有料デジタルコンテンツ配信プラットフォーム「cakes(ケイクス)」を運営する株式会社ピースオブケイクによる、個人向けメディアサービス「note(ノート)」が誕生して1周年が経った。現在、サービスはどこまで成長を遂げて、何を目指そうとしているのか。cakesとnoteの関係性やその成り立ちも含め、同社の代表取締役CEOである加藤貞顕氏にお話を伺った。
cakesを作ったのは「椅子取りゲーム化」への危機感
ほとんどのコンテンツが無料で消費されるネット上において、有料会員だけがすべてのコンテンツを読めるデジタルメディア「cakes」。そしてユーザーが記事を公開し、有料販売も行えるプラットフォーム「note」を立ち上げた加藤貞顕氏。その根底には出版社に勤め、書籍編集をするうえで感じた危機感があったという。
「2011年のピースオブケイク創業前は、ダイヤモンド社で書籍の編集をしていました。しかし、出版業界全体の売上が下がっている状況のもと、ただ本だけを売っていても、縮小していく市場の中で椅子取りゲームのようになるだけだという思いが強くなりました。そのときに、良いコンテンツを作ると同時に市場を広げ、コンテンツを売るための新しい仕組みを作ることが必要だと感じ、cakesを立ち上げました」
こうして出版・コンテンツビジネスに関する危機感を抱き、出版からWebへと舞台を移して起業した加藤氏だが、そこに不安は無かったという。
「もともとアスキーにいたということもあり、いわゆるテック系のことが好きで、そういう知り合いも少なくなかったのです。ダイヤモンド社で電子書籍をやるときにも、当時はKindleも無かったためリーダーアプリから作らなければなりませんでした。そこで、知り合いのエンジニアに連絡して仕様を一緒に考えたり、UIを改善したりとプロジェクトマネージャー的なことをしていました」
しかしそれは自身の出自によるものだけではなく、編集者は、本来そうした仕事をしているのだと加藤氏は指摘する。
「サイトやアプリの制作は、雑誌編集者の仕事にとても近いと思います。例えば雑誌のレイアウト作りはUIを設計する作業に近いですよね。そしてデザイナー、ライター、校正などさまざまなプロフェッショナルと仕事をするという点でも何も変わらないです」
こうして有料のコンテンツプラットフォームを企図して作られたcakesだが、大きく2つのことを意識したそうだ。
「ひとつは、お金を払うのに値するサービスにすることですね。これは良いコンテンツを作れるかということに近く、定性的な話なのでアートの領域に接近しています。そしてもうひとつは、アーキテクチャとして汎用性があるものにすることです」
そして加藤氏は、cakesは単なる有料雑誌ではなくてコンテンツプラットフォームである、と強調する。
「すでに50社以上の出版社からコンテンツ提供を受けており、cakesで連載されたコンテンツが書籍化されたり、逆に書籍のコンテンツをcakesで連載したりもしています。現状、われわれが作ったコンテンツが全体の半数を占めていますが、1%以下になるのが理想的だと思っています」
cakes公開後の市場やユーザーの反応は予想通りだったかを尋ねると、加藤氏は 「cakesに似たサービスは無かったので、何も予想できなかったというのが正直なところです」と笑いながらも、予想通りだったというポイントをひとつ教えてくれた。
「出版社のコンテンツをWebで公開することで、本の売上が落ちることはないだろうと予想していました。というのも、アスキー時代に初めて編集を担当した、山形浩生さんの『新教養としてのパソコン入門 コンピュータのきもち』が、13年前の当時、すでにWeb上で全文公開されていたからです。この本が売れてから、内容がおもしろければ、Webで公開されていようがいまいが書籍を購入する人はする、と思うようになりました」
noteはcakes開始当初から必要だと思っていたプラットフォーム
雑誌型のコンテンツプラットフォームのcakesに対し、より個人向けのコンテンツプラットフォームとして設計されたnote。2014年4月にローンチされたこのWebサービスは、文章、写真、イラスト、音楽、映像などの作品を投稿して、クリエイターとユーザーをつなぎ、さらにユーザー間でコンテンツを売買することができるとあり、ローンチ当初から大きな話題となった。
