近年、大企業とスタートアップの協業が世界的に広がっている。例えばアメリカのディズニー社は、キャラクター、ストーリー、3Dモデリング技術といったリソースをスタートアップに開放し、年間10社のスタートアップ企業に12万ドルを出資するアクセラレータープログラムを展開している。
このように、自社の特許やノウハウ、人材といったリソースを公開し、外部のリソースと掛け合わせて新たな市場を開拓する取り組みは「オープンイノベーション」と呼ばれている。日本でもNTTドコモ、伊藤園、KDDIなど、スタートアップとのオープンイノベーションに乗り出す大企業が増えてきた。
しかし、日本でのオープンイノベーションには課題もある。「日本の大企業は、スタートアップに対して“直角90度の上から目線”であることが少なくない」と語るのは、スタートアップコミュニティ「creww」を運営する伊地知天氏だ。今回は、スタートアップと大企業のマッチングプラットフォームを運営する伊地知氏だからこそ見えてきた、オープンイノベーションの難しさや、大企業とスタートアップ双方にとってのメリット・デメリット、そして大企業に必要とされるスタートアップの条件を伺った。
大企業とスタートアップが利用し合うプラットフォーム
-「スタートアップコミュニティ」というキーワードを掲げるcrewwは、どういったサービスなのでしょうか?
ヒト、カネ、モノ、チャンスを必要とするスタートアップ企業が、自社を支援してくれるサポーターを見つける。もしくは、スタートアップを応援したい個人が魅力的な企業を見つける。それをできるのが、crewwというウェブ上のコミュニティです。2015年5月現在、crewwにはスタートアップ企業が1700社以上、アドバイザーもしくは投資家の立場からスタートアップを支援するサポーターが1万1000人以上参加しています。
-crewwには「スタートアップ×個人サポーター」といったマッチングのほかに、「スタートアップ×大企業」のマッチングである「crewwコラボ」というプログラムもありますよね。
crewwコラボは、「スタートアップは大企業を利用して、大企業はスタートアップを利用する」というオープンイノベーションのプラットフォームです。最初は、スタートアップとアドバイザーもしくは投資家のマッチングしか考えていなかったのですが、ある程度プラットフォームができあがってくると、大企業の方が参画してくれるようになり、事業化できるまでになりました。
例えば、このコラボ内でのマッチングで生まれたサービスに、訪日外国人旅行者向けの旅行体験販売サービス「Good Luck Trip」があります。ダイヤモンド・ビッグ社という企業が持つ海外旅行ガイドブック『地球の歩き方』などのアセットを使い、「新しい旅の価値を創る」ことがテーマのプロジェクトでした。そこに参加したVoyaginというスタートアップが活用したのが、ダイヤモンド・ビッグ社の持つ訪日外国人旅行者とのネットワークでした。
-大企業とスタートアップのコラボは、具体的にどのような流れで進むのでしょうか。
おおまかには、次の4ステップになります。
- 大企業側がスタートアップに対し、顧客基盤、施設、媒体といったアセットを開放
- スタートアップ側は、自社で持っているサービスを軸に、大企業のアセットと組み合わせるとどのような双方に利益があるモデルを作れるかを提案
- 企業がスタートアップにアセットを貸し出し、事業を展開
- スタートアップが成長すれば、そのこと自体が、大企業にとっての事業創出の機会になっていく
これらのやりとりをcrewwのシステム上で行います。もちろん、一緒にビジネスをするわけですから、実現へ向け動き出したら、実際に会ってお互いのオフィスで打ち合わせをしています。 オフィスがマンションの一室というスタートアップもあるので、必須というわけではないのですが、お互いの文化が見えてくるので、大企業とスタートアップがオフィスに行き合うことはオススメしています。
「ネットがわからない」という大企業とスタートアップはめちゃめちゃ相性がいい
-オープンイノベーションのためのマッチングサービスは、当初どんな狙いがあって始めたのでしょうか?
