乗換案内norippaの開発者に聞く、あえて遠回りの経路を選ぶワケ

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長岡豪(ながおか・ごう) 1978年東京都生まれ。立教大学コミュニティ福祉学部コミュニティ福祉学科卒業。2002年ジョルダン株式会社入社。ユーザサポート業務、法人営業などを経て2008年より営業技術部にてiPhoneアプリの企画に携わる。2008年12月 iPhoneアプリ『乗換案内』、2009年9月Androidアプリ『乗換案内』をリリース。現在は営業技術部長として、スマートフォンアプリの企画運営およびユーザー投稿型サイト「ジョルダンライブ!」の企画運営などにも携わっている。

吉田康佑(よしだ・こうすけ)1987年福岡県生まれ。中央大学総合政策学部政策科学科卒業。2012年株式会社ドワンゴ入社。「ニコニコ動画モバイル」のエンジニアとして開発・保守業務を経験し、2013年より株式会社リクルートキャリアに企画職として入社。201310月リリースの iPhone/Androidアプリ『就活マネージャー byリクナビ2015』にPLとして携わり、20146iOS/Androidアプリ『就活マネージャー byリクナビ2016』をリリース。現在もスマートフォンアプリの企画者として、就活生向けサービスの提案やプロトタイプ開発に携わる。

 

 

ほとんどの人は電車の経路検索アプリを使ったことがあるだろう。仕事で、プライベートで、電車の経路を調べる機会は多い。当たり前だが、経路検索アプリは「最も短距離」で「乗換が少ない」経路を導き出すのが基本。ユーザーは最短経路を知るのに効率性を求めているからだ。

しかし、『乗換案内』でお馴染みのジョルダンが面白いアプリをリリースした。その名も『乗換案内norippa』。このアプリは経路検索アプリの常識を覆したと言っても過言ではない。なんと最短経路を探すのではなく、「指定した時間、できるだけ長く乗り続ける経路」を教えてくれるのである。

例えば、東京駅―有楽町駅を11時~12時のあいだ電車に乗り続ける経路を調べてみる。すると、東京駅から中央線で御茶ノ水駅まで行き、そこから各停に乗り換えて代々木駅まで行って山手線で有楽町駅に行く、という経路を導き出してくれるのだ。このように、あえて遠回りの経路を教えてくれる。

どのような経緯で、あえて遠回りの経路を導き出すアプリを作ったのか。今回はジョルダンの営業技術部長である長岡豪氏と、リクルートキャリアの吉田康佑氏にインタビューしてみた。

実はジョルダン社外で生まれたアイデアだった

――どのようにこのアプリを思いついたんでしょうか? あえて遠回りさせるという発想は、今までのジョルダンにはないものだと思いますが。

長岡:実はアイデア自体はリクルートキャリアの吉田康佑さんから聞きました。私自身はジョルダンのiOSやAndroidアプリや「ジョルダンライブ!」などを担当していまして、社内でも「新しいものに手を出しなさい」というポジションに居たんです。ちょうど新しいサービスとか、面白いアプリなどを作りたいところだったので、アイデアを聞いたときは「これだ!」と思いましたね。実は弊社はもともとはゲーム会社なんですね。なので、本当は「遊びたい会社」なんです(笑) 「あえてユーザーを遠回りさせる」というアプリのアイデアは弊社からは出てこなかったので、ぜひうちで実現したいと思いました。

吉田:もともとリクルートホールディングスの夏季インターンで、うちの部署(ネットビジネス推進室スマートデバイス開発グループ)にもインターン生が配属されたんですね。その時のメンターは、私を含め3名。インターン生たちには、就活生70万人の心を掴むサービスを考えてくださいというテーマを与えて、実際に企画を考えてもらいました。就活生って説明会と説明会の間に時間が空くじゃないですか。ですから、インターン生たちには「スキマ時間ってあるよね?」って聞いてみました。その時間をうまく潰せるアプリ企画をインターン生に考えてもらうことにしたんです。

もともとは就活生の暇な時間を潰すためのアプリだった

――ということは、乗換案内norippaのアイデアはもともとは就活生をターゲットとした中で生まれたということですか?

