そこで、氏らはホンソメワケベラで実験してみた。人間の指の長さほどしかない小さな魚で、インド洋と太平洋の温暖で浅い岩礁に広く分布している。自分よりもはるかに大きな魚の角質や粘液、寄生虫を取り除いてくれる掃除屋として知られている。(参考記事:「サンゴ礁の掃除魚、“制服”で存在示す」)
ホンソメワケベラには、ほかの魚と比べて高い思考力があると考えられている。できるだけたくさんエサを得るために、あの手この手で「お客さん」を満足させつつ、相手をうまく操る。数百もの異なる生物を見分けて、それぞれとの関係を記憶しているかのような行動も見せる。(参考記事:「【動画】おねだりしあうエビと魚、微笑ましい光景」)
「椅子から転げ落ちるほど驚きました」
幸田氏の研究チームは、野生で捕獲した10匹のホンソメワケベラを、鏡のある水槽に1匹ずつ入れた。ほとんどの個体は、最初鏡に映った自分の姿を見て、口を大きく開けて激しく反応した。自分の縄張りにほかのホンソメワケベラがいると思ったようだ。
しかし、次第に行動に興味深い変化が現れ始めた。背泳ぎしながら鏡に近寄ってみたり、鏡めがけて突進し、直前で急停止してみたり、いつもとは違う行動を見せるようになった。この段階では、鏡の像と自分の動きが同じかどうかを確かめていて、恐らく、仲間のホンソメワケベラではなく自分自身を見ていることに気づき始めているころだろうと、研究者らは説明する。
いったん鏡に慣れさせたら、次に魚には害のない茶色のジェルを、8匹の皮下に注入した。喉など、鏡を見なければ自分では見られない部分にも注入した。すると魚は、鏡に映った姿を見て、マークがあるのに気づくと、寄生虫がついていると思ったのか、近くにある物の表面にその部分をこすりつけて落とそうとするような行動を見せた。(参考記事:「掃除魚のオスは違反者のメスを罰する」)
注目すべきは、鏡があって、マークに色がついていたときだけ喉をこすったという点だ。透明のマークを注入された魚はこすり落とそうとしなかった。また、鏡のない水槽にいた魚も、色のついたマークを注入されてもこすり落とそうとしなかった。鏡の中でマークが見えた魚だけが、こすり落とすような行動を見せたのである。つまり、鏡の中の魚は自分自身であると認知しているということだ。これを見た幸田氏は、仰天したという。(参考記事:「【動画】アライグマが有名な知能テストに「合格」」)
「マークのついた喉をこすりつけている動画を初めて見たときは、椅子から転げ落ちるほど驚きました」
さらに、魚たちは喉をこすった後も鏡を確認していた。マークのついた部分が良く見えるように自分の体の向きを変えて、「寄生虫」を落とせたかどうかを確認しているようだった。
とりあえずの合格
ホンソメワケベラの行動と認知能力を研究するスイス、ヌーシャテル大学の生物学者レドゥアン・ブシャリ氏は、今回の研究を称賛し、鏡の前で見せたホンソメワケベラの行動は極めて珍しいと語った。
「背泳ぎしたり喉をこすったりしているところは、これまで私も見たことがありません。明らかに、鏡の存在に密接に関係した新しい行動です」。なお、同氏はこの研究に関与していない。