「noteは最初からやりたいと思っていたサービスで、ずっと必要なものだと思っていました。コンテンツの集合的な場としてのcakesに対し、さらに小さな個人単位のメディアであるnote。これは雑誌と書籍の関係に近いと思っています。例えば菊池寛が興した「文藝春秋社」は、『文藝春秋』という雑誌を創刊して、コンテンツがたまってから、芥川龍之介の単行本などを出版するようになったんです」
集合的な場所、そして個人単位のメディア、その両方があることでクリエイティブとマーケティングが循環する、と加藤氏は説明する。
「最終的にコンテンツはクリエイターにひもづきますが、そのクリエイターとの出会いの場として、集合的な場所である雑誌やcakesが必要なのです。目当ての記事を読んでいたら、その隣のページの記事で紹介されていたものを好きになるという経験は、誰もがしたことがありますよね。そして、クリエイティブな場所としても集合的な場所は必要です。例えば漫画雑誌は、それ単体で儲けているわけではなく、締め切りを設けて作家に漫画を書いてもらう、クリエイティブ装置です。そして目当て以外の作家も知ってもらうというマーケティング装置でもあります。それをやるのがcakesなのです」
雑誌的な場としてのcakesに対する、クリエイター個人のメディアとなるnote。しかしnoteが「雑誌に対する単行本」と違うのは、選ばれたクリエイターだけでなく一般に開かれていることだ。
「noteは当初、cakes内の著者ページに格納する予定でした。しかし選ばれた人だけのコンテンツがあるというのもおもしろいけれども、考えてみれば誰でもできる方がネット的だと、新しく作ることにしました。われわれは電子書籍が個人メディアの最終形だとは思っておらず、noteが単行本の再発明だと思って作っています。そのために更新の容易さには非常にこだわっており、新しい機能を追加するときには社内で徹底的に議論をします。私が新しい機能を提案しても、デザイナーが『分かりづらいからダメ』とボツにしてしまうこともあるくらいです(笑)」
当初は文章や画像中心のサービスとして想定されていたnoteだが、音声アップロード機能をつけたことで、音楽業界から予想外の反響があったという。
「画像のアップロード機能とほぼ原理は変わらないということで、予定には無かった音声のアップロード機能を追加しました。ミュージシャンはじめ、いろいろな方が使ってくれるようになり、音楽業界の方からの問い合わせも多く、驚きました。音楽業界は出版業界よりも先に、ネットでミュージックビデオや音源を配信していた歴史もありますし、本来はネットと相性が良いはずの分野なんですよね。でも、正直こんなに反響があるとは思いませんでしたね」
noteの使命はネット上のコンテンツに「儲かる仕組み」をもたらすこと
「単行本の再発明」を実現するため、ブログ以上の簡単さ、クリエイターとファンとがつながりやすいシステムを意識したという加藤氏。そして、それと同じように重要視したのが課金の仕組みだという。
「課金は当初から重要だと思っていました。それが無ければ他のプラットフォームでもいい、と。出版ではコンテンツを売る手段が減っている状況の中、ネット上にはコンテンツがたくさんあり、需要と供給もある。しかし儲かる仕組みだけが無い。だから、ネットにはオフラインでコンテンツをたくさん売ってきた大物作家の、本気の作品がいまだに少ないんです。現在のネットはそういうゆがんだコンテンツ空間になっているように感じられます。儲からないからおもしろいものがネットに出てこなくなるだけならまだマシですが、出版の市場も縮小している状況においては、おもしろいものの総量が減ってしまうことにつながります。そうした面からも課金は非常に重要なのです。
そして、noteから山本さほさんはじめプロフェッショナルとなる才能が生まれていることなど、新しいコンテンツの動きが生まれていることに注目していただきたいですね。だから、この動きをさらに広げていけるよう、noteの2年目以降の目標は『もっと売り上げたい。もっと見てもらいたい』ということに尽きると思っています」