東大卒・ゲームで生計を立てる男が語る、プロゲーマーの実態

「ゲームをプレイして飯を食う」と聞いても、ピンと来る読者は多くないかもしれない。“プロゲーマー”という職業は一体どのようにして成立しているのか、そもそもゲームだけでどのくらい稼げるのかーー。

プロの対戦格闘ゲーマーとして活動する「ときど」こと、谷口一氏が2月4日、埼玉・川口市立映像・情報メディアセンター「メディアセブン」でトークイベントを開催。プロゲーマーの実態について語った。

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“ときど”のプレイヤーネームで活動する谷口一氏。この日は格闘ゲームのプロシーンを中心に、その実態を語った

そもそも、プロゲーマーって何?

「ときど」こと谷口一氏は、1985年生まれの30歳。「遊びといえばテレビゲームかミニ四駆」という幼少期を過ごした。

中学・高校時代は部活動に替わってゲームセンターに出入りするようになる。「部活動で身につけるような上下関係は、ゲームで関わった人たちのコミュニティの中で学びました」と話すほど、格闘ゲーム漬けの日々を送った。東大卒業後はプロゲーマーの道を選び、現在に至る。

そもそも、プロゲーマーとはどのような職業なのか。

現在、世界中ではゲームの勝敗を競う大会が開催されており、ときど氏はこのフィールドで戦っている。そこで存在感を出せる強豪プレイヤーには企業が広告塔としての価値を見出し、スポンサード契約をする流れが確立している。一般的なプロスポーツプレイヤーに近い仕組みになりつつあるのだ。

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国内外で活躍するプロゲーマーたち

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スライド右下のゲームは、オンラインでチームを組んで戦うPC用のタイトル(League of Legends)。世界的に非常に高い人気があり、賞金総額数億円を超える大会も開かれている。

プロゲーマーが闘うゲームのジャンルは様々だが、ときど氏が主戦場とするのは「対戦格闘ゲーム」。自分の分身となるキャラクターを選んで戦い、相手と1対1で勝負する。1試合につき3分程度で決着がつくので、時間のない人でも比較的気軽に遊べるのが特徴だ。

「『この距離なら今、相手はジャブを狙ってるんじゃないか』『ならこちらはジャブをかわしてカウンターでフックを決めよう』という駆け引きをリアルタイムで行います。対人の面白いところは、たとえ今日勝ったとしても、次の日には相手が対策をしてくるところ。こちらはその対策も考えないといけない。この辺の駆け引きも、格闘ゲームの醍醐味です」

対戦格闘ゲームの名作「ストリートファイター2」

対戦格闘ゲームの名作「ストリートファイター2」

格闘ゲームに興味が無い人にも魅力がよく伝わると、ときど氏が紹介したのが、「背水の逆転劇」として今でも語り草になっている動画。画面左の男性キャラクター(Ken)を操作する、日本のトッププレイヤーである梅原大吾選手が、米国のトッププレーヤーであるJustin Wong選手に勝利したシーンだ。

「あと1回でもまともに攻撃を受けたら負けてしまう瀬戸際まで追い詰められたところで、梅原選手は相手の攻撃を上手くいなして、見事逆転勝利を勝ち取りました。」(※背水の逆転劇は動画の2分43秒から)

ニコ生やTwitchの登場で競技シーンが確立

日本のプロゲーミングの世界は、今でこそ競技シーンとして確立しているが、そこに至るまでは「インターネット動画配信」の登場を待たねばらなかった。

1991年に稼動が始まった「ストリートファイター2」(スト2)は、それまでメダルゲームやシューティングゲームが中心だったゲームセンターに格闘ゲームブームを巻き起こし、一時は社会現象にまでなったタイトルだ。

この頃から国技館を使ったスト2の大会が開催されたり、地上波で試合の模様が放送されたりするなど、ビデオゲームとしては破格の、スポーツ的な扱いを受けてはいたものの、競技として確立するまでには至らなかった。

その後、スト2に続く様々なタイトルが登場したが、その内容はマニアックかつ複雑になりすぎ、格闘ゲームのシーンは長い間、冷え込むことになる。

多くの人気タイトルが生まれる一方、ゲーム性は徐々にマニア向けになっていった

多くの人気タイトルが生まれる一方、ゲーム性は徐々にマニア向けになっていった

「スト2」から始まった格闘ゲームのブームが終わり、タイトルの増加に伴いコミュニティが分散。強力な求心力のあるタイトルは現れず、続編は先鋭化、マニアックになってしまった格闘ゲームシーンに新しく入ってくる人数は少なく、格闘ゲームというシーンそのものが縮小していった

