2018.9.13

三鷹の住宅街に店を構える無人古本屋 BOOK ROAD「お客さんに愛され続ける本屋は本を“売らない”」

昔ながらの本屋が次々と廃業に追いやられる中、最近は個人が営む小さな本屋が増加傾向にあるのだそうで、東京・三鷹エリアの住宅街にひっそりと店を構える無人古本屋「BOOK ROAD」もその一つです。
著者:高橋 将人
ハタチを過ぎてから初めて自分が方向音痴だと気付いたものの、最近は遠回りばっかりの人生もそんなに悪くないんじゃないかと開き直っている。
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昔ながらの本屋が次々と廃業に追いやられる中、最近は個人が営む小さな本屋が増加傾向にあるのだそうで、東京・三鷹エリアの住宅街にひっそりと店を構える無人古本屋「BOOK ROAD」もその一つです。

BOOK ROADの店主である中西功さんにお話を伺ったところ、本の無人販売という営業形態は田舎でよく見かける野菜の無人販売所を本屋に応用したものだと言います。

会計は店内に設置されているガチャガチャで行う。

カプセルの中にはビニール袋が入っていて、購入した本はその袋に入れて持ち帰る

この無人販売所という仕組みは世界でもっともコストの低い流通形態だといっても過言ではありませんが、一方でこのシステムは販売者と購入者との間にある信頼の上に成り立つものです。

それは言い換えれば、お客さんが代金をごまかしたり、代金を払うことなく商品を持ち帰ることもできるという極めて不安定なビジネス形態の一つだとも言えるでしょう。

それにも関わらず三鷹エリアで無人本屋をオープンさせた中西さんは、お店を利用するお客さんを信用した上で「街の本棚」を作りたいと語りました。

無人店舗だからこそ店内の秩序が保たれる「置き手紙でやり取りすることでお客さんの負の感情が浄化される」

「私は本屋というよりも、半公共施設のようなものを作りたかったんです。営業をかけるわけではないから、お客さんが会社の帰り道にパッと入って、立ち読みしていけるような場所を作りたかった。」

「無人という営業スタイルを始めたのは私自身がサラリーマンで、常に店にいられないことも理由の一つとしてあるのですが、一番大きいのはこの場所を開かれた公共空間にしたかったからなんです。」

「店を始める前に知り合いの本屋さんに相談に行ったときに聞いた話なのですが、やっぱりお店側としてはお客さんが何も買わずに店を出るとちょっと嫌な気持ちになるんですよね。」

「それにお客さんも何か買わないといけないという強迫観念に駆られてしまうと思ったんです。だから、買っても買わなくてもいいような完全に開かれた空間を作りたかったんです。」

無人古本屋BOOK ROADのオーナー、中西功さん

すべての人に開かれた場所を作るというコンセプト自体は非常に興味深いものの、一方でお店に不特定多数の人々が常に出入りするとなると、店の秩序を保つことは簡単ではないように感じます。

しかし実際のところ、店が荒らされるといった被害はオープンしてからの5年間で一度も起きていないのだそうです。

それどころか、ゴミが散らかっていたり、精算機が故障しているとわざわざ連絡してくれる人がいたり、あるいは「今日はお金が足りないから本を予約させて欲しい」といった旨の手書きメモが残されていることが本当に多いと言います。

お客さんが手書きのメモを置いていく。取材当日は、本を寄付したお客さんが残したメモを中西さんが嬉しそうに読んでいた。

このことに関して中西さんは、無人販売所だからこそお客さんが考えてお店を利用してくれるのだと言い、さらに置き手紙の文化が店の秩序を保っているとして次のように述べていました。

「お客さんとのコミュニケーションは置き手紙を介することが多いのですが、コミュニケーションの時間軸が違うんですよ。」

「店に人がいたら『この本ないんだけど、なんで!?』みたいに怒って、その場で解決するじゃないですか。でもこの店には、怒る相手がいない。だから手紙を書いて置いておくしかない。」

「紙に自分が思ったことを書き記そうと思ったら、まずは自分の中で咀嚼して何を伝えるべきかを考えると思うのですが、その過程で負の感情が浄化されていくと思うんです。」

「だからこそ、『これないんだけど!?』という言葉も、紙に書くと『これありますか?』に変わると思うんです。」

コミュニケーションにタイムラグがあるからこそ、お客さんが節度を持って店に接してくれるという考え方は、即時返信が当たり前のインターネット上でのやりとりが過激になってしまうことを考えれば十分納得がいきます。

