オールアバウトといえば、各分野の専門家による記事を中心としたメディアだ。ローンチは2001年で、光・IP通信網サービス「Bフレッツ」が提供を開始した年、まさにインターネットの黎明期だ。そんな老舗メディアがアプリをリリースしたという。いったいどんな内容のアプリをリリースしたのだろうか? また、どのような開発裏話があったのだろうか? それを伺うべく、オールアバウトアプリ開発チームにインタビューを行った。
リーダー:大井彩子
1982年神奈川県生まれ。2006年株式会社オールアバウト入社。Webマガジンの編集、広告制作を経験し、2012年より一年間カナダへ留学。復帰後、スマホサイトの運用とアプリ開発を行っている。
エンジニア:福田幹也
1990年北海道生まれ。2012年株式会社オールアバウト入社。広告系のシステムを中心に、オールアバウトのwebサービス開発に携わり、2014年4月から現在のスマホアプリの開発を行っている。
エンジニア:鶴貝和樹
1983年生まれ。2008年システム開発会社に入社。Web/Androidアプリの立ち上げ・開発・運用に携わる。2014年6月、株式会社オールアバウトに入社、スマホアプリ開発チームに合流。
ディレクター:辻孝次
1982年愛知県生まれ。TV局番組連動のゲーム・モバイルコンテンツ、飲料メーカーのモバイル連動キャンペーンを企画・運営。新規事業、スマホアプリ、Webサービスの企画・運営に携わり、2013年12月よりオールアバウトのスマホグループに参画。
個性の光るカフェに出会える場を提供するアプリ
――今回リリースされたアプリ「CafeSnap」の概要と企画に至った経緯を教えてください。
大井:コンセプトは「個性の光るカフェを検索できるアプリ」で、女性を主なターゲットとした、個人経営の店舗を中心に紹介するカフェアプリです。お出かけ前に、テレビや雑誌でカフェの情報を探してあっても、街でふと「この近所の、素敵なカフェに入りたい」と思い立ったとき、あらかじめ探してあったカフェの情報を、外出先ですぐにまとめて見ることができませんよね。
また、スマホの操作に慣れていない女性ユーザーが、スマホでカフェを探すのに、平均で30分もかかっているというデータもあり、なかなかカフェ情報にたどり着くのが難しい現状があります。
そのような背景から、「個性の光るカフェを検索できるアプリ」を開発しようと思い立ちました。
――オールアバウトならではの特徴はどんなところでしょうか?
大井:オールアバウトのカフェガイドである川口葉子さんに、「個性があるカフェ」と認定されたカフェのみを掲載しているのが1つ目のポイントです。川口さんはオールアバウトのカフェガイドを8年務めており、斯界では有名な方です。そのため雑誌やWebでの取材掲載を断るカフェのなかには「川口さんに推薦してもらえるのであれば」と、参加表明してくださる店舗もあります。
2つ目のポイントは検索機能です。現在地から探せる機能はもちろんですが、例えば「ゆったりとしたソファがある」とか「ラテ・アートがある」といった、13項目の特色からカフェを探せます。条件によって出てくるお店が全然違うので、アプリ自体が「いろいろなカフェと出会える場」になるのではないかと思っています。
また、アプリのユーザーもカフェ店舗スタッフも写真を投稿できるという点もメリットですね。ユーザーや店舗側が投稿した店内風景や飲み物などの写真は、新着タイムラインに流れてきます。
「イントラプレナー(社内起業家)」として社内の上司を説得していった
――この企画に関しては、大井さんが発案して、社内を説得されたということで、中心的役割を果たしたと伺いましたが、スマホアプリを作りたいと社内で提案したとき、上司や周囲の反応はいかがでしたか?
大井:「新しいサービスを開発する」という点に関しては理解のある会社なのですが、懸念点として挙げられたのは「マネタイズ」の部分でした。業界全体としてWebサービスのマネタイズが厳しく、アプリ開発をこれまでやってこなかったなかで、どうやってマネタイズしていくのかという点を何度も検証しました。
――マネタイズの問題はどのように解決していったのでしょうか?
大井:他社の有料会員コンテンツの事例を参考にしました。また「CafeSnap」ならではのマネタイズという観点では、「CafeSnapパスポート」というユーザー課金の仕組みを視野に入れています。これは、アプリ内で発行するパスポートをカフェで提示すると、コーヒーが割引価格で楽しめるといった特典が受けられるものです。懸念するマネタイズ面の問題について似たサービスの事例などを参考に、「イントラプレナー」のような役目で、上司を説得していきました。
カフェ側が抱える悩みとカフェを探すユーザーの悩みが一致
――アプリの企画ではユーザーの分析が必要だと思いますが、具体的にどのような方法でターゲットを割り出していったんですか?
大井:弊社が最初に出すアプリとして、どんな可能性があるのかを半年ほど考えていました。例えば昨年から今年にかけてキュレーションアプリが流行っていたので、その方向で行くべきなのか、「LINE」がなぜ、マスにリーチできているのかなども研究しました。
私たちの周囲の人には、ITリテラシーの高い人が多いので、つい、その基準でサービスやターゲットを考えてしまいます。そこで私たちは、そこまでITリテラシーが高くないユーザーはどんなアプリをダウンロードしているのかを知るために、いろいろな人のiPhone画面を画面キャプチャで集めて分析しました。
――実際にアプリを作る前にヒアリングは行ったのでしょうか?
