“貧困暴力団”が新たな脅威に
日本最大の指定暴力団「山口組」が分裂してまもなく3年。その後も分裂を繰り返し、いまも抗争状態が続く。一方で、暴力団員による「食料品の集団万引き」、「はらこを狙ったサケ泥棒」、「拳銃を担保に借金」など、これまで考えられなかった事件が全国で相次いでいる。背景には、暴対法・暴廃条例など、警察の取締りの強化によって用心棒代などの従来型の資金源を断たれ、生活費にも困窮した暴力団員が“荒手”の犯罪に手を染めている実態がある。そうした中、警察が危機感を強めているのが、切羽詰まった組員らが組織=「代紋」の枠組みを超えて資金源を獲得しようという犯罪だ。一般市民へのさらなる脅威となっている “貧困暴力団”による事件を追い、その対策を考える。
出演者
- 河合幹雄さん (桐蔭横浜大学副学長)
- NHK記者
- 武田真一・田中泉 (キャスター)
“貧困暴力団” 新たな脅威に
暴力団員(再現)
「冷蔵庫の中身、少なくなったな。」
生活に窮した組員らが、スーパーで食料品を大量に万引き。北海道では、サケのハラコを略奪する組員まで現れました。その背景には、資金源を断たれた暴力団の姿がありました。
暴力団関係者
「ごはん、これだけ。
生活はもう、どん底ですよ。」
追い詰められた暴力団は、新たな脅威となっています。困窮する組員が、別の組織の組員や犯罪グループと手を組むことで、より巧妙で悪質な犯罪に向かっているのです。
元暴力団員
「お金のためですよね、すべては。まあ今はみんな食べられない状態やし。」
経済的に追い詰められた暴力団はどこに向かうのか。その脅威に迫ります。
田中:こちら、金に困った暴力団が関わったとされる事件が相次いでいます。サケやあさり、なまこの密漁、生活保護費を巡る詐欺、東京では、拳銃を担保に借金をした暴力団組長も逮捕。さらに山口では、結婚式場で売上金を盗んだ事件や、福岡では、電気料金を抑えるためにメーターを改造する、いわゆる電気泥棒まで出てきています。
なぜ今、こうした事件が相次いでいるのか。その背景を取材しました。
相次ぐ事件 新たな脅威“貧困暴力団”
サケの漁獲量が日本一の北海道。河川でサケを取ることは、資源保護の観点から禁じられています。ところが、身を裂かれ、ハラコだけをとられたサケが川に散乱。ここ数年、ハラコの値段が高騰し、追い詰められた暴力団が資金源として目をつけたのです。
警察も警戒を強めています。
「あれ網だべ?」
「引っかけて捕ったあとに、魚を入れていく網ですね。」
手口は年々悪質になっています。サケを繁殖させるのに欠かせない、ふ化場。そこにまで侵入し、ハラコを盗む事件が多発しているのです。去年(2017年)の秋には、産卵のため、ふ化場に遡上してきたサケを暴力団幹部が次々と捕獲。およそ40キロのハラコを盗んだとして逮捕されました。
過去に暴力団とサケの取り引きを行ったことがある男性が取材に応じました。ふ化場を狙う事件は、これまで考えられなかったといいます。
過去に暴力団と取り引きした業者
「今まであそこまでやらなかった。ふ化場は聖域。そういう状況は相当追い込まれた状況。世も末だという感じ。」
相次ぐ事件の背景にあるのは、経済的に追い詰められる暴力団の実情です。7年前、全国各地で次々と施行された、暴力団排除条例。市民が暴力団関係者に金銭などの利益を提供することを禁じたほか、企業に対しても、あらゆる契約を結ばないよう求めました。
収入源が断たれ、解散に追い込まれた暴力団も出てきています。北海道のある暴力団が去年書いた解散届の写しです。
“現在の社会情勢を鑑み、解散することが唯一最善の手段。”
最後まで残った組員は、わずか4人でした。解散した組は、昭和60年代にはおよそ100人の組員を抱えていました。なぜ解散することになったのか。地元の暴力団事情に詳しい人を探し当てました。
「解散した理由は?」
暴力団事情に詳しい男性
