グーグルは、社員を「恍惚状態」にさせている
グーグルが「バーニングマン」への参加を従業員に推奨しているのはなぜなのか(写真:hairballusa/iStock)
「バーニングマンに行ったことのないやつは、シリコンバレーの住人とは言えない」とイーロン・マスクが言い切るとおり、最近のシリコンバレーでは、「自分を超える体験をすること」が流行している。
かつては、50年以上の修行の末に僧侶がようやく会得するような脳の状態――理性をつかさどる前頭前野の活動が低下する一方、セロトニンやドーパミンをはじめとする神経伝達物質が活性化し、圧倒的な集中力が生まれることによって、パフォーマンスが500%アップするといわれる境地――を、テクノロジー、心理学、薬学、神経科学などの発達によって、誰でも、簡単に、安全に、体験できるようになったからだ。
今回はこのシリコンバレーでの新たな潮流について書かれた『ZONE シリコンバレー流 科学的に自分を変える方法』の中から、従業員の最高のパフォーマンスを引き出すためにグーグルがやっている取り組みを紹介する。
グーグル社員が参加する「バーニングマン」の威力
2013年夏、私たちはグーグルの北米本社を訪ねた。目的は、ネバダ州のブラックロック砂漠で開催されるイベント「バーニングマン」への参加を従業員に推奨しているグーグルが、それをどのように仕事に生かそうとしているのかを詳しく学ぶためである。
グーグルの創業者であるラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンは、「バーニングマン」に毎年欠かさず参加している。参加者は、食料と水とテントなど、生き抜くために必要なすべてのものを自己責任で持参し、ギブ(GIVE)の精神で助け合いながら砂漠で1週間を過ごす。この間、砂漠では、度肝を抜かれるような映像、方向感覚を狂わせる音響、感覚を全開にさせる、めくるめく興奮のインスタレーションなど、意図的につくられた「カオス状態」になる。
これを、気温の変化の激しい過酷な砂漠で、夜も昼もなくぶっ通しで1週間体験することによって、参加者は日頃の価値判断の基準から引き離されて、普段の意識状態を超えた自分、いわゆる「ゾーン」を体感できるとされている。
ちなみに、イベントの締めくくりとして、会場の中心で「象徴」として掲げられていた巨大な人形を燃やすことで1週間限定の街は終了し、元の何もない砂漠に戻る。これが、イベントの名前、バーニングマンの由来だ。
バーニングマンは、ウッドストックの時代と違い、カウンターカルチャーの自由奔放な人たちが参加するイベントではない。一種独特の優秀な人たち、資本とマーケットとグローバル通信プラットフォームを使えるテクノマド(技術遊牧民)の有名人が集う場所なのである。
スタンフォード大学の社会学者、フレッド・ターナーは、シリコンバレーでバーニングマンが支持されるのは、それによってハイブマインド(集合意識)が人々の間に広まるからだと述べている。「エンジニアリングの仕事が、全員で職業的恍惚(エクスタシー)を感じる経験に変わるのだ」。
圧倒的な経験は、脳をすっかり変えてしまう
連続起業家で、昔から参加者しているイーロン・マスクは、「バーニングマンに行ったことがないなら、シリコンバレーの住人とはいえない。ロサンゼルスでいちばんぶっ飛んでるパーティを1000倍にしても、まだまだ比較にならない」とまで言い切る。
いくつかの業界では、バーニングマン特有の用語が会話に上ると、この人とは火を見つめながら人生の転機となる経験を分かち合ったのだ、と感じて友情が芽生えるという。かつてカウンターカルチャーの仲間意識を育てたものは、今やキャリアアップの材料へと変わったのだ。
それでは、バーニングマンを体験することは、脳にどのような働きをもたらしているのだろうか。
ゾーンと呼ばれる状態に入ると、脳内では、セロトニン、ドーパミンをはじめとする、あらゆる神経伝達物質が活性化し、圧倒的な快感を得る。また、前頭前野の働きが低下することで頭の中で響く自分への批判の声がやみ、エゴが消える。
