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地味な剣聖はそれでも最強です 作者:明石六郎

新世界への変化

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多くの方を不愉快にさせてしまったため、実質的な変更をさせていただきました。

申し訳ございません。


詳しくは、活動報告をご覧ください。


 瞬く間に時は過ぎ去って。

 いよいよ別れの時がやってきた。


「では、達者でな」


 たった一日の戦争、その調停の場に引きずり出された老人。

 スイボクが連れてきた神が、神の座へ帰る日が来たのである。

 というか、帰るね、と言ったので見送るのである。

 特に予定はなかったのだった。


 そんな彼を見送るのは、当然というか、アルカナ王国に所属する元日本人六人だった。

 あるいは、神が六人そろう日を待っていたのかもしれない。


 仰々しい送迎会を開くこともなく、七人は王都近くの草原で別れの挨拶をしていた。

 それは、ある意味では異世界からの旅立ちにふさわしい物だった。


「五百年前は……貴方には色々と思うところがあったけども」


 白黒山水は、五百年前を思い出しながら感謝の言葉を送った。


「今の俺は貴方に感謝しています。師匠へ紹介してくれたこと、ありがとうございます」


 五百年修業して得られたものが、五百年前に望んだものかはわからない。

 しかし、それでも今は確かなものがある。

 スイボクの弟子になってよかったと、心の底から思えている。


「なんか……山水と比べて色々と贈り物をもらいましたけど」


 次に挨拶をしたのは、瑞祭我だった。

 六人の中で唯一ぼろぼろで、再起不能と言っていいほどだった。

 それでも、表情は晴れやかで。


「それを全部なくしても、なんとかやって行けそうです」


 新しい人生を送っていける自信に満ちた顔で、神へ何も求めずに笑っていた。


「なんか、俺の場合魔力が多すぎて、こう……悪意を感じたけども」


 興部正蔵、世界最強の魔法使い。

 正直不満そうな顔で、しかしそれでも罵声を浴びせることはなかった。


「まあ俺の場合、バカすぎてどうにもならなかったと思うし……とにかくまあ、貴方のせいにはしないでおくよ」


 自分の失敗は、自分の愚かさ故。カプトへ迷惑をかけたのは、自分の浅慮のせい。

 そう認めた彼は、分不相応な力を授けた神へそう言って済ませていた。


「……俺は、そうだな」


 風姿右京は、考えてしまった。

 自分の判断がどれだけ無思慮だったのかを悟ってから、多くの血を流し過ぎた英雄は神になんといっていいのかわからなかった。


「……まあ、今は言えないな。神宝に手紙やら伝言やらを残すから、それを待っててくれ」


 焦ることはない、と思い直した。

 百年も続くわけではないが、まだ自分には残された時間がある。

 伝言を渡せる相手も五人いる、であれば今いきなりいうことはない。

 右京は、どんな手紙を書くのか楽しみにすることにしていた。


「春は言うことが無いだろうしな、僕が言うとしよう」


 浮世春はひたすら不満そうな顔をしている。

 そんな彼を気遣ってか、紅一点である掛軸廟舞が最後を買って出た。


「僕は楽しんでいる。少なくとも、死んでそのままよりは充実しているよ」


 ニコニコと笑いながら、そう口にした。

 彼女自身、多くの汚れ仕事を引き受けているが、それでも笑っていた。


「そうかそうか、それはなにより」


 神はそれを聞いて満足そうにしていた。

 あるいは、彼らが幸せになることが未確定だったと言わんばかりである。

 思わぬ慶事、とでも考えていたのだろうか。


「お前たちは、良き出会いをしたようじゃな」


 アルカナ王国の有力者と結びついた、成り上がった外国人。

 その彼らに、出会いの幸運があったことを喜んでいた。


「お主らも悟っているように、結局のところどんな気質を持って生まれても、どんな力を授かっても、出会いの縁に勝るものはない。そして、その縁をつなぎ続ける信頼も同様に尊い」


 右京は深く頷いていた。

 一人でできることなどたかが知れている、と誰よりも知っている男は共感を示していた。

 他の五人も、同様の感想を抱いている。

 春でさえ、ディスイヤの老人に忠義を尽くす覚悟はできているのだ。


「人生とはそういうもの……うむうむ、よきかなよきかな」


 自分で殺しておいて、なんとも勝手なものである。

 神はこの世界で成功した希少例たちを見て、本当にうれしそうにしていた。


「さて……では最後に言っておくことがあるのじゃが」


 それを聞いて、全員が一気に嫌そうな顔をした。

 既に嫌そうな顔をしていた右京にも、脱力という感情が加わっている。

 最後に言うことというのは、たいていの場合最初に言っておくべきことだからだ。

 どうしてこう、別れ際ぐらいまともに終わらせることができないのか。


「君たち以外の、正しく言えば儂が殺してしまった者以外の話じゃ」


 それを聞いて、嫌そうな顔から緊張に切り替わった。


「記録にも残っているとおもうがのう、君たちの他にも多くの『日本人』がこの地へ落ちてきておる。その多くが、際立った力を持つことが無かった、ということも知っているのではないか?」


