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未熟な医師がやりたがる

「胆嚢を切除するために腹腔鏡手術を受けました。『簡単な手術ですから』『痛くないし、すぐに終わりますよ』と説明されたので同意書にサインしたんです。

手術は2時間で終わる予定でしたが、目が覚めると6時間経過していました。不思議に思い、担当医に尋ねると『合併症ですよ。よくあることですし、失敗ではない』と言われました。

後日、後天性胆管狭窄症と診断され、1週間だった入院の予定が2ヵ月になりました。原因を究明するため、他の病院で診察を受けると、手術者が腹腔鏡手術にこだわりすぎて、胆管を損傷してしまったのだろうと伝えられました。

現在でも3ヵ月に一度は胆管を広げて胆汁が流れやすくする手術を受けなくてはならない。しかもそれが一生続くのです」

こう涙ながらに訴えるのは福岡在住の主婦、金子文枝さん(仮名・63歳)だ。傷が小さくて回復も早い――そんな触れ込みで広まった腹腔鏡手術だが、金子さんのような手術ミスも少なくない。

'14年には群馬大学病院で8人(開腹手術も含めれば18人)の死亡が判明したのも記憶に新しい。

腹腔鏡手術は5~10mm程度の孔を数ヵ所空け、そこに鉗子や腹腔鏡(カメラ)など手術器具を挿入してモニターに映し出される映像を見ながら病巣を切除する手術である。

開腹手術と比べて術後の痛みが少なく、早期に退院できるなどメリットは大きい。しかし、そのぶん手術は困難を極める。昭和大学病院消化器・一般外科教授の村上雅彦医師がその難しさを語る。

「『お腹の中に手を入れられなくて、鉗子でつかむから難しい』と単純に思っている人が多いと思いますが、それだけではありません。

モニターを見ながらの手術は想像以上に難易度が高い。映像に合わせて、器具をどのような角度で操るか考えなくてはなりません」

問題はこうした難易度の高い手術を未熟な医師が行うケースが多々あることだ。

「一昔前なら開腹手術が完璧にできるようになってから腹腔鏡手術に挑むのが常識でしたが、最近はいきなり腹腔鏡手術から入る医師が増えています。

腹腔鏡手術は出血がひどくなるとモニターが血で真っ赤になり見えなくなるため、開腹手術に切り替えなくてはいけない。しかし、十分に開腹手術の経験がない医師はそれができず、右往左往することになるのです」(医療法人社団進興会理事長・森山紀之医師)

欧州とは「認識」が違う

こうした未熟な医師が腹腔鏡手術を行うのは日本特有の問題であると、前出の村上医師は言う。

「日本の腹腔鏡手術の問題点はどんな医療機関でも手術ができてしまう点です。ヨーロッパでは大型病院と小さな病院の役割分担がはっきりしており、腹腔鏡手術のような難易度の高い手術は基本的には大型病院でしか行いません。

またゲートキーパー制度といって患者は原則、皆、かかりつけ医に登録しており、かかりつけ医としっかり相談してから、大型病院で手術を受けるかどうか決めるというシステムが整っている。

しかし、日本にはそうしたシステムがありません。そのため、小さな病院で、ちゃんとしたトレーニングを受けていない未熟な医師にそそのかされて手術を受け、被害に遭う事例があとをたたないのです」

しかし、いくら手軽にできる環境があるとはいえ、危険を冒してまで医師が腹腔鏡手術にこだわるのはなぜなのか。その裏には医師の功名心があると語るのはがん研有明病院消化器センター肝・胆・膵外科部長の齋浦明夫医師だ。

「普通の目立たない手術をしていても学会では注目されない。同じ手術でも腹腔鏡でやれば大きな会場で発表できるかもしれない。こうした事情が手術者側にあることは確かでしょう」

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誰も成し遂げていない実績を作るため、「医師がやりたい手術」に患者を誘導する。そういう例は少なくないのだ。

また医療機器を販売するメーカー側の事情も手術ミスの要因となっていると語るのは医療ジャーナリストの田辺功氏だ。

「ヨーロッパでは新人医師は指導医につきながら段階を踏んで技術を向上させていきます。

しかし、日本の小さな民間病院などでは、腹腔鏡手術の機器を販売しているメーカーが主催する短期間の手術講習や医師向けのビデオ教材だけで手術法を学び、実際の手術に臨むこともままあります。

メーカーが主催する講習には、以前はたった1日のコースもあったと聞きます。医師の多くが多忙なため、短期間にせざるをえないという実情がある一方で、腹腔鏡手術をやりたがる医師を養成して、機器の販売機会を増やしたいというビジネス的な理由もある」

今まで開腹手術しか行ってこなかった小さな病院の外科医が医療機器メーカーの勧誘にのって「うちでも最先端の腹腔鏡をやってみようか」と軽い気持ちで機器を導入するケースもあるのだ。

では実際に、患者や家族はどう手術法を選択すればよいのか。

「まず確認すべきは担当する医師が日本内視鏡外科学会の技術認定を受けているか、ということです。それと一番大事なことはその腹腔鏡手術が標準的な手術なのか、その医師が初めて行うような実験的な手術ではないのかきちんと聞くことです。

医師から腹腔鏡を勧められたら、なぜ開腹手術ではなく腹腔鏡手術でなければいけないのか、その理由を尋ねてみてください」(浦安ふじみクリニック院長、千葉県がんセンター前センター長・竜崇正医師)

まるでブームのように日本では安易に行われるようになった腹腔鏡手術。だが、腹腔鏡を使った手術では日本より歴史が長いヨーロッパの医療先進国では、医師の間に「難しい手術」という認識が定着している。

うまくいけば身体への負担が少ないのは事実だが、その技量を持つ日本人医師はまだそう多くないことだけは、知っておいたほうがいい。

「週刊現代」2018年9月1日号より