東京大学の松尾豊氏に学ぶ。人工知能の進化でデザイナーやプログラマー、起業家の仕事はどう変わる?

IBMを筆頭に、Google、Facebook、国内ではドワンゴなど、テクノロジー業界を代表する企業が「人工知能」に関わる事業に本腰を入れ始め、その存在が私たちの身近なところに影響をおよぼす日がいよいよ近づきつつある昨今。

数年後、テクノロジー業界で働く私たちの仕事はどのように変化していくのか。仕事のどこまでを人間が担い、どこからが機械に取って代わるのか。そのときまでに私たちは何を備えればよいのか。人工知能の権威、東京大学准教授の松尾豊氏に話を聞いた。

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松尾豊氏。東京大学工学部電子情報工学科卒業。同大学院博士課程修了。人工知能とウェブ工学が専門分野で、人工知能学会では2012年から2年間編集委員長を務めた。ウェブに関する学術会議の中で最も権威の高い、ウェブ国際会議(World Wide Web Conference)では、Webマイニング部門のトラックチェアを務めた。現在は大学で、ウェブと人工知能、ビジネスモデルの研究を行っている。 ウェブの情報処理を人工知能を使って高度化すること、人工知能のブレークスルーをウェブデータを通じて検証することを目指している。

デザイナー、プログラマーの仕事はどう変わる?

–東京大学准教授の松尾先生がなぜシンガポールに。

「昨年(2014年)3月にシンガポール国立大学(NUS)の客員准教授に着任しまして、こちらでも研究や学生の指導を行っています。私が研究の拠点としてシンガポールを選んだのは、研究者で構成されるアカデミクスの分野と、事業家で構成されるビジネスの分野が密接に関わりあっていると感じたからです。

現代の情報社会以前の工業社会において、ビジネスの起こりは、大学で生まれた発明で特許を取得し、それが産業界に移転されるという線形のものでした。しかし情報社会に移行し、現在は大学だけでなく、研究機関や事業会社が入り混じり、ユーザーがほしいものをユーザーの要望に合わせて進化させていく非線形のものに変わりました。

これから国家が経済発展を遂げるためには、アカデミクスとビジネスの分野がより統合され、それぞれの分野の人材が交流し、ともにPDCAサイクルを回していく環境が必要です。シンガポールは国土が小さいため研究者と事業家の物理的な距離も近く、また、興味ドリブンで動く研究者と資本ドリブンで動く事業家が織り交ざりやすい国だと思っています。そこに魅力を感じています」

–これからの人工知能の進化と、それによって起こるテクノロジー業界で働く人に求められる専門性の変化は、なんだとお考えでしょうか?

「5年以内の短期においては、各分野でビッグデータ化、人工知能化が進み、特に法律や医療、会計、税務などの分野では急速に進むでしょう。5〜15年の中期においては、後述する『監視系業務』が不要になり、ルーティーンワークも人工知能が行うようになるはずです。15年以上の長期においては、人は上位か下位の2極化された仕事を担うようになるでしょう。

5年後から15年後には、人工知能は決められたルールに則さない異変に気づき、それを管理者に知らせることができるようになります。人工知能は、一度起こった異変を踏まえ、また新たな変数とそれに基づいた監視のルールを再構築しますので、異変を察知する精度はますます高まっていきます。それによって、オフィスにおける働き方が変わります。

実は今、我々がオフィスで行っている仕事の多くが『監視』と言えなくもありません。例えば、『会社のオフィスで上司が部下の近くに座って一緒に仕事をしている』この行為の主たる目的も監視なのかもしれません。しかし、人工知能の精度が高まり、この監視の部分を人間が担う必要がなくなれば、それぞれの働く場所にはこだわらなくて済むようになるでしょう」

–大企業でもリモートワークなどを実践する人たちがさらに増えるとお考えなのですね。一方、デザイン業界のような個人のクリエイティヴィティが求められる仕事においては、ますます個人の能力というものが重用視されるような気がするのですが。

「デザインをする過程で多くの試行錯誤をすることが可能で、より相応しい解決策がデータによってある程度導き出されてしまう仕事は、人工知能に置き換えられるかもしれません。

今は最適なデザインを行うための仮説立てを人間が行う必要がありますが、人工知能がデザインの特徴量(面積や色などをはじめとした、デザイン分析時に抽出する特徴となる要素)を生成し、自ら新しいデザインを作成することができるようになれば、まずは仮説検証のプロセスから置き換えられていくでしょう。広告のように、表示から効果検証までを速く行える領域においては、デザイナーが介在する余地はなくなっていくと思われます。

