森から現れたのは数十体の小鬼<ゴブリン>。
それと六体の人食い大鬼<オーガ>だった。
ゴブリンやオーガたちは隊列を組むことなくぞろぞろと現れる。
「人食い大鬼<オーガ>が六体だと!?」
ぺテルがそれを見て驚愕する。それを見てモモンは思う。
(・・・今の彼らじゃ人食い大鬼<オーガ>は厳しいか。ならば・・)
「私が人食い大鬼<オーガ>を倒します。それならば大丈夫でしょうか?」
「モモンさん!しかし・・」
「ぺテルさん。あなた方は私たちの心配はしなくていいです。あなた方はゴブリンを倒すこととンフィーレアさんを守ることにだけ専念して下さい。私たちは大丈夫ですから。」
ぺテルはモモンの言葉に説得力を感じた。漆黒の全身鎧<フルプレート>を身に纏い、漆黒の大剣を両手にそれぞれ持つ腕力。そしてあれだけの人食い大鬼<オーガ>を目前にして「大丈夫」という自信。
(本当に『大丈夫』なんだ。だからモモンさんは・・・)
「了解しました。そちらはお任せします。ご武運を。」
モモンとナーベが人食い大鬼<オーガ>に向かって歩いていく。その足取りはこれから戦闘をする者のそれではなく、まるで気軽に散歩に行く様であった。
「私たちはゴブリンを倒すこととンフィーレアさんの護衛だけに専念します。」
その言葉を聞きルクルットが弓を引く。いつでも射れるように構える。
「亀の頭を引っ張り出してやる。」
『亀の頭を引っ張り出す』これはリ・エスティーゼ王国独特のことわざである。その由来は一匹の亀であった。
リ・エスティーゼ王国ではムーンタートルという手の平サイズの亀がいる。この亀は川に生息している。この亀は美味である。最高級宿屋である『黄金の輝き亭』の料理の一つとして出て来る程だ。
最高級宿屋にも出されることから高値で取引される。王国民の中には一攫千金を夢見てムーンタートルを捕縛しようとした者もいた。だが警戒心が非常に強く夜にしか姿を現さない為に多くの者たちは探し出すことすら出来なかった。ムーンタートルという名前も『夜にしか姿を見せない月の様である』のが由来である。学の無い多くの王国市民では発見すら困難なのも無理は無かった。
一部の冒険者たちは何とかこの亀を捕らえることには成功した。そこまでは良かった。
多くの生物にとって頭部は致命的な弱点である。人間ならば兜を被るなりしてこれを保護する。だが亀は違う。亀の場合は自身の甲羅に頭部を引っ込めることで守る。そんな亀を倒すのは容易では無い。甲羅を叩き潰すなどして無力化するのは可能ではある。ただしムーンタートルは肝に毒があり、死を自覚した時点で最後の抵抗として毒を血液に送り出し全身に毒を回す、そうなれば調理するのは不可能となってしまう。その状況を回避する為に様々な試行錯誤を繰り返した。
試行錯誤を繰り返して
ムーンタートルは甲羅の上を光を通さない物・・黒く染めた木版などで光を一分程遮っていると夜だと勘違いするのか頭部を出す。そして普段の警戒心の反動かリラックスしきっており頭部を出してから10秒は甲羅に戻さない。そこを狙い頭部を包丁などで切断するなどして無力化できる。こうすることで調理が簡易となった。
それゆえ『亀の頭を引っ張り出す』は『知恵を使い工夫をして物事を解決する』という意味である。
ただし、冒険者がこのことわざを使う際は僅かに異なる意味を持つ。
『知恵を使い工夫をしてみんな無事で依頼を終わらせる』といった意味を持つ。
ルクルットのその言葉にぺテルは頷く。
「ダインは小鬼<ゴブリン>を足止め。ニニャは防御魔法を私に。それと必要とあらばンフィーレアさんの近くで護衛。ルクルットは弓で小鬼<ゴブリン>を倒していってくれ。もし万が一ゴブリンが抜けたら足止めを。その時はニニャがゴブリンを倒してくれ。」
一同が頷く。
それを見たモモンは思う。
(良いチームだ。)
かつての自身のチームを思い出す。『五人の自殺点<ファイブ・オウンゴール>』。
ウルベル・・チーノ・・チャガ・・アケミラ・・
最高のチームだった。
(・・・・)
(・・・今は感傷に浸っている場合じゃないな。目の前のオーガに集中しなくては。)