「スト2」から始まった格闘ゲームのブームが終わり、タイトルの増加に伴いコミュニティが分散。強力な求心力のあるタイトルは現れず、続編は先鋭化、マニアックになってしまった格闘ゲームシーンに新しく入ってくる人数は少なく、格闘ゲームというシーンそのものが縮小していった

2008年にカプコンが発売した「ストリートファイター4」(スト4)は、スト2への原点回帰を謳い、一度は去った格闘ゲームプレイヤーを呼び戻すべく世に出されたタイトルだ。狙い通り、スト4は大ヒットを記録した。この復活の大きな要因となったのが、インターネット動画配信である。

ゲーム映像をインターネット配信に乗せる楽しみ方も主流になった

ゲーム映像をインターネット配信に乗せる楽しみ方も主流になった

「『ニコニコ生放送』や『Twitch』といった動画配信サービスの登場によって、誰でも家から簡単にインターネット放送ができるようになりました。これは格闘ゲームと相性が良く、人気復活の要因として非常に効果的に機能したのです。短時間で喜怒哀楽が表現できる点、また勝負事ゆえに緊張感があるというのもあって、格闘ゲームの配信は特に人気の高いコンテンツになっていきました。これをきっかけとして、日本の競技シーンが確立していったのです」

カリスマプレイヤーは広告塔としての価値

下のグラフは、国際格闘ゲーム大会のインターネット配信についたリアルタイム視聴者数の推移である。

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大会の中継配信視聴者数は5年で10倍近くに増加

「格闘ゲームの大会は、インターネット配信が出てくるずっと前から連綿と開催されてきましたが、結局その大会を楽しめる人というのは、大会に参加できるくらい高い技術を持った、マニアックな人たちが集まって楽しんでいただけだったんですね。これがインターネット配信によってどこでも楽しめるようになった。ピーク時の視聴者数は2014年度は8万人、2015年度には25万人にまで増加し、当初の10倍近くにまで膨れ上がりました」

何万人もの観衆が見守る中、試合で良いプレイをするカリスマプレイヤーは大きな存在感を持ち、その動向に注目が集まるようになる。企業はそこに目をつけ、広告塔としてスポンサードを始めた。

カリスマプレイヤーに世界中から注目が集まる。写真は梅原大吾さん

カリスマプレイヤーに世界中から注目が集まる。写真は梅原大吾さん

「2010年4月、アメリカのゲーム周辺機器メーカー『MAD CATZ』は、格闘ゲームのトッププレイヤー、梅原大吾さんとスポンサー契約を結びました。この発表がされた当時、ぼくは大学生だったのですが、『今まで趣味でやってたことが、仕事になってしまった。そんなことってあるんだ』と驚いたのを憶えています」

ゲーミングデバイスメーカーがスポンサード

選手をスポンサードするのはゲーミングデバイスメーカーが多い

収入源は3パターン

プロゲーマーの収入源は、大きく分けて「企業からの報酬」「大会の賞金」「その他の活動」の3つに分けられる。

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プロゲーマーとスポンサー契約を結んでいる企業には、コントローラーなどを製造・販売しているゲーミングデバイスメーカーが多い。谷口氏のスポンサーは、米国のゲーム周辺機器ブランド「MAD CATZ」だ。

格闘ゲームは、ちょうど格闘技のトーナメントのように、その時点での頂点を決める大会に注目が集まる。格闘技の選手がスポンサーロゴ入りのウェアを着るように、プロゲーマーもスポンサー企業の製品を使って試合に臨む。スポンサーのデバイスを使って試合に勝つことで、「プロレベルの試合でも通用するデバイス」とアピールできるというわけだ。

PRや製品モニターなどの業務もある

賞金の出る試合に出場するほか、PRや製品モニターなどの業務もある

「製品アピールの手段としてはこのほか、新製品などの販売イベントに出演することもあります。また、ゲーミングデバイスを実際に使ってみて、開発にフィードバックするのも大切な仕事の一つです。実際の収入については、具体的な金額は申し上げられないんですが、ありがたいことにぼくの場合は、それだけで食っていけるくらいには、いただけています」

