最も効いた施策は「コミュニティ作り」。チケット100万枚販売を目指す「Peatix」の成功事例とは

Webサービスやアプリを立ち上げたばかりの企業が、予算が限られた中で、ユーザーを拡大するために「コミュニティマネジメント」に取り組む事例は少なくない。しかしそれをグローバルで取り組むとなると、成功するのは容易ではないだろう。

そんな中、2011年5月に立ち上がったイベントプラットフォームの「Peatix(ピーティックス)」は、ニューヨーク、シンガポールなど海外での水平展開に取り組み、一定の成果を上げているという。

「Peatix」とはイベントの集客や決済などを促進するサービスで、そのユーザーはイベントの運営者と参加者。言語や文化の異なる海外でサービスを成長させるために、どのような取り組みを行ったのか。また潜在的なユーザー層を巻き込み、実際にサービスを使ってもらうために何を行っているのか。Peatixのアジア事業を統括する竹村詠美さんに話を聞いた。

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竹村詠美氏。Peatix Inc. 共同創業者兼Head of Asia。 モニター・カンパニーとマッキンゼー&カンパニー社でのIT・テレコム業界などの経営コンサルティングを経験後、黎明期の99年にネット業界に転身。ポータル事業の取締役・ビジネスディベロップメントの責任者を経てAmazon.co.jpで書籍の販売責任者・マーケティングの責任者を歴任、同社の日本経営チームにも参画。ウォルト・ディズニーのインタラクティブメディア部門のオンライン・モバイル・携帯電話サービスのマーケティング責任者を務めた後Peatix Inc. に入社。

ユーザー海外比率は2割 。NY拠点開発のUXがアジアにもフィット

-サービス開始の経緯、現在の事業の状況を教えてください。

2015年5月13日、Peatixは4歳の誕生日を迎えました。社長の原田をはじめ、創業メンバーは全員、アマゾン出身です。原田は音楽一家の家庭で育ち、アマゾンの前職ではソニー・ミュージックに勤務していました。私もアマゾンで書籍を担当する前はディズニーにいまして、メンバー全員、エンターテインメントやカルチャーの分野との関わりは深いものがありました。また、仕事上でもアーティストなどクリエイティブな人とのつながりが多く、「特にインディーズで頑張っている人たちの役に立つサービスがあったほうがいい!」と意気投合し、会社を設立しました。

創業当時には、大手のチケット販売会社が運営するチケットのEコーマスサイトはありましたが、チケットを販売するためには固定費が必要になるなど、その敷居が非常に高いという課題がありました。そんな状況を、インターネットの恩恵によって変えたかった。資本の大きさに関係なく、企画を思いついたら誰でもすぐにイベントを開催できて、収入を得られるようにしたかったのです。

サービス開始当初は、創業メンバーのツテを生かし、TEDx、書籍の出版イベントや黎明期だったソーシャルメディアに関する勉強会の運営者、ソーシャルグッドなイベントを開催する任意団体や日本財団などに主に利用してもらいました。

その頃のイメージが強いためか、テクノロジー、スタートアップ系のイベントが全体の割合の大半を占めると多くの人に思われています。しかし、現在ではイベントのジャンルはさまざまでテクノロジー、スタートアップ系のイベントは全体の一部なんです。イベントの形態はトークライブ、セミナー、ワークショップやミートアップが多く、規模は主に20-100人ぐらいです。ユニークなものとしては、福島第一原発観光地化計画や、海外留学経験がある子どもを持つママの集まりなどですね。これまで累計5万件のイベントを支援し、うち2割は海外のイベントで、累計参加者は120万人を超えました。

-サービスの海外展開の状況について教えてください。

ニューヨーク、シンガポールに支社を構えています。今年4月からはマレーシアのクアラルンプールにも支社を開設しました。シンガポールでは、Peatix内に掲載されている近日開催予定のイベントは常時約350ほどある状態です。日本と比べてイベントの規模はやや大きく、著名なアーティストの2000~3000名の観客を動員するコンサートを支援したこともあります。

シンガポールは、開催されるイベントは多いのですが、それらの情報が一カ所に集まるような場所はあまりありません。ワインテイスティングのような、テーマがニッチなものになると、その存在を知る手段は、もはや知り合いからのクチコミなどに限られます。一方で、この国は人の移動が激しいためネットワーク形成の需要が大きく、Peatixとの相性はよいと思っています。