「ぜんぜんシノギ、収入がないからやめた。食っていけない、それが一番。」
「例えばテキ屋であったり、飲食店からのみかじめ料は?」
暴力団事情に詳しい男性
「そういうのはほとんどない、みかじめ料とかは。何やってもだめ、これやってもだめって。通帳を強制解約されたり、支払っていたローンも払えなくなったり、ヤクザやっていたら生きていられないと思ったからやめた。」
全国各地で資金源を断たれ、追い詰められる暴力団。日本最大の指定暴力団「山口組」でも、組に納める上納金を巡る対立を背景に、相次いで分裂。今も抗争状態が続いています。
100人余りの組員を抱える、ある指定暴力団の現役の幹部は、組織の窮状を明かしました。
暴力団幹部
「高齢化しよるんです。ヤクザが高齢化してきて、若いのが入ってこない。なぜかというと、昔は若い衆が入ってくる、衣食住はみてやれた。今、みてやれないです。昔は、ぼんくらでも引き取って、みんな体張ってきたんじゃない。今、もうそれできません。」
経済的に追い込まれ、新たな犯罪に向かおうとする暴力団関係者もいます。違法薬物の所持などで6年間服役し、去年出所した60代の男性です。
服役している間に、組は勢いを失っていました。今は十分な稼ぎがなく、生活はかつてなく苦しいといいます。
暴力団関係者
(炊飯器を開けて見せながら)「ごはん、これだけ。
その日暮らしと言ったらおかしいけど、ガス代が払えんような状態のときもある。生活はどん底です。」
生活の苦しさから、組とは異なる「半グレ」と呼ばれる犯罪グループと手を組むことも考え始めているといいます。
暴力団関係者
「今は組織とのつき合いじゃないんですよ。とにかく半グレなのよ。この人たちは組織、関係ないですから。自分たちが動きたいように動くから。この人たちには条例も何もないんやから。もういいやないかって、なるようになる。また懲役に行ったらええやないか。そう思って生活せんと。」
“貧困暴力団”の脅威 背景は
犯罪社会学が専門で、暴力団の動向にも詳しい河合さん。
追い詰められた暴力団が、私たちの身近なところで犯罪に手を染めるようになっていった実態が浮かび上がってきたが、なぜこんなことになった?
河合さん:暴力団排除条例が大きくて、暴力団っていうのは、人に働いてもらって、そこからお金をもらって、自分たちは働かなかったんですけれども、人からとるということが暴力団排除条例ではできなくなったので、しかたなく自分で直接やると、だから魚まで自分でとるということになっている。それから、暴力団というぐらいだから暴力で脅していたのに、だますとか盗むとかいう、経済犯罪的なほうに行っているということだと思います。
(結果的に、私たちの身近なところに手が及ぶようになってきている?)
だから市民に直接関わるということです。
ただ、暴力団を社会から追放しようという取り組み自体は効果が上がっている?
河合さん:非常に大きな効果が出ていまして、暴力団構成員の数を見ていただけると、暴力団排除条例ができたところで急落しているということで、見事な効果が出ているということがいえますが、実は、もう1つ大きな背景がありまして、もっと前から取ると、20万ぐらいから下がってきて、実は長期低落状況にあります。
それはなぜかといいますと、暴力団という人たちがいるというのが社会の今後の在り方として、やはりありえないということが社会の方にもあるし、暴力団自身にもある。
(暴力団の方にもある?)
目先が利きますから。ということで、どうなったかというと、人員が入ってこない、さらにリーダーになる後継ぎができないということになって、どんどんどんどん低落していって、恐らく放っておいても、今40代くらいが一番若いくらいですので、20年でなくなるというところにきて、それならもう一挙になくしてしまおうというのが、暴力団排除条例だというふうに理解しています。
今、そのいわば副作用として、新たな形の犯罪の姿が見えてきている?
