフォルニア・バークレー大学の研究では、「『投資家』が金融リスクを負ってもいいという意欲は、マクロ経済の推移を各自がどう経験してきたか左右される」ことが判明した。
言い換えれば、ダウ・ジョーンズ株価指数が1日で500ポイント下がるのを目撃した若者なら、リスクを避けがちになる。
なので、S&P500種指数は今夏、史上最高の上げ相場となり、経済危機時から325%上がったのだが、だからといって私たちはこの株価上昇からあまりメリットを得ていない。
4. 私たちは家を買わない
米シンクタンクのアーバン・インスティテュートによると、2015年に米国で持ち家を持つ25~34歳は全体の37%と、前世代と比べて8%低かった。英国でも、ミレニアル世代の持ち家率はほぼ半分に落ち込んだ。
説明はいろいろとできる。子どもの少なさ、資産の少なさ、住宅市場が内部崩壊した後の世代、など。
私たちが何とか不動産を手に入れても、その価値は前の世代が買った1軒目よりずっと低い。
2013年に18~33歳が購入した住宅の資産価値は平均13万3000ドルだったが、2007年には19万7000ドルだった。
5. 私たちは誰も信じない
社会の主要組織や制度への信用は金融危機のずっと前から低下していたが、世代別に見ると、私たちの世代は特にそういうものを信用していない。
ピュー慈善財団の調査によると、「一般的に、ほとんどの人は信頼できる」という文言に賛同できると答えたのはミレニアル世代のたった19%だった。ひとつ前の世代では31%、私たちの親世代では40%だった。
そして、私たちが最も信用していない存在がウォール街だ。これは、驚くまでもないだろう。
中央フロリダ大学を2008年に卒業したエリック・フレイザーさんは、「ウォール・ストリートは確実に打撃を負った」と話す。フレイザーさんは、無害な職業だと思っていた金融サービス業界に就職した。
「当時は、ニュースに業界の人物の名前や顔が出てくるまで、極悪な仕事には見えなかった」
そのためフレイザーさんは、金融業界で働くとはどういうことなのか、考え直したという。
「『ええ、私は金融業界で働いていますがサブプライムローンとか、そんなものは扱ってません』とは、ちょっと説明しづらかった」
フレイザーさんは、金融業界が信用を失う一部始終を最前列で見ていたわけだが、その経験にもわずかながら良かったと思える側面があったと言う。
「あの時期に社会人になったことで、本当に謙虚になれたと思う。危機より前に大学を卒業していたら、今と同じ考え方をしていたか分からない」