大井:メインターゲットとなるユーザーはもちろん、5店舗ほどに「個人経営のカフェが抱える課題」などについてヒアリングを実施しました。その結果から、やはり、「新規顧客獲得」と「リピーターを増やすこと」が課題だとわかりました。また、コンビニやマクドナルドなどがプレミアムコーヒーの販売を始めたことや、大手チェーンの出店ラッシュで「お客さんがそちらに流れてしまっている」という話が多く聞かれました。「個性のあるカフェ」に行きたいけれど、うまくみつけだせない顧客と、お店側のマッチングがうまく機能していないとわかったんです。
—そこでカフェアプリ開発の意義を見いだせたということなんですね。ディレクターである辻さんはどのように関わられたのですか?
辻:このフェーズでは、企画者である大井に「なぜカフェアプリなのか?」という根本的な点も、さまざまな角度から質問しました。「カフェアプリを作りたい」という思いだけではなく、どこまで理論的に考え抜かれているのかが気になったからです。発案者である大井の問題意識を深く掘り下げることで、「ユーザーがお金を払ってでも受けたくなるサービスなのか?」を探り、言語化していくことで、共通のビジョンを作っていく役割を担っていたように思います。
「あったらうれしいけどなくてもいい」機能はなくす
――開発チームができたのはいつごろでしたか? そして開発自体は全体でどのくらいの期間がかかりましたか?
大井:社内でスマホチームができたのが2013年の10月でした。その年の年末から年始に議論をして、今年の1月くらいに「まずは何か作ってみよう」という話になりました。やはり経験がないなかで考えてばかりもいられないので、取りあえずエンジニアを交えて開発することになったんです。開発部隊の2人が合流して、編集側と開発側の混成チームになったのが4月ごろでした。
――エンジニアの福田さんから見た、今回のスマホアプリ開発はいかがでしたか?
福田:エンジニアが動き出したのは5月くらいです。最初のUIを組み立てるところから取り組んだんですが、社内にはスマホアプリのデザイナーがいませんでした。そこで、エンジニアと企画でUIやUX設計もやることになったのですが、誰も知識がなかったので、かなりの部分を、手探りで進めなければなりませんでした。私は弊社で2年間ずっとWeb側の開発をしていたので、Webとネイティブアプリの違いに気づかされました。
辻:4月に社内で席替えがあったんですが、製作のやりやすさを考えて我々スマホチームは席を近づけてほしいと断固として主張しました。「アプリ開発チームは席を近くに集めてください」と。
福田:実は弊社では、開発チームと編集チームの席が離れているんですね。社内の文化としても、やり取りはメールだったり、それぞれの席まで出向いて話をしたりが主流でした。しかしそれではアプリを作るチームとしては効率が悪いし、無駄な会議が増えますので、まずはアプリ開発チームだけでも席を近づけることで、緊密なコミュニケーションを図れるようにしました。結果として開発のスピードを速めることにつながったと思います。
――デザイナーがいない環境でアプリ開発をしていくのは、まさに試行錯誤だったのでは?
辻:実はUIを3回作り直しているんです。ユーザーインタビューの際に「こういう設計がいいんじゃないか」というざっくりとした指摘があって、グルメ系のアプリなどを参考にして作ったんですが、ユーザー検証をしたら全然ダメで(笑)。発案者である大井が、思いの強さから機能をたくさん盛り込んでしまって、UIに取り入れる項目がどんどん多くなってしまったんです。余計な機能があると、ユーザーに迷いが生じるんですよ。
大井:検証などを受けて「あったらうれしいけどなくてもいい機能」はなくす、というシンプルな判断基準に方向転換しました。最初、辻のほうからそうした旨の指摘をされて「適当なこと言わないでよ」と思ったんですが(笑)。私は編集のキャリアが長く、「細かい情報を正しく伝えたい」という気持ちが強かったものですから、機能を細分化して、提案してしまっていたんですね。
辻:そのような壁にぶち当たるたび、夜遅くまで4人で話し合いましたね。そして新しいUIを作ることになったんです。モックを作るアプリで画像だけを作って、またユーザー検証をしたんですが、またダメで。再度、話し合いということになり…。ホワイトボードに書き出して、ああでもないこうでもない…と。検索の部分に関して言えば、4~5回は作り直していると思います。
新サービスを成功事例にして、変革の足がかりにしたい
――もう一人のエンジニアである鶴貝さんから見て、オールアバウトの印象はいかがですか?
鶴貝:今年の6月に入社して、仕事を進めていくなかで思ったのは、オールアバウトが変革期を迎えているのではないかということです。開発のフレームワークもそうですが、ちょうど「入れ替えよう」「iPhoneアプリを開発しよう」というタイミングで僕が入社して、ゼロからビジネスを始められる段階にジョインできたのは大きいですね。
――Webを中心に展開してきたオールアバウトがアプリを開発するということは、時代の変化を感じますね。
大井:オールアバウトを閲覧するユーザーの端末もPCからスマホに移行しています。そういったインターネット業界全般のトレンドを見て、スマホを基点としたサービスを展開していきたいという思いがあります。その一環としてスマホアプリを提案しました。
鶴貝の言うとおり、今、弊社内でも「変わらなきゃ」という動きが起きています。やはり14年も続いているメディアなので、時代に沿わない部分が少しずつ出てきています。今まで成功している部分は続けて、変えるべき部分は変えていく。この動きの先行事例として、私たちのアプリ開発チームが良いロールモデルを作れたらいいなと思っています。
(安齋慎平)