幼少期より将棋一筋で生きてきた“しょったん”こと瀬川晶司(松田龍平)は、プロ棋士の登竜門である新進棋士奨励会に入会する。しかし、「26歳の誕生日までに四段昇格」という規定への重圧から勝てなくなり、年齢制限により退会する。途方もない絶望と挫折感を味わう晶司だったが、親友の鈴木悠野(野田洋次郎)や家族など周囲の人々に支えられ、夢をかなえるため再び立ちあがる。
2018年、映画館での27作目。
平日の夕方の回で、観客は僕ひとりで、久々の「おひとりさま上映会」でした。
映画って、どんな時間のどんな作品でも、案外、ひとりっきりになることはないんですけどね。
しかも、けっこう良い作品なのに……
最近、将棋を扱った映画って多いですよね。
奨励会で三段リーグにまで到達しながら、プロ棋士への最後にして最大の壁を突破できず、年齢制限で退会したのちに、アマチュア名人からプロ編入試験を受けた瀬川晶司さんの実話を基にした物語。
僕はこの物語の「結末」を知っているし、原作も読んだ記憶があります。
一部、演出が加えられているところもあるけれど(個人的には、瀬川さんが三段リーグで労せず勝てる場面で、あえてそうしなかったシーンは、「もしフィクションだったら、こんな噓は描いてほしくないな」と思いました)、ほとんどが事実を淡々と辿っていくだけのストーリーなのですが、最後のほう、僕は観客席で涙を流していました。
瀬川晶司さんを演じている松田龍平さんが、すごく良いんですよ。
こういうドラマって、やっぱり、感情の起伏をわかりやすく出したくなるのではないかと思うのです。
ところが、奨励会で年齢制限に怯えながら闘っているあいだも、プロ棋士になるという夢が破れて、ニートから大学に入り、就職するときも、松田龍平さんが演じている瀬川さんは、淡々としているのです。
「プロ棋士になれなくても、どうってことないんだよ」とでも、何かに対してアピールするかのように。
逆にいえば、そこで、「這いつくばってでも、友達を失うような将棋を指しても」勝とうという覚悟が、瀬川さんにはなかったのかもしれません。
あるいは、自分が勝つことで相手を傷つけたり、勝った相手の夢を託されてしまったりすることの重さを心のどこかで避けようとしていたのではなかろうか。
この映画、将棋に興味がなくても、いま、何かを目指している人、とくに若い人たちに、観てもらいたい。
人って、なんで「ここでがんばらなきゃいけない」と自分でもわかっているはずのところで、頑張るよりも、逃げたり、手を抜いたりすることを選んでしまうのだろう。
そして、そうなることがわかりきっていたのに、後で、「あのとき、なんでもっとがんばらなかったのか?」と自分を責めるのだろう。
人間、「がんばる」のには理由があっても、「がんばらない」のには理由はなくて、ちょっと気分転換しているうちに、時間が過ぎていく。
なぜ、瀬川晶司という人は、奨励会を退会したあと、強くなることができたのか?
瀬川さんは、退会によって、年齢制限や勝たなくてはならないことのプレッシャーから解放されたおかげで強くなったのかもしれないし、一度離れたことで、将棋を指すことそのものを楽しめるようになったのかもしれない。
あらためて考えてみると、答えはこの映画のなかにちゃんと提示されているのです。
まだ子どもだった彼らは、一局の将棋を勝った、負けただけで終わらせず、対局後に、勝敗の分岐点となった指し手や、そこでどうすれば勝利に近づけたのか、を対局者どうしで分析しあう「感想戦」という習わしを知ることによって、劇的に強くなっていったそうです。
瀬川さんは、奨励会で挫折したあと、家族に起こった悲劇や旧友との再会もあって、それまでの人生の「感想戦」を行ったのです。
自分がなぜうまくいかなかったのか、どうするべきだったのかに、率直に向き合った。
もちろん、その時点では、プロ編入試験なんて想像もつかなかったと思います。
それでも、瀬川さんは、プロ棋士になれなくても、きっと、何かの道で充実感を味わうことができたのではなかろうか。
失敗しない人はいないし、失敗から学べることって、本当にたくさんあるから。
でも、「負けて悔しい」とか「残念」で終わっては、ただの失敗でしかない。
僕は当時、瀬川さんのプロ編入を知って感動したのだけれど、その一方で、「将棋で食べていけるのは良いとしても、瀬川さんがこれから名人位に就いたりタイトル戦に登場するのは難しいだろう」とも思っていました。
そういうトップクラスの棋士たちは、奨励会の年齢制限に悩む間もなく飛び越えていくものだから。
瀬川さんは、自分の棋力もわかっていたはずで、安定した生活を捨てて、「中途半端なプロ」になるのは、そんなに魅力的だったのかな、と疑問でもあったのです。
でも、この映画をみて、ようやくわかったような気がします。
瀬川さんは、「夢」をかなえる、というより、自分がうまくいかなかった理由がようやくわかって、それをプロ編入試験で検証することによって、自分の人生に落とし前をつけたかったのだろうな、って。
世の中のほとんどの人は、「ここで頑張らないと後がない」と知りながら、つい自分を甘やかしてしまうし、失敗なんて思い出すのがつらいから人生の感想戦なんてやらないし、再チャレンジの機会を見つけることもできない。
瀬川さんも、どちらかというと「周りに流されてしまうタイプの人間」のように、この映画をみていて感じました。
それは、やさしさでもあるし、弱さでもある。
だからこそ、瀬川さんが報われたことに、多くの人が喜んだのです。
この映画を観終えたあと、僕は瀬川さんの「その後」をネットで調べずにはいられませんでした。
瀬川さんは、プロ棋士になったあと、フリークラスから順位戦の最低ランクに昇級したあとは、ずっとそこに在籍しています。大きく勝ち越すことも負け越すこともないまま、プロ棋士を続けているのですが、瀬川さんは、ずっと、自分の経験から、将棋界のプロとアマチュアの交流のための活動をしていたり、将棋の普及に力をいれたプロ棋士生活をおくっているとのことでした。
もちろん、プロであれば、勝負の世界であれば、名人や竜王などのタイトルを目指すのが「王道」です。
でも、瀬川さんは、それとは違う「プロ棋士にしかできないこと」をやり続けています。
本当に「素っ気ない映画」なんですよ。
その「素っ気なさ」にこそ、「生きることの軽さと重さ」が詰まっている。
だからこそ、肩肘張らずに、身構えずに、さらっと観てほしい。
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