ファッションやウェブサイトのデザインも、試行錯誤しやすいですから当てはまるかもしれません。一方で、建築デザインのようにそのデザインが良かったのか、悪かったのかの評価に、比較的長い時間を要する領域においては、人工知能が人間に取って代わるのは難しいでしょう」

–プログラミングはいかがでしょうか。

「単純な作業、例えば『あるprint文に空白を追加するという作業を3回繰り返したら、同じ作業をすべての文に適用する』というようなことは、人工知能が行えるようになるでしょう。

また、人工知能に対して『こういう情報を集めてきてくれ』とリクエストができるようになれば、より多くの人がプログラミングをできるようになるでしょう。

これからも人が担っていくのは、ルールに則さない例外的なプログラム、もしくはコンピューターによる自動化ができないプログラム、より洗練されたプログラムを開発するという部分に限られてきます。

プログラミングは、それ自体が今後どのように変化するか、非常に興味深い分野です。つまり、人工知能自体もプログラミングによって作られていますから、『プログラミング』の定義が今後どのように階層化され、またその階層化が何に基づいて行われていくのかは、プログラマーが自分のキャリアについて考える上で注視していく必要があるでしょう」

「起業家」の仕事も、一部は代替可能?!

–新しいビジネスのアイデアを生み出す起業家のような仕事についてはいかがお考えでしょうか?

「そもそもアイデアというものは、何かと何かの組み合わせによって無限に生成することができます。これは人間よりも、むしろ人工知能が得意とすることでしょう。

起業家に求められる素質とは、それらの無数にあるアイデアの中から、どれが良さそうかを選び抜く力だと思います。そして、この能力を人工知能で再現するのは難しいでしょう。

起業家が『このアイデアはいける』と確信するのは、なぜこれまでそのアイデアが存在しなかったのか。もしくは存在していてもなぜうまくいかなかったのか。そしてユーザーがなぜそれを望んでいて、これまではそれが存在しないことに不満に感じながらも生活してこれたのか。そうした問いに対する整合性が取れたときだと思います。

私が接する機会のある優れた起業家、経営者に共通する特徴は、そうした問いに対するデータがない、もしくはものすごく少ない場合でも、うまい絞り込みができてしまうこと。そして、本人はそのことに気づいていない場合が多いです」

–優れた起業家というのは、例えばどなたが思い当たるでしょうか。

「ドワンゴの川上さんと、同社の人工知能研究所の取り組みでご一緒していますが、彼はよく『人のやっていないことをやれ』と言うんです。そう言われたら、普通の人は本当にどうでもいいようなことをやってしまうものです。

しかし川上さんは、わざわざあえて口にはしませんが、『(ちゃんと絞り込みがされた)人のやっていないことをやれ』と言っているのだと思います。競合は少ない方がいいですから。

将棋のプロ棋士も『良い手はいくつかしか見えない』と言いますよね。しかし、その “良い手” が絞り込まれて見えてくるまでが大変です。ですから、そこから先の話をされても普通の人には全く参考になりません。

川上さんに『どうして人のやっていないことに気づくことができたんですか?』と聞いても、『それぐらい分かるだろう』と言われてしまいます。彼のような人の思考は説明がしにくく、人工知能で再現することはもっと難しいです」

–テクノロジー業界の人の仕事を奪う可能性がある人工知能という技術を、テクノロジー業界の人が作っているということには皮肉を感じます。

「そうですか。人工知能は社会全体の生産性を上げるものですから、この分野にテクノロジー業界の起業家が取り組むのは自然な流れだと思います。ただ、人工知能はそれが影響を及ぼす範囲があまりにも広い。

産業革命期には、機械化が進むことで職を失うのではと危機感を抱いた人たちが機械を破壊する『ラッダイト運動』が起こりました。しかし、産業革命によって機械を整備するような新しい仕事が生まれ、彼らの生活の質も上がったわけです。人工知能もそう。富をどう再分配するかは重要な問題ですが、これは人間のあるべき進化だと思います。

よく誤解されるのが、人工知能が人間の想定を超える進化を遂げる『シンギュラリティ(技術的特異点)』という概念です。人工知能が特徴量を集めるということと、人類を支配するということは全く別の話。賢くて使いやすい道具を人間が手にするというのは、基本的に良いことです。

もしも現代が機械化する産業革命の前夜のような時代だとするならば、私たちはこれから到来する時代を前に、新たなビジネスチャンスや、これから自分に何ができるのかを考えることが大切だと思っています」

(岡徳之)