ユーザーが自分のスマートフォンで撮影した写真を使ってケーキをカスタマイズできる「PICTCAKE(ピクトケーキ)」というアプリが話題となっている。このアプリがリリースされたのは2014年10月。Webサービスとして『PICTCAKE』を開始した2013年末から、アプリとしてリリースされた2014年10までの1年間で、受注数は3万件を越えた人気のサービスだ。
このアプリを手がけるのは、お菓子のスタートアップカンパニー株式会社BAKE。彼らは「PICTCAKE」を展開する他、チーズタルト専門店とシュークリーム専門店の2ブランドの実店舗も展開している。
洋菓子という領域で、積極的にテクノロジーを取り入れ、他社とのコラボレーションを実施している話題のスタートアップに話を伺った。
洋菓子店の遺伝子を持って生まれた
「きのとや」という洋菓子店がある。札幌を拠点に、地域密着型のケーキ屋さんとして活動しているお店だ。株式会社BAKE代表取締役の長沼真太郎氏は、この地域密着の洋菓子屋の息子として生まれ、慶應義塾大学を卒業した後、丸紅に入社。流通菓子の国内営業業務など担当する、菓子食品課で勤務する。その後、1年ほどで会社を辞め、香港の知り合いと洋菓子屋をやろうという話になるも失敗。北海道に戻り、父の経営する「きのとや」に入社した。「きのとや」に入社した長沼氏を待っていたのは、新千歳空港店の店長という立場。そして、そこで求められたのは、「きのとや」の新ブランドとなる、旅行者向けのお土産菓子を製造・販売するというミッションだった。ここで長沼氏は、店舗内のオーブンで製造した焼きたてチーズタルトを販売。そのチーズタルトが評判を呼び、同店舗はテレビに取り上げられ、行列ができる人気店舗となった。
洋菓子とEコマースとの出会い
菓子の流通、ブランドの立ち上げなどを経験した長沼氏には、少しずつ新しいことにチャレンジしたいという欲求がふつふつと湧いてきた。当時、大学時代の友人から、デジカメを通販で販売するビジネスをヒットさせたという話を聞いた長沼氏は、Eコマースのインパクトに驚いたという。
長沼:「中国へ行ったときに、上海では宅配ケーキが流行っていました。実は『きのとや』も自社物流でケーキを宅配していて、これからの時代はECで宅配ケーキだろう、と直感し、『きのとや』社内で『クリックオンケーキ』という事業を始めました」
本格的EC事業に取り組むために再び東京に出てきた長沼氏は裏原宿エリアで創業。2013年4月のときの話だ。
「地産地消だけではいけない」
長沼氏は、東京に出てきた理由について、当時、抱いていた思いとともに語ってくれた。
長沼:「北海道のお菓子屋さんは、北海道から出ようしないんです。私はもっと北海道以外のマーケットでも勝負したらいいのに、と感じていました。もちろん北海道で作り北海道の人たちに買ってもらう、地産地消という考え方も良いのですが、東京など外のマーケットで北海道産のお菓子の売上を伸ばすことは、北海道のためにもなるはずだ、と考えていました」
会社を立ち上げた当初は、「クリックオンケーキ」の他にも、チョコのカスタマイズECサイトの展開を予定していたという。ただ、スタッフは長沼氏1人。リソースの不足から、チョコレート事業からは撤退し「クリックオンケーキ」に経営資源をフォーカスした。
エンジニアとの偶然の出会いから生まれたアプリ
「クリックオンケーキ」の、創業初期の売上規模は最大でも月商で500万円ほど。なかなか売上が大きく伸びないという思いを抱えていた、と長沼氏は当時のことを振り返る。
長沼:「2013年9月ごろまで売上が伸び悩む状態が続きました。当時、お客さんにヒアリングしていたところ、『写真ケーキならネットで買う』という意見をもらいました。写真ケーキというのは、コアなファンがいる商品。ただ、リアルだとなかなか写真ケーキを頼めるお店はありません。これはインターネットでやると需要があるのではと考えました」
写真ケーキをインターネットを通じて提供しよう、そう考えた長沼氏に奇跡的な出会いが訪れる。当時、Airbnbを通じて貸し出していた部屋に、ニューヨーク出身でシリコンバレーでもインターンしていたエンジニアが泊まりに来たのだ。