シンガポールオフィスで働く皆さんと

シンガポールオフィスで働く皆さんと

鉄則は「コミュニティに常に新しい風を入れること」

「徐々に自分たちのビジョンに近づいてきた」と竹村さん

「徐々に自分たちのビジョンに近づいてきた」と竹村さん

-海外のユーザーを獲得するためにやってきたことは何でしょう。

シンガポールでもっとも効いた施策は「コミュニティ作り」でした。イベント運営のノウハウは、各運営者には蓄積されているのですが、それを共有する場は日本にも海外にもあまり存在しません。そして「幹事の孤独」を共有する場も少ない。その課題を解決する「Backstage Pass」という集いを実施しています。これは日本でも「イベントサロン」というブランドで行っています。

イベントではゲストを招いて、運営者の思いや課題などをテーマに、スピーチを行います。主催者共通の最大の悩みは集客です。他にも、会場選び、価格設定、開催時期、ケータリングの用意などがあります。こうした悩みを解決するには、各業界の縦のつながりだけでなく、イベントサロンに集まるような、運営者同士の横のつながりから得られる情報が必要になります。

初めは正直、「意味があるのか?」と半信半疑でしたが、毎回30人から40人ほど参加者が集まり、シンガポールではこれまでに10回ほど開催しました。この施策によってユーザーが一気に増えるわけではありませんが、参加者の中のマインドシェアを上げたり、サービスのクチコミを広げていくことにはつながっていると思います。

コミュニティ作りの秘訣は「リピーターと新規の人とをミックスさせ、コミュニティに常に新しい風を入れること」です。リピーターばかりが参加するイベントには新規の人は入っていきづらいですから。イベントを開催する場所や、扱うテーマの幅と深さを変えるなど、コンテンツの企画を工夫します。

例えば、あるときはイベント運営者向けに参加費用のプライシングをテーマにしたり、あるときは企業のプロモーション担当者向けにイベントマーケティングをテーマにしたこともありました。他にも、若いイベント運営者と年配の運営者を混ぜあわせるような実験的な企画を行うことも。いずれのテーマにしてもためになる「失敗談」を聞ける企画が喜ばれます。

このようなコミュニティ作りのためのイベントの企画は、チームのコミュニティマネジャーが中心となって全員でアイデアを出しあったり、自分たちがイベントで出会ったゲストや参加者にスピーチをお願いしたりして実現します。おもしろい企画はやはり、自分たちの実際の体験から生まれることが多いです。

-サービスの知名度が高くない頃はコミュニティ作りに苦労しませんでしたか。

はい。シンガポールは特に保守的な層が多く、「同じ業界の、誰がサービスを使ったのか」といった、過去の実績を重視されます。しかし、イベント運営者からの知名度が低い頃は実績もあまりありませんので、自分たちの思いに賛同して、かつリスクを取ってくれる人に使ってもらうことを積み重ねていきました。

また、イベントに参加する側にとっても、Peatixの認知は高くありませんでしたから、集客面ではあまり貢献できません。ですから、運営者に過度な期待を持たせないよう「集客では貢献できません」とサービスの実力を正直に伝えていました。その一方で、チケット販売の手続きや受付作業を簡易化するなど、確実に提供できるバリューを売り文句にしていました。

サービスの価格設定やユーザーサポート面での、競合に対する優位性はありましたから、利用してくれたユーザーの満足度を高く保ちつつ、地道に新規ユーザーを獲得するうち、徐々にクチコミで広がっていきました。芽が出るまではサービスの利用を断られるといった、辛い経験もありました。それを乗り越えるためにも、チームで支えあうことが必要だと思います。

-事業の今後の目標や展望は?

定量的には、今年の最終四半期にイベントのチケットを50万枚販売、ユーザーの海外比率を将来50%にまで引き上げることを目標としており、定性的には、メディアでは「チケット販社」という風に表現されやすいのですが、イベント運営者を企画段階からスポンサー探しまで、より幅広くサポートできるようになりたいと考えています。

また、最新の拠点であるマレーシアを軌道に乗せることに、今は注力しています。日本での立ち上げ期と同様にスタートアップ系のイベントを支援することが多いのですが、その幅を広げていきたいです。サービスは現在、主に英語圏の26カ国で使われていますが、当社が支社を構えていない国でサービスのよさを伝えていくことが、今後のミッションだと思っています。