crewwを設立してから半年後くらいでしょうか。どうやってマネタイズするか、関係者と話をしていたなかで、スタートアップと大企業のコラボを提案しました。今でこそ「共創」なんて言葉もあって、オープンイノベーションの取り組みは海外だけでなく、国内でも少しずつ展開されていますが、当時はまだ先駆的。周りから反対する声もあがりました。「そんなニーズはないし、聞いたこともない。それはやめておきましょう」と。
でも他の国を見れば、オープンイノベーションの動きが日本でも活発になることは予測できました。アメリカのディズニー社によるアクセラレータープログラムが好例です。あれだけ優秀な人が揃っているディズニー社でも、コアな部分のイノベーションは自社でやるとして、そのほかのイノベーションはスタートアップとやっている。外部との取り組みによってイノベーションを起こすということを重要視しているんです。
-大企業がスタートアップとのオープンイノベーションに興味を持つ理由は何なのでしょうか。
いくつかのタイプがあるんですが、突き詰めると、どの大企業の方も大概同じことをいう。要するに、「インターネットがわからない」なんです。世界的にも起こっているアクセラレーターの動きも、その本質はネットの遺伝子をいかにして組み込んでいくかというところにつきる。IoTの取り組みが加速するなか、大企業が新規事業をやるとなれば、インターネットと無縁ではいられません。とはいえ、何をしていいか具体的にはわからない。
ならば「誰と組むのが一番いいのか?」となると、イノベーティブなスタートアップと組むのはまさしく必然の流れなんです。なぜなら、「とんでもないテクノロジーか、とんでもないビジネスモデルで、見たこともないようなことをやっている」のがスタートアップだったりするので。そうしたスタートアップと、非常に大きな経営アセットがあるにもかかわらず、「何をしていいかいまいちわかりません」というタイプの大企業さんは、相性がめちゃめちゃいい。
多くの大企業がスタートアップに対して最初は“直角90度の上から目線”
-これまでcrewwコラボでは、スタートアップと大企業のマッチングがどのくらい起こっているのでしょうか?
「Good Luck Trip」を含め、大企業が募集したプロジェクトが27件始動しており、スタートアップのエントリー(提案)数は623、そのうち約7分の1の95件が、企業側で採用もしくは採用協議中です。
また、僕らの仕事の一つは、狭いスタートアップコミュニティに、大きな企業をどれだけ連れてくるかだと思っています。それも、スタートアップに近しい企業ではなくて、僕らが一緒にやっているのは、昭和シェル、読売新聞など、もともとはスタートアップコミュニティとは無縁の人たちです。
-とはいえ、マッチングのサービスには当然ミスマッチもあるかと思います。スタートアップと大企業のマッチングには、どういった難しさがありますか?
会社のカルチャーの違いによって起こるミスコミュニケーションですね。すべてがそうだとはいえませんが、コラボが始まった当初、大企業側の目線はほぼ“直角90度の上から目線”なことが多いんです。わかりやすくいうと「スタートアップが面白いプレゼンをしに来るんだろう?」くらいのノリですね。
だから大企業の方のマインドを変えることは、僕らも相当気合いを入れてやっています。企業には「スタートアップと接するときの心得」みたいなオリジナルのマニュアルを渡し、しっかり読んでおいてもらいます。crewwが大企業にサービスを説明するときも、スタートアップがいかにリスペクトされるべきかというのを、何回も伝えます。
スタートアップは大企業にとって“下請け”ではなく、“パートナー”
ちなみにアメリカのX Prizeのようなオープンイノベーションのプラットフォームは、大企業の課題解決型なんですね。「GoogleやCiscoが今抱えている問題がこれで、これを解決したら10億円報酬として渡します」みたいな方式です。
それに対して僕らが大企業に対して言っているのは、「大企業の問題を解決するために、スタートアップが存在しているわけではありません!」ということ。大企業の課題解決というのは、スタートアップにとっては、全く関心を引く案件ではないのです。スタートアップが大企業と組みたい理由はただ一つで、「自分たちのKPIを伸ばしたいからです、以上!」と言い切ることさえあります。大企業が持っている顧客基盤、施設、何億PVの媒体。そうしたものを有効活用させてもらって、スタートアップが持っているKPIとして設定した数値を短期間で伸ばせるのであれば、それは大企業と一緒にやったほうがいいですよね、という、ただそれだけなんです。
-オープンイノベーションでは、大企業とスタートアップに上下関係はないと。
はい。わかってほしいことは、スタートアップは大企業にとって“下請け”ではなく、“パートナー”だということ。さらに最終的には”ベストフレンド”になって終わってほしい。実際に、コラボが始まる前はスタートアップとの協業に対して「う〜ん……」みたいな反応だった大企業の担当者が、コラボのプロジェクトが終わってみたら、「そのスタートアップ企業に出資をしたい!」とまで言い出すことがあります。逆にスタートアップ側が出資オファーを「いりません」なんて断るなんてケースもある。そんなこと、これまでには考えられなかったことですよね。
スタートアップ側はcrewwコラボへの参加にあたり、自分たちのKPIの数値を伸ばせればよくて、「KPIがよくなるならやるけど、そうでないならやらない」というスタンスでいればいいわけです。相手が大企業だからって下手に出る必要はなく、むしろ大企業に負けじと、若干偉そうな感じで来る人もいるくらい(笑)。大企業とスタートアップ、お互いが利用し合う健全なビジネスが、crewwの目指すところですね。
“モテる”スタートアップの条件は、圧倒的な衝撃度、プラス少しの信頼性
-大企業に「ぜひ協業したい!出資したい!」と思われるスタートアップ企業の条件を挙げるとすると、どんなことがありますか?