ルクルットが弓を引き矢を打つ。
地面に矢が刺さる。
それを見てゴブリンたちは一瞬だけ怯んだ。しかし矢を外したと勘違いしたのか嫌らしい表情を見せると雄たけびを上げてこちらに向かってくる。
ぺテルが剣を抜き口を開く。
「戦闘開始っ!!」
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『漆黒の剣』とは別にモモンとナーベはオーガたちに向かって歩く。ナーベはモモンに追従する形で歩く。
ナーベがオーガたちに向かって手を伸ばす。
「電げ<ライトニ>・・っ!」
ナーベが魔法の詠唱を止めたのはモモンが手で制してきたからだ。
ナーベがモモンを見ると首を縦に振っていた。
(私が動く必要は無いということね・・)
ナーベが頷き返すとモモンが前に出る。
「冒険者になって初めての戦闘だ。悪いが斬らせてもらうぞ。」
人食い大鬼<オーガ>が叫ぶ。それは『小さい男め』という嘲笑の様に聞こえた。
モモンはその叫びに対して右手に持った大剣で返答した。
それは圧倒的な強者だからこその返答。
『だからどうした?』
モモンの持つ大剣が人食い大鬼<オーガ>に一撃を与える。
人食い大鬼<オーガ>の肩から腹部にかけて切り裂かれる。
斬られたオーガが倒れて動かなくなる。
ぺテルたちが驚愕する。唯一ナーベだけが「モモンさんなんだから当たり前」といった表情を見せている。
驚愕していたのはぺテルたちだけではなかった。
その場にいたゴブリンやオーガたちの足がすくむ。
「どうした?掛かってこないのか?」
モモンは両手の大剣を地面に広げるように構える。
その言葉を理解したのかオーガの一体が雄たけびを上げる。
オーガたちが一斉にモモンに向かって棍棒を振り下ろす。
モモンはそれらの攻撃を受けることはなかった。回避したわけでもなかった。
オーガたちの身体が一刀両断される。上半身と下半身が切り裂かれる。
二体目のオーガが地面に倒れて先程と同じように息絶えた。
「どうした?」
残る四体のオーガたちが明らかに困惑していた。その様子を見てぺテルたち驚愕する。
「!っ・・モモンさん・・あなたは・・」
(ミスリル・・いやオリハルコン・・もしかしてアダマンタイト!!?)
生きる伝説・・アダマンタイト。そのプレートはかの王国戦士長にも匹敵する実力者の証。
(出会って短い間だが分かっていた。彼らとの間に超えることが絶対出来ない壁があることは。)
(・・・今はこの戦いに集中しよう。)
「全員!戦闘に集中!油断するな!」
それからの戦闘は圧倒的であった。三体目のオーガをモモンが切り捨て、残る三体のオーガをナーベが電撃<ライトニング>で一斉に倒した。それを見たことで戦意を失ったゴブリンたちをぺテルたちが倒していった。こうして戦いは終わった。いや戦いですらない何かが終わったのだ。
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「何をしているんですか?ニニャさん。」
戦闘が終わり、比較的体力を温存していたニニャは真っ先に『あること』をしていたのだ。そのことにモモンは疑問に思う。
「あっ・これはですね。耳を切っているんですよ。」
そう言ってオーガやゴブリンたちの耳を短剣で切り落とす。それを小さな革袋に入れていく。
「?どうして・・また?」
「ゴブリンたちを倒した証として最も特徴的な耳を切り落としているんですよ。これらを提出すれば組合から報酬が出るんですよ。」
「成程・・」
(確かにゴブリンたちを倒した証明をどうすればいいのかと思ったが・・成程。その為の証拠か・・。冒険者になった以上は冒険者に対しての理解を深めないとな。)
「よし。これで全部ですね。」
そう言ってニニャは革袋を閉じて立ち上がる。
「こっちは終わったよ。ルクルット、そっちはどう?」
「俺もぺテルもダインに回復して貰ってもう動けるぞ。」
「こちらは大丈夫です。モモンさんたちは行けますか?」
「私たちはいつでも構いませんよ。」
「それでは行きましょうか。」
そう言って一行は再び歩き出した。