吉田:実はそうなんです。就活生って、時間を潰すためにカフェに入っているとお金がかかるじゃないですか。かといって公園のベンチだと寒いですし(笑) どうやったらそのスキマ時間を埋められるか考えてもらったんですね。そうしたら、ある子が「電車の中で過ごすのはどうでしょうか?」と言ってくれて。それがこのアイデアの発端です。

長岡:この話を聞いたとき、「これ(norippa)を実現するのは、弊社だろう」と思いました。そういうわけで、うちで開発を進めることになったんですね。

――このアプリがリリースされたのは2014年4月30日でしたが、リリース後、いくつかのウェブメディアにこのアプリが取り上げられました。その記事を見てみると、就活生というよりは社会人や電車が好きな人向けという取り上げられ方をしていた印象です。

吉田:例えば「まっすぐ家に帰りたくないビジネスマン」とかですね(笑) 開発の段階でも、就活生だけではなく社会人や電車好きにも刺さるといいですねという話はしていました。青春18きっぷを使って長旅をしてもらうのもいいですし、ゆっくり帰社したい営業の方に使ってもらうのもいいです。需要はいくらでもありそうだったのでとにかく面白いものを作りましょうと、長岡さんと話していました。

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――もともとジョルダンはゲーム会社だったと話されていましたが、norippaの案件に対してはどのような反応でしたか? 「久々に面白い案件が来た」のような反応はありましたか?

長岡:うちのエンジニアは真面目なタイプが多いので(笑) 最初のうちは「できる・できない」の話が多かったですね。でも、norippaを仕上げていくうちにそれぞれのこだわりの部分が出てきて、エンジニア各人が自分なりのやりがいを感じて動いているなという印象はありました。

――実際にnorippaに関わったエンジニアは何人ぐらいいたんですか?

長岡:実際に動いていたのは4~5人です。乗換案内のエンジンに関わっているエンジニアって、10人いないんですよ。あとはアプリ担当が1名という構成です。

「正しい遠回り」を作るなかで、経路検索エンジンの底力をみた

――経路検索のエンジンって複雑だと思うのですが、遠回りの経路を返すというのはさらに複雑になるのでは?

長岡:norippaを作るにあたって、やはり弊社のエンジンをさらに作りこんでいく必要があると感じました。経路検索アプリは「乗換の時間」「時刻表」「金額」といった様々な要素が出てくるので、そう簡単にはいきません。乗換案内の場合は「より早く着く」だとか「金額が安い」といった経路を返すエンジンだったので、norippaのために相当エンジンのほうは弄っています。

――norippaは「1時間遠回りする」という形で、無駄なく遠回りしなければなりませんよね。

長岡:乗換案内にはまったくない機能でしたので、かなり手探りではありました。ただ、内部的には基本的には検索のロジックを変えずに、まずは弊社のエンジンで経路を出していくつか候補を挙げて、そこに時刻表を当て込んでいくという形を取りました。実際やってみると、経路のほうを調整しても時刻表のほうが調整できていないと、指定した時間を超えてしまうとか、逆にもっと短く乗れてしまうとか、そういう事象が起きてしまいました。基本的なロジックの延長線上ではありますが、一度作ったら調整する、ということを繰り返しました。実際に遠回りの経路が出たときは、社内でも「おお」ってなりましたね(笑)

――開発で「これは大変だった」というところはありますか?

長岡:テストが大変でしたね。そもそも「正しい遠回り」とはどういう経路なのかがわからないので(笑) 鉄道に強いエンジニアを総動員して、「この経路はおかしい」とか「変なところを通っている」とかテストを何度も何度も繰り返しました。基本的には最短距離を広げていく形で遠回りの経路を作っていくので、経路は円形に近づいていきます。乗換案内の規則上、「できるだけ乗る電車は少なくする」「環状線は一周しないようにする」というルールがありますので、それに従って正しい遠回りに近づけていきました。実際に遠回りのルートがでると、デバッグ担当が感心していました。そこは自社エンジンの底力を見ました。これは弊社にとってかなりのメリットでしたね。

別に最短で移動しなくてもいい

――正しい遠回りというのは新しい概念ですね。

長岡:いままでの経路検索アプリだと、乗り過ごしてしまったり乗り換えに間に合わなかったりすることが「間違い」になってしまいます。でも、norippaの場合はむしろ「乗り過ごしてみましょう」という思想がありますよね。別に寝過ごしてもいい、乗り換えに間に合わなくてもいい、という。そこがポジティブな思考だと感じます。

吉田:普通は「何線の何号車に乗ると最短だ」、という非常に効率を優先するようになっているじゃないですか。それはある意味効率を求めるが故の息苦しさにもつながるわけで。だからこそ、norippaは面白いんですよ。「別に急がなくてもいいんじゃない?」という提案をしているわけですから。そこの面白さが理解されていくといいなと思います。

利便性の追求と新奇性との両立

アプリは便利で効率的なものが良い。これは路線検索アプリのように正確性を求めるものであればあるほど、その指向は強くなると思う。しかし、『乗換案内norippa』はもともと効率性を求めるアプリであるのにも関わらず、「あえて遠回りする」という新しい機能を搭載した。もちろん乗換案内のアプリ自体の正確性があってこそ成り立つものであることは間違いないが、アプリに新しさを見事に取り込んでいる好例と言える。「効率性を求めるアプリの中にも、まだまだ新しい機能の余地がある」ということを、『乗換案内norippa』は私たちに教えてくれているのである。

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(安斎慎平)