 山水も祭我も聞いたことがある。

 先進的な実験、失敗した実例。それらが学園に資料として残っている、明らかに日本人らしき人物たち。


「結論だけ先に言えば……この世界に現れる日本人には三種類おる」


 神は三本の指を示して、一本ずつ折っていった。


「一つ。お主たちのように儂が殺してしまい、特別な力を授けて送り出した者たち」


 すなわち、この場の六人たちの話である。


「二つ。全く異なる世界を経て、この世界へたどり着いた者たち」


 浮世春が迎え撃ち続けた、未知の強敵たち。


「三つ……『さまざまな日本』からこの世界へ直接落ちてきた者たちじゃ」


 すなわち……特別な力を持たず、日本の知識を持っているだけの人間であろう。

 その彼らが必ずしも幸せな人生を送ることがなかったであろうことを、全員が確信していた。

 この世界は、そんなに甘くない。

 特別な力を持っていてさえ容易ではなく、それが無いのならつらい結末が待っていただろう。

 よほどの幸運が無ければ、天寿を全うすることさえ困難だったはずである。


「ここでいう様々な日本とは、まあ平行世界とか並列宇宙とか、まあそんな感じじゃな。もちろんお主たちも、全員が同じ日本の出身というわけではない」


 今更ながら、どうでもいい情報だった。

 そんなことを気にする者は、流石にいない。

 もとより、顔見知りでも何でもないのだし。


「まあ様々な日本、といっても大差はない。正直誤差も殆どないしのう。意味があるかと言えば……お主たちの時代の人間ばかりが落ちてくるわけであるが、お主たちが元々暮らしていた世界の人間が居なくなる、というわけではないということぐらいじゃ」

「本題は?」

「ああ、すまぬすまぬ」


 春は苛立たし気に尋ねた。

 彼にとって、このばの面々以外の日本人など面倒な相手でしかない。


「これから先も、儂とは無関係な人間が落ちてくるが……そこまで気にすることはない」


 竜を迎え撃った、この世界になじんだ日本人たち。

 その彼らへ、後輩を恐れることはない、とだけ言っていた。


「お主たちは既に、この世界で起こり得ることをすべて経験しておる。例えば異なる世界の武器が残っているとか、そういう後出しはない」


 セルのが作った宝貝の使い手とぶつかることはあり得るがのう、とは濁していた。

 しかし、完全に未知の道具がこの世界へ残っている、ということはないらしい。


「良くも悪くも、この世界に何も持たず降り立ったものは、特別な力を後天的に得ることはない。そして、儂も後から力を授けることはない。まあお主たちが八種神宝を譲る、というのなら別じゃがな」


 この世界に、異なる世界の物は残らない。

 それがどんな意味なのか、なんとなく悟ってしまう。


「今更ではあるが、竜と戦ったお主たちには教えよう。儂の世界経営論をな」


 そう言って、己が特別な力を与えた六人を見つめていく。


「世界は誰のものか? 竜は己の物といった、人間もそう思っていた。どこぞかの皇帝は、己だけのものだと言っていた。さて、まさかスイボクの物、と言うまいな」


 この世界で最強の種族でも、この世界で最大の版図を持つ人間でも、この世界で最強の男でも。

 この世界を占有しているわけではない、と言っていた。


「ありふれた言い方じゃが、誰の物でもない、みんなの物じゃ。この世界を創造した儂の物ですらない、この世界で生きる全員の物じゃ」


 本人が言うように、余りにも陳腐な言葉だった。

 他の誰かが言っても戯言にしか聞こえないが、実際に世界を管理しているらしい神がいうと説得力が違う。


「そう、作った」


 神への畏敬、それを感じずにはいられない。

 荒ぶる神と呼ばれたスイボクへの敬意とも違う、もっと別格の存在だという認識。

 最初から、次元が違う存在の言葉はどこまでも重い。


「善かれ悪しかれ、この世界を己の色に染めようとする者を、儂は許さん。特に異なる世界の力を持ち、それによって世界を支配しようとするものはな」


 怒りさえにじませていた。

 スイボクに無理矢理引きずり出された時も、呆れるばかりで怒っていなかった神が、明らかに怒っていた。


「おとなしく生きて死ぬのならまだしも、世界そのものへ干渉するなど絶対に許せん。儂の作った世界はお世辞にも人間や竜にも優しくはないが、他所からきてそれに文句をつけるのは、それこそ余計なお世話というもの」


 勝手な話だとは思うが、わからなくもない。

 既にこの世界の住人としてなじんでいる六人は、無言で同意していた。


 今、この周辺一帯はお世辞にも『素晴らしい世界』ではない。

 二つの超大国が協定によって停戦中であり、周辺諸国は滅ぼされるか属国に成り下がっている。

 まさに、力による支配と搾取。誰もが思っていたように、一般的な日本人の価値観から言えば、明らかに『悪』だ。

 しかし、当事者である六人の認識は違う。

 如何に搾取をしているとはいえ、勝ち取った『平和』以外の何物でもない。多くの犠牲によって確立された均衡であり、守るべき国家であり世界だった。


「ま、それはどうでもよかろう。とにかく、必要以上に相手を大きく見るな。もちろん異世界の力を持つ者は表れ得るが、そういうのは全部春が死なせるから問題ない」

「ふざけるな」

「ははは、すまんすまん……まああれじゃ、オセオの時と違って、想定外のことは起こらんよ」


 ここでいう想定外のこととは、それこそ『都合のいいこと』だろう。


冷遇(・・)されたものが、何が何だかわからんうちにインチキな力を得ることはない。まあそういうことじゃ、相手にもよるが安心して冷遇せよ」


 確かにまあ、そんなことまで気にしていたら何もできない。

 しかし、それを他でもない神が太鼓判を押すのは如何なものだろうか。



「無論、優しくしたければ優しくすればよい」



 神が、その姿を隠し始めた。

 虚空へ消えて、神の座へ帰りつつあるようだった。

 それこそ、スイボク以外の誰も届かない場所へ戻っていく。



「ただ……かつての己の相手をするのは、大変じゃろうがな」



 最後に、意地の悪い笑みを浮かべて。

 やはり最後の最後には、神らしからぬ振る舞いを残して去っていった。

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