7月24日、東京高裁の林道晴長官が、岡口基一判事の懲戒を申し立てた。この申し立ては、根拠が薄弱な上に、裁判所内でのハラスメントが疑われる。「一判事の懲戒」というにとどまらず、表現の自由など、憲法価値の観点からも検討すべき問題だ。
申し立ての理由は次のようなものだ。岡口判事はツイッターで、犬の所有権を巡って争われた民事訴訟のニュースを紹介した。具体的には、「公園に放置されていた犬を保護し育てていたら、3カ月くらいたって、もとの飼い主が名乗り出てきて、『返してください』、『え? あなた? この犬を捨てたんでしょ? 3カ月も放置しておきながら…』、裁判の結果は…」との記載と共に、元の所有者が勝訴したニュース記事へのリンクを付した。
林長官は、このツイートが「犬の所有権が認められた当事者(もとの飼い主)の感情を傷つけ」るから、裁判所法49条にいう「品位を辱める行状」に該当し、懲戒理由になると主張する。
確かに、このツイートは、「この犬を捨てたんでしょ? 3カ月も放置して」と、もとの飼い主に対して疑問を投げかけている。しかし、これは新たな飼い主の主張を要約したものにすぎない。また、「裁判の行方は…」と、裁判所による公平な判断があることを示している。ツイートを読んだ人は、もとの飼い主の側にも、犬と離れざるを得なかった事情があり、裁判ではそれが主張されているであろうことを容易に想像できるはずだ。
つまり、このツイートは、もとの飼い主を揶揄(やゆ)したり批判したりするものではなく、それを読む人に対し、もとの飼い主への否定的評価を示す内容では必ずしもない。このツイートにより、懲戒が必要なほどに当事者の感情が害されたと認定するのは無理だろう。
もっと言えば、この程度の発言で懲戒処分となるのであれば、もはや、裁判官は、裁判例を紹介するエッセーや論文を書けなくなるだろう。一方の当事者の主張を紹介するだけで、懲戒対象となってしまうからだ。これは、あまりに非常識な帰結だ。
なぜ、高裁はこれほどひどい申し立てをしたのか。高裁は、過去にも、岡口判事のツイッターへの投稿に注意を出してきた。また、岡口判事は、申し立てに先立ち、林長官から、ツイッターを止めないなら分限裁判にかけて判事を辞めさせる、と脅されたと主張している。それが事実なら、今回の申し立ては、犬の飼い主の感情の保護ではなく、岡口判事のツイッターを止めさせるためのハラスメントだと理解すべきではないか。
もちろん、職務上の秘密を暴露したり、訴訟当事者の名誉を毀損(きそん)したりした判事には、懲戒処分が必要だ。しかし、今回のツイートにそうした悪質性はない。むしろ、さしたる根拠もなく、ツイッターを全てやめさせるためにハラスメントをしたとすれば、表現の自由の侵害だ。
判事も一人の個人であり、人権がある。表現の自由を侵害する脅迫や懲戒申し立てことこそが、裁判官の「品位を辱める行状」ではないか。今回、懲戒処分を受けるべきは、岡口判事ではなく、林長官ではないだろうか。(首都大学東京教授、憲法学者)