中西さんによると、これまでにネガティブな意見を受けたことはほとんどなく、むしろポジティブな意見の方が圧倒的に多いとしてこのように語ります。

「ネガティブな意見は全くと言って良いほどなくて、むしろ応援してくださる方の方が多いですね。やっぱり不便だからこそお客さんはそれぞれ考えて使ってくれるんです。」

「人間で例えるとちょっと頼りない人みたいな感じですかね。地域の人にとって『助けたいと思う店』と言いますか。だから、無人なのにメチャクチャ人間味がある店なんですよ!」

さらに本に関しても、この店はお客さんからの本の寄付によって成り立っているのだそうで、「ブックオフに売っても大した金額にならないから」と本を置いていってくれるお客さんが多いと言います。

このことに関して中西さんはBOOK ROADという店は、地域住民が店を支えるという構図になっていると言い、店としてのある種の「頼りなさ」がお客さんの協力や参加を促し、それが結果的に店を支えることに繋がっているようです。

BOOK ROADでは仕入れは行わず、基本的にお客さんから寄付して頂いた本を販売している。

店の前は人通りが多く、地元の人たちが店を見守ってくれている

そういった意味では、地域住民にとって「守らなくてはならない店」という立ち位置を獲得したBOOK ROADは確かに街の本棚としての役割を担っていると言えるのでしょう。

大手書店がどんどん閉店する中、個人が営む本屋が増えるワケ「本屋は本を売る場所から、『考え方』を売る場所へ」

青山ブックセンター六本木店が閉店したというニュースはまだ我々の記憶に新しいですが、これはある意味、「本を買う場所」として本屋がもう成り立たないことを端的に示しているように感じます。

こうして本屋が次々と閉店に追い込まれる中、中西さんは本屋の役割が本を売買する場所から「自分の考えを伝える場所」に変化してきているとして次のように述べていました。

「◯◯会社に勤めていると言っても、その人がどんな人なのかは分かりませんよね。しかし、自分の店を持つことで初めて自分が何者かを示す名刺ができたんです。」

「私は本が好きだから本を売るのではないんです。品揃えでは絶対にネットには勝てないし、そもそもそこで勝負する気もない。本を売るにはどうすればよいか考えて、その考えを広める場としてBOOK ROADを始めたんです。」

本棚に置かれている植物。植物は環境によって自分自身を最適化するのだそうで、そんな店になって欲しいとの中西さんの想いが込められている。

これまで店という場所は商品を購入する場としての役割を果たしていましたが、ネットでの買い物が普及するにつれて店舗で何かモノを買うことの意義は見出しにくくなってきています。

そういった意味において、今後の店舗のあり方というのは単に商品を販売するのではなく、BOOK ROADのような「考え方を伝える場」に変化していくのでしょう。

実際、中西さんの考え方は確実にBOOK ROADを利用するお客さんに伝わっているとしてこのように述べていました。

「ここに寄付される本を見ると、どんな人が利用しているのかがよく分かるんです。BOOK ROADでは建築とかコミュニティ関係の本を寄付してくださるお客さんが多くて、たぶんコミュニティの場として、この店を使ってくれているんだと思います。」

「それにお客さんの中には『欲しい本はありませんでしたが、この店のシステムが気に入ったので500円払いました』なんて方もいらっしゃって、似たような価値観を持った人が集まってきているのだな、と感じています。」

寄付された本を見るとどんな人が店を利用しているかが分かる。どうやら、ここにはBOOK ROADと似た価値観を持った人が集まるようだ。

BOOK ROADには看板が設置されていないため、外からは店なのかどうかすら分かりにくい構造になっているのですが、中西さんは意図的にそうしていると言います。

「BOOK ROADはすべての人に開かれた公共空間としての本屋です。しかし、とは言え、その中でも興味を示してくれる方に利用して頂きたいというのが正直な気持ちです。」

「それに、ネットでもそうですけれど、広告をばらまいて集まってくるお客さんって本当に良いお客さんなんでしょうか。それよりも、しっかりと調べてくれる人、わざわざ三鷹まで足を運んでくれるお客さんを大切にしたいですね。」

本屋が減り続ける今日において、お客さんに愛され続ける本屋が売っているのは本ではなく、「店主の考え方」なのだと感じます。

 

【取材協力】

無人古本屋 BOOK ROAD 中西功

【アクセス】

東京都武蔵野市西久保2-14-6

三鷹駅から徒歩で約10分

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