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2018年09月09日 09時04分 JST | 更新 12時間前

小島慶子さんが“イクメンクソ野郎”を描いた理由「イクメンがいいやつだと思うなよ」

夫が突然仕事を辞め、専業主夫になった。

タレント、エッセイストの小島慶子さんが上梓した、3作目の小説『幸せな結婚』。

しかし、この『幸せな結婚』に出てくる二組の夫婦が、どう見ても幸せに思えない。

人気スタイリスト岩沢美紅の夫・浩介は、ある日突然、仕事を突然辞めて"専業主夫"になる。美紅は、夫に不満を持ちながらも仕事に打ち込む。家事・育児を夫に任せっきりで、若い恋人との時間も楽しむ。

一方、ライターの夢を諦めて子育てをしている専業主婦の杉田恵は、パッとしないラジオDJで、家事をほとんどしない夫の英多にいらつき、子育てする浩介に憧れる。

小島さん自身も、夫が仕事を辞めてからは"大黒柱"として家族を支えている。

『幸せな結婚』には、小島さんが感じた子育ての葛藤や、夫婦の模索が込められているのだろうか。「"イクメンクソ野郎"を描きたかった」と語る小島さんに話を聞いた。

Kaori Sasagawa
小島慶子さん

イクメンクソ野郎が描きたかった

――『幸せな結婚』に出てくる岩沢家は、夫が仕事を辞めて家事・育児をしています。小島さんに重なる部分もあると思うのですが、ご自身の経験が反映されているのでしょうか。

1、2作目は女性の分量が多かったので、3作目では男性側のことを書きたいという気持ちがありました。

今世間ではイクメンに対する評価がとにかく高い。「育児する男性はいい人に違いない」と思われています。

私の夫もいわゆるイクメンで、仕事をしている時も積極的に家事や子育てをしていましたし、今は仕事を辞めて家のことを全てやっています。

世間から見たら羨ましがられるような夫ですが、私は彼を聖人とは思っておらず、世のイクメン礼賛の風潮に違和感があります。「イクメンがみんないいやつだと思うなよ」と。

だから『幸せな結婚』では、"イクメンクソ野郎"の浩介を描きました。

ーーイクメンというと家庭を大事する男性のイメージがありますが、家事・育児をするクソ野郎もいる、と。

女性はこれまで「出産したら、子供優先のいい母親になる」という"母性神話"を押しつけられてきました。

私は30歳で長男を産んだのですが、育休をとって会社に復帰した初日に、男性に「子供は?」と聞かれたので「保育園に預けています」と言ったら、返って来た言葉が「かわいそうに」。

復帰初日から、すごく落ち込みました。

「私はひどい親なんだ」と思い込み、子供が小さい時は「仕事を続ける母親なんだから、普通以上に育児ができなきゃいけない」と自分にプレッシャーをかけていました。

「良き前例にならなきゃ」という気負いもありましたね。「仕事をする生き方が幸せだと証明するために、育児も仕事も人一倍輝いていないといけない」と思い込んで、必死に育児をしていました。

今思い出しても、すごくしんどかったです。

当時に比べたら、今は女性が出産後に働くことは珍しくなくなったと思います。だけど今度は、私たちが男性たちに「イクメン」という聖人幻想を押し付けているんじゃないかと。

社会が思い描く理想のイクメン像は、稼ぎがあって、家事も育児もちゃんとして、妻を裏切らず......みたいな人。それって相当な無茶振りで、男性はパンクしちゃう。

私たちが"聖母幻想"で散々迷惑してきたんだとしたら、私たちは"イクメン幻想"も捨てなくちゃいけない。

「人は仕事もするし、育児もするけれども、聖人じゃない」

そう考えた方が女性も男性も生きやすい。そんなメッセージをショック療法的に書くとしたら、イクメンクソ野郎を描くしかないと思いました。

Kaori Sasagawa

夫が仕事を辞めた

――小島さんの夫も40代後半で仕事を辞めていますね。実際、浩介のモデルになっているのですか?

夫は、浩介ほど冷たい人ではないので、モデルではないです(笑)。でも浩介が仕事を辞めるときに言った俺は、やりたいことをやる俺になりたいんだっていうセリフ、あれは夫も似たようなことを悩んでいる様子でした。

当時は側で見ていて「やりたいことをやる俺になるって一体なに? 先にやりたいことがあるからやるんでしょ?」って苛立ちました。

――具体的にやりたいことはなかったんですね?

なかったんです。

その後オーストラリアに移住したのですが、渡った当初、知人に触発されて、英語もできないのに子育てしながら自己流でサーフィンを始めるとか言い出しまして。おいおい目を覚ませよと。まずは英語勉強してくれないと暮らしが回りませんから。でも彼は現実から逃げたんですね。結構なダメ男と結婚したな私、と後悔しましたよ。

彼はテレビディレクターとして20年以上働いたんですけれど、職場と家を往復する生活に、「俺は死ぬまでこの風景を見るのか。これで人生終わっていいのか」「見たことのない風景を見たい」と思って、50歳目前で会社を辞めたんです。

――小島さんは反対しなかった?

「いいんじゃない、辞めても」って言いました。先に自分が会社辞めちゃってますからね。お前は駄目だとはさすがに言えませんでした。

美紅は、「父のように生きたい」と、家事・育児はほとんどせずに、働くことに生きがいを感じていますけれど、私もこの考え方がよくわかるんです。

私も、母のようじゃなく父のように生きたかった。

仕事を好きなだけして、家には家事をする"奥さん"がいて。

同時に女性として、子どもを産んでも何も諦めない生き方をしたいと思っていました。すごく欲張りだったんです。

自分が女らしさに息苦しさを感じていたので、夫が仕事を辞めると言った時も、男らしさの押し付けをしたくなかったんです。

「私は"男が働いて家を支えるべき"という古い考えにはとらわれていない」という自負もあったし、「私が養えばいいんだから」という自信もありました、

ところが、夫が仕事をやめて一家を支える大黒柱になってみたら、これが全然楽じゃないんです。

ーーどんな大変さに気づきましたか?