そして、うっとりするような一体感と、永遠に続くほどの時間の感覚を、その場にいる全員と共有できる。グーグルでは、この「一体感」を利用して、エンジニアが密接に連携することで、パフォーマンスを上げようとして、従業員にバーニングマンへの参加を推奨していたのである。
かつて、ゾーンに入るテクニックとしていちばんシンプルなのは「瞑想」だった。しかし、歴史を振り返ってみると、瞑想を手段にして、自己が消える状態を安定的に作り出したいと思う場合、何十年も修行を積む必要があった。
数百万ドル規模の「マインドフルネス・センター」
しかし現代の研究者たちは、目標の核心が「悟りの境地」ではなく、実は「脳機能の変化」――脳波が低アルファ波や、さらにリラックスした高シータ波の状態になる――と関連していることを突き止めた。これによって、新しいさまざまなトレーニングを選択し、人工的にゾーン状態の脳をつくり出せるようになったのだ。
瞑想時に呼吸に集中する代わりに、ニューロフィードバック装置(脳波を測定する機器)を使って、科学的に、あっという間に、脳をアルファ/シータ波の領域へ導くこともできるようになった。こうした進歩のおかげで、グーグルのような組織は、パフォーマンスを上げるために、以前とはまったく異なるアプローチができるようになったのである。
では、グーグルは実際にどのように、従業員を瞑想状態へ導こうとしているのだろうか。グーグル本社を訪れた私たちは、自己紹介を終えるとすぐに、おなじみのカラフルな「グーグル自転車」に乗って、真新しい数百万ドル規模のマインドフルネス・センターに足を踏み入れた。
柔らかなライムグリーンの色調で、竹でアクセントがつけられたこのセンターで目を引くのは、搾りたてのジュースを24時間提供するジューススタンドと、海軍の擁する「マインド・ジム(脳をゾーン状態に導くための研究施設)」で見たのと同様のセンサー一式、およびニューロフィードバック装置を備えたいくつもの瞑想室である。
競争の激しいテクノロジー業界における投資として、エンジニアがすばやくゾーンに入ったり、長くとどまったりできるようにすることが不可欠であることに、グーグルは気づいていた。ただし、すべての不確定要素をしっかり解決できているわけではなかった。
グーグルのマインドフルネス・トレーニング・プログラムのリーダーの一人であるアダム・レオナードは、次のように述べる。「今のところは順調だ。意欲的に取り組んでいるコミュニティも世界中に多々ある。
ただ、まだ(ニューロフィードバック装置を使った)瞑想をしたことがない人に始めてもらうことが、なかなか難しい。すでに積極的に瞑想している人は、そのメリットを理解している。だが、本当に始めてもらいたいのは、あまりの忙しさとストレスのために、ペースダウンして瞑想しようと思えない人、瞑想するのが難しい人たちなのだ」。
クレイジーなほどハイになって仕事に没頭してもらう
もっとも彼らはすでに努力を始めている。たとえばグーグルは、Wi-Fi完備の通勤用シャトルバス、生産者から消費者まで一貫して安全管理された食堂、週末の冒険のためのチケット事前予約など、伝説に残りそうなほど有名な取り組みを数々行っていることで知られているが、その多くが、仕事の邪魔になるものを最小限にし、「従業員をゾーン状態に保とうとすること」を目的としているのだ。
「ほかの多くの会社と違い、グーグルのマネジャーたちは、エンジニアや管理者が行う探求を助成し、気前のよいピア・プロダクション(インターネットを活用した集合知)の精神を徹底して広めている」と、スタンフォード大学のターナーは指摘している。
従業員にクレイジーなほどハイになって仕事に没頭し続けてもらう。そのためにできるかぎりのことをして、グーグルは、砂漠で見つけたあの「職業的エクスタシー」を、会社で仕事をしているときもつねに保てるように努めているのである。