直接対決エルフと新たなる謎
魔術医はオウレン・エゼールと名乗る。
現在、魔法使い協会に登録のある名ではない。偽名である可能性もあった。
その点は、あとでヴィオレットに確認しなければならない。
「診断の前に──護衛を数名残し、あとの人は退室していただきたい。今から使うのは、秘術であるからな。禁術である医療行為とは違う、新たな魔法だ」
オウレン・エゼールは、チラリとハイドランジアを見る。
「これは長年の研究の成果だ。魔法師団に、盗まれたら困る」
その言葉に、クインスが一歩前に出て物申そうとしたが、ハイドランジアは止めた。
オウレン・エゼールの要望通り、退室する。
◇◇◇
寝室には、護衛の騎士が三名と国王、魔術医であるオウレン・エゼールだけとなる。
「オウレン・エゼールといったか。よく、来てくれたな」
「お会いできて光栄です。国王陛下」
オウレン・エゼールは胸に手を当て、深々と頭を下げる。
「ではさっそく、治療の説明をいたします」
「うむ」
「しかし、すごいですね、この薔薇の花は」
国王の寝室には五つも花瓶があって、そこには薔薇の花が活けられている。
「王妃が私のために、庭から摘んできてくれたのだ。長く楽しめるように、蕾の薔薇を選んできてくれたようだ」
「なるほど。そういうことでしたか」
護衛騎士の一人が咳払いする。早く治療を始めるよう、急かした。
「ああ、申し訳ありません。今回施すのは、血中糖度を下げる魔法でして、こちらを施すと体内の糖度が上がろうとすると、自動で吸収するのですが──」
体に悪影響を起さない、新しい魔法である。そう主張していた。
なんとも怪しさに溢れる魔法を、悪びれもなく説明している。
「では、施しますよ──」
オウレン・エゼールは指揮棒のような棒を取り出し、魔法を詠唱する。
紫色の魔法陣が国王の目の前に現れ──パチンと音を鳴らして消えた。
その瞬間、国王は喉を押さえ、苦しみだす。
「う……ぐっ、う、うわあああああ!」
「陛下!」
「お前、何を!」
騎士達は剣を抜き、オウレン・エゼールに切っ先を向けた。
「物騒なことは止めろ。これは、術が効いている証拠だ」
その言葉に、騎士達は躊躇いの表情を浮かべる。が、三人目の騎士はそうではなかった。
引きぬいた剣で、オウレン・エゼールの背中を深く突き刺す。
「なっ!?」
オウレン・エゼールは吐血しながら振り返り、騎士を睨んだ。
「お、お前は、ハイドランジア・フォン・ローダンセか!?」
「気づくのが遅かったな」
騎士の姿は揺らぎ、消えていく。そして、ハイドランジアが姿を現した。
「直接来ないから、子ども騙しの魔法にも気づかないのだ」
「……」
苦しんでいた国王の姿も揺らぎ、ただの枕と化した。幻術で、国王に見えるようにしていたのだ。
オウレン・エゼールはただの枕と気づかず、魔法をかけていた。
オウレン・エゼールがチッと舌打ちするのと同時に、彼の頬に亀裂のような物が入る。
手先からどんどん砂と化した。
「ハイドランジア・フォン・ローダンセ……! お前は、今世でも、邪魔するというのか?」
「なんだと?」
「記憶がないことをいいことに、好き勝手、しやがって!」
「何をワケの分からないことを言っている。お前は、何が目的なんだ?」
「今度こそ、正しい歴史を──!!」
オウレン・エゼールはそう言い残し、数秒とかからずに砂の山となった。
「逃げられたか」
「あ、あの、閣下、デリスは?」
デリス・クレチマス。国王の護衛で、ハイドランジアが姿を借りていた騎士の名だ。
「彼なら廊下にいる。驚かせてすまなかった」
国王は隣の執務室にいる。そう言うと、会釈したのちに退室していく。
現在、国王の寝室には、ハイドランジアとヴィオレットの二人きりとなった。
ヴィオレットは頭を抱え、しゃがみ込んでいた。
「おい、大丈夫か?」
そう声をかけたのと同時に、ヴィオレットはハイドランジアに抱き着く。
猫化したのと同時に、ポロポロと涙を零した。
どうしたのかとは聞かずに小さな猫の体を抱きしめ、背中を優しく撫でた。
◇◇◇
ヴィオレットはどうしてか分からないが、怖くなってしまったようだ。
今回、ハイドランジアと触れ合う前に、猫化したように見えた。
やはり、恐怖が引き金となり、猫化しているのか。
ヴィオレットはハイドランジアの膝の上で、丸くなっている。すっかり落ち着いたようだが、バーベナのもとに行かずにハイドランジアにべったりであった。
この異常な怯え方は、どうしたものか。
本日の問題はこれだけではない。オウレン・エゼールは気になることを言っていた。
「なるほど。ハイドランジアに向かって、
マグノリア王子は脚を組み、顎に手を当てながら何かを考える仕草を取る。
「ハイドランジアと魔術医の彼は、前世絡みで因縁があるような言い方ですね」
「ああ。心当たりは、まったくないがな」
ヴィオレットだけでなく、ハイドランジアも『輪廻転生』し、前世での因縁を付けられているとしたら非常に面白くない。
「まあ、あいつの魔力に印とスカーレットの匂いを付けておいた。今度は、どこにどんな姿で現れても、分かるだろう」
オウレン・エゼールの得意とする遠隔魔法は、どんなに離れていても本人に害が行くことはない。その代わり、幻術などの目を惑わす魔法の違和感に気づきにくい。
「私の幻術も、現場にヤツが来ていたらならば見抜かれていただろうがな」
話を聞いていたマグノリア王子は、しみじみと呟く。
「あなたが味方で、本当によかったですよ」