当時、上の子が10歳で下の子が7歳。夫の収入がゼロになると、当然家計の規模が縮小する。これが、思っていた以上にきつかった。

苦しくなった時に、自分の中にあったすごく保守的な男性観が、正体を現したんです。

「あなたが仕事を辞めたから」とか「男のくせに仕事辞めて、浮き草稼業の妻をあてにするなんて」とか、夫をなじる気持ちが段々湧いてきて。

家に帰ると「今日も一日働くの疲れたな、ほんと仕事って大変」って言ったり、夫がちょっと高い髭剃りとか買おうものなら「買ってあげる」と言ったり......。

結局、(自分の中に)働かない男性を見下す気持ちがあったんですね。思っていたような、進歩的な女じゃなかったんだなと、ショックでした。

このままだと夫を尊敬できず、家庭が崩壊してしまう。この危機的な状況をどうやって乗り越えたらいいんだろう、となった時に思いついたのが、オーストラリアへの移住でした。

Kaori Sasagawa

家族の危機で海外に移住

――家庭崩壊の危機を乗り越えるために、海外移住を選んだんですか?

家族一丸となって冒険に乗り出せば、夫の稼ぎがないことを責めている場合じゃなくなるだろうと思ったんです。

夫が無職になったからこそ、東京以外で暮らせると気づきました。

子供たちに英語教育が必要だなとも思って、どこの国の教育が彼らに向いているんだろうと考えた時に、カナダかオーストラリアがよかった。オーストラリアは時差も1時間だし、私の生まれた場所でもある。

東京都心に住んで、子供の成長に合わせて広い家に住み替えて、もし中学から私立に入れたらすごくお金がかかります。贅沢しなければ、同じお金で海外に住めるとわかったので、オーストラリアに引っ越そうと提案したんです。

――すんなりといったんですか?

提案した瞬間、彼の中に火がついて一生懸命調べてくれました。最終的には彼の方が引っ越しに乗り気になったくらい。

今思えば、きっと彼の「やりたいことをやる自分になりたい」っていう漠然とした気持ちに、「外国に引っ越す」ことが降りてきたんでしょうね。

男尊女卑をなくすには?

――小島さんは今、日本とオーストラリアを行き来しながら、一人で家計を支えています。家族のありかたについて何か感じていることはありますか?

いつか大黒柱のプレッシャーに慣れるのかなと思っていたんですけれど、いまだに慣れないですね。父と同じ立場になってみたら相当しんどくて、やっぱり共働きの方がいいなと思いました。

「男は働くのが当たり前」と社会から言われ、「出世しろ」とプレッシャーをかけられ、家に帰ると「うざい」と言われる。そのしんどさがやっとわかりました。私だったら、家に帰って「ママ臭い、あっち行って」とか言われたらグレちゃうかも(笑)。

私は、男性の"ガス抜き装置"として男尊女卑が存在してきたんじゃないかと思うんです。

逃げ場がなくなった人が、何の努力もせずに優位に立てるのは、自分より下位の人間がいる場合。つまり男尊女卑の状態です。男性は、男尊女卑という意識を持つことで自分たちを支えていたんじゃないかな。

でも今は、男性にとっても男尊女卑は全然得なシステムじゃないんですよ。男尊女卑を捨てたら、「僕を養って」って素直に言えるんですから。

まず「男尊女卑は男性をいい目に合わせてくれる価値観だ」っていう刷り込みを捨てること。男尊女卑を捨てた方が絶対楽だから。

色々な生き方があることを認めれば、男性も女性も自由に生きやすい社会になるんじゃないかな。

Kaori Sasagawa

幸せな家庭はあるのか

――イクメンクソ野郎や、家庭を顧みない母親。そんな母親を批判しながら、仕事をしたいと望む専業主婦。小説では不満を抱きながらも、離婚せずに結婚生活を続ける夫婦が描かれています。『幸せな結婚』というタイトルが皮肉にも思えるのですが、なぜ、このタイトルにしたのでしょう?

岩沢夫婦はすごく打算的だし、イタい夢を追っている杉田夫婦は正直ダサい。はたから見たら、どちらもみっともない家庭です。でも彼らなりに、幸せな結婚のかたちを探そうとしている。

私は30代の頃、悩みも傷も曇りも疑念もない、周りからも自分でも幸せだと思える純度100%の結婚が幸せだと思っていました。嫌なことがあっても「自分は幸せな結婚をしている」と自分に言い聞かせていました。

でも40代になって、純度100%の幸せなんてないんじゃないか、と思うようになったんです。

お酒に例えると、アルコール100%のものだけがお酒じゃない。お酒のアルコール濃度は様々で、4%でも酔える時もあればウイスキーをストレートで飲んでも酔えないこともある。

幸せもそんなものなのかもしれません。不純物が混ざっている幸せもありなんだなって、最近ようやく思えるようになってきました。

美紅と浩介、英多と恵。どっちの夫婦も理想の結婚とは程遠いけど、その夫婦にしかシェアできない想いとか、相手への執着があるんですよね。もしも自分たち夫婦が3組目の夫婦として登場しても、やっぱりキラキラしていない。

仕事も育児も二人でしなくちゃならない今の夫婦は、本当は同じ悩みを分かち合えるはずなのに、幸せとはこうであるはずだという思い込みがそれを難しくしているんです。男も女も、こんなはずじゃなかった日常を幸せと呼んでもいいのかもと思えたら、案外楽になれるのかもしれません。

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