河合さん:そうですね。組織をずっと存続させると、犯罪組織だと考えると、日本中の人が本部もボスの名前も知っているという、非常に不思議な状態できたわけですけれども、そういうことがあるということは、彼らなりに長期的に存続したかったとなると、あんまりひどいことしてはいけないんですね。ということで、組の内部的にあんまりひどいことはしないという歯止めがあって、その代表的なのが、直接市民に手を出さないとか、ほかにもたくさんあるんですけれども、そういう歯止めがあったのが、なくなってきてしまっているということだと思います。
田中:このように追い詰められる暴力団。組織の枠を超えて、新たな資金源を得ようという動きもあります。警察によりますと、現在、全国に指定暴力団は24あります。
従来、暴力団はそれぞれが独自の資金源を持ち、基本的に資金面で協力することはありませんでした。しかし組織が弱体化する中で、組員が別の組織の組員と結託して資金を獲得しようとする事件が出てきているんです。その実例が、一昨年(2016年)この番組でも取り上げた、ATM不正引き出し事件。およそ18億円がわずか数時間の間に、全国のコンビニなどのATMから、偽造カードによって引き出されました。取材を進めると、暴力団員の関与による脅威の実態が見えてきました。
“貧困暴力団” 組織越える新たな犯罪
今年(2018年)2月、事件で主導的役割を果たしたと見られる、指定暴力団・住吉会の関係者が逮捕されました。警察への取材で明らかになったのは、暴力団関係者が組織を超えて協力していた実態でした。
偽造カードによって引き出された18億円は、もともと南アフリカの銀行にありました。まず、ハッカーと見られる何者かが顧客データを盗み出します。その後、山口組の関係者に渡った顧客データ。それをもとにカードが偽造され、今回逮捕された住吉会の関係者を通じて、神戸山口組など、複数の暴力団の関係者に渡りました。結果として、対立する暴力団が協力する形となり、偽造カードは現金を引き出す、出し子に配布されていったのです。さらに、カードが配布される過程でも組織を超えた協力があったことが、今回の取材で分かってきました。
出し子の手配について、暴力団員から協力を求められた男性です。
暴力団員は、組織の意向と関係なく動いていたといいます。
元暴力団員
「組織が全部指示しているのではなく、個人個人が動いていったのが、結果的にいろんな組織に話がいった。」
男性に、どのように話が広がっていったのか、具体的に書いてもらいました。
元暴力団員
「私の知人(暴力団員)がここにいまして、ここから私の方に話が持ちかけられた。そして短時間のことだったので、私もすぐにこちら(別の組員)に話を持ちかけ、この持ちかけられた人間は、別の組織の方(組員)に持ちかけ。ここの組と、ここの組が何の接点もないわけです。」
リスクが大きいと、最後に協力を断った男性。敵対する組どうしでも、組員は結託していた現実が浮き彫りとなりました。
元暴力団員
「お金のためですよね、すべては。みんな食べられない状態だし、何らかお金になればということで、ほかの団体にも声をかけた。」
“貧困暴力団” 犯罪断ち切れるか
長年、暴力団の取材に携わっている伊藤記者。
組織の枠を超えるということで、どういう脅威が迫っていると言える?
伊藤竜也記者(取材班):そもそも暴力団は、末端の組員が勝手なことをしないように、組織として統制されていたんですよね。しかし、この今回のATMの事件では、そのたがが外れて、末端の組員らが、個人的なつながりで資金を得ようとしたんです。その結果、警察によると、少なくとも6つの指定暴力団が1つの事件に関わる形になったという構図ですね。これまでの暴力団犯罪とは、異なる構図といえます。
そうしたケースは、ほかにもあります。この組員が組を抜けて、やめつつある、どうしようか、どうしようか、やめようか、やめまいかしている時に「半グレ」といわれる、暴力団とは違いますが、そういう犯罪組織、ふだんは一般市民のような格好をしていますが、犯罪組織。これと結び付いて、オレオレ詐欺などの特殊詐欺に手を染めるというようなことがあるんです。
これまで、犯罪を防ぐには、組員の数を減らすだけでは十分でないことが分かってきました。組織から離れたこうした人をどう犯罪から切り離すか、今、新たな課題として浮かび上がっています。
竹垣悟さん。元山口組系の組長でしたが13年前暴力団に見切りをつけ、引退。
今は、暴力団をやめたいという組員の相談に乗るNPO法人を運営しています。
元山口組系組長 竹垣悟さん
「これは熊本刑務所。」
服役中の暴力団員からの手紙です。刑務所に入ったのを機に「組をやめたい」という組員は多いといいます。
元山口組系組長 竹垣悟さん
「惰性でしゃあないから(組員を)やってる子が多いと思う。ヤクザしとっても何のメリットもないからね。」
しかし、犯罪の世界から完全に抜け出すことは容易なことではありません。竹垣さんの勧めに従い、暴力団をやめた男性です。
その後、再び罪を犯してしまい、最近まで服役していました。
元山口組系組長 竹垣悟さん
「今回何年務めた?」
元暴力団員
「6年の刑期の中で5年5か月です。」
元暴力団員
「8年10か月ほど。」
組をやめたものの十分な収入を得られず、生活に困っていたところ、詐欺グループの誘いに乗ってしまったのです。
元暴力団員
「本当にひもじい思いをした時もあります。そういう(詐欺の)話を聞いた時に、すがろうという気持ちが強くなります。ちょっとでもそういう話を聞けば、高収入が見込めるというか。誘う側からすれば、そういうふうに誘ってきて、その人間をうまいこと使おうと考える。」
元山口組系組長 竹垣悟さん
「誘いもないだろう?あった?」
元暴力団員
「刑務所にいる間はありました。」
たとえ暴力団をやめても、別の犯罪集団からの誘惑はその後もついて回るのです。
全国に先駆けて暴排条例の制定を進めた、元福岡県警本部長の田村正博さんです。
暴力団員の数が減った今、対策は次の段階に来ているといいます。
京都産業大学 田村正博教授
「暴力団組織がなくなっても、暴力団組織にいた人がいなくなるわけではない。そういう人たちによる犯罪の危険性は基本的にある。新しい組織犯罪、その可能性を常に念頭に置いて、対策をとっていく、そのことはとても大事だ。」
行き場失う“貧困暴力団”
組織を離れた人をどうしていくかが重要だということだが、実態は?
