戸惑いエルフと転生について
結局、ヴィオレットは猫の姿のまま眠ってしまった。
寝室まで連れて行き、寝台に寝かせてやる。
ハイドランジアが離れると、スノウワイトが寝台に飛び乗った。
いつの間にか、中型犬くらいの大きさになっていたのでギョッとする。
暗闇の中で光る目は、肉食獣そのものだった。
しかし、主食はいまだミルクである。
『ウウウウ……』
「出て行くから、警戒するな」
あとのことは、バーベナに任せることにした。
◇◇◇
ハイドランジアにオウレン・エゼールという名に覚えはないが、エゼールという家名に覚えがあった。
ローダンセ公爵家の地下にある書斎でその名を呟くと、一冊の本が本棚から自動で降りてくる。
ふよふよと飛んできた本は、ハイドランジアの手の中にすっぽりと収まった。
本の題名は、『魔術医の歴史と消失について』、著者名はコクサギ・エゼールとなっていた。
エゼール家は千年以上も昔の時代に王宮を出入りしていた、宮廷医だったようだ。
何人もの王族の病気を治し、出産を助け、怪我を治してきた。
それなのに、突然魔法は異端扱いされ、宮廷医を勤めていたエゼール家の当主ノウルシは処刑、残りの者は王都を追放されてしまった。
コクサギ・エゼールは、ノウルシ・エゼールの弟のようだ。
しかし一点疑問なのは、書かれている時代が魔法を異端扱いされた年代よりも百年ほど前だったのだ。
宮廷医の一族となれば、丁重に扱われるはず。
ここでふと、ノウルシの名に覚えがあることに気づいた。
どこで見たのか。最近の話だったような気がする。
「あ!」
思わず、声をあげてしまった。
それは、禁書室にあった、変化魔法について書かれた本の著者名。
王妃と関係していた魔法使いの名がノウルシだったのだ。
ちょうど年代も、合致する。
もしかしたら、魔法の異端扱いが原因で処刑されたのではなく、王妃の浮気が夫である国王に露見し、不貞相手であるノウルシは処刑されてしまったのか。
兄の名誉を守るため、真実は伏せられてしまったのかもしれない。
『どうした、こんな時間まで読書か?』
気配もなくポメラニアンが現れることに、ハイドランジアは慣れていた。横目でチラリと見るだけで、すぐに本に視線を落とす。
『なんだ、無視か』
「今、一日の中で一番忙しい」
『むう』
中年親父の声で、『むう』と拗ねられてもまったく可愛くない。
ポメラニアンのせいで、集中力が途切れてしまった。
本を宙に投げると、もとの場所に戻っていく。
『何を調べていたのだ?』
「エゼール家についてだ」
『エゼール家。ふむ。聞いたことがないぞよ』
「お前が召喚される前の時代に、宮廷医をしていた一族だからな」
『なるほど』
変化魔法を使う王妃、年の離れた夫、魔法使いの若い男──その三人の存在が、どうしてか引っかかる。
『何か、悩みごとか?』
「いや──」
気のせいだと思いたい。けれど、その三人とハイドランジアが知る人物を重ね合わせてしまう。
「ポメラニアン、輪廻転生の魔法について、知っているか?」
『ああ。生前の人物に未練がある者が、転生の仕組みに干渉して、来世を捻じ曲げる魔法だ』
ただ、例外もあるようで、生前、癖の強い魂を持つ人物は、何もせずとも前世の魂のまま転生をしてしまうことがあるらしい。
『言っていなかったが、ハイドランジア。お前は、生前の魂そのままの状態で転生を経て生まれた子だ』
「は?」
『誰とは言えぬがな。そして、同じように、お主の妻ヴィオレットも前世の魔力や知識を引き継いで転生している。ただ、あの者の場合は、輪廻転生の魔法が使われているようだが』
「ポメラニアン、お前、どうしてそういうことが分かる?」
『精霊にとっては、一目瞭然ぞよ。魂の輝きが違うからな』
「私は、誰の転生体なのか?」
『さあ、な』
そう言ったっきり、ポメラニアンは口を閉ざす。言いにくいことなのか、目が合うとサッと逸らされた。
知っている顔に思えたが、口を割りそうにない。追及は諦める。
「今日、エゼール家の男に、今世も邪魔するなと言われた」
『そいつも、間違いなく輪廻転生をしているな』
「記憶がある者と、ない者の違いはなんだ?」
『前世に未練があるか、ないかの違いだろう』
ハイドランジアやヴィオレットは未練がないので前世の記憶はなく、オウレン・エゼールは前世に大いなる未練があった。
「そういうことだったのか……」
王家に処刑された身であれば、国王の命を狙う動機も納得できる。理解は永久にできないが。
「トリトマ・セシリアは、古の時代の国王で、ヴィオレットは王妃、オウレン・エゼールは宮廷医だったのか。しかしそれだと、トリトマ・セシリアとオウレン・エゼールの二人が協力関係にある理由が分からない……」
『分からないことを考えていても、仕方がない。今日はもう眠るぞよ』
「そう、だな」
寝室に直接転移する。
お世話妖精が飛んできて、風呂へ誘われた。もう、眠ってしまいたい気分であったが、風呂に入らないわけにもいかない。
ぼんやりする中服を脱がされ、浴室に連れて行かれる。そして、熱い湯をかけられて我に返った。
「熱っ!!」
妖精達は舌先をペロリと出し、会釈した。
その後、妖精の世話を受けながら風呂に入り、魔法で体の水分を飛ばす。
寝間着を纏って寝室へ向かう。
寝台に足をかけた瞬間、ぎょっとした。
ハイドランジアの寝台の上に、人の姿のヴィオレットがすうすうと眠っていたのだ。
もちろん、裸で。