長沼:「ちょうどエンジニアが舞い降りてきたんです。彼は『なんでもできるから言ってくれ』と言うので、写真をアップロードして簡単にカスタマイズできるシステムを作れる?と聞いたら『一週間で余裕だよ』と言われました」
ケーキを自分でカスタマイズできるサービス「PICTCAKE」はこうして生まれた。
長沼:「その後は彼に給料を払って仕事をしてもらうようになりました。この体験が一番テクノロジーのすごさを実感したタイミングでしたね。写真ケーキを提供しているお店は他にもありましたが、アプリ化までして、かつデザインにもこだわっているところは、まだない状態でしたから、どんどん売上は上がっていきました」
この後どんどん売上は増えていき、「PICTCAKE」専門店として舵を切ることになった。
「ブランド」に対する思想
「PICTCAKE」にフォーカスしたのには、写真ケーキの売上が伸びていたこともあるが、1ブランド1商品だけで展開するという考えが根底にはあるという。
現在、株式会社BAKEが展開しているブランドは、写真ケーキの「PICTCAKE」に加えて、チーズタルト専門店の「BAKE CHEESE TART」、シュークリーム専門店の「ZAKUZAKU」の3つ。チーズタルト専門店「BAKE CHEESE TART」は去年2月のルミネエスト新宿店を皮切りに、自由が丘、ルミネ大宮店の3店舗を、「ZAKUZAKU」はルミネエスト新宿店の1店舗を展開している。
長沼:「1ブランド、1商品だけ扱うことを心がけていて、展開している3ブランドは、まるで別の会社が運営しているようにしています。消費者にとって大事なのはブランドで、会社ではないため、ひとつひとつのブランドは明確に分かれているほうがいいと考えています」
この考えのもと、2014年から展開しているブランドは、順調に売上を伸ばし、現在、3ブランドで合計で年商10億円を超える規模にまで成長した。
テクノロジーとリアルのバランス
実店舗も展開しつつ、アプリを活用した宅配サービスも開発している株式会社BAKE。自分自身を、製菓業界とIT業界のどちらに軸足を置いていると認識しているのだろうか。
長沼:「製菓業界の中でITに強い会社、というよりは、洋菓子に特化しているITの会社という認識でやっていますね」
ITの会社としての意識が強ければ、テクノロジーへの感度も上がりやすく、他の洋菓子の会社に後れをとることはないだろう。ただ、ITの色を強く出しつつも、株式会社BAKEが大切にしていることがある。
長沼:「アプリを展開しつつも、実店舗もしっかりと運営することでバランスをとっています。私たちが扱っているのは洋菓子、だから、あくまでおいしさにこだわります。また、直接接客して、お客さんを目の前で見ることも大切です。ITに寄りすぎてはダメで、両方やってるからこその価値があると考えています」
業界をハックしていく動き
テクノロジーだけに偏らないように意識したうえで、元来の洋菓子屋としてのスピリットを持ちつつ、彼らはさまざまなことにチャレンジしている。
そのひとつと言えるのが、さまざまなテクノロジーサービスとのコラボレーションだ。配車アプリのUberと女子会応援キャンペーンを実施したり、渋谷にあるデジタルものづくりカフェ「FabCafe」とコラボして、「CAKE-A-THON(ケーカソン)」というケーキの未来を考えるハッカソンイベントを開催した。
FabCafeとコラボしたハッカソンイベントでは、Webやアプリの活用だけではなく、3Dプリンターやレーザーカッターなど、デジタルファブリケーションを活用したアイデアも歓迎したそうだ。
長沼:「私たちの理念として『テクノロジーをしっかり活用する』というものがあります。そのスタンスはどんどん外に出していきたいので、色んなテクノロジーとコラボすることでそれを伝えていきたいと思っています。社内でも新しい技術を取り入れていくことに積極的に取り組んでいて、実店舗でもレジアプリを導入するなど、お菓子屋さんではまだ前例がないことに挑戦しています」
次々と新しいことにチャレンジし、製菓業界に新しい風を吹き込んでいる株式会社BAKE。お菓子のスタートアップとして彼らが製菓業界と、IT業界にどのような影響を与えていくのか楽しみだ。
(モリジュンヤ)