まずは、サービスの圧倒的な衝撃度。スタートアップ側が大企業に話をしたときに「おいおい、そんなことをやっている奴がいたのか!」「そんな世界があったのかよ!」という衝撃を与えられるかどうかです。
またサービスに衝撃度はあっても、信頼ができないと、やっぱり大企業は近寄りがたい。だからどこかに少しでも信頼性があったほうがよいでしょう。例えば、誰もが知っている大企業が出資してるとか。あるいは経営者やチームメンバーのバックグラウンドも、少し関係しているかもしれません。
また、大企業はサービスに衝撃を受けても、自分たちの事業とスタートアップの提案に距離感があると思うと、渋ることがあります。大企業との取り組みを始めるときは、単純にサービスの説明だけではダメなんです。企業のアセットとスタートアップのサービスを組み合わせたときに何が起こるかは、大企業の担当者にとってイメージがつきにくいためです。そこで、スタートアップ側が「御社のアセットを使わせてもらええれば、こんな面白いことができる」と、大企業の担当者がイメージしやすい形で話すことが大切で、そこに僕らが介在しています。
-介在とは、具体的にどのようなことをしているのでしょうか。
例えば、crewwコラボの一つとして、東京ドームシティがプロジェクトを募集している案件があります。年間約3,700万人の来場者がある東京ドームシティのリソースを活用して、成長したいスタートアップを募集したものです。この例では、東京ドームシティ側がイメージしやすい提案があがってくるようなページ設計を、最初にしっかりしました。
また、スタートアップがアイデアを出してきて、東京ドームシティ側がイメージしにくいようなものだったら、そこは僕らが入って、修正してから話を続ける、といったことを行っています。スタートアップ側からすれば「これくらいわかるでしょ」ということでも、大企業にとってはわからないことがあるので、双方でコミュニケーションがとれるようにするのも、僕らの仕事ですね。
日本でも、もっとM&Aを起こさないとダメ
-最後に、今後のことについて伺います。これからのオープンイノベーションの可能性について、どのようにお考えですか。
これからどんどん広まっていくと思っていますね。今はちょうど時代のはざまにいて、IoTが一般的になっていくと、ものすごいスピードで産業の形が変わっていきます。例えば自動走行車が普及したときに、ドライバーは運転していない時間ができるので、そこに新たな消費行動が期待できる、といったようなことです。そのため、「インターネットに無縁でいい」という企業の数は、年々少なくなっていきます。2020年、2030年に、今と同じビジネスをしている企業がどのくらいいるのか、というレベルの話です。そのなかで、スタートアップとうまく付き合っていかなければいけない企業の数が、どんどん増えていくでしょう。
-それでは、crewwとして、先々の目標は?
アメリカの場合、スタートアップのゴールといえば、株式上場よりもM&Aイグジットが成功だという価値観が確立されています。スタートアップを一時的な状態と捉える企業がほとんどなのです。イグジットという成功体験を得る起業家がいるからこそ、次の挑戦が始まり、彼らが投資家の立場になって、またスタートアップが循環していく。そんなエコシステムが築かれています。
日本ではイグジットがあまりにも少ないという問題があって、僕も「もっとM&Aを起こさないとダメだろう」と強く感じています。でもいきなり買収が一般的になることはないから、まずは出資から。出資がまだ難しいなら、まずは何か一緒にやってみてはどうか……。この2年間は、そんな動きを起こすことを狙いとしてやってきて、今は最初のフェーズが終わったかな、という感じです。その意味では、スタートアップに出資したい大企業が増えているのは、とてもいい流れです。これからは、出資や買収のプロセスも経て、日本のスタートアップに関わるエコシステム自体を、どんどん大きくしていきたいですね。