プロが出場するゲーム大会の賞金は、格闘ゲームに注目が集まるにつれて、年々高額になってきているという。ラスベガスで毎年開催されている格闘ゲームの国際大会「Evolution」(EVO)の賞金総額は、約3700万円を超えた。谷口氏が活動している「ウルトラストリートファイターIV」の優勝賞金は3万6200ドル(約414万円)。参加者は2227人にのぼった。

「ぼくが初めてEVOで優勝したのは13年前ですが、当時のEVOにはスポンサーなんていなくて、優勝賞金も20万円くらい。参加者や観戦者が賞金を出し合って、その日勝ったやつが総取りするみたいな世界だったんですよ。バクチみたいですよね(笑)。それが規模の拡大を繰り返して、数百万円や1500万円レベルの金額になってくると、試合に立っているときに手が震えてくるんですよ。ぼくもかつては『俺は賞金の額なんて関係ない。自分のプレイをするだけだ』なんて思ってたんですけど……。メンタルの鍛錬も課題だと思うようになりました。歴戦の強者達も手が震えてしまって、本来の実力が出せないという話も聞きます」

賞金の出る大会は世界各地で行われている

賞金の出る大会は世界各地で行われている

「ちなみに、ぼく自身は2015年、大会賞金でどのくらい稼いだかというと、大体250万円くらいは稼ぐことができました。賞金だけで毎年このくらい稼げると、いいんですけどね(笑)。すごく厳しい世界です」

その他の活動として、谷口氏は書籍の発行やイベント出演を挙げた。

「以前はゲームのPRイベントに呼ばれることが多かったのですが、最近はゲーム自体が社会的に認知されてきたこともあって、全く違う分野からお呼びがかかることも増えました。例えば会計ソフト『freee』とのコラボ企画で、チームメイトの梅原が出演するというPR企画もありました。仕事の幅も徐々に拡がってきましたし、こういうことがあると、ゲーム業界が社会的に認知されてきた実感が湧いて、ぼくとしても感慨深いものがあります」

著書の執筆やイベント出演など、活動の幅が拡がってきている

著書の執筆やイベント出演など、活動の幅が拡がってきている

ゲームのファイトマネーで生計を立てられる日本人はわずか

それでは、これから「プロゲーマーになりたい」と考えた人がプロになるには、どうすればいいのか。

谷口氏は「具体的にこうすればいい、というパスは無いです」と前置きしつつ、「プロゲーマーになるために大切なのは、業界の中での存在感。それを意識して、自分で考えてビジネスを切り拓けるくらいじゃないと、自信を持っておすすめできる世界ではない」とアドバイスする。

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その言葉通り、徐々に社会的に認知されてきたゲーム業界ではあるが、「ゲームのファイトマネー1本で生計を立てられる日本のプロゲーマーは、まだまだ少ない」と谷口氏は話す。

「歴史ある一般的なプロスポーツとの違いはいろいろありますが、その一つは、プロ選手にライセンスを発行する『協会』が存在しないことです。スポーツ競技の協会は、スポンサー企業を探したり、興行を行ってお金にしたり、あるいは選手に対してプロ選手としての教育を行ったりもします」

格闘プロゲーマーにはプロを認定する協会が存在しない

格闘プロゲーマーにはプロを認定する協会が存在しない

「それに対して現在のほとんどのプロゲーマーは、各々が個人事業主として活動しています。個人事業主のプレーヤーに対して、企業がスポンサー料を支払っている状態なのです。選手をプロとして認定する協会は今のところありません」

一方で、協会がないことによる、プロゲーマー自身のメリットもあると、谷口氏は続ける。具体的には、高い裁量権があることだ。

個人事業主扱いのため、選手個人が自分の考えで自由に行動できる

個人事業主扱いのため、選手個人が自分の考えで自由に行動できる

「いかにしてスポンサー企業に貢献するか、どのように業界全体に寄与する活動を行なうか、自分自身をどのようにプロデュースしていくかといったことを、自分で決めることができるのです。それはすなわち、誰にも頼らず、すべてを自分で決めていかなければならないということでもありますが、そのせいか、各々の選手には強烈な個性があるんですよね。ぼくはそれって、すごく良いことなんじゃないかなと考えています。業界が形成され、成熟していく最中だからこそ、こういう在り様が許されてるんじゃないかと思うんです」