伊藤記者:今回取材した人たちの中にも「組織をやめたい」「暴力団をやめたい」という強い意思を持った人もいました。でも、それもなかなか、やめるにやめられない事情もあるんですね。それは、彼ら特有のおきてといってもいいようなもので、杯を親分子分で交わすことによって、実の親子、兄弟を超えた親子関係、兄弟関係というのがあるんです。だから、なかなかやめられない。やめるとなると、時には制裁、彼らはやきを入れるなんていうこともいいますけれども、そういうことがあったりするので、やめたい人はこっそり、いつの間にか連絡が取れなくなるっていうことが多いそうなんですね。刑務所の中で、刑務所に服役したりすると、そこで誘われることもある。特に刑務所を出たり入ったりすると、彼らはよく「懲役太郎」なんていうんですけれども、そういう刑務所に頻繁に入っていると、やはりそこで誘われる。組織との関連を完全に断ち切ろうとすると、やはり生まれ育った土地を離れる、自分の携帯電話番号を変えるという、そういった過去の自分との決別、それぐらいの強い意思が求められると思います。
河合さんは、組織が解体していく中での新たな脅威をどう見ている?
河合さん:やめた人の方が多い状態なわけですが、その人たちがみんな同じ方に向いているわけではなくて、非常に違う方向に行っています。「やめたい」とか「やめようか」ぐらいの人がかなりたくさんいるんだけれども、これはなかなか適用が難しいわけですよね。ヤクザをやめたから正業に就けるわけではないので、そこで失敗した人たちが、やっぱりもう1回犯罪に戻ってくるという現象が、これはかなり大きなことになっている。一部は、逆にくびきがなくなって、本格的な犯罪者になると。世界のシンジケートのあるいは国内の強力な犯罪組織と組むという、数は少ないんだけれども、脅威としては大きい。あと残りは、これは出てこないわけですけれども、やはり何とか社会の中に適用している人と、3グループに分かれていると思います。
捜査当局は、こうした事態にどう対応しようとしている?
伊藤記者:暴力団の捜査というのは、いわゆる組織犯罪に対する捜査です。人がターゲット、人を対象にして捜査を進めます。例えばどこかの組の組員が事件を起こした、そうすると、人間関係をたどれば、おおよそ事件の概要はつかめていたんですね。ただ、そういう形が今なくなっています。別の暴力団とつながったり、半グレと呼ばれる組織とつながったり。ですから、捜査当局は暴力団だけじゃなくて、その周辺にいる「共生者」とも呼ばれますが、そういう人たちも含めて捜査の対象を広げているということになると思います。
組織を離れた暴力団員が再び犯罪に手を染めないようにするために、新たな対策が必要な時期に入っていると。
河合さん:まず押さえないといけないのは、昔は「暴力団をやめたい」と言って戻っていたんですけど、それはなくなったということなんです。だけど、やめようと思った人が反社会的勢力のレッテルを貼られているので、非常に正業に就きにくいというのが短期的な問題。長期的には、犯罪者更生の大きな問題の中に含まれると思います。
(今はなかなか打つ手がない、これから検討をしなければいけないという時期に来ている?)
1段階進んだということだけれども、それでいっぺんにみんな真面目に働くということにはならないということだと思います。